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Friday, 31 January 2014

ちよつとした変化

ココログでは、特に設定をいぢらないと、一度に十件のエントリを表示するのらしい。
「らしい」といふか、さうなつてゐるからさうなのであらう。

そんなわけで、二週間に一度は川本喜八郎人形ギャラリーなり飯田市川本喜八郎人形美術館のことを書きたいと思つてゐる。
このブログを表示したときに、一件でも彼らに関する話題があると嬉しいからだ。やつがれが。

などと書きつつ、ここのところ彼らについてはなにもないエントリがつづいてゐた。
もう一月も終はる。
一月の川本喜八郎人形ギャラリー模様について、ちよこつと記録を残しておきたい。

この前の年末年始もさうだつたやうに、今回も渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーではちよつとした展示替へがあつた。
入口前のガラスケースの展示が正月仕様になつてゐた。
麻鳥とその子らが立つてゐるケースが、年末から年始にかけて、迦葉になつてゐた。
髪を結ひ、紫地に金糸で鳳凰(だらう)を描いた豪勢な着物を着てゐて、三番叟の持つてゐるやうな鈴のやうなものを掲げて立つてゐた。

展示替へはそれだけ。
そのつもりで中に入つてみたらばこは如何に。

北条義時の目が、前を向いてゐるではないか。
以前も書いたやうに、義時は、目だけ左の方を見てゐて、それがなんともよかつた。
そんな義時を左側から見たときのやうすのいいことといつたら。
北条義時といふのは、こんなにいい男だつたのかのう。
さう思ふことしきりであつた。

その義時が、真正面を見てゐる。
いや、まあ、いいんだけど。

さう、これがまたいいのだ。
正面を見てゐると、趣が変はつて、それはそれでいいんだなあ。
さうして見ると、義時は結構いい男に作られてゐることがわかる。
左を見てゐる義時の方が好きではあつたけれど、正面を見てゐる義時は、それはそれでいい。
さう思つた。

目を左に転じると、定綱もちがふ。
定綱は、前はすこし顎をあげた感じであつた。
頼朝の乗る馬の手綱を手に、わづかに馬を見上げるやうな、そんな感じで立つてゐた。
その定綱が、顎を引いてゐる。
最初は、記憶違ひかと思つてゐた。
定綱はもともとさうして立つてゐて、やつがれの記憶がまちがつてゐるのではないかと思つた。
しかし、義時のこともある。
おそらく、ちよつとばかり定綱の顎を引いたんだらうな、迦葉を飾るときに。
さうして見ると、定綱は顎を引いてゐる方がよいやうに見える。
以前より思慮深げに見えるのだ。
頼朝の忠義な家臣。
そんな感じが強くなつた。

迦葉は、1月19日まで飾られてゐた。
その後、ギャラリーをおとづれたら、なななんと、義時の目が、また左を見てゐるではないか。
なんとまあ。
この方が、胸に一物あり、といふ感じがしていい。
でも、真正面を見てゐた義時もよかつたなあ。
こんなちよつとしたことで、全然印象が変はるんだなあ。
しみじみ。

ところで、定綱は今でも顎を引いたままで立つてゐる。
定綱はこの方が好きだな。

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Thursday, 30 January 2014

眠ればいいのに

やつとのことでセーターを仕上げたと思つたら、なんだか日々あたたかい。
世の中、さうしたもんだよな。

何度かおなじことを書いてゐるけれど、この地球温暖化の世の中、手編みの毛100%のセーターなんて、不要だよな、と思つてゐた時期がある。
さうでもなかつたね。
とくに我が家は昼を過ぎないと日が当たらない。ゆゑに寒い。
自宅であみものなどしてゐると寒くてたまらない。
さういふときには、手編みのセーターもよいものだ。

だが。
なんだかあたたかいんだよなあ。むう。

着るものなんぞ編めないよ、と思つてゐたやつがれがセーターなんぞを編んだせゐだらうか。
さもありなん。

それにも懲りず、くつ下を編みはじめてしまつた。
この時間のないときに。
時間があるなら睡眠にあてろよ、とみづからにつつこまざるを得ない状況のときに。
はじめてみると、短い5本針でちまちまちまちまひたすら輪に編んでゐるのが楽しくてしかたがない。

今日、昼休みに久しぶりにタティングレース作りをしてみた。
これまたやたらと楽しい。
仕事なんぞはふりだして、一日中でもシャトルを手にしてゐたい。

世の中うまくいかない。
仕事もせずに生きていけるとは思へない。
したがつて不平不満を胸の奥底にしまひこんで、日々暮らしてゐる。

なんのために生きてゐるのかなあ。
それを考へはじめたが負け。
そんな気もする。

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Wednesday, 29 January 2014

誰でもない自分

出かける先は劇場か映画館か、はたまたほとんどないけれど美術館かと相場はきまつてゐる。
もともと出かけるのが好きではない。
できれば家にひきこもつてゐたい。
そんな人間の出かける先は、自分が自分としては存在しない場、敢て云ふと「nobody」になれる場、である。

芝居を見てゐるときには、自分のことを主張する必要はない。
そんなことできないし、するつもりもない。
世の中には、拍手することで客であるみづからをアピールする向きもある。
あるいは入り待ち出待ちなどをして、役者に己が存在を知らしめる向きもある。
歌舞伎なら、大向かうとして自己を主張する人もゐる。
やつがれは、どうもさういふことをする気にならない。
舞台の前では、やつがれなんぞはゐないも同然だ。
舞台を見るといふよりは、TVや映画を見る感覚に近いのかもしれない。
だから、「目が合つちやつたー」と云ふ人の気持ちがわからない。
目など合はない方がいい。
舞台の上の人々に、こちらの存在など知らしめたくない。
ひとりぽつねんと客席に座つてゐる。
そして、自分とはまつたく関係のないところで展開するすばらしい舞台を役者をながめてゐればいい。

やつがれにとつて、芝居見物とはさういふものである。

美術館や博物館もさうだ。
誰でもない存在になつて、絵なり彫刻なりなんなりを眺めて廻る。
それがいい。
世の名画・名作の前には、やつがれの存在なんてどーでもいいのだ。
ゐなくてもいい。
ゐてもゐなくても関係ない。
さういふのがいい。

つまり、家でひきこもつてゐるのと、大差ない、といふことだ。
だから芝居にも行けるし、人形を見に行けるのである。

人生是オブザーバー。
上等ぢやあないか。

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Tuesday, 28 January 2014

編ませろ

さきほど、なんとか端糸の始末を終へた。
いまやらなかつたら、今後もやらないと思つたからである。
まだ水通しが残つてゐるけれど、ひとまづはできた。うむ。

次はなにを編まうかなあ。
セーターを編んでゐるときは、「くつ下を編まう」と思つてゐた。
「このあと今年はもうくつ下だけでいいかも」くらゐの勢ひだつた。
ところで、セーターを編んであまつた毛糸が八玉半ほどある。
毛糸はパピーのグランメリノだ。
ちよつと大ぶりのショールでも編む、かなあ。
前を割つてポンチョ風にしやうか知らん。
多分、それくらゐのものは編めるんぢやないかなあ、これだけあまつてゐるといふことは。

でも、やつぱりくつ下も編みたいし、この秋冬はベレー帽が流行してゐるらしいからひとつくらゐは編んでみたい。
大物を仕上げたから、舞ひあがつてるよなあ。

ところで、あきらかに睡眠時間が足りてゐない。
ほんとは端糸の始末なんぞせずに寝るべきなのである。
そんなわけで、タティングレースもまつたく進んでゐない。
先週は、「The Swirly以外のものを作るかなあ」などと書いてゐた。
もうだいぶ前に買つたダルマの80番糸を巻いたシャトルが手元にあつた。
ちよつと結んでみた。
スティッチを作つてゐるあひだはいいのだけれど、糸を引く段になつて、なんだかうまくいかない。
えいやとひつぱると結び目がぐしやつとつぶれる。
もともと不器用なたちだから、仕方がないんだけれどもね。

しかしこれだけあみものもタティングレースもできないと、どこかで反動がきさうで怖い。
編めても結べてもゐないのに毛糸やレース糸を買ひ込んでしまふのではないか、とか。
あれこれ作りはじめたはいいけれど、中途半端なところではふりだしてしまふのではあるまいか、とか。

まあ、作りかけがたまるだけならさほど害はないからかまはないがね。
糸を買ひ込んでしまふのは問題だよなあ。

寝不足がたたつて土日もはふつておくと昼くらゐまで寝てしまふしね。
もつたいない。なんのための休みの日か。

でも、世の中の勤め人つてそんなものなのかな。
愚痴る方がをかしいのかもしれない。

とりあへず、毛糸もレース糸も売るほどうなるほどあるので、なんとか形にしてゆきたいぞ。

とか、無謀なことを考へて、それが実現できないからよけいにいけないのだらうか。
そんな気もする秋のゆふぐれ。

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Monday, 27 January 2014

編み上がりはしたものの

苦節三ヶ月強。
やつとラグラン袖のリブタートルネックセーターを編み終はつた。
土曜日、袖口の二目ゴム編み止めをして、ひとまづ着られるものはできた。
あとは端糸の始末だ。
ゴム編み止めの端糸も含めて三カ所ほど始末したところで、睡魔がやつてきた。
眠たいときに端糸の始末なんぞをやつたら、ただでさへきれいにできないのに、ますます困つたことになつてしまふことは、火を見るより明らかだ。
といふよりは、えうはやりたくなかつた。
端糸の始末、苦手なんだもん。

日曜日は青山劇場に「真田十勇士」を見に行つた。
帰つて来たら、もう疲れきつてゐた。
だいたい渋谷といふところはやたらとこちらの生気を奪ひ取る街である。
と、云ひ訳ばかりして、結局なにもしなかつた。

そして今日。
片道二時間半ではたどりつかない場所に行つて帰つてきた。
しかも、自分で「この時間には帰らう」と決めた時間には帰れなかつた。
なぜ人は、もう帰らうと思つてゐるときに聲をかけてくるのだらうか。
そんなわけで、家に帰り着いたらもう十一時近かつたし、やはりなにもしてゐない。

このまま、セーターは仕上がらないのではないだらうか。

これまでも、おなじことを何度か書いてきた。

ここまできたのだから、もうできあがつたも同然である。
あとは端糸の始末だけなのである。
なのに、できない。

うーん。

まあ、これも何度も書いてゐるやうに、家の中でしか着ないつもりだし、端糸の始末なんてどうでもいいかな、といふ気がしないでもない。
適当に始末して、それで終はりでもいいかな。
そんなことさへ思ふ。

それくらゐ気楽な気持ちで端糸の始末にのぞめばいいのかなあ。

それにしても、寒いやうなあたたかいやうな妙な陽気である。
これで寒くて仕方がないといふのなら、まちつと前向きに端糸の始末に臨めるのだがなあ。

つて、これも、端糸の始末をしたくないがゆゑの云ひ訳か。

そして、次に編むものは決まつてゐないのだつた。

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Friday, 24 January 2014

色鉛筆ならこれ

色鉛筆は、ファーバー・カステルのポリクロモスが好きである。
こつくりとした書き味なところがいい。
重ね塗りしたときの油ののつた感じも好きだ。
発色のよさは云ふにや及ぶ。
百二十色と色も多彩である。

やつがれは絵を描くわけではない。
色鉛筆は主に傍線を引くのに用ゐる。
そんなことのためにポリクロモスを使ふのか。
もつたいない使ひ方ではある。
しかし、筆圧のあまり高くない人間にとつて、なめらかな書き味と鮮やかな発色とはなにものにも変へ難い。
だつたら蛍光ペンを使へばいいのに、といふ向きもあるだらう。
残念ながら、蛍光ペンは苦手なのだ。
傍線を引くといふよりは、塗りつぶす感覚がダメだ。
褪色するならするでもつと枯れた感じになればいいのに、なんだか薄汚れてみすぼらしい感じに色褪せる。

現在手元にあるのは、May GreenとPrussian Blueの二色だ。
上記のとほり、主に本などに傍線を引くのに使つてゐる。
May Greenはちよつと芯が硬いかな。筆圧の低い人間が使ふと、普段より圧力をのせないと色がつかない感じはする。
色鉛筆でPrussian Blueといふと、朱色との組み合はせで二色色鉛筆を思ひ起こす。
ファーバー・カステルのPrussian Blueは、若干緑がかつてゐて、これまた若干淡い色合ひだ。やつがれの筆圧では「紺色」にするには、かなり色を重ねる必要がありさうだ。

