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Wednesday, 17 April 2013

武田晴信と不識庵

柴田錬三郎は、「諸葛亮孔明」といふ字面が好きだつたのにちがひない。
あるいはその音だらうか。

なぜといつて、「英雄三国志」にしよつ中登場するからだ。
「諸葛亮孔明」といふ文字列が。

「孔明」ですむ話なのである。
だつたらかんたんなのに。
そもそも、こんなにかんたん、もしくは画数の少ない名前も三国志演義の中ではめづらしい。
龐統や夏侯淵が字で呼ばれたらこれに勝てるが、龐統を「士元」と呼ぶのは物語の中では水鏡先生門下のなかまくらゐだらうし、夏侯淵が「妙才」と呼ばれることはまづない。
「呂布」とか「丁原」とかがおなじていどの画数で、あとは、ちよつと探さないとわからないなあ。

田中芳樹が「創竜伝」の中で、「姓名字とつづけて書くのはあやまり」といふやうなことを書いてゐる。
さういふものだといふのなら、柴錬がそれを知らなかつたはずがない。
実際、登場人物の会話の中では、それなりにその場にふさはしい呼び方を選んでゐるやうにも見受けられる。
それを敢て書いてゐる。
当時の原稿は手書きである。
二文字十二画で用をなすのだ。
そこを五文字四十八画使つてゐる。

原稿用紙のますを埋めるため、といふやうな理由も考へられる。
でもなあ、だつたらその他の登場人物の名前もかうして記してしかるべきではあるまいか。

ところで、やつがれはもうせん「武田晴信」といふ字面が好きで仕方がない。
信玄が好き、といふわけではない。
あと、横書きにしたときは、それほど好きなわけでもない。

縦書きにして、できれば筆なんかで書いたときの「武田晴信」といふ文字のならび、これがもう好きでたまらないのだ。

とめはともかく、はねとはらひとのバランス。
一字一字の隙間のつまり具合とあき具合。
完璧ぢやあないか。

つねづねさう思つてゐるのだが、多分、これつてあんまり共感してもらへないんぢやないかな、とも思つてゐた。
かういふやうな話をしてゐる人を見かけないからである。

世に「キラキラネーム」といふものがある。
こどもの名前に、他人の読めないやうな漢字をあてるなんて、と、なんだか見当違ひな批判をあびたりする、昨今巷に流行るもの、だ。
他人に読めないやうな漢字をあてた名前なら、やつがれの同時代の人にもいくらもある。中には、親が萬葉集から選んできた字だ、といふ人もゐた。
萬葉仮名の名前も、いまとなつては、他人には読めないやうな漢字だらう。わづかに萬葉集を知る教養のある人にしか読めない名前かと思はれる。
だが、これをして「他人のよめないやうな漢字をあてるなんて」と非難する人は、すくなくとも当時はゐなかつた。
いまもゐないだらう。

個人の好き嫌ひの話をするなら、いはゆる「キラキラネーム」は、その字面がうつくしくない。
ごちやごちやし過ぎてゐるものが多いし、文字と文字の並びも不自然だ。

それに、名前といふのは、もともとは意味を持つものだつた。
たとへば、諸葛亮でいふなら、「亮」といふのは光とか明るい状態とかをさす字だといふ。そこに「孔明」といふ字がつく。「はなはだ明るい」といふやうな意味だと聞いた。
似たやうな字(公明)の徐晃も名前の「晃」の字は光をイメージさせる字だ。

欧米の名前でも、アレクサンダーは「守護するもの」だし、エドワードは「繁栄の守護者」、ハーランは「戦場から来たもの」といふ意味があると聞く。

「キラキラネーム」には、さうした意味がない。
音しかないのである。
あとは、意味をなさない漢字がならんでゐるだけだ。
そこに、人は違和感を覚えるのではあるまいか。

などと書きながら、やつがれもまた、「武田晴信」といふ名前の意味を考へたことはない。
単に字の並びが好き。
それだけの話である。
我が子に「キラキラネーム」をつける親と、さう変はらない。

ちなみに、もひとつ好きなのは「不識庵」だつたりする。
もちろん、上杉謙信が好きなわけではない。

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