« なにを買はうかな | Main | 飯田市川本喜八郎人形美術館 玄徳の周辺 »

Tuesday, 17 September 2013

野望と無謀との間で

出かけないとタティングしない日々がつづいてゐる。

昨日は東京マッハが出張しておこなつた札幌マッハをUSTREAMで視聴した。そのあひだ、手元ではかぎ針編みのスカーフを編んでゐた。といふか、編んだり選句結果やメモを書き記したりしてゐた。

東京マッハといふのは公開句会だ。メンバーは千野帽子、長嶋有、堀本裕樹、米光一成(五十音順)の四人で、そこにゲストが加はる。
昨日は、颱風のせゐで札幌にいけなかつた客のために急遽USTREAM中継がおこなはれた。やつがれは、その恩恵を受けることができた、といふ寸法である。

ついかぎ針編みのスカーフに手を出してしまふのは、もういい加減早く仕上げたい、といふ心があるからである。
颱風一過、いきなり涼しくなつてきたせゐもある。
はやく毛糸で編みたいでせう。
綿の糸もいいけどさ。デビー・ブリスなんかは、コットンで編んだセーターなどは一年中着られる、といふやうなことを云つてゐたと思ふけどさ。そしてそれはそのとほりなんだけどさ。

しかし、もう秋である。
十月といへば、暦の上ではDecember、ではなくて、冬である。すくなくとも昔の中国や漢詩の世界ではさう。最近、酩酊状態で史記を読んだり、漢詩を読んだりしてゐるので、すつかり暦と季節の感覚がずれつつある。
七月は秋。蘇軾だつて「壬戌之秋七月既望」つて「赤壁賦」に書いてるぢやん。七夕は秋の行事。
八月は晩秋の趣を強く感じるのは、土井晩翠の「星落秋風五丈原」のせゐだらう。つてこれは漢詩ぢやあないか。

もとい。

そんなわけで、もう秋なのである。
といふか、秋も終はりかけてゐる。
夏糸でスカーフなんか編んでゐる場合ぢやあないのだ。
その結果、この連休中は、可能なかぎりかぎ針編みをしてゐた。と思ふ。たぶん。

で、タティングレースの方は、一向にすすんでゐない。
例によつて、Jon YusoffデザインのThe Twirlyといふモチーフを作つてはせつせとつないでゐる。
七つつないだドイリー状のものができたあと、もうひとつおなじものを作つてつなげやうとしてゐて、現在そちらは四枚つないである。前回も書いたやうに思ふが、どうやらすこし手が速くなつてきたのらしい。慣れてきたのだらうな。

この勢ひに乗じて、がんがんタティングしやうぜ。
さう思はないでもないのだが、なぜかこの連休中は一度もシャトルを手にすることはなかつた。
すすまないわけである。
タティングしたい気持ちはある。
気持ちはあつて、しかし、目の前に編みかけのかぎ針編みのスカーフがあると、そちらを先になんとかしなければ、といふ気持ちになつてしまふのだ。
こればかりは如何ともし難い。

それにしても、この、The Twirlyをつなぎまくつたものを、やつがれはどうしやうといふのか。
我ながら謎である。
もつとたくさんつないで、おほきなものを作らうといふのか。
うん、まあ、そんなところかな。
できたらそれこそスカーフとかもつと云ふとショールとかになるくらゐつなげてみたい。
そんな気がしてゐる。

しかし、いまのペースとタティングに割ける時間とを勘定に入れると、それはいはゆる「無謀」なんだよなあ。
きりのいいところで切り上げるべき、なのかなあ。

|

« なにを買はうかな | Main | 飯田市川本喜八郎人形美術館 玄徳の周辺 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 野望と無謀との間で:

« なにを買はうかな | Main | 飯田市川本喜八郎人形美術館 玄徳の周辺 »