ポリクロモスは、軸が丸くて芯が太いところも気に入つてゐる。
傍線を引くなどといふ用途の色鉛筆としては、破格の価格だと思ふ。
でもまあ、一本買へば、かなり長いこと楽しめるわけで、さほどの贅沢とも思へない。
といふよりは、思ひたくないんだな。

絵が描けるのなら、ポリクロモス一本だけで描いてみたい。
重ね塗りの濃淡で、おもしろく描けるのではないだらうか。
やつてみればいいのか。

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Thursday, 23 January 2014

最近持ち歩いてゐるかばん

年明け早々、かばんを買つてしまつた。

ル・ボナー ミセス

ル・ボナーのミセスである。
一昨年の七月、はじめて神戸にあるル・ボナーに行つた。
例年七月は大阪松竹座に行く。
そこで、神戸に足をのばしてみたのだつた。
先客がゐて、店主ご夫婦と歓談中であつた。
それをいいことに、店内をうろうろしてしまつた。
ミセスは、入口からよく見えるあたりにあつた。壁にかけられてゐたと記憶する。
以前から、ル・ボナーのblogで見てゐたかばんだつた。
写真で見るかぎり、とても女らしいかばんである。
やつがれの趣味には合はない。
さう思つてゐた。
そもそも、ル・ボナーのかばんで一番最初に気になつたのはパパスだつた。
ミセスとは相容れない。
さう思ひこんでゐた。

実物は、そんなやつがれの思ひこみを吹き飛ばしてしまつた。
いい。
実にいい。
さらに、店内をうろうろしてゐたやつがれ一行の面倒を見てくれたハミさんの見せてくだすつたミセスに衝撃を受けた。
ハミさんが使つてゐるミセスだといふ。
こちらに写真が出てゐる。新品と並んでゐるので比べてみてほしい。
いいだらう?
使ひこむとこんな風になるのだ。
いい。
いいぢやあないか。

この日は、しかし、買はずに帰つた。
店内にあつたのはライムグリーンのミセスだつた。
シュランケンカーフのライムグリーンは好きな色である。残心の長財布を愛用してゐるし、アンバランスもライムグリーンだ。
でもなー、普段使ひのかばんとしては、なー、うーん。

以来、「好きな色が出たら買はう」と思つてゐた。
あれからだいぶたつてしまつた。
今月二日に初芝居に行つた帰り、ふらりと立ち寄つたc.o.u.に、ミセスがあつた。
店の外からガラス越しに見た感じだと、チョコかな、とも思へるやうな色だつた。
ル・ボナーのblogからいくと、あれはおそらくバイオレットだ。
それで、しばらくあれこれ考へて、ある日芝居に行く前にc.o.u.に行つて、ミセスを入手した。

それ以来、雨の予報の日以外は毎日のやうに持ち歩いてゐる。
なんとなく持ちやすいのだ。
それなりに大きいかばんなのに、持つてゐるときはその大きさを感じない。脇の下におさまるからだらう。
大きいので、中身もたくさん入る。
このかばんはル・ボナーのかばんによくある「たくさん入るけどあまり入れない方がいい」かばんだ。
ここがなんとももどかしいんだよなあ。
入るのである。入るんだけど、めいつぱい入れるとやうすよく見えない。
普段はなるべくものは入れないやうにして、いざといふときは仕方がない、入れてゐる。

めいつぱいものを入れた常体でも、肩にかけてゐるとさほど重さは感じない。
そこもいい。
これも脇の下にぴつたりとおさまるからだと思ふ。
中にナス管がついてゐるのもいいし、内にはファスナー付、外にはまち無しのポケットがあるのもいい。
ポメラ100も入るし、云ふことない。

新年早々、いい買物をした。

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Wednesday, 22 January 2014

復活のほぼ日手帳

ほぼ日手帳を使ふことにした。

つい先日、「今年はもうほぼ日手帳は使はないかも」と書いたばかりではある。
しかし、ある事実に気がついたのだ。
日々のあれこれを書き留めてゐる手帳をMoleskineにしたら、使へない萬年筆がたくさんある、といふ事実に。

現在、日々のあれこれを書き留めてゐるのはSmythsonのPanamaである。
そのとき手にしたペンで書き込んで、なんの不自由もない。
これがMoleskineになると一変する。
このペンも使へない。あのペンも使へない。
使ふだけなら使へないこともない。
しかし、線はにぢみ、インキはときに裏抜けする。
それが楽しいときもないわけではない。
でも、毎回のこととなると、なあ。

といふわけで、急遽ほぼ日手帳の出番、といふことと相成る。
ほぼ日手帳だつたら、紙がしはしはになることはあつても、にぢみとか裏抜けはそんなに心配しなくていい。

以前ちらつと書いたやうに、最近入手した萬年筆にはMoleskineと相性のいいインキを入れがちである。
例外はパイロットのカクノくらゐかな。細字に色彩雫の孔雀、中字におなじく色彩雫の竹林を入れてゐる。どちらもMoleskineではにぢむことを確認してゐるインキだ。

中屋の萬年筆にはプラチナのブルーブラックを使つてゐるけれど、これもどうやらインキのフローがよいためMoleskineでは裏抜けしさうな感じではある。でもまあ、使ふだらう。

次の手帳はMoleskineといふのは、すでに決めてゐる。
そろそろほぼ日手帳のアップをはじめないと。

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Tuesday, 21 January 2014

あやまちに気づかない

大変なことが判明した。
ずつと、間違つたままモチーフを作つてゐたのである。

The Swirls

これはJon YusoffのTatted Snowflakes Collectionに掲載されてゐるThe Swirlyといふモチーフをつないだものだ。
このモチーフの、チェイン部分を間違へたままつなげつづけてゐたのである。
本来、2-p-3-p-3-p-3のところ、2-p-3-p-3で作りつづけてゐたのだ。
なぜ気づかなかつたのだらう。
ひとつくらゐ、正しく作つたモチーフはないかと探してみたが、どうやらない。
全部、2-p-3-p-3だ。

それはそれでいいとは思ふ。
ちよつとアレンジしてみたんだよね。
さういふ云ひ訳もできやう。
云ひ訳は云ひ訳でしかないがな。

といふわけで、これはこれでちやうどきりもいいし、ここでやめることにして、なにか別のことをはじめやうと思つてゐる。
Tatted Snowflakes Collectionに掲載されてゐるモチーフはどれもいい。多分、ひととほり全部作つてゐると思ふ。
この中からThe Swirly以外のモチーフを選んで、つないでみるかなあ。
さう思つて、パラパラとページをめくつてみたのだが。

うーん、選び難い。
やつぱり、The Swirly、かなあ。

The Swirlyのなにがいいか、といふ話は以前も書いた。
ほんとに「swirly」つてな感じのするところがまづいい。
ちよつと風車のやうな形で、リングが全体的にちいさめで、ピコもそんなに多くない。
それまで苦手だつたシャトルの二つ遣ひが、このモチーフだとそんな苦手意識もどこかへ行つてしまふ。
くり返しの最後にちよこつと入るスプリットリングを作るのさへ楽しい。
だから、たいして進みもしないのに、ここまでつなげてこられたのだらう。

ここは本のとほりにThe Swirlyを作つてつなげることにしやうか。
それとも、試しに別のモチーフを作つてみるか。
別のモチーフを作つてみる、かのう。

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Monday, 20 January 2014

端糸を憂ふ

ここのところ、休みの日も出かけることが多かつた。
土日のうち、どちらかは出かけないことにしたい。
できれば日曜日。
さう思つてゐるのに、昨日も浅草公会堂で歌舞伎を見てきてしまつた。
ほかに行ける日で手頃な席のあいてゐる日がなかつたからだ。

出かけてばかりゐると、当然あみものは進まない。
といふわけで、現在もラグラン袖のリブタートルネックセーターのもう片方の袖を編んでゐる。
この袖が終はれば、見た目はセーターとして完成することになる。
端糸の始末がだいぶ残つてゐるけれど、どうせ家の中でしか着ないし、別にいいかな、といふ気もしてゐる。
そのうちフェルト化するだらうし。

トルコの人はくつ下を編んだら端糸はそのままにしてゐるといふ話も聞く。Anna ZilboorgがSimply Socksにそんなことを書いてゐた。
履いてゐるうちにフェルト化するから問題ない、といふのだ。
なるほどなあ。

ところが一方では「そんなことではダメ」といふ意見もある。
最近「ずる」といふ本を読んだ。
ほんもののブランド品とにせものと、どちらを身につけてゐるかで人の行動が変はる、といふのだ。
にせものを身につけてゐる(と思つてゐる)人の方がずるをする確率が高い、といふのである。

これを敷衍すると、きちんと端糸の始末をしたセーターを着てゐるときよりも、端糸をそのままにしてゐた方がずるをする確率が高くなる、といふことになる。
あるいは、編んだものの端糸の始末をきちんとしないと、したときよりもずるをする確率が高くなる。
さう云はれると、なんだかそんなやうな気もしてくる。

いま編んでゐるセーターには、端糸がたんとある。
これをひとつづつ始末していくのかぁ、と思つただけでちよつと気が遠くなるくらゐだ。
そもそも端糸の始末とか、苦手なんだよなあ。うまくめだたないやうに始末するのが骨である。

しかも、さうかうするうちに、今週はこれからあたたかくなるといふ話もある。
セーターなんかできあがつても、着る機会がないんではあるまいか。

そんなことを考へてゐるあひだに、編め、といふことか。
ちなみに、先日四本針に変へて以来、それまでよりもたくさん編めるやうにはなつてゐる。

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Friday, 17 January 2014

ほぼ日手帳が使へない

今年はまだ、ほぼ日手帳に手をつけてゐない。

ほぼ日手帳を使ひはじめたのは10年前だつた。
たまたま、2005年用に売れ残りがあつた。
それでダメでもともとと思ひつつ注文したらなんとか買ふことができた。
カヴァはナイロンで、極々淡い灰色だつた。
カヴァオンカヴァを用ゐて、自分で作つたタティングレースのモチーフなどをはさんだりしてゐた。

最初のうちはどう使つていいものやらわからなかつた。
世の中の人は、実に楽しさうにほぼ日手帳を使つてゐる。
カラフルだつたり、絵が描かれてゐたり、半券や写真などを貼り込んだり。
色とりどりで、見てゐるだけでおもしろい。

残念ながら、やつがれにはさういふ使ひ方はできなかつた。
デジタルカメラで撮つた写真を印刷して貼り込んだりしたこともあつた。
長くはつづかなかつた。

結局、マンスリーのページに予定を書き込み、デイリーのページは日誌になつた。
それで10年間、つづいてきた。

ほぼ日手帳を使ふまで、日々の記録は集文館の掌中判三年手帳につづつてゐた。
都合6年、二冊使つた。
使はなくなつたのは、ほぼ日手帳を使ふやうになつたからである。
すでに、三年手帳では書ききれないな、と思つてゐたところだつた。
ほぼ日手帳なら、もつと書ける。
最初のうちはおなじことを両方に書いてゐた。
そのうち、ほぼ日手帳だけになつた。
自然な流れだ。

ただ、三年手帳には三年手帳のよさがある。
あるとき、もうやらないだらうと思つてゐた仕事に従事することがあつた。
たまたま、一年半ほどまへにおなじことをやつてゐた。
三年手帳を見たら、そのときのことが書いてある。
掌中版なので、日々持ち歩いてゐた。
多分、当時の自分は未来の自分が読むことなど考へてはゐなかつたらう。
そこには、「こんなことがあつて、驚いた」といふやうなことが書いてあつた。
すつかり忘れてゐたことだつた。
そして、その仕事を完成させるには、些細ではあるものの重要なことだつた。
過去の自分に助けられたのである。

一昨年の暮れ、なんの気なしにまた三年手帳を使ひはじめた。
かたづけをしてゐたときに、過去に使つてゐた手帳が出てきた。
ぱらぱらと見てゐたら、それなりにおもしろかつた。
三年手帳など連年手帳のおもしろさは、その日書き込むときに以前のその日になにをしてゐたかも視界に入つてくることだ。
これは、ほぼ日手帳にはない機能である。
ちやうど年もあらたまることであるし、また三年手帳をはじめてみるか。
さう思ふて、集文館の三年手帳を買つてきた。
ほかの掌中サイズの三年手帳も使つたことがある。
つづいたのはいまのところ集文館のものだけだつた。
一ページが三年にわかれてゐて一日分、といふのがよいのだと思ふ。
また、罫線がないといふのがやつがれには使ひやすかつた。
書きたいことは結構ある。
書くスペースが限られてゐるうへに罫線があつては、使ひづらい。

