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Friday, 16 August 2013

「新薄雪物語」のこと

云ひたいことを云へるなら、こんな物語は生まれたりはしない。
「新薄雪物語」といふのは、さういふ話である。

あらすじはこんな感じ。
薄雪姫はおなじ家中の園部左衛門に恋をして、判じ絵に託してひそかに会ひたい旨を告げる。
ところがお家転覆をはかる悪人がその判じ絵を手に入れて、薄雪姫と左衛門とに謀反の企てあり、と騒ぎ立てる。
判じ絵なもんだから、如何様にも解釈できるわけだね。
薄雪姫と左衛門とは詮議を受け、葛城民部のはからひでたがひに相手の家にお預けといふことになる。
そんな中、薄雪姫の父である幸崎伊賀守は、左衛門の父である園部兵衛宅をおとづれる。
伊賀守も兵衛も、おのが身を犠牲にしてもこどもたちを救はうとするのであつた。

別段むづかしい話ぢやあない。
序幕は桜の花咲く清水寺に、赤姫のこしらへの薄雪姫と二枚目の左衛門、うつくしい腰元の籬としのびあふ中の奴妻平といふ、如何にも歌舞伎らしい極彩色の絢爛豪華な舞台面を楽しむことができる。
時代ものだからせりふも如何にも歌舞伎な感じだ。
それを楽しめればいいんぢやない。

でもそれだけではすまないのがこのお浄瑠璃だ。

たとへば、薄雪姫は左衛門に判じ絵を送る際、文をつけるわけだが、そこに「谷蔭の春の薄雪」と署名する。
そのこころは、「谷蔭にあるからすぐにとはいひませんけれども、春の薄雪はあつといふ間にとけてしまふものなんですよ」だ。
もちろん、そんな説明は芝居を見てゐてもどこにも出てこない。見ながら勝手に解釈していくしかない。

そこが「新薄雪物語」の、そして似たやうな時代もののおもしろいところである。
舞台の端々、せりふの端々にさうした仕掛けがほどこされてゐる。
実におもしろい。

それだけだつたら、別の時代もののお浄瑠璃でもいいのだが。

「新薄雪物語」のいいところは、冒頭にも書いたとほり、「ほんたうに云ひたいことは口に出せない」といふところだ。

薄雪姫だつて、なにもわざわざ判じ絵なんぞ描かなくてもよかつたのだ。そんなことをするから、騒動に巻き込まれるのである。
最初から、せいぜい和歌かなにかで伝へておけばよかつたのである。
まあその和歌も三十一文字では悪人の手に入りでもしたら、勝手な解釈をされて謀反人扱ひされてしまふのかもしれないが、おそらくは判じ絵よりはましなはずだ。
でも云へない。
だつてほんたうのことなんですもの。

葛城民部もさうだ。
民部にはわかつてゐる。
薄雪姫にも左衛門にも、謀反の心などまつたくない、と、すつかりのみこんではゐるのだ。
でもさうは云へない。
秋月父子の手前、さういふことにはできないのだ。
だから、たがひに慕ひあふ薄雪姫と左衛門との手をとつて、扇で隠すのが精一杯、なのである。
ここの葛城民部は、吉右衛門が大層よかつた。いつたい吉右衛門といふ役者は、正面きつて座つてゐるだけ、みたやうな役が異様にいい。「石切梶原」などでも、上手の大庭と俣野、下手の六郎太夫が芝居をしてゐるところで、ぢつとまんなかに座つてゐて、それだけで芝居になつてゐる。扇の要とはかういふものかといつも思ふ。

薄雪姫と左衛門との親同士もおなじこと。
ほんたうのことを云ひたいが、それを申し出るに足る証拠がない。そもそも証拠などあるわけがない。判じ絵のことなど、悪人の云ひがかりなのだから。
それでも、色に目のくらんだ子らであつても、みづからのそして相手のこどもを救ふために、大事をなして、笑ひあふ、それしかできないのである。

民部と伊賀守、兵衛とは、どちらかといふと宮仕へゆゑ、世間体ゆゑの「云ひたいことは云へないの」だが、判じ絵にゆゑありの署名なんかは、「好きだからこそ云へないの」といふ感じだと思ふ。

この、「ほんたうに云ひたいことは口に出せない」といふのが、実になんとも、はがゆくもたまらないのだなあ。

考へてみれば、お浄瑠璃の大半はそんな感じかと思ふ。
そして、多くの場合はみづからの死とひきかへに、本心を語るといふ展開になる。
ほんたうのことを口にするには、死ぬしかない。

だから、葛城民部も扇でかくすだけである。

伊賀守と兵衛とだけが、本心を明かすことを許されるのだ。そして、それにあやかる薄雪姫と左衛門とも。

「新薄雪物語」とは、そんなところに心引かれるお浄瑠璃なのである。やつがれにとつては。

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