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Tuesday, 27 August 2013

役に立たないつて素晴らしい

タティングレースのなにが好きか、といふと、役に立たないところである。

こんなことを云ふとタティングレースを愛する人々から怒られてしまふかもしれないが、ほんたうのことだから仕方がない。

タティングレースで作るものの大半は、なくてもいいものである。

たとへばドイリー。
いらんだらう。
いるかね?
いらないね。
なくても生活になんの支障もない。
もしかすると、ある方が支障があるかもしれない。
部屋の雰囲気にあはない、とかさー。
あるいはドイリーの端になにかひつかけて、ついでに上にのつてゐた皿を落としてしまつた、とかさー。

エジングでも栞でもおなじだらう。
絶対に必要といふことはない。
なくてもなんとかなる。
ない方がいい場合もある。
タティングレースで作るものの大半はさうした、「あつてもなくてもいいもの」なのだ。

そこがいいんだよねえ。

これがあみものだと、ちよつと事情がちがつてくる。
秋冬、とくに冬のあみものは、防寒といふ意味でとても役に立つたりする。
セーターやカーディガンは云ふに及ばず、帽子、マフラー、手袋、くつ下、はては腹巻きなどに至るまで、作つて身につければあたたかい。非常に有用である。

それぢやあなんであみものは好きなのか、といふと、それは、家庭科で習はないから、である。
いや、わかつてゐる。家庭科の授業でもあみものをやる場合もある。
しかし、年がら年中やつてゐるわけではないし、やつがれの経験では、小学五年生から授業がはじまつて高校を卒業するまでに、家庭科であみものをしたのは一度だけだつた。和裁よりましかなといふていどである。
家庭科でとりあげられないといふことは、成績と関係がない、といふことだ。

そこがいいんだよねえ。

といふことを理解できない人がゐるのもよくわかる。
「役に立たないものを作るなんて、ムダでしかない」といふ意見もあらう。

実は自分でも、あみものやタティングレースをするよりも裁縫のできた方がどれだけいいだらうと思ふことがある。
でもやらない。
やるとしても、人形の服を縫ふくらゐだらう。
なぜつて、人形の服なんてあつてもなくてもいいものだからだ。

役に立つものを作りたい、といふのは大変結構だとは思ふが、趣味と呼ぶにはどうにも功利主義的な感じがして、ダメなのである。
趣味つて、なんかもつと、こー、ムダなものでせう?
すくなくともやつがれにとつてはさうだ。

そんなわけで、今日も「これ、できあがつてもなんの役にも立たないんだよなあ」と思ひながらタティングをするのである。

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