そこに極細のペンで書き込む。
以前使つてゐたころは、パイロットのCUSTOM 823を使用してゐた。ペン先は細字。
このペンについては何度か書いてゐる。
店頭で試し書きしたときは、「よく書けるペン」といつた感じだつた。
それ以上の感想はなかつた。
特徴がない、といつてもいいかもしれない。
日々三年手帳にこまごまと書き込んでゐるうち、あるとき、驚くやうな書き味に変はつてゐた。
やはらかいのである。
書いてゐて、ふはふはとして実によい感触がある。
いまは、セーラーの細美研を使つてゐる。プロフェッショナルギアの、最初期に出たものだ。
これも、買ふた当時はただただ極細のペンがほしいといふだけだつた。
いまはつるつると書けるよいペンになつてゐる。

三年手帳に書ききれないことは、MoleskineやSmythsonなど、そのとき使つてゐる手帳に書き記す。
去年一年は、そんな感じだつた。
ほぼ日手帳も使つてゐたけれど、なんとなくおなじことをまた書いてゐる、といふ感じだつた。
今年、まだほぼ日手帳になにも書き込んでゐないといふのは、むべなるかな、といつたところだとは思ふ。
予定はSchott's Miscellany Diary、日誌は三年手帳、あふれたものはポケットサイズのノート。
それで十分だ。

このままほぼ日手帳を使ふのをやめてしまふか。
せつかく入手はしたものの、それもありかな、とは思ふ。
無理して使ふものでもないからだ。
それに、このままほぼ日手帳を使ひつづけるとして、それは単なるノスタルジィだ。
10年間つづけてきた。
だからこの先もつづけたい。
それだけのことだ。

とはいへ、愛着はある。
どうしたものか、と、まだ新品のほぼ日手帳をまへに、しばし沈思する。

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Thursday, 16 January 2014

突然増えたすきま時間

ここのところ、週に二回は片道二時間半ではつかないところへ行つてゐる。
どうしても二時間半を切れない。
玄関を出てから到着するまで、あとちよつとなんだが、むづかしい。
バスが来ないとか電車が遅れるとか、さういふ偶然がかさなつてゐるから、といふこともないわけではない。
理論上は、少なくとも不動産屋やバス会社の云ふことを信じるならば、二時間半で行けるはずなんだがなあ。

それはさておき。
ところで、ここのところずつと電車の中では本を読む、と決めてゐる。
最近になつてやうやく鉄道各社が優先席周辺での携帯電話の使用について見解をあらためやうとしてゐる、と聞いた。
しかし、それまではなにを云つても優先席周辺での携帯電話の使用は「ご遠慮ください」状態である。
「3Gとか4Gだつたら大丈夫なんですよ」とか、争ふつもりはない。
いづれ、時が解決するもの、と思つてゐる。
だつて、優先席に座るやうなご老人たちが平気で携帯電話やスマートフォンを使用してゐるんだもの。
あらたまらねばをかしい。
さう信じてゐる。

それもさておき。
電車に乗つてゐる時間は、片道で正味一時間半弱、といつたところか。出発待ちの時間もあつたりするので、もうちよつと長いかもしれない。
往復三時間。
四六判のよくあるビジネス書くらゐの本であれば、読み終はつてしまふ長さである。
そんな感じでここのところ、「ずる」とか「働かないって、ワクワクしない?」とか「図説 地震と人間の歴史」とか「日曜日の歴史学」などを読んだ。

この機会に、時間のかかる本を読むかな。
さう思つたりもしてゐる。

そんな感じで、我ながら前向きだ。
びつくりだね。このやつがれが前向きだとは。
しかし、その一方で、体力の減退は著しい。
普段は気がつかないけれど、ふとしたときに異様に疲れを感じる。
電車ではたいてい一時間くらゐは座れる。それでも疲れるんだよなあ。
なにしろ、一日の五分の一を超える時間を移動に使つてゐるのだ。
自分の足で歩かないにしても、さう考へただけで疲れる。

そんなわけで、読書の時間は増えてゐる。
その一方で、タティングレースをする時間は減つてゐる。
よくよく考へてみると、これまでタティングレースにあててきた時間の減った分が読書の時間に組み入れられてしまつてゐるではないか。
由々しき事態である。

電車の中で座れて空いてたらタティングレースをしやうか知らん。

俄に登場した隙間時間に、うまく対処できてゐないやつがれであつた。

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Wednesday, 15 January 2014

湯島聖堂漢文検定?

先日、湯島聖堂漢文検定の受験案内パンフレットをもらつた。

第一印象は、ジーパンだつた。
そのこころは「なんぢやこりや」である。
#近頃面目次第もござりませぬ。

一番「なんぢやこりや」なのは、受験要領を説明する文章がさつぱり要領を得ないことだつたりする。
「漢文検定と正しい日本語の啓蒙・普及」つて書いてあるのに。
ま、それはさておき。

詳しくはリンク先に譲るとして、パンフレットよりリンク先のサイトの方が若干マシなやうだ。
たとへばパンフレットだと漢文検定を受けてもらひたい対象として、幼稚園、小学校、中学校、高校に通ふ人、みたやうなことが書いてあつて、さらにお子さんの親や祖父母、と書いてある。
一読、「大学生はどうでもいいのね」と思ふ。
子どもや孫のゐない人にも関係ないよね、とも云はれた。
さう読めるよね。
サイトでは「子どもから大人まで」と書いてある。
なぜパンフレットもこちらを採用しなかつたのだらうか。
謎は深まるばかりである。

揚げ足取りはこれくらゐにして、この漢文検定の特徴は、「寺子屋編」と「藩校編」とにわかれてゐることである。
寺子屋編、藩校編それぞれに初級・中級・上級・修了試験の四段階がある。寺子屋編の初級・中級・上級はさらに論語と漢詩とにわかれてゐる。
……わかりづらい。
さらに云ふと、寺子屋編の初級・中級・上級は団体受験しかできないのらしい。
つまり、個人では受験できないといふことだ。
え?
さらにさらに、受験会場は、寺子屋編の初級・中級・上級は申込団体の会場で実施し、それ以外は湯島聖堂で受験することになる、といふ。
ええっ?
なんだかハードル高いなあ。

だが、その代はりといはうかなんといはうか、検定料はそんなに高くない。テキスト代も然り。
湯島聖堂に行くことさへ厭はなければ、受けてみてもいいかな、と思へるくらゐの金額だ。
検定試験やテキスト販売でもうけやうといふ気はないのだらうか。
あるいは、受験希望者がものすごく増える、といふ想定なのだらうか。
それとも試験問題がとてつもなくむづかしいのだらうか。

気になるなあ、と思ひつつ、ちよいとreluctantなのは、やはり「論語」に拒否感を覚えるせゐかもしれない。
最近休みの日に一杯やりつつ「史記」などぱらぱらめくつてゐて思ひ出したことがある。
なぜもつと前からかういふ本を読まずに来たのか。
それは、漢文といへば「論語」、といふところがあつたからだ。
以前も書いたけれど、とにかくこどものころは儒教的な考へ方といふのがイヤでたまらなかつた。
こんなものさへなければ、もつと目上の人に対して構へずに対することができるのに。
心底さう思つてゐた。
いまでもちよつとはさう思つてゐる。
それはそれとして、好きなものを読めばいいぢやん。
さう思へるやうになるまで、ずいぶん時間がかかつてしまつた。
reluctantなのは、そんなわけである。

ところで、パンフレットには、藩校編の上に「昌平黌編」も作るつもりだ、とある。
それはちよつといいなあ。
まあ、藩校編の中級ですでに問題文に返り点がなくなるとのことなので、万が一受験することがあるとしても、昌平黌編にたどり着くことはないがね。

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Tuesday, 14 January 2014

年末年始のやうす

大晦日に「47Ronin」を見に行つた。
この映画は、映画館で見るより、DVDなどになつてから、忠臣蔵を知る仲間たちと杯など交はしつつわいわい云ひながら見たい。
だつて、映画館で笑ひをこらへるの、大変だつたんだよ。
まあ、田中泯の無駄遣ひだし、真田広之は立ち姿が素晴らしいのにやたらと近寄つたショットが多いし、とか、文句がないわけでもないけれど、まあ、お笑ひですよ、奥さん。

といふわけで、年内の笑ひ納めといつた「47Ronin」を見に行つた帰り、やつてしまつた。
ビーズを増やしてしまつたのである。

スワロフスキー

スワロフスキーの8mm。色はプロヴァンスラヴェンダー/クリソライトブレンド、だといふ。
紫と緑がランダムに入り交ぢつてゐる。
いいぢやあないか。

いいんだけど、使ひ道が思ひ浮かばぬ。
一応、あはせて銀色のビーズも丸小と丸大と両方買つてみたけれど、どうしたものかなあ。
おそらくタティングレースに使ふと思ふんだけれどもね。

タティングレースといへば、先日、やつとメキッキオヤに挑戦したのだつた。
スプリットリングでシャトルを持ち替へたときの要領で作ればいいのかな、と思つてゐたが、これが案外むづかしかつた。
これだつたらニードルタティングのときの手の動きの方がよほど楽である。
おそらくはシャトルタティングとは全然ちがふ動きなので、初心者でもさほど戸惑ふことなくできるのだらう。
メキッキオヤはシャトルタティングに似て非なるもので、そこのところのちがひをうまく吸収できないのにちがひない。

いづれにしても、いはゆるロゼッタパターンを作つてゐるやうでは、メキッキオヤの意味がない。
だつたらシャトルタティングのままでいいはずである。
メキッキオヤに特有の作り方をしないでは、メキッキオヤをする意味がない。
さう思ふ。

今度挑戦する時間を取れるのはいつになることか。
最近はタティングレースでさへなかなかやる時間がないといふのに。

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Monday, 13 January 2014

編んでます編んでます

今年の大河ドラマ「軍師官兵衛」を見始めた。
あみものの進むこと進むこと。
さうか、やつがれに足りなかつたのはこれか。
しみじみさう思つた。

何度か書いてゐるやうに、やつがれは芝居見物中だとて編んでゐたいと思ふ。
芝居がつまらないから、ではない。
芝居がおもしろいから、である。

Yarn HarlotのStephanie Pearl-MacPheeは、自著のなかで映画館で映画を見ながら編むときは木製または竹製の針を使用する、と書いてゐる。普段はメタル製の針を好むけれど、木製の方が音がしないからだ。

あみものの雑誌に連載されてゐるエッセイに、「こどもの運動会や学芸会を見てゐるときにも編みたい」と書いてゐる人がゐた。
この人は、クラシック音楽の演奏会を聞きに行つたときにも編みたい、と、書いてゐる。
この話は何度か書いてゐるか。

映画がつまらないから、自分のこどもが運動会や学芸会で活躍しないから、あるいは自分のこどもが出てゐないから編みたい。
さういふこともあるかとは思ふ。
やつがれの場合、TV番組の大半はそんな感じだ。
つまらないとは云はない。つまらないとは云はないが、TVを見てゐるあひだ、手持ち無沙汰なのだ。
手が動いてゐないこの時間がもつたいない。
そんなに真剣に食ひ入るやうに見るTV番組など、それほどない。
だいたいこどものころからTVを見ながら家族とオセロをさしてゐたやうな人間なので、なあ。

しかし、そればかりではない。
目の前でなにかすばらしいことが展開してゐる。
だから、自分もなにかすばらしいことをしながら見たい。
さういふことだ。

これも何度も書いてゐることだが、北村薫の小説で、主人公がおいしいクッキーを食べながら本を読まうとする場面がある。
おいしいものを食べながら本を読むのが至福の時なのだ、といふ。

好きなことをしながらもうひとつ別の好きなことをする。
また楽しからずや、である。

そんなわけで、ラグラン袖のリブタートルネックセーターの袖は、これまでになく進んだ。
とか云ひながら、まだ最初の片方の袖を編んでゐる最中だけれども。
袖は、二本の輪針を使つて編んでゐた。
これも進まない理由のひとつだつた。
輪に編む方法は、四つほど考へられる。
四本針・五本針を使ふ。
輪針を使ふ。
輪針を二本使ふ。
二本針で袋編みにする。

このうち、やつがれが好きなのは、四本針・五本針を使ふ方法か、普通に輪針を使ふ方法だ。
しかし、袖は輪針で編むには円周が短い。輪針だと早晩コード部分が邪魔になつてくる。
そして、ちやうどいいサイズの四本針・五本針が手元になかつた。

