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Thursday, 10 October 2013

別れることはつらいけど

十月に入つて早十日。
あまりの暑さに十月といふ気がしない。

世にいふ「あまロス」とやらも一段落ついたのだらうか。
「あまちゃん」は、やつがれも半年間見続けた。
放映時間にTVのまへにゐないことが多いので、録画して日曜日に先週分をまとめて見てゐた。見たあとは、見返すこともなく消してゐた。
おそらく、これがよかつたんだと思ふ。
毎日のやうにその日の放映分を見てゐたら、「あまロス」とやらに悩まされてゐたことだらう。

無意識のうちに、別れのつらさを軽減する方法を取つてゐた。
さう思はれる節もある。

いい加減、過ぎ去つた日々のことは書くまいとも思ふ。
手帳には記録として残してゐるし。
しかし、blogに書いておくと検索できるといふこともある。
といふわけで、先月24日に行つた飯田市川本喜八郎人形美術館について、少々書き記しておく。

前回行つたのは6月。
展示替へしてわりとすぐのことであつた。
前回も今回も、日帰り弾丸旅行だつた。
新宿から高速バスに乗つて、飯田駅前のバス停につくのが12時ちよい過ぎ。
そこから美術館までが徒歩十分とか十五分とか。
帰りのバスは、飯田駅前を16時4分に出発する。
美術館には正味3時間ちよいくらゐしかゐられない。

美術館自体は、以前も書いたとほり一時間もあれば十分見られるくらゐの大きさではある。
問題は、やつがれは何度も何度もおなじところを経巡つて見てしまふ、といふことだ。
おそらく、「あまちゃん」にはまつてゐた人が、「早あま」「朝あま」「昼あま」「夜あま」などと云ふて、一日に複数回おなじ回を見てゐたやうに、だ。
一周して、ちよつと疲れるのでホワイエの椅子に座つたりして、また一周する。
そのあひだに人形アニメーションの上映会にもぐりこんだりもする。

おなじものを何度も見て楽しいか。
楽しい。
なにしろ、前回は気づかなかつたことに気づいたりする。

たとへば、「連環の計」のあたり。
今回見てあらためて、董卓、呂布、貂蝉がトライアングルをなしてゐることに気づいた。
ケース後方にひとつづつ台をおいて、むかつて左側に董卓、右側に呂布が立つてゐる。
董卓はむかつて右を、呂布は左をにらみつけてゐて、その前方、ほぼ董卓と呂布とのあひだの真ん中に、貂蝉がゐる。
さういふ図になつてゐる。
董卓と呂布とは、たがひを見てゐるわけではない。また貂蝉を見てゐるわけでもない。
だが、その視線の先がどこかでまぢはつて、青い火花が散つてゐる。
そして、そんなことにはおかまひなしに、貂蝉がうつくしく佇んでゐる。
さうやつて見ると、それだけでなんだか劇的だ。

呂布は、トライアングルの一角として見るとさほど凶悪な表情はしてゐない。
これを右奥から見ると、TVで見てゐたときのやうな、眦の裂けよといはぬばかりに左側をにらんでゐる、さういふ狂気の表情が見える。

その隣にゐる李儒は、呂布とおなじで左側を見てゐる。
むかつて左から見ると、胸中に策あり、といふやうに見える。
右から見ると、ちよつと「伽羅先代萩」の「刃傷」の仁木弾正のやうに見える。弾正が、小柄をふりあげて見得をする、あのときの目にそつくりなのだ。
とてもやうすがいい。

「玄徳の周辺」のケースでも新たな発見はあつた。
ケースの左奥からのぞき込むやうにすると、白竜と目が合つて、ちよつとドキリとした。
白竜、かはいいんだよなあ。
白竜がかはいいことには前回も気づいてはゐた。
なんだかPrince Charmingの乗る馬のやうに見えた。それは今回もさう。
人形劇で見てゐたときはそんなにかはいいと思つてゐなかつたなあ。

趙雲は横顔もやうすがいいといふことに気づいたのも今回。
片膝をついてかしこまつたやうすで、ちよつとうつむいてゐる、その横顔が凛々しい。

いまの展示のベスト・アングルは、前回も書いたとほり、まづ関羽の大きな背中を見て、ゆつくりと移動しつつ関羽の鼻の先と頬のラインの見えるあたりで止まる、それからまたゆつくりと移動して、関羽と赤兎との横顔を見て、さらにその顔と顔とのあひだ、V字にあひた空間からむかうに見える沈思黙考の態の孔明を見る、といふのがそれだと思つてゐる。
今回気がついたのだが、実は張飛と馬との横顔のあひだのむかうに見える龐統のやうすもまことによいのだつた。
龐統は、今回の展示では地味だなあ、と思つてゐただけに、気づいて実にうれしい。ただ、その位置だと、張飛の顔が蛇棒にかくれてしまふのが惜しい。

