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Tuesday, 06 August 2013

達成感を得るには

暑いときと寒いときと、どちらの方がタティングレース作成にむいてゐるだらうか。

我ながら愚問だな。

レースの作成には、「いい季節」がむいてゐる。
すなはち、窓からそよそよと心地よい風が吹ききたり、暑すぎず寒すぎず、「あー、なんか今日はいい日だなあ」、と、そんな心持ちになる季節、だ。

春か秋、空気のcrispな感じのころ、は、ちよつといきすぎかもしれないが、いづれにしても、ちよつとからりとした気候の方がむいてゐると思ふ。

そんなの、タティングレースにかぎらないよなあ。
あみものは、とくに毛糸を使ふ場合は寒い方がいいのかもしれないが、あまり寒すぎても今度は手が動かなくなる。

なんでそんこなとを考へてゐるのか、といふと、もちろん、あみもの・タティングレースともに進んでゐないからである。
家に帰り着いても、手に取る気がしない。
この土日は両日とも出かけてゐたので、やはりあまり進んでゐない。
「あまちゃん」の録画や、「宇宙戦艦ヤマト2199」などを見ながら編んではみたけれど、それだけぢやたいしてはかどらないんだよね。

といふ話は、もう何度もくりかへしてゐる。
くどくてすまぬ。

達成感が得られない、といふ話も何度も書いてゐる。
なぜ達成感が得られないのか。
仕上がらないからだ、といふのはかんたんだ。
しかし、あみものだのタティングレースだのは、さうさうかんたんに仕上がるものでもない。
とりあへず糸端の始末まではできたとして、その後の整形だのなんだのは、仕事から帰ってきてからやる気にはチトならない。
休みの日の、時間のあるときにのんびりやりたいところだ。

ほんたうは、あみものでもタティングレースでも、時間のあるときにのびのびしみじみとやりたいものではあるのだが。

先日、勤め人はあみものをやるべきではないのか、といふやうなことを書いたが、この「のびのびしみじみ」を求めるのなら、やはり勤め人はあみものをやるべきではないのかもしれない。
もちろん、平生いそがしく働いてゐて、ふつと休みのとれたときに、のびのびしみじみと手作業にいそしむ、などといふこともあらう。
いいなあ、あこがれるなあ、そんな雰囲気。

しかし、実際に編んだり結んだりしてゐるときはどういふ状況か、といふと、すこしでも早くすこしでも多くすこしでも遠くにたどりつきたい、と思つてゐるやうな気がする。
オリンピックか。

「スラムダンク」に「バスケは算数ぢやない」といふやうなせりふがある。
あみものは、そしてタティングレースは、競技ぢやない。
世の中にあみもの競技があるのは確かだけれども、やつがれには縁遠い世界の話である。

ひとりでやつてゐるんだから、そんなに「もつともつと」と求めなくてもいいのに。

といふわけで、あくせくすることなく達成感を得るにはどうしたらいいか。
以前もちよつと書いたが、今度はまちつと具体的に考へてみた。

まづは、自分の力量を知ることだ。
たとへば、中細の糸に1号の針だつたら一時間にメリヤス編みでどれくらゐ編めるか、だとか。
タティングレースなら、このモチーフひとつに作るのに何分かかるか、だとか。

それがわかると、「今日はタティングレースにこれくらゐ時間をかけられるから、ここまではいけるはず」といふだいたいの目標ができる。
実際は、失敗してほどいたり、途中で糸を足したりといつた作業も入る可能性があるので、必ずしも予定どほりにはすすまなかつたりもするが、そこはそれ、である。
だいたいの目標ができれば、そこに達した時点であるていど満足感を得ることができる。
また、作業をすすめるうちに、手が慣れてきて、かかる時間が短縮することもあらう。さうすると、また別の達成感を得ることもできる。

と、わかつてゐながら、さうした目標を定められずにゐるのが、やつがれの現状なのだがな。

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