そんなわけで、同じサイズの輪針を二本用ゐて袖を編みはじめた。

円周の短いものを輪針で編むなら、二本使ひをするよりはマジックループの方が好きだ。
しかし、クロバーの匠の輪針のコードは、マジックループに用ゐるには硬過ぎる。
苦渋の決断であつた。

輪針の二本使ひのなにが苦手といつて、編んでゐない方の針がぶらぶらすることである。
また、編んでゐない方の針で編みはじめやうとしたときに、針に目をうつす作業がわづらはしい。
くつ下など円周の短いものを編むときに輪針の二本使ひを好む人がゐるといふけれど、とても信じられない。
この方法のなにがいいのか、さつぱりわからないからだ。
もちろん、四本針・五本針や、コード部分のやはらかい長い輪針が手元にない、といふのなら仕方のないことではある。
といふわけで、今回何年かぶりにやつてみたわけだ。

ダメだ。
この方法は、やつがれにはむかない。
針から針に移動するときに、目を針にうつす作業が発生するのに堪へられないのだ。

業を煮やして京橋の越前屋で五本針を買つてきた。
最初からさうすればよかつたよ。

かくして、さくさく進むやうになつた(当社比)袖の編みを、できるだけ早く終はらせたいと思つてゐる。
このセーター、試着すると薄くてぬくいんだよね。
ここのところ突然寒くなつてきたし、いいと思ふんだよね。
夜八時からはじまるTVドラマでも見ながら編むとするかな。

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Friday, 10 January 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 人形アニメーション

12月21、22日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。

今日は、人形アニメーションと展示室の外の展示とについて書く。

人形アニメーションの展示は、今回はいろいろな作品から登場人物をつれてきて展示してゐる。
作品ごとに、こぶりのケースにわけられてゐる。

「花折り」は、前回来たときに上映会で見た。
壬生狂言をもとにした作品ださうである。
向かつて左から順に太郎冠者、小坊主、大名の三人が並んでゐる。
このケースが実に可愛らしい。
やつがれの行つたときは、ケース内のちいさな照明がついてゐなかつた。
しかし、そこにゐる三人の愉快かつ可愛らしいやうすは微塵も損なはれることはなかつた。
ちよつとタイの踊り手のするやうに頭を首の横に出して、目を閉ざして微笑んでゐる小坊主がまづ可愛い。これ、もうだいぶきこしめした後の姿だつたかなあ。
太郎冠者と大名とは、狂言師が舞台で身につけてゐるのとほぼおなじやうな衣装を着てゐる。
太郎冠者の衣装は、袖の上部分が格子模様で下部分が無地、なんてなあたり、ほんとに狂言に出てくる太郎冠者が着てゐてもをかしかない。
こんな生地、よく探してきたよなあ。
大名は袴に丸くてちいさい紋のやうな模様を散らしてゐる。大名が着るか、といふとチト疑問だけれども、太郎冠者とかの衣装にはよくある。
人形アニメーションの人形がかなりちいさいといふこともあるけれど、それをさつぴいても実にらぶりぃなんだよなあ。

そのうしろには、「鬼」のケースがある。
「鬼」は前々回の展示のときも飾られてゐて、内容もおなじだ。
兄と弟と、その配置もポーズもほぼ前々回とおなじだと思ふ。
今回の展示の中では、「鬼」は「花折り」に次いで古い作品である。
そのせゐか、人形の顔が文楽のカシラにかなり近い。
とくに兄の方はそのまま文楽に出てきてもをかしかないやうな顔をしてゐる。
まあ、サイズがだいぶちいさいけれども。
兄は文七、かな。
弟はもうちよつと変更が加へられてゐる感じだ。うーん、若男? そんな感じ。
前々回も思つたけれども、兄弟どちらも手の形がとてもすばらしい。うつくしい手をしてゐる。それだけで見とれるほどだ。
また、ケース左後方から見ると、兄は弟の顔あたりをちやんと見てゐるやうな配置で飾られてゐるのがわかる。
ケースの右後方には回り込めないので、弟が兄の顔あたりを見てゐるのかどうかはチトわからないのが残念だ。

その隣が「道成寺」である。
これもまた前々回の展示で飾られてゐた。前々回は上映会で二度も見た。
さういへば前回の展示に行つたときも上映会があつたつけか。都合三度は見てゐる。
これまで見てきた川本喜八郎の人形アニメーションの中では、一番好きな作品である。
飾られてゐるのは「女」。若い僧侶を追つて、すでに半狂乱に近い状態の場面をイメージしてゐるものと思はれる。
今回の展示よりも前々回の展示の方が、女には動きがあつた。
髪の毛ももつと乱れた感じであつたし、着てゐるものも同様だつたやうに思ふ。
前々回の方が好きかなあ、と思つてゐたが、ある位置から見たときに印象が一変した。
「道成寺」の右隣には「不射之射」のケースがある。その「不射之射」のケースの右横から「道成寺」のケースを見たときの女のやうすが実にいいんだなあ。
みつうろこ模様の着物を引きずつて立つ姿は、非常に細い三角形を描いてゐる。
そのさまが実にうつくしいのである。
惜しむらくは間にひとつケースをはさんでゐる、といふことか。
あるいはそれがまたいい感じなのかもしれない。

その「不射之射」は、中島敦の「名人傳」を元にした作品である。
左から、甘蠅、紀昌、飛衛が並んでゐる。
甘蠅は、なにも知らなかつたらこんな人の下について教へを乞はうとは思はないやうな、そんな老人である。有り体に云つて、チトみすぼらしい。それでゐて、このケースの中ではひとり悠々としてゐるやうにも見受けられる。
紀昌は如何にも力みなぎる若者だ。
胸を反らせて立つ姿が凛々しい。
しかし、生意気さうにも見える。
それは「名人傳」を知つてゐるからか。
そこいくと、飛衛は力が抜けてるよな。
紀昌は、ほんたうは、飛衛のやうな存在を目指してゐたんだらう。
それが、ほんたうの名人になることによつて、おそらくは甘蠅に近いやうな感じになつてしまふ。
いや、「不射之射」は見たことないから実際はどうだがわからないけれども、「名人傳」からいくとさうだらう。

展示室出口のおほぶりなケースには「火宅」の三人が飾られてゐる。
向かつて左から小竹田男、菟名日処女、血沼丈夫である。
「火宅」は前々回もおなじ位置に飾られてゐた。
しかし、三人とも前々回とは趣がちがふ。
血沼丈夫は、前々回はひどく思ひつめたやうな表情で立つてゐた。
菟名日処女を思ふあまりをかしくなつてしまつた。
そんなやうすであつた。
今回も思ひつめた顔はしてゐるものの、前々回のやうな狂気は感じない。
そこいくと、小竹田男は、前々回とあまり印象は変はらないやうに思ふ。あるいは、前々回は血沼丈夫の印象が強くて、小竹田男のことはよく覚えてゐないだけかもしれない。
菟名日処女は、前々回は達観したやうすで立つてゐた。煉獄に囚はれて、業火に焼かれ焼かれたすゑの達観か、と思つてゐた。
今回は、その表情に苦悶の色が見えるやうに思ふ。
三人とも趣はちがつて、でも前々回とそんなにポーズとかがおほきく変はつた、といふわけでもないんだよなあ。
見る側の気持ちによつても違ふのかな。

人形アニメーションの展示のうち、一番好きなのは「花折り」の隣にある「李白」のケースである。
李白が、倒れた酒樽によりかかつて、空をあふいでゐる。
その先には月があるのだらう。
李白の背後に立つて、李白の見てゐるだらう月をあふぎみる。
もちろん、李白は酩酊状態だ。
脚は投げ出してゐるし、躰の力はすつかり抜けきつてゐるやうに見える。
スウェーデンのアブソルートウォッカのコマーシャルに使はれたときは、「月下独酌」をつぶやいたりしてゐたのださうである。
いい。
実にいい。
学芸員の方のお話だと、前回李白が飾られたときは、ユーリ・ノルシュテンがポージングをおこなつたのだといふ。
そのときは、まだ立つてゐる酒樽に手をついて、やつとのことで立つてゐる、といふやうな状態だつたのださうだ。
これがまた、実によかつたのだといふ。
そんな、ふらふらの状態でありながら、手にした杯はちやんと上を向いてゐたとも聞いた。
さすが酒飲み。
この日は、前日寝てゐないこともあつて、絶対飲まないつもりだつた。
しかし、この李白を見ては、飲まずにゐられうか。
ゐられるわけがない。
といふわけで、いまでもあの李白を思ひ出しては一杯やつてしまふのだつた。

展示室の外には、いつものヤンヤンムゥくん三態や、ブーフーウー、ミツワの女の子たちに大きなかぶの登場人物、それに「少年ケーン」のケーンとその両親とが飾られたケースがある。
そのときによつて変はるケースには、シンデレラが飾られてゐる。シンデレラと王子さま、魔法使ひのおばあさんがひとつのケース、継母とその娘たちがもうひとつのケースに入つてゐる。
シンデレラと王子さまは前々回もゐたけれど、魔法使ひのおばあさんと継母ははじめてだなあ。
「シンデレラ」の人形たちを見て、川本喜八郎を想起するのはむづかしい。
まあ、こどものころはそれと知らずゴロンタくんとか見てたんだもんな。

といふわけで、これで今回の飯田行きの感想は終はり。
次に行くのはいつだらう。

桃園の誓ひ・黄巾の乱・宮中の抗争についてはこちら
漢末の群雄と連環の計の前半についてはこちら
漢末の群雄と連環の計の後半についてはこちら
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Thursday, 09 January 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 江東と荊州

12月21、22日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。

今日は「江東と荊州」のケースについてだ。

飯田市川本喜八郎人形美術館にも川本喜八郎人形ギャラリーにも、来館者ノートがある。
訪れた人が感想などを書き綴るノートだ。
たまにぱらぱらとめくつてみると、「孫策を是非見たい」といふ書き込みがある。
どちらのノートにも、だ。

今回、その孫策がゐる。
「江東と荊州」のケースの一番左端に立つてゐる。
これが、いいのだ。
なるほど、「孫策を是非見たい」と書いてゐた人は、これが見たかつたのか。
さう思ふ。
なにがいいといつて、凛々しいのだ。
ケースの左端から見たときの、すつくと立つた姿がまづいい。
奈良のお寺にゐてもをかしかない。
ハンサムな仏像といふ感じだからだ。
四天王か八部衆か十二神将か、そんなやうな面子の中にひとりまぢつてゐてもいい。
正面から見ても勇気凛々といふ感じがする。
冠の両脇から出てゐる飾りがちよつとばかりせんとくん風味なのがアレだけれども、ね。

孫策の手前に甘寧がゐる。
甘寧の隣が程普、その隣が人形劇には出てゐなかつた大史慈の三人が並んでゐる。
この三人がなんだか濃いのだ。
このケースの前に立つて甘寧・程普・大史慈の三人を見るたびに「濃いぃ」とつぶやいてしまふ。
甘寧は若干ピンクがかつた色の皮膚をしてゐる。
顔の形は、台形のやうな、といはうか、ホームベースの下側が広がつたやうな、そんな感じだ。
甘寧といふと、海賊風に描かれることが多いやうに思ふ。
長江なのに「海」とはこは如何に、と思ふが、そこはつつこんではいけないところだ。
ここにゐる甘寧は、そんなに海賊つぽい感じはない。
ガキ大将風、かなあ。
そんな気がする。
程普は、どんぐり眼の……つて、それは前々回の展示のときにも書いたか。
このどんぐり眼がくせもので、この場のいはくいひ難い濃さに一役買つてゐる。
皮膚の色は黄土色系。三人の中では一番濃いかな。
大史慈は、人形劇に出てきた記憶がない。
多分出てゐないのではないだらうか。
少なくとも孫策との逸話なんかはなかつた。
まあ、時々思はぬ人物が思はぬところに出てゐたりするので(夏侯惇とか)、ちよつと気をつけて見てみやう。
大史慈は、口元に特徴がある。
なんだかうねつてゐるんだよね。
あひる口とはちがふんだけど、もうちよつと動かせばそんな感じ、だらうか。
ゆゑにか、なんだか微笑んでゐるやうに見える。微笑んでゐる、といふよりはほくそ笑んでゐる、かもしれない。
また、なにか云ひたさうにも見える。
「人形劇にも出てるぞ」とかかなあ。
いや、そこは確かめますです。はい。

