川本喜八郎人形ギャラリー 平治の乱
渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーでは、「保元」と「平治」といふ主題で平家物語の人形を展示してゐる。
保元の乱については前回書いたので、今回は「平治」について書く。
くどいやうだが、「平治の乱」だからといつて、義朝とかはゐない。前回の展示のときにゐたからである。現在、ギャラリー内の液晶モニタで前回の展示のスライドを流してゐるので、それを見られたい。
さて、前回も書いたやうすのいい馬上の為朝の向かつて左隣には、藤原姓の三人がならんでゐる。
藤原信頼、藤原惟方、藤原経宗だ。
一番右端が惟方。眉はなく引いてもゐない。眉のあるあたりと目のあひだとが妙にあいてゐる。凡庸さうな感じだが、かういふ人間が実は一番やつかいだつたりするのが常である。実際、惟方は、信頼たちを裏切つて、二条帝を清盛んところにつれてつちやふんだもんね。
真ん中の信頼は、去年の大河ドラマ「平清盛」に出てゐた信頼とは似ても似つかない、まつしろな瓜実顔のお貴族様である。衣装も惟方や経宗よりは派手だ。正面切つて立つてゐるが、えらさうではあるもののたよりになるやうすは微塵もない。「信頼」なんて名前負けし過ぎ。かうして見ると、頼長の方がやつぱりしつかりしてゐるよなあ。前回は「賢さうには見えない」とか書いたけど。
経宗は、今回展示されてゐる人形の中では、一番生きてゐるやうな表情を浮かべてゐるかもしれない。わづかに斜めを向いて、口元に扇をあてて右をながめてゐる態。そのやうすが、如何にも胸に一物ありさうな、そんな感じがするのである。衣装は朱色と緑を基調としたもので、どことなく田舎つぽいといふか、あかぬけない感じはする。
その隣が鹿毛の馬に乗つた源義平。さらにその隣には白馬に乗つた平重盛がゐて、ふたりの決戦のやうすを再現しやうとしたものかと思はれる。
義平は手綱を引いて、馬をいさめる態。手にした刀もやや後方に下げた形で持つてゐる。表情は実にふてぶてしい「悪源太」な感じ。
一方重盛は、前のめりに馬をけしかけるやうすで、刀をかかげて突進する態だ。
いさましいはずなのだが、どこか頼りなささうなのは、さういふ目で見てしまふからか。どことなく中村梅玉におもざしが似てゐる気がする。御曹司顔なのだらう。平家だけど。
為朝の青毛の馬もさうなんだが、かうして馬を見てゐると、赤兎は愛されてたんだなあ、と、しみじみ思ふ。前回の展示の赤兎は、なんだかもつと猛々しいやうすで、生きてゐるやうだつたもの。今回の展示の馬三頭は、いづれもなんだか可愛い感じがする。それはそれでいいのかもしれない。考へてみたら、今飯田に展示されてゐる白竜も、可愛いもんな。Prince Charmingでも乗せてさうな感じ、
とでもいはうか。
重盛の隣には信西。あぐらをかいて座つてゐて、足の裏が見える。足の裏を見せてる人形なんて、なかなかないぞ。
どこか酩酊のやうすにも見えるのは、片手をふりあげてゐるからか。人を呼んで、「おい、呑まうぜ」とかいふてゐるやうに感じる。
まれに、見る角度にもよるのかもしれないが、阿部サダヲの信西を思ひだすことがある。全然似てないんだがね。渋谷の信西は、目もちいさいし、横に丸い顔をしてゐるし。でも、「もしかして、阿部サダヲ、「平家物語」見てたのかなあ」とか、やくたいもないことを考へたりしてしまふ。
信西の背後に二条帝と多子。なんとなくお雛様を髣髴とさせるふたりである。
二条帝は銀色に近いやうな白地に刺繍を施した衣装。色合ひ的には地味かもしれないが、上品な柄である。
多子は座つてゐて、若干うつむき加減。川本喜八郎のおんなの人形は、ふりあふいだときにやさしい表情になるやうになつてゐることが多いが、多子はうつむいてゐてもなんだかやさしげだ。ちよつと、「どうしてもこの人を后に!」とか思はせるやうなところはないやうに見受けられる。
一番入り口から遠いところにゐるのが、池禅尼、常盤御前と今若・乙若・牛若、そして少年時代の頼朝である。
池禅尼は、川本喜八郎のおんなの人形にはめづらしくたれ目で、ゆゑにまことに人のよささうな感じがする。平家方から見たら「諸悪の根源」だが、これまた案外諸悪の根源なぞといふのはかうした人のよさげな表情をしてゐるものなのかもしれない。
奥に子連れの常盤御前。雪の山中を行くのこころ、だ。
常盤御前といふと、芝居でいくと「鬼一法眼三略巻」の「一条大蔵譚」とか、見たことないけど「平家女護島」に出てきたりする。
「一条大蔵譚」の常盤御前は、これまた見たことないけど死んだ歌右衛門の流れなのか、きりつと気高い感じの人だつたりする場合が多い。
「平家女護島」の常盤御前も、(見たことないけど)さうだ。俊寛の妻・東屋の死について、「俊寛風情の妻なら死を選ぶこともできやうが、源氏の頭領の妻たる身がみづから命をたつてよいものか」みたやうな啖呵をきる。
さういふ、強いおんなな印象のある常盤御前だが、ヒカリエにゐる常盤御前はちがふ。
三人の幼子を抱へた母でありながら、どこか頼りなげだ。これからどう逃れたらよからうなあ。そんな弱さが見え隠れする。
先月、大阪松竹座で見た「一条大蔵譚」の常盤御前もさうだつた。気高くはあつても、かよはくて思はず守りたくなつちやふやうな姫さま。
常盤御前といふ人は、さういふ人だつたのかもしれないなあ、と思つたものだ。
ちなみに今回、ギャラリーの外に飾られてゐるのも、常盤御前。こちらはおすべらかしに十二単で華やかな印象だが、やはりどこかさみしげな感じがする。
ギャラリー内にもどると、今若はしつかりした表情、乙若は無邪気でどこかこの状況を楽しんでゐるかのやうな表情、そして乳飲み子の牛若は泣いてゐる、そんな風情もいとをかし。
頼朝は少年ながら鎧姿で髪は垂らして立つてゐる。向かつて右の目じりのほくろが目を引く。なりは小さいけれど、武士の表情かと思ふ。今後展示替へがあつたら、成長した姿も見られるのだらうか。ちよつと楽しみである。
川本喜八郎人形ギャラリーの外の展示についてはこちら。
同人形劇三国志の「漢室の人々」についてはこちら。
同人形劇三国志の「黄巾」と「桃園」についてはこちら。
同平家物語の「保元」についてはこちら。
« 暑さの過ぎるを待つ心 | Main | 終戦記念日に思ふ来年の手帳 »
Comments