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Thursday, 04 July 2013

その後のポメラDM100

ポメラはちよこちよこ使つてゐる。

購入したのは四月十九日。
まだ三ヶ月たつてないのか。去年の暮れあたりに買つたのかと思つてゐた。
やつがれのポメラはDM100。
横長で、B5を縦半分にしたくらゐのサイズの黒い奴である。

これくらゐのサイズだと、案外かばんを選ぶ。
ブロガーズトートのときは問題ないけど、minimumなかばんのときはまづ入らない。
それと、出先で使ふつてちよつと気が引けたりするんだよね。
スターバックスや喫茶店でポメラを取り出すのつて、なんとなく気恥づかしい。結局手帳と萬年筆とを取り出す、といふことが多い。
そんなわけで、もつぱら自宅で使つてゐる。

といふ、これもポメラで打つてゐる。

これくらゐの文章なら、ポメラでとくに困ることはない。
飯田に行つたときにポメラを持参して、宿でぺちぺち打つたときには困つたけどな。
なにしろ、人名が出ない。
世の中にはATOKをほめたたへる人々が多い。
なにかといふとATOKと比較する。
やれ、ことえりはダメだの。
iOSの変換はクヅだの。
なぜATOKを載せないのかだの。

ポメラを使ふと、「ATOK、使へん」といふことがよくわかる。
なにしろ、ちよつとした人名さへ変換できない。
iOSでは、以前から書いてゐるが、なにをいつても王羲之が出る。
出るだけではない。
褚遂良の場合は、「褚」の字が化けることがあるので、「チョ遂良」も候補に出てくるのだ。
なんといふ気配り。
ATOKには、すくなくともポメラのATOKにはさうした心遣ひは微塵もない。

多分、ATOKをほめたたへる人々は、単にATOKを使ひ慣れてゐる、といふだけなのだ。
ATOKに慣れた躰には、ほかの変換システムは使ひづらからう。
そんな当然のことを、「やはりこれはダメだ」「ほかのソフトウェアではダメだ」「ATOK最高」などと、ぶちあげてゐるだけなのだ。
「ATOKが他より優れてゐる」のではなくて、単に「自分はATOKが好きだ」「自分は使ひこなすほど使つてないソフトウェアのことをバカにする人間だ」と世界中に知らしめてゐるだけなのである。

PCでATOKを使つてゐる人は、どうやら設定などをポメラにも引き継げるやうになつてゐるので、使ひやすくなるのかもしれない、とは思ふ。

とりあへず、今日ここまで打つてきて、困つたのは「王羲之」と「褚遂良」とだけなので、そんなに悪くはない。
うーん、ついnegativeな発言になつてしまふな。
いい。
このサイズでこれだけ打てたら、文句ないよ。
あとは、よく使ふやうな人名(「曹操」とか「関羽」とか「蘇軾」とか)は登録しておけばいいんだよな。
つて、それはそれで負けなやうな気がして、まだできてゐないのだが。
といふわけで、上の三人の名前を変換するだけで、ここまで打つてきたのとおなじくらゐの時間がかかつてゐるわけだが。
しかも、よくよく考へてみたら、そんなに使はない気もするしな。

それはさておき。

それでは、ポメラでなにを打つてゐるのか。
かうしてblogのエントリを打つこともある。
一番よく打つのは、むかしの記憶のことだ。
四歳くらゐまでのことで、覚えてゐることを思ひ出したときに打つてゐる。

四歳くらゐころのことを覚えてゐるものなのか。
人によつてまちまちだらう。
四歳の十二月に引つ越しをした。
引つ越し先には同い年くらゐのこどもがまつたくゐなかつた。
ゆゑに、当時遊んだ記憶があるとしたら、それは四歳の十二月までのこと、といふことだ。
さう思つてゐる。

そんなわけで、思ひ出すままに、一内容一ファイルでちよこちよこ打つてゐる。
さういふ内容だから、ATOKが貧弱でも、まあなんとかなつてゐる。
むしろ、向いてるんぢやないかな、ポメラに。

思ひ出の外部記憶として、ポメラは役にたつてゐる。

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