程普と大史慈とのあひだあたりの後方に、孫堅が立つてゐる。
さうか。孫堅や孫策も三十年ぶり組か。
孫堅も濃いんだよね。口髭まはりなんかが特に濃い。
ほんたうは「漢末の群雄と連環の計」のケースにゐてもいいんだよなあ。ゐたら馬騰といい勝負の濃さだつたのではあるまいか。
そして、隣にゐる孫策は別段孫堅には似てゐない。
ここにはゐないけれども、孫権も父とも兄とも似てゐるやうには思はれない。
まあ、家族だからといつて似てゐるとはかぎらないか。
といふ話は、このあとの荊州陣にもあてはまる。

荊州陣の左端奥は蔡瑁。
人形劇の蔡瑁といふと、「こすつからい悪」といふ感じが実によかつた登場人物だ。
蔡瑁のいふてゐることは正しいのである。
玄徳を荊州に入れたら、軒を貸して母屋を取られることになる。
そのとほりである。
人形劇三国志の玄徳は「そんなことはできない(キリッ)!」の一点張りだけれども、結局一度は荊州を手中にするしね。
といふのは第35回の「風雲 南郡城」のくだりだ。
蔡瑁は、初登場のときからいい。
第20回の「わざわいを呼ぶ馬」で、玄徳を殺すやう部下に命じるところの「こ・ろ・せ」といふ云ひ方とか、最高なんだよね。
飯田の蔡瑁は、ちよつと素つ頓狂な感じで立つてゐる。
「え?」とでもいひたげな、すこし困惑気味なのかな、といふ印象を受ける。
かうして見ると、全然悪い人には見えないんだがなあ。
ちよつと愉快なをぢさん、といふ感じさへする。
もしかすると、玄徳さへ来なければ、ふつーに甥を次期君主にすゑて、それなりにいい人で暮らしたのかもしれない。
甥を次期君主にすゑる時点でダメか。

蔡瑁の手前は伊籍。
伊籍は人形劇三国志の中でも「いい人」組の一人だ。
さう思つてゐたけれど、ここにゐる伊籍からは「いい人」オーラはあまり感じない。
ちよつと怒つてゐるやうに見えるからだな。
蔡瑁が困惑気味の「え?」なら、伊籍は怒りを覚えたやうな「え?」といふ感じで立つてゐる。
これまた歯の見え具合の問題、かな。
あと、口角の下がつた口の形のせゐでなんとなく不満げなやうすに見えるんだらう。
伊籍が「いい人」な感じがするのは、荊州の中では玄徳に対して好意的だからだ。
つまり、荊州的には裏切り者、なのだらうか。
劉表とか劉琦とかとは意見が一致してゐるのかもしれないが(人形劇三国志的には)。
事実上の実力者である蔡瑁とかとはあはないからなあ。

蔡瑁の隣は劉表。
劉表も「漢末の群雄と連環の計」にゐてもいい、かな。あんまりで番はないけれども、玄徳の活躍の場を増やすためにちよこつと出てくるんだよね。玉璽を手にした孫堅とのいざこざがあつたりして。
劉璋のところにも書いたやうに、人形劇の劉表といふと、「人のいいお大尽」といつた印象だつた。
かうして見ると、目の形が「めくじら」の手ぬぐひに似てゐて、なんだか印象が変はる。
眉の形も独特だ。
動いてゐないとこんな感じなのかあ。
優柔不断な感じはするがね。
赤い前垂れに丸い龍の模様がふたつついてゐる。これが大層立派だ。

劉表の手前は劉琦。
なんだか呼び捨てにすると妙な感じがするなあ。
劉琦には意味もなく「さま」をつけたくなつてしまふ。
憂愁の貴公子・劉琦さま。
人形劇三国志の劉琦はまさにそんな感じだ。
そして、ここでも安定の憂愁の貴公子つぷりで立つてゐる。
劉琦は「人形劇三国志一シケの似合ふ人」だと思つてゐる。
ちなみに「人形劇三国志一病鉢巻の似合ふ人」は周瑜だ。
シケといふのはほつれ髪のことである。
ここに立つてゐる劉琦にシケはない。赤壁の戦ひの後、第34回の「曹操を逃がすな!」あたりからシケがある。
シケが揺れると憂愁の貴公子つぷりに磨きがかかるんだよね。
わづかにうつむいてゐるところがいいのかもしれないなあ。
特に、向かつて左側から見たときの憂ひ顔がいい感じだ。
そんな憂愁の貴公子のわりに衣装は華やかな色合ひなんだよなあ、劉琦さまは。

劉表の隣には蔡夫人と劉琮とがゐる。
蔡夫人が、劉琮の躰に腕をまはすやうにしてゐる。
蔡夫人、こんなやうな顔の人、ゐるんだよなあ。
蔡夫人は、前妻の子で長男である劉琦をさしおいて自分の子である劉琮に劉表の後を継がしめんとする。
それ事態はよくあることだ。感情的にも理解できる。
それゆゑか、人形劇の蔡夫人は目が横に動くこともあつてなんだかきつい感じの人だつた。
ここに立つてゐる蔡夫人もそんな感じではある。
そんな感じではあるけれども、なぜかしら威厳を感じる。
母の威厳、かもしれない。
劉琮は、まだこども。といふよりは、こどもからおとなになる途中、といつた感じか。
目と目との間隔が開いてゐるカシラである。
暗愚な感じはない。
と云ひきりたいところだけれど、これが微妙なんだなー。
なぜといつて、見やうによつては愚かしい感じにも見えるからだ。
うまく作つてあるなあ。
この感じつて、やつぱり強権発動する母親を持つ一人つ子つて感じなんだらうな。
案外云ふことはしつかりしてる。
そんな感じに見える。

蔡夫人と劉琮との手前には玉桃が立つてゐる。
玉桃は、人形劇三国志のオリジナルキャラクタだ。
劉表の姪で、「是非とも玄徳の妻に」といふので劉琦に伴はれて新野の城にやつてくる。
いまだつたら「KY」とでもいはれるだらう、空気読めないさんだ。
人形劇三国志中キング・オブ・空気読めないさんである玄徳の嫁になつたりなんかしたら、夫婦ともども空気読めなくて大変なことになりさうである。
いふなれば、玉桃は、玄徳と淑玲とを結びつけるために生まれた登場人物だ。
劉琦から玄徳を紹介されて、玉桃は結構その気になる。そして、積極的に玄徳の妻たらんとする。
それくらゐの人物が出てこないと、いつまでたつても玄徳と淑玲とは結婚できない。
脚本家はさう判断したのだらう。
可哀想な玉桃。
恋愛ものに、かういふ当て馬的な登場人物を出すつて、最低の手段だと思ふんだが如何に。
だがまあ、これも人形には罪はない。
玉桃は、女の人の人形にはめづらしくたれ目である。しかもその目がかなり大きい。
お多福をイメージしたのかなあ。
玉桃は、その後幸せになつたのだらうか。
劉表亡きあとの荊州で、どうしたら幸せになれるだらう。
野の遺賢に降嫁(つていふのかね)してゐたら、あるいは、とも思ふ。
でも玉桃がそれで幸せかどうかは微妙だなあ。

あと一回くらゐつづく。

桃園の誓ひ・黄巾の乱・宮中の抗争についてはこちら
漢末の群雄と連環の計の前半についてはこちら
漢末の群雄と連環の計の後半についてはこちら
劉備と曹操の曹操部分についてはこちら
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Wednesday, 08 January 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館と川本喜八郎人形ギャラリー

まとめページ

飯田市川本喜八郎人形美術館

2013上期
特異なキャラクターと江東の群像
玄徳の周辺
曹操の王国
許昌の都と漢中・蜀・南蛮
平家物語 女人平家
展示室の外

2013下期
黄巾の乱
宮廷の抗争と連環の計
玄徳の周辺
曹操の王国
江東の群像と特異なキャラクター
死者の書

2014上期
桃園の誓い・黄巾の乱・宮中の抗争
漢末の群像と連環の計 前篇
漢末の群像と連環の計 後篇
劉備と曹操 曹操
劉備と曹操 劉備
三顧の礼
人形アニメーション

2014下期
麻鳥と蓬子 無常
義経の周辺
平家一門 前篇
平家一門 後篇
木曽と鎌倉
三国志‐魏・呉・蜀‐のうち蜀
三国志‐魏・呉・蜀‐のうち魏
三国志‐魏・呉・蜀‐のうち呉
人形アニメーション

2015上期
三国志‐荊州の人々
三国志‐玄徳の周辺
三国志‐江東の群像
三国志‐ギャラリー中央
平家物語‐義経をめぐる人々と木曽と鎌倉
平家物語‐平家一門
人形アニメーション‐蓮如とその母

2015下期
諸葛亮と特異なキャラクター
江東の群像
玄徳の周辺
曹操の王国
許昌の都と漢中・蜀・南蛮
女人平家
人形アニメーションとホワイエの展示
2015/6〜11の展示のこと

2016上期
紳々竜々と黄巾の乱
宮廷の抗争
連環の計
玄徳の周辺 その一
玄徳の周辺 その二
曹操の王国 その一
曹操の王国 その二
江東の群像
特異なキャラクター

川本喜八郎人形ギャラリー

第一回
平家物語
人形劇三国志 天の時
人形劇三国志 密かなる謀 連環の計
人形劇三国志 人の和
人形劇三国志 地の利

第二回
ギャラリーの外
人形劇三国志 漢室の人々
人形劇三国志 黄巾と桃園
平家物語 保元の乱
平家物語 平治の乱
八月のイヴェント

第三回
人形劇三国志 白門楼‐呂布の最期 曹操とその家臣
人形劇三国志 白門楼‐呂布の最期 呂布と玄徳
平家物語 妓王と仏
平家物語 伊豆の佐殿
平家物語 鞍馬の牛若

第四回
人形劇三国志 赤壁‐苦肉の計 前篇
人形劇三国志 赤壁‐苦肉の計 後篇
平家物語 厳島 前篇
平家物語 厳島 後篇
平家物語 鹿ケ谷
平家物語 鬼界島
八月のイヴェント
講座川本喜八郎氏と人形アニメーション

第五回
南都炎上
二人義経
令旨発す
頼朝蜂起
木曽挙兵

第六回
義仲上洛
平家都落ち
赤壁大戦 その一
赤壁大戦 その二
劉備主従

第七回
落日粟津ケ原
鎌倉非情
一ノ谷 その一
一ノ谷 その二
父子三態
ギャラリー外のケース

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飯田市川本喜八郎人形美術館 三顧の礼

12月21、22日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。

今回は「三顧の礼」のケースについて書く。

ケースの一番左端にゐるのは徐庶の母である。
ちいさい老婆だ。
ちいさい老婆なんだけれども、きりりと結い上げた髪といひ、凛とした表情といひ、任侠の道を行く息子の母、といふ感じがする。
もしかしたら母親の方が任侠の人なのかも。
そんな気さへするほどだ。
徐庶の母の衣装は、地味な色合ひである。淡い黄色かなんかの地に焦げ茶の模様が浮いて見える。これが煉瓦を積み上げたやうな形、といふよりは網代に組んだ感じの細かい格子模様になつてゐる。
人形劇で見たときはそんなに細かく見えなかつたんだがな。かうして見ると、実に細かい。
程昱のときにもちよつと書いたやうに、人形が着てゐてこれだけ細かいのだから、人間が着たらほとんど無地のやうに見えるんぢやあるまいか。
質素な感じだが、いい衣装だと思ふ。

その隣に立つてゐるのが息子の徐庶。
衣装は玄徳に召し抱へられて以降のものだらう。
その目は向かつて左を睨んでゐる。ケースの左脇から見るとなんとなく目が合ふたやうな気分になる。
そして、この角度から見た徐庶が一番すてきだ。
真正面から見ると、徐庶にはどこか遊侠の人の雰囲気が漂つてゐるやうに見える。
衣装の着付け方のせゐかと思ふ。
人形劇三国志では、親子・兄弟がほとんど似てゐない。
似てゐるなあと思ふのは、張角・張宝・張梁の顔の形と、馬騰と馬休とくらゐかなあ。
何進と何后とも全然似てゐない。何后と弘農王とにもおなじことが云へる。
玄徳の母と玄徳とも似てゐないしなあ。
といふわけで、徐庶の母と徐庶とも、似たところはない。
似たところはないのだけれど、どことなく漂ふ任侠の人の感じはよく似てゐる。
さういふ目で見るからなのだらうか。

