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Wednesday, 03 April 2013

会社人失格

歌舞伎座

五代目歌舞伎座杮落しの初日に行つてきた。
まづは第一部だけ。第二部、第三部は後半に見に行く予定。

初日に、それも第一部に行つてよかつた。
「熊谷陣屋」を思ひ出すだけで、しばらく生きていけさうだ。

歌舞伎座内部のやうすは、すでにTVなどで報道されてゐたので、さほど目新しさを覚えることもなかつた。
先代とできるだけおなじやうに作つた、といふ話だつたしね。
今回は三階席の三等Bといふ一番安い席を取つたのだが、先代とちがつて花道七三あたりまで見えたし、椅子が座りやすくなつてゐて、見てゐて疲れることがなかつたし、とてもよかつた。傾斜はきつくなつてゐるが、南座のやうに階段の上り下りが急でたいへん、といふこともなかつた。

ただ、三階の東西の袖の席の背後に扉のないのがなんとなく物足りない感じがした。

一幕目、「壽祝歌舞伎華彩」は、まづ上手から染五郎が出てくるところからはじまる。つづいて魁春。平安朝の衣装をつけたふたりがひととほり踊ると、権十郎と高麗蔵につづいて若い役者たちが出てきて群舞といつた趣になり、いよいよ、藤十郎がセリあがつてくる。
この藤十郎がね、後光が射してゐるかのやうな神々しさ。
しかも、藤十郎登場直後の歌詞が「ありがたや」ときてゐる。
「まさにそのとほりだよ!」と思つたなあ。
感謝の意味の「ありがたや」と、もうひとつ、文字通りのあることがむづかしいといふ意味の「ありがたや」との、両方を感じた。
この幕のあひだは、なんだか夢を見てゐるかのやうな気分だつた。
ほんとに歌舞伎座は新規開場したのか知らん。
その歌舞伎座の杮落し初日に、自分は来ることができたのか知らん。
目の前の綺羅星の如き衣装を身に着けた人々は、現実に存在するのか知らん。
そんな、ふはふはした気分のまま、一幕目は幕。

二幕目は「お祭り」。
「十八世中村勘三郎に捧ぐ」と副題にあるとほり、亡くなつた中村屋をしのぶ一幕。
三津五郎をはじめ、これまた多くの役者がずらりと並ぶ。
この幕には、サプライズがあると小耳にはさんでゐた。
小山三が出るのではないか、といふ話もあつて、実際出てゐたので、これであつたか、と思つた次の瞬間だつた。
勘九郎に手を引かれて揚幕から花道に登場したのは、勘九郎の長男・七緒八だつた。
なるほど、これは確かにサプライズだ。
二歳児だといふのに、幕の開いてゐるあひだ、おとなしくしてゐたのが印象的。見てゐると、父親や叔父があれこれ話しかけてはゐたやうだけれど。また、勘九郎が踊つてゐるときには、ちよつとはなれたところから三津五郎が時折こどもの方を見てはにこにことしてゐたのも印象的だつた。
かういふ演目だと、三津五郎と勘九郎のやうすのよさが群を抜いてゐる。
三津五郎はやうすのよいうへに、おかめのお面をかぶつたときのふんはりふんはりとやはらかいやうすなんかがたまらない。
幕がおりると、目頭を抑へてゐる人々が散見されて、「うんうん、さうなるよね」と共感を覚えた。

最後は「熊谷陣屋」。
杮落しに「こどもの死ぬ芝居ばかり」とこぼしてゐる人がゐる、といふが。
とりあへずこの幕に関しては、そんなことはちいさいことだ。
わかるよ、以前、初春歌舞伎にこの演目がかかつて、見終はつたあと、なんとなーく後味が悪かつたことがあつた。
「なにも正月からこんなこどもの死ぬ話にしなくても……」とそのとき思つた。
「熊谷陣屋」は好きな演目にもかかはらず、である。

でもなあ、今回の「熊谷陣屋」に関しては、「ああ、やつぱりこのお芝居、好きだなあ」と思つた。

玉三郎の相模に泣かされる日が来るだなんて、夢にも思はなかつた。
年は取つてみるものだなあ。
はじめて見た「熊谷陣屋」も、相模は玉三郎だつた。熊谷は團十郎。
このときは、まだ芝居を見始めたばかりだつたので、「ええっ、熊谷は敦盛を討つたんぢやないの?」とか、全然ちがふところでびつくりしてゐたものだつた。
玉三郎では藤の方も見て、このときは首実検で控へてゐるときにまるで魂が抜けてただその場にゐるかのやうなやうすがチト不満だつた。
それが、ねえ……
玉三郎の相模は、前半かなり強気にかまへてゐる分、実は我が子が身替はりになつてゐた、とわかつて以降があはれな感じがするんだよなあ。

仁左衛門の義経の御曹司ぶりにも見とれることしきり。
源平の世界ものの義経は、大抵無理難題をおしつけてくるので、とにかくその無理無体を納得させるだけの凛とした品が必要なんだが、文句なしでせう。

そしてそして、やはり、吉右衛門の熊谷。
さよなら公演の「熊谷陣屋」が自分の中ではキング・オブ・熊谷陣屋だつたのだが。
今回の熊谷のおほきなこと。
大変失礼なことをしてゐたとは思ふのだが、「大播磨」といふかけ声が、やつがれは好きではなかつた。
それまでは、「早く「大播磨」といふかけ声がかかるやうになるといいのに」と思つてゐたといふのに、だ。
実際にかかるやうになると、「まだそんなお年ぢやないんだもん」とか、意味のない反感を抱いてしまつた。
それを、今回、はじめてすなほに聞くことができた。
多分、歌舞伎座といふ器と、吉右衛門といふ役者とその役者の演じる熊谷次郎とが、ぴたりと合致したのだと思ふ。

とにかく、「熊谷陣屋」は初日だといふのに、大変に充実した出来だつた。
初日からこれで、このあとどうなつてしまふのだらう。
上に書いた熊谷、相模、義経がすばらしかつたのはもちろんだが、藤の方、弥陀六もまことによかつたし、軍次、平次、四天王に至るまで、まつたく隙なし、といつた趣だつた。
これが歌舞伎の本気なのか。
しみじみさう思つた。

ところで、今回は三等B席を取つた。
三階席上部のほぼ真ん中に座つてゐた。
橋之助、吉右衛門、仁左衛門の聲が少々聞き取りづらく感じた。
橋之助はせりふがひとつくらゐだつたので、それで終はつてしまつたが、吉右衛門、仁左衛門は後半すこし聞き取りやすくなつてゐた。
「熊谷陣屋」については、葵太夫の語りもはつきり聞き取れたし寿治郎の三味線もよかつたし、玉三郎、菊之助も問題なかつた。ツケの音もよく響いてゐたやうに思ふ。
葵太夫の語りのあとに熊谷のセリフがあつたりすると、如実に聞こえづらい感じがしたんだよなあ。
どうも、聲質によつて聞き取りやすかつたりさうでなかつたりするやうだ。
「熊谷陣屋」幕開きの高札を見る四人のセリフなどはちやんと聞き取れたので、あるいは舞台上での位置にもよるのかもしれない。

第二部、第三部を見に行くころに、なにか変化があるかどうか。
今回座つた席の付近には座らないけれど、ちよつと期待してゐる。

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