年賀状の準備
蔓日日草色(periwinkle)のモチーフつなぎは、やうやく終はりが見えてきた。
写真のモチーフを三つ横につないで、ひとまづはできあがり、といふことにするつもりだ。
つなぐ部分は全部つないだ。あとは最後、モチーフ自体を円につなぐだけである。
実は、つないで整形したところをblogに載せたくて昨日は別の話題にした。
うまくいかないものである。
夕べは妙に眠かつた。
いつも寝る前に聞いてゐる漢詩紀行100選第八巻、夕べは劉禹錫を聞いてゐるうちに、気がついたら寝落ちしてゐたやうだ。
かなり眠たかつたのらしい。
かういふときに仕上げにかかると、まづ失敗する。
あはてる作業ではない。
時間のあるときに、といつてそんなときはなかなかないのだが、落ち着いてかかつた方がいい。
さう判断して、夕べ仕上げるのはやめた。
今日の昼休みにでもできあがるだらう。
整形はそれからだが。
ほんたうは、もつとつないで大きいものにしたい。
ここでひとまづやめるのは、年賀状の支度をしなければならないからである。
一昨年はこんな年賀状を送つた。
年賀状は手書きに限る。
最低でも宛名は手書き。プリンタで出すやうになつたら、もう年賀状は出さなくてもいい。
それくらゐに思つてゐる。
干支によつて、描きたい年といふのがある。
午年のときはフェラーリの跳ね馬を描いてきた。
かつては、描いて、あとはプリントゴッコで量産した。
その後、プリントゴッコはプリンタにとつて代はられた。
ほかに描きたい年といつて、辰年、かな。この二年くらゐしか描きたい年はない。寅とか描けないし。
一昨年、正確にいふと一昨々年は、龍を描かなかつた。
写真のとほり、タティングレースのモチーフを量産して、年賀状に貼り付けた。
すなはち、量産できるくらゐの枚数しか、年賀状を出さない、といふことである。
中学時代の友人にお嬢さんがゐて、気に入つてくれた、と、聞いた。
社交辞令にしてもうれしい。
それに、はがれずに宛先に届いたといふのがわかつたこともよかつた。
拙blogには「タティングレース」で検索してたどりつく人が多いやうだ。
Googleで「タティングレース」で検索しても、拙blogはかなりあとの方に出てくる。
つまり、情報に飢ゑてゐる人が多い、といふことだらう。
昨今の出版状況などから見ると、タティングレースは人気のある手藝だ。
ただ、まだまだ人口は少ないし、認知度も低い。
年賀状で「こんなことをやつてゐるのさ」と主張するのは悪いことではなからう。
まあ、受け取つた人がそれを見て「タティングレースだな」とわかるかどうかといふと、謎なわけだが。
そんなわけで、今年もそろそろモチーフを作りためる時期に来た。
なにか新しいモチーフを作りたいと思つてゐるのだが、気に入つたモチーフつて決まつてるからなあ。
結局おなじものを作つてしまひさうな予感がする。
年賀状用なので、普段あまり使はないやうな色の糸も使ふ。
これもちよつと楽しみだつたりはする。
ほんたうは、「メキッキオヤのアクセサリー 」も試してみたいんだがなあ。
なかなか新しいことに挑戦するやうな気構へにならない。
疲れてるのかなあ。
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