徐庶の右手前に、水牛に乗つた勝平がゐる。
ちやうど飯田行きのバスの中で、この水牛と勝平とを見た。
水牛がリアルなんだよね。とくに角がすばらしい。
実物を見るとやはりよくできてゐる。
勝平は笛を持つてゐる。
考へてみたら人形劇三国志では孔明と関平とは兄弟子・弟弟子の関係なのだなあ、とかいまさらながらにしみじみ思つた。
全然そんな感じしないけどね。
でもさういへば勝平が星を見て云々したときに、関羽が「星を見るのは孔明殿に任せておけ」といふやうなことを云ふてゐたつけか。
このころはまだこの子が関平になるとは夢にも思ひもしなかつたがなあ。

その背後に水鏡先生が立つてゐる。
水鏡先生は、そのカシラがとてもリアルだ。
人形劇三国志の人形のカシラは、基本的にはデフォルメが効いてゐる。
川本喜八郎は、文楽のカシラをモデルに人形のカシラを作つたと云つてゐた。
ゆゑにデフォルメの効いた感じになるのだらう。
おなじ老人の顔でゆくと、黄忠は鬼一、黄蓋ももしかするとさうかな、厳顔はまた違ふ気がする。舅、かなあ。いや、これはやつがれが勝手に思つてゐるだけだけれども。
で、水鏡先生はなにか、といふと、これ、といふカシラが思ひ浮かばないのだ。
見る角度によつては、先代の中村又五郎によく似てゐる。
来るバスの中でも水鏡先生を見ながら、「播磨屋だなあ」とずつと思つてゐた。
ときにやさしげ、ときにきびしげに見えるあたりも、とてもよいカシラだ。
また、水鏡先生は衣装がとてもすばらしい。
おそらくは白もしくは銀鼠のごく淡いやうな色なのだと思はれるのだが、見る角度によつて色が全然違つて見えるのである。
絹、だらうな。
織の技法で絞つたやうな効果を出してゐるのだらう。
細かい柳の葉のやうな形の凹凸があつて、それで光の加減で白つぽくも黒つぽくも見えるやうになつてゐるのだ。
いいなあ。
これ、人間が着ても絶対すてきだらうなあ。
つて、もともとは誰かが着てゐたものだらうけれども。
そんなわけで、ひたすら水鏡先生の前をうろうろしては衣装の見せるさまざまな表情に見とれてしまつた。
もちろん、そのたびに印象の変はる水鏡先生にも見とれたことはいふまでもないだらう。

その隣に立つのは孔明だ。
師匠の衣装は立派だけれど、孔明の身につけてゐるのは寝間着である。
実は、水鏡先生の衣装が立派に見えるのは隣に立つ弟子が寝間着姿だからなのではあるまいか、と、ちよつとした疑心暗鬼にかられたりもした。
寝間着姿にも関はらず、手には白羽扇を持つてゐる。
さすが孔明。
孔明は前回も前々回もケースの奥の方にゐた。間近で眺めるのは、ここでは今回がはじめてである。
寝間着姿だからだらうか、その双眸も起きたてのやうにうるんで見える。
そして、寝間着姿にも関はらずなんとなくこちらを迎へ入れてくれてゐるやうな感じにも見える。
なぜだらうと思つてよくよく見ると、わづかに前のめりに立つてゐるんだな。ケースの右端から見ると、孔明は前傾してゐるのがわかる。
寝起きだらうに。
ま、迎へられてゐるのは玄徳なんだらうけどね。

その孔明から目を右下にうつすと、そこには石広元・孟公威・崔州平がゐる。
この三人が実にいいんだなあ。
いかにも飲んだくれつつ議論白熱、みたやうな感じで。
石広元がとろんとした目で見守る中、孟公威が鋭く崔州平を問ひつめ、崔州平は倒れた瓶に寄りかかるやうにして「そんなこと云つたつてよー」とでも云ひたげに口をとがらせてゐる。
そんなやうな図だ。
いいなあいいなあ。
人形劇には崔州平はひとりで出てきて玄徳に哲学的な答へを与へるだけだ。孟公威と石広元とは一緒に出てきてやつぱり飲んだくれてゐるところが出てくるけれどもね。
実際はどうだつたんだらうか。三人でかうして飲んでは議論をする、あるいは議論しつつ飲んだりしたことがあつたのだらうか。
史書には孔明の高言を受け入れてゐるのは崔州平と徐庶とのみ、みたやうなことが書いてある。
案外、孔明評で三人で意見が割れてゐた、とか、さういふ図なのかもしれないな。

孔明の隣には諸葛均がゐる。
今回、展示室の外では人形劇三国志DVDの六巻がエンドレスで流れてゐた。
リアルタイムの放送から三十年ぶりに、諸葛均の「兄はゐません」を聞いた。
記憶通りだつた。
いやはや、いいなあ、諸葛均。あのとりつくしまもにべもないクールなところがたまらない。
兄が若干前のめりに立つてゐるのに対し、弟はほぼまつすぐに立つてゐる。
皇叔だらうがなんだらうが、平等に扱ふ理知の人。
そんな感じがする。
ここの兄弟は上から段々情が薄れていくのにちがひない。
瑾が珪の子かどうかといふのはまた別の話。
諸葛均の顔は頑固さうに見える。意志がかたさう。
人形劇ではもうちよつと活躍を見たかつたねえ。

といふわけで、あと二回くらゐつづく。

桃園の誓ひ・黄巾の乱・宮中の抗争についてはこちら
漢末の群雄と連環の計の前半についてはこちら
漢末の群雄と連環の計の後半についてはこちら
劉備と曹操の曹操部分についてはこちら
劉備と曹操の劉備部分についてはこちら

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Tuesday, 07 January 2014

特筆すべきことはない

あみものが昨日のやうな状況なので、タティングレースも推して知るべしといつた状況である。
例によつて、年賀状はこんな感じ。

年末、といふか、十一月くらゐからちよこちよこモチーフを作りためてはゐた。
ためてはゐて、しかし、全然足らなかつた。
仕方がないので過去に作つたモチーフをかきあつめてみた。
いやー、ありがたいねえ、過去のやつがれ。
こんなにモチーフを作つておいてくれて。

二枚足りなかつたが、そこは左馬でごまかしてしまつた。

筆ペンはくれたけの万年筆ペンを愛用してゐる。
なのに、年賀状を書く段になつてインキ切れをおこしてしまつた。
仕方なく、ぺんてるの万年筆ぺんを使つた。
名前は「きらり」。
名前や「美文字」といふ惹句には引くけれど、いいペンである。
新しいせゐか、くれたけのペンより腰があるやうな気もする。
今年は筆ペンとも戯れたいなあ。

年賀状は、年明けて四日に書いた。
そのときの人間失格感たるや、筆舌に尽くしがたい。
しかし、とにかく終はつたのだ。
あとは好きなことをしていいはずだ。

といふわけで、タティングレースはまた蔓日日草色のレース糸でドイリーもどきに戻つた。
Jon Yusoffデザインのモチーフをさらにつなげるつもりである。

でもなあ。
今回のことを考へても、モチーフを作りためておいた方がいいんだよなあ。
ここのところあまり見てゐなかつたタティングレースの本でも見て、作りたいモチーフを探してみるかな。

あ、それに、本だけ買つてまつたくやつてゐないメキッキオヤもあつたか。
一度は試してみたいと思つてゐるんだよね。

まあ、タティングレースにもとくに目標など定めず、のんびりまつたり結んでゆきたい。

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Monday, 06 January 2014

年末年始の編み事情

この年末年始はほとんどなにも編んでゐない。
ラグラン袖のリブタートルネックセーターの袖をちよこちよこ編んだくらゐだ。まだ最初の片方を編んでゐる最中である。

なにゆゑこんなに編めなかつたのか。
ひとつには、この年末年始は例年になくよく出かけた、といふことがあげられる。
大晦日・元日・二日と三日連続で出かけるなんて、いままでだつたら考へられないことだ。
ありがたいことである。

もうひとつには、多分、セーターに飽きてきてゐる、といふことが考へられる。
編みはじめるといいんだけれどもね。
手に取るまでが億劫なのだ。
なんといつてもでかいし。
また、袖を編むのに身頃全体をぐるぐる回しながら編まなければならないといふこともある。
編み出すと、すぐにでもできあがるやうな気がするんだがなあ。
まあ、袖が編めればほぼできたも同然なので、地道に編んでいきたい。

さらにいふと、この正月に駅伝をひとつも見なかつたといふのがおほきい。
例年であれば、駅伝を見るともなしに見ながらちよこちよこ編むのである。
今年は二日に出かける前に箱根駅伝の一区の選手が六郷の橋をわたる手前までは見た。
そのほかはまつたく見ないまま過ごした。
駅伝を見ない生活を送らうと思つたからである。
見はじめると、どうでもいいと思ひながら、ゴールまで見てしまふ。それも、放映終了まで、だ。
バカバカしい。
そんなもの、見ても見なくてもおなじなのに。

ところが、駅伝を見ることにはそれなりに意味はあつたのだ。
あみものやタティングレース、紡ぎが進む。
去年も何度か「テレビを見ないことにした結果、編む量が減つた」と書いた。
えうするにさういふことである。

あみものに関しては、特に今年の抱負のやうなものはない。
理想は、手持ちの毛糸を減らすこと、だ。
手持ちの毛糸を減らすこと、といふ目標はたてても、さて、具体的にどうしたらいいものやらわからない。
やたらとくつ下毛糸ばかりあるから、くつ下ばかり編むか。
あるいは、くつ下毛糸なら中細毛糸で100gはあるので、ちいさいショールでも編むか。
はたまたいろんな糸をつなぎあはせておほきいものを作るか。

いろいろ考へられはして、しかしこれといつたものを思ひつかない。

ぼんやりと、帽子を編みたいなあ、なんぞと思つてはゐる。
編み込みか縄編みか、そんなやうなのがいいなあ、くらゐのぼんやりとした感じである。
帽子を編みたいと思ふのは、おそらく今編んでゐるのがセーターで、すぐには編み終はるやうすがないからだ。
編み始めたら即編み終はるやうなものを編みたいといふ気分なのだらう。

夏に編んでゐてそのままになつてゐるスカーフもあるしなあ。
ひとまづは「完成させること」、いや、まちつと目標を下げて「編み切ること」を目指していくかな。

さういへば、水鏡先生の衣装再現計画とかもあつたか。
ま、いいか。

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Friday, 03 January 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 劉備と曹操 のうち劉備

12月21、22日に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
前回、「劉備と曹操」のケースの話のうち、曹操だけで終はつてしまつた。
といふわけで、今回は劉備。

曹操とその仲間たちの一番左端は程昱と典韋。
その左隣に立つのは美芳と淑玲とである。
え、それつて、つまり、張飛とかを隣に立たせたら、一触即発つてな感じだから? いや、即戦つてしまふかもしれないか。
そんなことを思ひながら見る。

美芳は手前に立つてゐる。
これが、妙に可愛くてなあ。
前回の展示のときも、ケースの左端から見たときの美芳は可愛かつたけどね。その位置から見ると、張飛の方を見てゐるやうにも見えたんだよね。
今回はとくにどこを見てゐるといふわけでもない感じ。
しかし可愛い。どうしたんだらう。
さういへば、前々回の貞姫も異様に可愛かつたのに前回は全然そんなことなかつたんだよなあ。
ほんとに飾り方ひとつで違ふんだなあ。
美芳は、腰にちいさなポシェットを提げてゐるのも可愛い。売り上げを入れるんだらうか。ちいさいからハンカチとかなんとかが入つてゐるのかな。衣装と色や模様をあはせてあるのもお洒落。

美芳の背後には淑玲と玄徳の母とがゐる。
左側に玄徳の母が座つてゐる。
人形劇ではかなり辛辣なことも云ふし、厳しいところもある母親だ。
でも、飯田にゐる玄徳の母は、なんだかさつぱりした顔つきの気さくさうなおばあさんだ。
気さくさうな、といふのは人形劇でもさうか。
その右にゐる淑玲は、今回はちよつとうつむいて立つてゐる。
前回の展示のときは、空を見上げて胸を抱くやうにして立つてゐた。これがいたく可愛くてなあ。まるで「玄徳さま」などと呟いてゐるかのやうに見えたものだ。
何度か書いてゐるけれど、人形劇の淑玲は、大変可愛く見えるときもあれば、なんだかもつさりとどんくさく見えることもあつた。
今回の淑玲も可愛いなあ。
学芸員さんは、「なんだか落ち込んでゐるやうに見える」といふやうなことを云つてゐた。
今回展示に玉桃がゐるからだらうか。
といふ話は、また玉桃が出てきたときにでも。
そんなわけで、今回の展示では、落ち込む淑玲を励ます玄徳の母、みたやうな感じになつてゐる。
なんだかいいぞ。

