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Wednesday, 12 June 2013

何以解憂 唯有播磨

先月、「石川忠久の漢詩紀行100選 第八巻」を購入した。

以前、夜勤といふか夜間待機といふかをしたことがある。
客先のこととて、近くに宿をとつてくれた。
明け方、一仕事終へて宿にもどり、ふとTVをつけると、詩の朗読の番組が放映されてゐた。
落ち着いた聲の主は中村吉右衛門。
番組は「漢詩紀行」だつた。
夜勤で疲れてゐるところだつたせゐか、そのときの詩がなんだか染みた。
思はずその文句を書きとめたけれど、そのメモはどこかへいつてしまつていまはない。

そんなことはすつかり忘れてしまつて幾星霜。
ある日、突然思ひたつてwebで検索してみたら、「漢詩紀行」の巻の八は「酒に対してまさに歌うべし~三国志のうた」と題してゐて、朗読は播磨屋さんだといふ。
買ふでせう。
それ、まるでやつがれのためにあるやうな巻ぢやん。

早速求めたのだが、そのときにはバラ売りはしてゐない、といふ話だつた。
全十巻セットでないと売れない。
さう云はれた。

悩んだ。
多分、全十巻でも、自分にとつてはいいはずだ。
「漢詩紀行」の朗読は、江守徹の回と吉右衛門の回とがある。
江守徹担当の回は見たことがないけれど、悪かないはずだ。
詩も有名なものが多いしね。

しかし、そのときは購入には踏み切れなかつた。

五月の連休中、またなんの気なしに「漢詩紀行」を検索してみたらこは如何に。
あるぢやあないか、バラ売りが。
しかも、第八巻もちやんとある。
買ふね。これは買ふしかないでせう。

といふわけで、早速注文した。
手元にきたのは連休明けだつた。
それ以降、ほぼ毎晩のやうに聞いてゐる。

詩の選択は、正直云ふと、どうなのよ、といふ感じがしないではない。
十回あるうちの二回目は蘇軾の「赤壁賦」と杜牧の「赤壁」である。
すこしでも多くの詩を紹介したい、といふことは理解できる。
「赤壁賦」が長いといふこともわかつてゐる。
でもなあ、「赤壁賦」だけで一回でもよかつたんぢやないかなあ。
ほかの回でも古詩はさうなんだけれども、「赤壁賦」も「前」の抜粋だけだ。
所詮全体を紹介するわけにはいかないのだから、短くしてほかの詩も紹介しやうつてことなのかな。

また、曹操・曹丕・曹植の詩が選ばれてゐるのだが、同時代のほかの人の詩を入れればよかつたのに、と思はないでもない。
でも、さうすると魏にかたよりすぎるのかなあ。
この巻は、できるだけ三国を平等に紹介しやうとしてゐるやうに見受けられる。

詩の選択でいいところ、といふと、杜甫の「登楼」と「梁甫吟」とが一緒に紹介されてゐるところ、かな。
「梁甫吟」は三国志の詩ではない。
「登楼」の最後、「日暮聊為梁甫吟」にひつかけて、選んできたのだらう。

播磨屋の朗読は、いい。
贔屓目かもしれないが、すばらしい。
淡々としてゐて、しかも趣深い。
それほど読み方や聲にちがひがあるやうには思はれないのだが、詩によつては勇壮に、あるいは無常に、はたまた沈鬱に聞こえる。
毎晩聞いて、じーんとしてゐる。

かうなると、ほかの巻もほしくなつてくるのが人情なのだつた。

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