杞憂
先日、パイロットの萬年筆エリートSが復刻されたと書いた。
入手するつもりである、とも書いた。
このときに、インキの色についていろいろ悩んでゐた。
黒いインキを入れたいが、これまでの経験からいつて、黒を入れると使はなくなるんだよね。
そんな悩みだ。
「萬年筆のインキは一度入れたら別の色に変へてはならない」といふお約束が、ほぼ本能レヴェルで刷り込まれてゐる。
悩まずにはゐられなかつた。
そんなわけで、もう買ふことはきめてゐて、軸の色もディープレッドといふことにして、あとは何色のインキを入れるか、それを考へるだけだつた。
杞憂だつた。
萬年筆を買ふとき、たいていは店員さんにかう訊かれる。
「カートリッジをおつけしますけど、何色がいいですか」
パイロットだと、黒と青とブルーブラックから選ぶことになる。
今回、それがなかつた。
店員さんは、例によつてパイロットの黒い箱に萬年筆を入れて、「ペンケースをおつけしますけど、どの色がいいですか」といふやうなことを訊いてきて、しかし、「カートリッジを何色にしますか」とは訊かれなかつた。
をかしい。
こちらから、「黒のカートリッジも一箱いつしよにいただきたいんですけど」とかなんととか、云ふべきだらうか。
さう思つたときだつた。
店員さんは、パイロットの黒い箱のほかに、なにかこぶりな箱を取り出して、中身の確認をはじめた。
そして、店員さんが説明してくれて云ふには、
「カートリッジは三色あります。入れ替へて楽しんでみてください」
とのこと。
なんと。
パイロットは、あるいはK.ITOYA 1904は、最初からインキの色について悩む客のことを考へてくれてゐたのだ。
まるで、やつがれが買ふことを前提にしてゐたかのやうではないか。
中身を見てもらへばわかるが、お手入れの仕方の説明書が入つてゐる。
何年かまへ、ベルリッツの広告に「いたれりっひ つくりせりっひ」といふコピーがあつた。ドイツ語も教へますよ、といふやうな宣伝だつたと思ふ。
この、「いたれりっひ つくりせりっひ」といふことばが脳裡をよぎつた。
もちろん。
お手入れセットで完全にインキを洗ひ流せるか、といふと、そこに不安がないわけぢやない。
インキの色を変へるときは、このお手入れセットの説明書にあるやうにスポイトなどを使つて洗浄することが多いやつがれだが、それでもさう思ふ。
ほんたうは超音波洗浄をしたはうがいいのだらうが、こちらはこちらで振動をあたへることに不安がある。
さういふ不安はあるけれども、でも、きつと最初に入れたカートリッジが切れたあかつきには、やつがれはこのお手入れセットを使ふね。
そして、インキの色を変へるね。
だつて、いろんなインキの色がある、といふのは、萬年筆の楽しみのひとつだからね。
といふわけで、まづは黒いカートリッジをさしてみた。
やつがれの好みからいふと、書き味はちよつとかたいが、それをおぎなつてあまりある書き味のよさが「いいぢやん、ちよつとくらゐかたくても」と思はせてしまふ。
いいなあ。
思はずひさしぶりにあれこれ書き散らしてしまつた。
オリジナルのエリートSは18Kのペン先だつた。
今回は14K。
人によつては、「やつぱり18K以上でないとね」といふ人もゐる。
でも、そんなこと、全然気にならない。
今日はさつそくつれ出して、あちこちで使つてみるつもりだ。
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