その左手前に張飛がゐる。
今回の最初のエントリで、川本喜八郎が小川英に送つたといふ三兄弟のことを書いた。
現在ヒカリエにゐる張飛もさうだけれども、作りなほした張飛は、どこかまぢめさうに見える。
人形劇に出てゐた張飛はもつと可愛かつた。人形劇用といふことで、意識してさう作つたといふ向きもあるのかもしれない。
飯田のこのケースにゐる張飛は、たしかに展示室の入口付近にゐる張飛やヒカリエにゐる張飛よりは可愛い。カシラが全体的に丸みをおびてゐるし、目も丸い。
でも、なーんか違ふんだよなあ。
動いてないからかなあ。
さう思つてよくよく見てみると、この張飛には目尻に朱がさしてある。
んー、人形劇の張飛はさうだつたらうか。
いや、そんなことはないはずだ。
もしかすると、物語終盤にはさうなつてゐたのかもしれない。
最後は亡霊として登場するしね。いまはの際の孔明を迎へに来る一団の中にゐたんだよね。
張飛はわづかに左の方向を見てゐる。
そちらの方向に敵でもゐるのか。
しかし、弱過ぎるのかはたまた遠過ぎるのか、ちよつと気の抜けたやうなやうすに見える。
蛇矛も構へてはゐないしね。

その斜め後ろに玄徳。
玄徳は、前回の展示のときは実にやうすがよかつた。
「玄徳つてこんなにやうすがよかつたか知らん」と失礼なことを思ふくらゐよかつた。
白竜に乗つてゐたからかもしれない。白馬の王子さま(髭はあるけど)といつた趣だつたんだよな。
今回ゐる玄徳も前回の玄徳とおなじかと思ふが、前回の凛々しさには欠ける。
ふしぎである。
手には采配を持つてゐて、張飛とおなじやうにやや左を見てゐる。
玄徳についてはちよつとがつかりする話を聞いてしまつた。
髭のない玄徳はもうゐないのださうである。
がーん。
川本喜八郎は直接玄徳のカシラに髭を描いてしまつたといふんだなあ。
さ、さうなのかぁ。
思ふに、淑玲と結婚した後のあのカシラは、髭の描かれた後のカシラだつたんだらう。
ショックだなあ。
でも云はれてみればさうであつたか、とも思ふ。
人形劇三国志の第23回「三顧の礼」で孔明と対峙する玄徳は、孔明より若く見えるもんなあ。親子ほども年がちがふといふのに。
年が若く見える所以はカシラだけではないとは思ふけれどもね。多分に姿勢がものを云ふ気がするんだ、若さには。
それに、川本喜八郎は、玄徳を元々もうちよつと年上な感じに作るつもりだつたやうなことを云つてゐるしね。
そのせゐか、夏に買つたTシャツの絵の玄徳にも髭がある。

その斜め前に関羽。
関羽は、人形劇のときが圧倒的にやうすがよかつた。
さう思つてゐる。
ヒカリエにゐる関羽と比べると、目がすつきりしてゐるのだ。切れ長な感じ、とでも云はうか。
でも今回飯田で見て、やつぱりなんか違ふ気がしたんだなあ。
どうやら関羽の顔にもところどころに朱がさしてある。
最近見た第58回「関羽死す」でもなかつた気がする。
関羽は、死して後もかなり何度も登場する。もちろん亡霊として。
その時に朱をさした、といふことは考へられる。
しかし、前々回前回今回と展示を見てきて、まつたくおなじ人形でもちよつとした恰好のちがひでまつたく異なる人形に見えるといふのを痛いほど経験した身としては、今回はたまたまかういふ感じに見える、といふだけなのかな、といふ気もする。
関羽もまたやや左を見て立つてゐる。
張飛とちがふのは、戦はうと思へば即戦へるやうなやうすに見える、といふことか。
青龍刀の構へ方がね、そんな感じなんだよね。
かういふ細かいところで関羽と張飛との違ひが見えるのが楽しいよなあ。
今のヒカリエの展示でもふたりの違ひがわかるやうになつてゐる。

このケースの一番右端は趙雲。
趙雲は、前回の展示のときの玄徳の前に畏まつて膝をついてゐる感じが大変によかつた。
うつむいた横顔のすてきだつたこと。
今回は、正面を向いて立つてゐる。
かうして見ると、趙雲もかなり困惑したやうな表情をしてゐる。
眉根が寄つてゐるんだよな。
趙雲つてこんなだつたか知らん。
人形劇の趙雲には「いつも爽やか好青年」といふ印象しかない。
なにしろ、趙雲を老いぼれ呼ばはりした、といふので姜維はやつがれの不興を買つてゐるくらゐである。
わかつてゐる。
姜維の出てくるころの趙雲はすでに老将なわけで、敵に老いぼれ呼ばはりされても仕方がない面もないわけではない。
それでもなほ、人形劇の趙雲は死のそのときまで「いつも爽やか好青年」なのである。
今回の展示の趙雲はその「爽やか」な面もあまりないし、「好」青年にも見えないなあ。
槍を肩に担いでゐるあたりとか、ちよつとやさぐれてゐるやうにも見えなくもない。
さういふ趙雲を見るのもまた一興か。

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Thursday, 02 January 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 劉備と曹操 のうち曹操

12月21、22日の飯田市川本喜八郎人形美術館行きの話がつづいてゐる。

「漢末の群雄と連環の計」の向かひには、曹操と玄徳とのそれぞれの仲間たちがなかよく(?)並んでゐる。
そのあひだに、紳々竜々のゐるケースがある。
曹操軍時代の衣装だらうか、なにかへまをやらかしたのか紳々は片手を頭にやつてちよつとへこたれてゐるやうな恰好で立つてゐる。
そんな紳々の肩に手をおいて、竜々は励ましてゐるかのやうに見える。
紳々竜々は、ご存じ紳助竜介をもとに作られた人形だ。
それゆゑか、今回の飯田行きではそれほどでもなかつたけれども、大抵展示室に入つてきた人の反応はとてもよい。
「人形劇三国志」がなかなか再放送されないのは、この人形たちゆゑ、そしてモデルのふたりゆゑ、といふか、具体的にはその片割れゆゑ、なのではあるまいか、と、さう思はないでもない。
しかし、人形に罪はない。
「人形劇三国志」には「ことわざ三国志」といふおまけ的な番組があつた。
三国志由来の故事名言をとりあげて、「人形劇三国志」からその場面を流すといふ番組だつた。立間祥介が出演して解説してゐた。
このときスタジオに紳々竜々が出てきたことがあつた。
これが、とてもよかつた。
スタジオだし、とくにセリフのあるわけでもないから聲はなし。純粋に人形と人形遣ひとだけの世界である。
いやー、可愛いぢやん、紳々竜々。
これ以降、やつがれの紳々竜々を見る目が変はつた。
時折、音声を切つて、「人形劇三国志」を見る。
いいなあいいなあ、紳々竜々。
音声を切つて見ると、曹操なんかも妙に可愛いときがある。
おもしろい。

「劉備と曹操」のケースの一番左端にゐるのは許褚だ。
ここが定位置なのだらうか。位置からいつても人形からいつても、まるで仁王さまのやうである。
許褚は現在渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーにもゐる。
ヒカリエの感想にも書いたやうに、ヒカリエの許褚はかなりリアルな顔立ちをしてゐる。
全体的な印象は変はらないんだけれどもね。ちよつとアンパンマンを思はせるやうな丸々とした顔で、ごまのやうな髭をはやしてゐて、目はちいさい。
「アタックNo.1」なら石松的なキャラクタ。そんな感じがする。
飯田の許褚の方がデフォルメが効いてゐる。ゆゑにより可愛い感じがする。
許褚が可愛くてどうする、といふ話もあるけれど、人形にはどこかしら可愛げのあるものなのであるよ。

その左後方が郭嘉。
うわー、郭嘉、前回と全然違ふ。
前回は「皮が乾いてひきつれちやつたやうな表情をしてゐ」た。
をかしい。
なにしろ我が家では孔明が出てきたときに「前の人の方がいい男だつたね」と語りあつてゐたほどなのだ。
つて、この話は何度も書いてゐるけれど。
ここでいふ「前の人」とはすなはち郭嘉である。
軍師で聲がおなじなので「前の人」といふ感じがしたのだらう。
「人形劇三国志」を見てゐると郭嘉はいい男なのである。
とくに第15回「関羽の決心」の、関羽とふたりだけでことばを交はす場面の郭嘉のやうすのいいことといつたら。
ここは関羽も実によくて、「男たちはわかりあつた」的なよさがある。お互ひに相手の云ひ分はわかる、受け入れられないけど、みたやうなところがいいんだよなあ。
それが、前回の飯田の展示では「いい男」のかけらもなかつた。
いやー、郭嘉、さうぢやないでせう。ちがふでせう。
ずつとさう思つてゐて、二度目に見に行つたときにやつと「ああ、ここからなら、なんとか記憶にある印象に近いかも」といふ位置を見つけたものだつた。
今回はそんな苦労をしなくてもいい。
なーんだ、やつぱり郭嘉さん、いい男なんぢやーん。
安心してさう思へる。
ところで郭嘉は今ヒカリエにもゐる。
作りなほされた郭嘉の方がいい男、かな。多分に歯がどれくらゐ見えるかによつてこの「いい男度合ひ」といふのは変はつてくるやうに思はれる。

歯の見え具合、といふと、その郭嘉の前にゐる曹仁のことも考へてしまふ。
曹仁のカシラの傾き具合といふか、顎の上げ加減はおそらく前回とそんなに変はらない。
前々回の展示のときは、曹仁は実に「ふつー」に見えたものだつた。
普通、といふか、おとなしさう、といふか。
周囲にゐる人形が個性的すぎるのだ、と、当時は書いてゐる。仲達とかさー。
しかし、前回の展示のときに曹仁の印象は一変した。
武将らしい猛々しさがあつた。
前々回と前回となにがちがふのかつらつらと考へてみるに、おそらくは顎の上げ加減とそしてそれによつて見える歯のやうすとなのではあるまいか。
さう思ふやうになつたのは、前回の展示を二度目に見に行つたときのことである。
顎があがつてゐるから目の前にゐるだらう敵をあふつてゐるやうに見える。
食ひしばつたやうな歯が見えるから々しく見える。
さういふことなのだらう。
といふわけで、今回の曹仁もそんなやうな見える。

郭嘉の隣は曹操。
今回の曹操はめづらしく目が前を向いてゐる。
さういへば今ヒカリエにゐる曹操もさうだな。
曹操の印象といへば、目は左右どちらかを睨むやうにしてゐる、だ。
これは目の動く人形全般にいへることかもしれない。
真正面を向いてゐる呂布とか、あんまし考へたことないな。今ヒカリエにゐる呂布はそんな感じだけれども。
周瑜も同様だ。キリキリと今にもキレさうなやうすで睨みをきかせてゐる印象が強い。
曹操が正面を向いてゐるとどう見えるのか、といふと、うーん、「もしかして、困つてることとか、ある?」と訊きたくなるやうな表情をしてゐるやうに見える。
多分に眉根が寄つてゐるからだらうな。眉根に藍隈を描くときの色で縦にちよこつと皺が描かれてゐるのだ。
ところでヒカリエにゐる曹操にはその皺が見当たらないやうに思ふ。ゆゑに真正面から見たときの印象もまた違ふ。
カシラの全体的な印象は変はらないんだけどね。曹操はかなりイメージのかたまつてゐる登場人物のひとりだつたんだらう。
あるいは放映中に「これだ」といふやうにかたまつていつたのかもしれない。
考へてみたら、人形劇にあまり出てこなかつた人形の方がつくりなほした後と前との印象がちがふ気がする。

曹操の前に夏侯淵。
夏侯淵もかなり眉根が寄つた顔立ちである。したがつて、真正面から見ると、困つてゐるかのやうな顔に見える。
なんでそんな世の中のなにもかもを背負つたやうな顔になつてしまつてゐるのか、とさへ思ふ。
動いてゐるときはそんなに気にならないんだけどね。やはり人形劇の人形は「動いてナンボ」なのかもしれないなあと思ふ所以である。
今ヒカリエにゐる夏侯淵の方がいい男に見えるのも、眉根の寄り具合が若干緩和されてゐるからなんだらうな。