「曹操の王国」では、あらためて夏侯惇は人形としての出来がいいのだなあ、と、しみじみ思つた。思はず傍らに立つ許褚に「ねえ」と話しかけてしまつたほどだ。
むかつて右から見たときの印象と、左から見たときの印象とがちがふのもいい。
左から見ると、ほんたうに「寄らば斬るぞ」といふ感じに見えて、惚れ惚れする。
前回の展示のときは、思慮深さうだつたもんなあ、夏侯惇のくせに。それがまたよかつたんだけれども。

郭嘉は、歯がみをしてゐるやうな顔でゐるので、よい感じに見えないのだ、といふことにも気がついた。
歯の見えない、むかつて右側から見るとよい、といふこともわかつた。
今回曹仁が怒つてゐるやうに見えるのも、歯の見えるやうなアングルで飾られてゐるからだ。
人形劇のDVDであらためて郭嘉初登場の回である第十三回を見ると、この歯がみをしてゐるやうな表情が出てくる。その後は、さうでもないので、人形遣ひの方やカメラパーソンがいろいろ工夫してゐたのだらうと思はれる。
ヒカリエにゐた郭嘉はいい男だつたんだよなあ。
あんな歯がみをしてゐるやうな顔ではなかつた。
今度展示替へしたら、帰つてくるかなあ。

前回のblogエントリでは典韋について書くのを忘れてゐた。無念。
典韋も口は開いてみえる。胸に短刀をさしてゐるのが特徴だ。人形劇の典韋は、結構長生きをしてゐて、たしか長坂橋のあたりでも出番がある。そのせゐか顔立ちもなんとなくおとなしいやうな感じがする。

無念といへば、ここまで見てくると、すでにおなかがいつぱいになつてしまつて、「江東の群像」まで気が回らないことだ。
とにかく、「玄徳の周辺」と「曹操の王国」、とくに「曹操の王国」でいつぱいになつてしまふ。
それに、「江東の群像」のケースはなぜか地味だ。
周瑜がゐるのになー。をかしいなあ。

ところで、前回、学芸員さんが、「川本喜八郎は衣装用の生地の使ひまはしをしなかつた」と説明してくれた。
云はれてみれば、おなじ柄おなじ色合ひの服を着てゐる人形は、お揃ひの服を着た紳々竜々と、雑兵のたぐひくらゐだよなあ、といふ気がした。
今回、程昱と于吉仙人とに、おなじ柄おなじ色合ひの生地が使はれてゐることに気づいてしまつた。前回の飯田行きで、程昱の服に源氏香の柄が使はれてゐて、つい見入つてしまつた、と書いた、そのおなじ生地が于吉仙人の襟に使はれてゐるのだつた。
まあ、使ひまはしではないかもしれないけれどね。

今回、鎧についてもいろいろ見てみた。
普通は、玄徳・関羽・張飛のやうな兵馬俑の人々の身につけてゐた鎧に似たタイル状に鉄板が並んでゐるものが多いやうだ。
よくよく見ると、鉄板が半円の鱗状になつたもの、亀甲模様のもの、于禁のやうな先のとがつた形になつたもの、などいろいろあるのが楽しい。
なかでも孫乾のはチトかはつてゐたなあ。亀甲模様のヴァリエーションだとは思ふのだが、上からさらに胸当てをあててゐるのでよく見えないのが残念だ。

手甲とすねあてとはおそろひになつてゐるんだが、そのおそろひ加減も人あるいは模様によつてさまざまだつたりね。
馬超と龐徳とにはアニマル柄が使はれてゐる、とかね。

そんなこんなで、いつまで見てゐてもあきないんだよなあ。

問題は、さう何回も何回も見ると、別れがつらくなることだ。
今回、あらためてわかつたが、おなじ人形でも飾られ方ひとつで見え方がまつたく変はつてしまふ。
前回の展示では貞姫がかはいくてかはいくて、「貞姫つてこんなにかはいかつたか知らん」と首を傾げてしまふほどだつたが、今回はまつたくそんなことはない。たいして格好が変はつたやうにも見受けられないのに、だ。
また、夏侯惇のやうすのちがひひとつとつても、ちよつとした顔の角度や手の位置得物の位置などで、見え方ががらりと変はつてしまふことがわかる。

すなはち、いまの状態の彼らに会へるのは、いまだけ、といふことだ。
展示替へ後の彼らは、またちがふ顔、なのである。

さう考へると、何度も何度も見るのは危険なんだよなあ。
まあ、もう次の展示替へがあるまでは飯田には行けないとは思ふてゐるけれど。

6月に見た「黄巾の乱」についてはこちら
「宮廷の抗争」と「連環の計」についてはこちら
「玄徳の周辺」についてはこちら
「曹操の王国」についてはこちら
「江東の群像」と「特異なキャラクター」とについてはこちら

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