川本喜八郎人形ギャラリー 保元の乱
渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーの平家物語の現在の展示は、「保元・平治の乱」といふ主題である。
「保元・平治なのに、義朝がゐない」だとか、「崇徳院もゐない」だとかいふ向きもあるが、どちらも前回の展示のときにゐたので、今回はゐない。人形は照明にさらされつづけると傷む。どうなるかは、飯田市川本喜八郎人形美術館にゐる曹懆を見るとわかる。が、いまゐる曹懆はそれほど傷んでないな。
褪色の具合を見るなら、飯田の孫権を見るといいかもしれない。
もとい。
入り口に近い方から、保元の乱にまつはる人々が並んでゐる。
まづ、源為朝。
これが、今回の展示の中では一番のお気に入りである。
今回の展示には、為朝はニ体飾られてゐる。
馬上にいままさに弓を引かんとしてゐる姿の為朝。
腕の筋を切られ、敗残の態の為朝。
入り口に一番近いところにゐるのは後者の為朝である。
これが実にいい。
髪はざんばら、衣装は白地に黒の絞りの模様で、顎には髭の点々と生え、腕はだらりとたれさがつてゐる。
敗軍の将の色気のにほひたつやうな姿である。
それでゐて、尾羽打ち枯らしたといつたやうすもない。
不敵に中空を見つめてゐる。
うーん、いい。惚れ惚れするなあ。
そんなわけで、為朝に目を奪われてしまふため、その周囲の人々には今一つ目がいかなくなる。
為朝の斜め後ろには、悪左府・藤原頼長がゐる。
色白の瓜実顔で、閉じた扇を口元によせて向かつて右側を眺めやる態、衣装は国立劇場の緞帳を思はせるやうな古代つぽい柄で、落ち着いた紫色の地である。
見るからに陰湿さうではあるが、あまり賢さうには見えない。残念ながら。
そのとなりが藤原忠通。
こちらはさらに凡庸な表情である。「その他大勢」でもかまはないやうな顔立ちだ。
弟にくらべると衣装も地味。茶色系で、それはそれで趣はあるんだけど、なにしろ顔が地味だからな。
そんな地味な忠通の前にゐるのが平忠正。
こちらはなんとも小ずるさうな表情のおつちやんである。
衣装は赤地に青や緑のグラデーションの模様を散らしたもので、派手なんだけど、表情の小物感のせゐか、そんなに目立つといふ印象はない。
贔屓目だけど、頼長・忠通・忠正の三人で鎮西八郎を引き立ててゐる、そんな感じの一角である。
すこしはなれて、清盛と時子、それに経盛、教盛がゐる。
時子は、川本喜八郎の女の人によくあるつり目ではあるものの、目、とくに黒目の大きいせゐか、それほどきつい表情にはなつてゐない。凛と正面を見据ゑてゐる。
飯田市川本喜八郎人形美術館の前回の展示は、平家物語は「女人平家」と題して中央に二位の尼を配してゐたのだが、これが実によかつた。神々しいといつてもいいやうな出来で、何度も二位の尼の前でたちどまつてしまつた。
ヒカリエの時子には、その二位の尼の雰囲気がわづかに感じられる気がする。
その隣が鎧姿の清盛。
清盛は、前回のヒカリエの展示ではあまり印象に残らなかつた。
一生懸命いいところを探さうとして、結局展示替へまでのあひだに見つけることができなかつた。まあ、それは忠盛もさうだつたんだけどさ。
まあ、なかば部屋住みのやうな感じでうだつのあがらぬころの清盛だから仕方がなかつたんだらうけれども。
今回は鎧姿できりりとしてゐることもあつて、かなりやうすがよくなつてゐる。
とはいへ、主人公のオーラはあまり感じられないんだなあ、これが。
両親の前にゐる教盛と経盛とは、まだ成長途中といつた、中途半端さがいい。元服するかしないかといつた時分の、こどもらしさの残るやうなところが、ね。
衣装もどことなく地味。表情もなんとなく覇気に欠ける。
このふたりを出すよりは、清盛と時子とを前面に出した方がよかつたんぢやないかなあ。どうせ、ふたりとも成人した姿で出てくるんだらうし。
ケースの一番奥にゐるのが馬上の為朝。
青毛の馬にまたがつて、鎧姿も凛々しく大きな弓に矢をつがへんとした姿が、実にいい。
馬にまちつと動きがあればさらによかつたんぢやないかな。
一番入り口に近いところにゐる為朝もさうだけど、今回の展示の主役はどう見ても為朝だなあ。一等やうすがいいもの。
このあと、馬上の義平とか馬上の重盛とかが出てくるのだが、鎮西八郎のまへにはかすんでしまふんだよなあ。
ことはつておくと、やつがれは別段為朝が好きなわけではない。
好きなわけではないが、今回の展示で一番目を引くのは、為朝なのであつた。
川本喜八郎人形ギャラリーの外の展示についてはこちら。
同人形劇三国志の「漢室の人々」についてはこちら。
同人形劇三国志の「黄巾」と「桃園」についてはこちら。
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