曹操の隣は程昱。
程昱は前回の展示のときにもその衣装に目を奪はれたものだつた。
源氏香なのである。
あらあら、程昱さんつてばなんだかお洒落ぢやん、と思つてゐた。
今回、あらためてよくよく見ると、これまたなんだかいい衣装を着てゐることに気がついた。
焦げ茶だらうか、もしかするともうちよつと薄いでも渋い茶の地に、これまた渋い色の糸でちいさな花を散らした柄の衣装を身に着けてゐる。
ちいさな人形の中でもとくにちいさい程昱が着てゐてこの柄のちいささだ。
人間が着たらどれほどちいさく見えることか。
人形劇を見てゐても、時折程昱はとても可愛く見えることがあつて、「なぜだらう。ちいさいからかな」くらゐに思つてゐた。
おそらく、かういふちよつとしたところが可愛さを醸し出してゐるのだらうなあ。
程昱といへば八尺三寸の大男だけどね。だいたいマイケル・ジョーダンくらゐ、だらうか。マイケル・ジョーダンはNBAの選手の中にゐるとそんなにおほきくは見えないけれど、平均から考へたら大男だからね。
程昱は現在ヒカリエにもゐる。つくりほした程昱もまた小男だ。
梶原景時は拝領の頭巾を縫ひちぢめるが、人形劇の程昱はその背を盗んだのかもしれないなあ。殿様に遠慮して。

程昱の前が典韋。
典韋も現在ヒカリエにゐて、程昱の隣に立つてゐる。
偶然か、それともヒカリエの展示に引つ張られたものか。
ヒカリエの典韋は胸に八本の短剣をはさんでゐる。飯田は六本。そして、ヒカリエの短剣の方がなんとなく立派に見える。そのせゐで、「それぢやあいざといふときに抜けないだらう」と思つてしまふ。
概ねヒカリエにゐる人形たちの方が得物や沓などは立派だ。
照明もあるとは思ふけれども、ヒカリエの典韋の方がseriousな感じがする。とは、ヒカリエの感想のところに書いたとほりだ。
人形劇の典韋はかなり後々まで活躍するからね。そんな明るさが飯田の典韋にはある。

玄徳一行にたどりつくまでに長くなつてしまつた。
曹操とその仲間たちは魅力的だからなあ。

そして、まだまだつづく。

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Wednesday, 01 January 2014

飯田市川本喜八郎人形美術館 漢末の群雄と連環の計 後篇

12月21、22日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つた話のうち、「漢末の群雄と連環の計」といふテーマのケースのつづきである。

董卓の隣には呂布がゐる。
戟を立て、ちよつと斜に立つてゐる。
呂布と董卓と貂蝉とは、前回の展示では三角形を描くやうに立つてゐた。
董卓がむかつて右を睨むやうに立ち、呂布がむかつて左を睨むやうに立ち、そのふたりの前に貂蝉がゐる、といつた具合。
最初に前回の展示を見たときにはその構図に気づかなかつた。愚かだなあ。
今回は横展開の三人である。
呂布といふと、現在渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーにゐる呂布が大変によろしい。
敗残の態で、どつかと座し、戟を床においてゐる。
そのせゐと、あとはケースの後方にゐるといふこともあつてか、はじめのうちは「今回の呂布は地味かも」とか思つてゐた。
実は、公孫瓚のあたりから見た呂布がまことによい。
呂布は、キリキリと眦の訣するかと思はれるほど横を睨んでゐる姿が一番いい。

そのななめ前に王允がゐる。
王允は、わづかに首を傾げるやうにして、こちらになにごとか悪事を持ちかけるやうな趣で立つてゐる。
うわー、なんだか人形劇の王允つぽーい。
なにしろ人形劇に出てゐた王允は学芸員の人に「宦官」と間違はれちやふやうな男だからなあ。髭もあるといふのに。
さういふ、どこか陰湿なねちつとした感じがよく出てゐる。

その横が陳宮。あれ、陳宮も「三十年ぶり」組、かな。
陳宮といふと、これまた現在ヒカリエにゐる陳宮がえらくお洒落さんだ。
飯田の陳宮も負けてゐない。
服の表の地はもちろん、裏地がなんともいいんだなあ。
飯田の陳宮もヒカリエの陳宮も、裏地が大胆な縞柄になつてゐる。
そして、飯田の陳宮の方がより大胆な柄だ。
これ、誰かが着てゐたんだよな。粋筋の人だつたのかなあ。
陳宮の服の裏地が派手派手なことには、人形劇を見てゐたときから気がついてゐた。
それをあらためて実際に見られるといふのはまことにありがたいことである。
ところで、陳宮は飯田とヒカリエとではカシラがだいぶことなつてゐる。
飯田の陳宮の方が地方の官僚だつたといふやうなかたさがある。
ヒカリエの陳宮は、なにを考へてゐるのかよくわからないんだよなあ。

そのそばに李儒。
李儒は前回の展示のときにケースの一番右端にゐた。右横から見たときに、左を睨んでゐる目が「刃傷」の場で見得をしてゐる仁木弾正にそつくりで、惚れ惚れと見とれたものだつた。
今回の李儒は、躰を半身にして立つてゐる。躰は横を向いてゐて、首を巡らして前をむいてゐるといつたところだ。
今回、学芸員の方がにこにこと説明してくださるには、李儒のポーズには理由があるのとのことだつた。
横を向いて立つてゐるので、裾から大きく入つたスリットの中がちらりと見えるやうになつてゐる。
その奥に、学芸員の方曰く「こしあんの乾いた色」のやうな下着が覗いてゐるのだ。
あら、李儒さんたら、お洒落さん。
李儒の衣装は、茶がかつた薄い灰色の地に黒つぽい色の細い線で模様の入つた生地である。それだけだつたら地味な感じだ。
しかし下にはそんな紫がかつた下着をつけてゐるんだねえ。
学芸員さんは以前から李儒のその下着が気になつてゐて、存命だつたころの川本喜八郎に見せるやうに飾り付けてもらへないかそれとなくたづねたのださうである。
川本喜八郎は、「そんな、下着を見せるなんてはづかしい」といふやうなことを云ふたのだとか。
今回、李儒をあらためて飾るにあたり、ポージングをしてくだすつた船塚洋子さんに依頼したところ、「人形劇の人形なんだから、動かしてゐたら見えることもある」といふやうなことを云つてくだすつて、今回の李儒と相成つたとのこと。
いろいろとありがたいお話である。
それにしても、李儒にしてこの下着である。
といふことは、ほかの人の下着はどうなつてゐるんだらう。
気になる気になる。

その横には丁原。ここから先は「三十年ぶり」組がつづく。
丁原には思ひ出がある。
新宿高野で催された人形展のときに、人差し指をたてて前に突き出すやうな恰好で立つてゐた。
ゆゑに、指にふれぬやうにして、「E.T.」とかいつて遊んだのだつた。
丁原は覚えてゐるだらうか。
忘れてるだらうなあ。
丁原は、人形劇では硬骨漢なヲヤヂといつた感じである。
ほんたうのところは金銭づくで呂布を養子にするやうな人だし、董卓とどつこいどつこいなワルだつたんぢやあるまいかと思ふ。
今回は、硬骨漢ぶりが前に出てゐて、董卓を糾弾するやうな趣で立つてゐる。

その横に公孫瓚。
公孫瓚は、人形劇では玄徳の兄貴分、それも張角とはちがつていい兄貴分である。
よつて、いかにもいい人な感じで立つてゐる。
人形劇の公孫瓚は、呂布と戦つてゐたりするわりに印象が薄い。
おそらく基調となる色が沙漠色だからだらう。
風が吹いたらそのままさらさらと砂となつて飛ばされてゆきさうな色合ひなのだ。
そこがまた「いい人」つぽさを醸し出してゐるのかもしれない。
そして、先ほども書いたけれど、この公孫瓚の前から見た呂布がとてもいい。

その後ろが陶謙。
陶謙こそ人形劇では「いい人」の代表のやうな人物だ。
然るに今回立つてゐる陶謙はどこか喰へないヲヤヂのやうに見える。
うーん、見たときのやつがれの心の持ちやうだつたのかのう。
陶謙が出てきて悪い人、といふと、張闓とか見てみたいものぢやが。
飯田にゐるかのう。
まあ、張闓も悪い人、といふではなけねども。

その後ろ、このケースの一番右端にゐるのが馬騰。
馬騰、濃いぃわー。カシラが濃いぃ。
人形劇で見ると、馬騰と馬休とはほんたうによく似てゐる。
親子兄弟のカシラがあまり似てゐるやうには思はれぬ人形劇三国志において、一番似てゐる親子なんぢやあるまいか。
といふわけで、馬休も見てみたかつたが、残念ながらここにはゐない。ゐるべき人でもないしね。
ちなみに馬超はこのふたりとは似てゐない。
馬騰は、横から見ると顎のバランスが妙である。
異様に首から先に出てゐる。
ほかの人形を確認したけれど、こんなバランスの人形はちよつとゐない。
はたと気づいて展示室の外に出てみた。
そこには「少年ケーン」のケーンとその父母が飾られてゐる。
このケーンの父・シュマロと馬騰とがそつくりなんだよな。
で、シュマロも横から見ると、やはり馬騰とおなじやうなバランスをしてゐるのだつた。
騎馬民族つてこんな感じなのか知らん。

といふわけで、まだまだつづく。
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2013年12月の読書メーター

2013年12月の読書メーター
読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1853ページ
ナイス数:3ナイス

一刀両断: 剣豪小説傑作選 (新潮文庫)一刀両断: 剣豪小説傑作選 (新潮文庫)感想
八篇の短編小説集。どこまでが史実でどこまでが創作なのか、読みつつうつかりだまされてゐるのかもしれない。そんな感じが好きだなあ。小説は八篇だが、描かれてゐる剣豪はもつと多い。たとへば「霞の半兵衛」では桜井半兵衛を主役に据ゑつつ、荒木又右衛門や柳生十兵衛、柳生連也斎をも描いてゐる。ほかの七篇も同様だ。「読書はためになるもの」と思ふてゐる向きにはおすすめしない。
読了日:12月4日 著者:柴田錬三郎
外国語を身につけるための日本語レッスン外国語を身につけるための日本語レッスン感想
著者はそんなつもりで書いたわけではあるまいが、言語技術を身につけると、日本では「気の利かない人」と思はれる懸念がある。同様に「理屈つぽい人」と云はれるやうになることも考へられる。言語技術を身につけるといふことは、「気の利かない人」「理屈つぽい人」を許容できる世の中にならねばならない、といふことだ。そこが一番むづかしい。主語をはつきりさせるのはよいことだけれども、なんでも翻訳調がいいと勘違ひして「〜であるところの」とかいふ妙ちきりんな文章を量産する人が増えないことを祈る。
読了日:12月4日 著者:三森ゆりか
正史 三国志〈3〉魏書 3 (ちくま学芸文庫)正史 三国志〈3〉魏書 3 (ちくま学芸文庫)感想
書き難きことを書く陳寿の意はまつたく汲めずに読む。でもさうなつてくると、書けない司馬懿・司馬師・司馬昭がなにをしたのかとかが気になる。そして行間を読み過ぎると三国志演義になるのだらう。なんちて。 程昱とか結構早いうちから曹操に仕へてゐるわりには長寿を全うしてゐることを考へると相当「ワル」だつたんだらうし、郭嘉の品行の悪さつてどんだけだらう、とかも考へてしまふ。あと王粲の碁盤の再現はちよつと碁の打てる人ならふつーにできるといつも思ふ。
読了日:12月10日 著者:陳寿,裴松之
韓非子 (第2冊) (岩波文庫)韓非子 (第2冊) (岩波文庫)感想
おんなじ話が何度も出てくる。覚えられるから有り難い、といふべきか。いまとなつては説林とかの説話をたとへ話にもちゐるのはむづかしい気がするなあ。内容のせゐもあるかもしれないけど、比喩の使ひ方なんかは一冊目の方が華麗だつたやうに思ふ。
読了日:12月16日 著者:韓非,金谷治
ずる―嘘とごまかしの行動経済学ずる―嘘とごまかしの行動経済学感想
かういふのも行動経済学なのかー。国によつて結果がそんなに変はらないといふのはおもしろい。我慢し続けると我慢に対する抵抗力が減る、といはれてみると確かにそのとほりかも。多分、人はさうやつて食餌制限に挫折していくのだらう。ちよつと違ふかもしれないが、「見つかつたときに「運が悪かつた」と思はれるやうな法律は悪法」といふ法学の教師の話を思ひ出した。
読了日:12月31日 著者:ダンアリエリー

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