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Monday, 29 April 2013

近頃面目次第もござりませぬ

間違つてない?

飯田に来てゐる。

目的地は、飯田市川本喜八郎人形美術館。
さんざん渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーに行つてるだらう。
我ながらさうも思ふ。
しかし、くどいやうだが、渋谷の人形三国志の面々は、人形劇に出てゐた面々ではない。
金曜日に展示替へ後はじめて開館したが、今回の面子も人形劇に出てゐた面子とはちがふ。いつたい川本喜八郎はどれくらゐ新たに作りなほしてゐたのかと思ふが、それはまた、別の話。

ヒカリエのギャラリーには、飯田の美術館のポスターが貼られてゐる。
案内のちいさなパンフレットもある。
新たに作りなほされた面々もとてもいい。
なんたつてしよつ中通つてるくらゐだしな。

でも、飯田に行けば、あのときの、あの面々に会へる。

といふわけで、急遽思ひたつて、やつてきた、といふわけだ。

飯田に行くには、飯田線。
さう思つてゐたのは、「究極超人あーる」のせゐではあるのだが。
飯田線で行かうとすると、飯田線に乗るまでに時間と費用とがかかる。
今回は飯田線はあきらめることにして、新宿から高速バスに乗ることにした。

連休中といふこともあつてか、まづ出発が六分ほど遅れる。
その後も順調に渋滞してゐて、八王子まで一時間はかかつたらう。
後は、睡魔に身をゆだねてしまつたのでよくわからないが、休憩所の双葉サービスエリアには五十分遅れで到着。飯田には一時間くらゐ遅れて着いた。
帰りが思ひやられる。

道々、飯田駅前のバス停にたどりつくまでに、道路標識に「川本喜八郎人形美術館」なんて書いてあつたりして、事前に確認してきた地図と実際の道とを確認した。標識には結構大きい字で書かれてゐたぞ。

昨日は美術館周辺でちよつとしたお祭りのやうなものが開催されてゐて、出店もたくさん出てゐたし、とてもにぎはつてゐた。
いはゆる「ゆるキャラ」の着ぐるみも三体くらゐ来てゐた。

といふわけで、人混みをすりぬけながら、美術館にたどりついた。

入口は、メタルな印象のある自動扉になつてゐる。
これがちよつと怖い。
まるで、入るのを禁じてゐるかのやうだ。
しかも、入ると、その向こうにも同じやうな扉が待つてゐて、一瞬、閉ぢこめられるのではないかといふ恐怖感にかられることになる。

その関門をくぐりぬけると、ぱつと明るい空間が待つてゐて、そこに大きな孔明像が佇立してゐる。

……ポメラのATOK、あひかはらず「孔明」を変換できないなー。

といふ話はさておき、そこで入場券を入手して、ひとつ上の階が展示場になつてゐる。

階段をあがると、そこも明るい空間なのだが、展示場はやはりちよつとメタルな印象の自動扉の向かうにある。

まづ、紳々竜々が出迎へてくれる。
……といふ、展示のこまかい内容についてはまた後日にゆづることにして。
といふのは、ポメラDM100のATOKが愚か過ぎて人名を打つのに苦労するからだが。

展示室には人形劇三国志と平家物語の人形、それと人形アニメーションの人形が展示されてゐる。

展示室の外には、ヤンヤンムークンをはじめとするこども向け番組に出てゐた人形やミツワのコマーシャルに出てゐた人形が飾られてゐる。
また、人形劇の人形ができるまでを示したパネルや実際の人形のやうすがかざられてゐる。
人形のパーツなどを作る人の写真もあつて、その人物の向かうに関羽とか趙雲とかがゐて、ちよつとどきどきしちやふぞ。

二階に通じる階段のわきに、ちよつとしたアルコーヴのやうなところがあつて、そこにはテレビとDVDデッキがおかれてゐる。
この日は、人形劇三国志のDVD第16巻がエンドレスで流れてゐた。
展示室から外に出るたびに、今にも黄忠が死にさうだつたり、張飛に死亡フラグがたつてたり、仲達や陸遜が陰謀をたくらんでゐたり、といふ、ちよつと暗くも楽しい気分になることしきりだつた。

今回「来てよかつたー」としみじみ思つたのは、川本喜八郎の年表のパネルを見たときだつた。
#展示室内でももちろん思つたが、それはまた、別の話。

生年からずつと川本喜八郎の業績などが書かれた下に、関連する写真がところどころ表示されてゐる。

その中に、川本喜八郎 meets ジム・ヘンソンの写真があつたと思ひねえ。
孔明 meets Kermit the Frog、だぜ。
うわー、なんといふことだらう。
孔明 meets Kermit the Frog。
そんなことがあつたなんてねえ。

うーん、展示替へしたらまた来る、かな。
予定ではそろそろ展示替へがあるさうである。
交通渋滞さへなければ、日帰りできさうなんだけどなあ。

ま、それもすこし先の話、かな。

ところで、写真だが。
エントランスの大きな孔明の背後に、前出師の表が飾られてゐる、その最後の部分だ。

「今當遠離臨表涕零不知所言」
といふのが、最後のことばだが、「涕零」の「零」の字はものによつては「泣」になつてゐるのは、依然も王羲之展に行つたときにも書いた。

今回わざわざこの写真を撮つたのは、最後の一文字にある。

「雲」

いや、それは妙だらう。
それとも、さういふ字もありうるのだらうか。

確かに、最後の一文字が「云」になつてゐることはある。
しかし「雲」。

もしかして、中国語には「雲」にも「言葉」といふ意味があるのだらうか。

調査課題が増えてしもたのう。

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