編み上がりはしたものの
苦節三ヶ月強。
やつとラグラン袖のリブタートルネックセーターを編み終はつた。
土曜日、袖口の二目ゴム編み止めをして、ひとまづ着られるものはできた。
あとは端糸の始末だ。
ゴム編み止めの端糸も含めて三カ所ほど始末したところで、睡魔がやつてきた。
眠たいときに端糸の始末なんぞをやつたら、ただでさへきれいにできないのに、ますます困つたことになつてしまふことは、火を見るより明らかだ。
といふよりは、えうはやりたくなかつた。
端糸の始末、苦手なんだもん。
日曜日は青山劇場に「真田十勇士」を見に行つた。
帰つて来たら、もう疲れきつてゐた。
だいたい渋谷といふところはやたらとこちらの生気を奪ひ取る街である。
と、云ひ訳ばかりして、結局なにもしなかつた。
そして今日。
片道二時間半ではたどりつかない場所に行つて帰つてきた。
しかも、自分で「この時間には帰らう」と決めた時間には帰れなかつた。
なぜ人は、もう帰らうと思つてゐるときに聲をかけてくるのだらうか。
そんなわけで、家に帰り着いたらもう十一時近かつたし、やはりなにもしてゐない。
このまま、セーターは仕上がらないのではないだらうか。
これまでも、おなじことを何度か書いてきた。
ここまできたのだから、もうできあがつたも同然である。
あとは端糸の始末だけなのである。
なのに、できない。
うーん。
まあ、これも何度も書いてゐるやうに、家の中でしか着ないつもりだし、端糸の始末なんてどうでもいいかな、といふ気がしないでもない。
適当に始末して、それで終はりでもいいかな。
そんなことさへ思ふ。
それくらゐ気楽な気持ちで端糸の始末にのぞめばいいのかなあ。
それにしても、寒いやうなあたたかいやうな妙な陽気である。
これで寒くて仕方がないといふのなら、まちつと前向きに端糸の始末に臨めるのだがなあ。
つて、これも、端糸の始末をしたくないがゆゑの云ひ訳か。
そして、次に編むものは決まつてゐないのだつた。
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