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Wednesday, 27 February 2013

あみものの洋書を読む: EZの_Knitter's Almanac_

はじめて買つたあみもの洋書。
それがKnitter's Almanacである。

著者はElizabeth Zimmermann。
米国あみもの界(といふものがあるとして)では、「EZ」でとほる。
あみもの、といふか、棒針編みをしてゐて「EZ」がなにをさしてゐるのかわからないなんて、あり得ない。
それくらゐの人物である。

とにかくね、字ばつかり。
これが最初はおどろきだつたねえ。
あみものの本といつたら、モデルさんがセーターを着たり帽子をかぶつたりマフラーを巻いたりしたカラー写真が一ページ、ときに見開きでデカデカと載つてゐて、白黒の編み方のページがつづく、といつたものだと思つてゐた。
それが、この本は白黒で作品の写真が掲載されてはゐるものの、あとはとにかく文章 after 文章。
本邦でこんなに文字ばかりのあみものの本つて、ちよつとない。
さうだなあ、橋本治の「男の編み物 手トリ足トリ」は、ちよつとこんな趣だつたかなあ。

群ようこの「群ようこ〈編物〉術・毛糸に恋した」といふ本もあつたが、これは編み方が載つてゐるわけではないからなあ。でも、あみものに関する文章といふことでは貴重な本ではあるけれど。

Knitter's Almanacは、もちろん、ここに書いてあるとほりにしたがつて編めば作品はできあがるのだが。
しかし、それよりもなによりも、とにかく饒舌なことにおどろく。
本邦のあみものの本で、自作についてこんなに語るデザイナつてゐないよね。
つてーか、むしろ、なんでゐないんだらう。

やつがれには、あるものを好きになると、それに関する本をやたらと読みたくなるといふところがある。
芝居にはまつたばかりのころは芝居の本ばかり読んでゐたし、萬年筆にはまつたばかりのころも文房具の本ばかり読んでゐた。
あみものばかりは、好きになつてもなかなか読むものがなかつたが。

あるぢやあないか。米国に。

とはいへ、当初はこの本は好きにはなれなかつた。
むしろ、EZのことを好かなかつたのかもしれない。
たとへば、EZはかぎ針編みに対して、非常に辛辣なことを云ふ。
かぎ針編みだつておなじあみものなのに、なんでそんなに差別するやうなことを書くんだらう。

当時、やつがれは知らなかつた。
米国では、棒針編み(knitting)とかぎ針編み(crochet)のあひだには、深くて暗い河の流れてゐるといふことを。
傍から見たら、たいした違ひはない、下手したら同じことをしてゐるかのやうに見える棒針編みとかぎ針編みが、英語では「knitting」と「crochet」といふ、まつたく別物であるといふことを。

EZは、「あたしはね、棒針編みでできることは棒針編みでするんだよ」といつて、かぎ針編みをなかなかとりあげやうとはしない。ショールなど輪に編むときの編みはじめにかぎ針を使ひはするが、端の処理とかなんとかでかぎ針編みを使つたりするところを、「それは棒針編みでもできるから」とやらない。
なぜなら、「棒針編みの方が、かぎ針編みよりすぐれてゐるから」。

………………それつて、どうなんだらうか。
かぎ針編みより棒針編みの方がすぐれてゐる?
どこのだれがそんなことを決めたのか。

その後、米国のあみものblogを読むやうになつて、さう主張する人間が少なからず存在することを知る。

そんなことで優劣を決めてどうする。

knittingとcrochetと、ことばとしてはつきりと明確に区別されてゐるといふことは、かうした差別を生み出すものなのだなあ。
嘆かはしい。
アメリカ合衆国といふのは、「a (new) nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.」といふ国ではなかつたのかね。
それとも、すべての人は生まれながらに平等でも、すべての手工藝はさうではない、とでもいふのかね。
EZは移民?
ほとんどのアメリカ人はさうだらうよ。

このEZをはじめとするcrochetを差別するknittersへの感想は、今でも基本的には変はらない。
好き嫌ひはあるとは思ふ。
たとへば、やつがれは縫ひもの系全般が苦手だ。好きではない。だからといつて、あみものと比べて劣つてゐるとは考へない。
個人の好き嫌ひを優劣と結びつけるのつてどうなんだらう。
#といふことばは自分にも返つてくる。気をつけねば気をつけねば。

しかし、それぢやあこの本はダメな本なのか、といふと、そんなことはない。
確かに、はじめて読んだころは、上記のやうな理由で、ちよつと距離をおいたりした時期もあつたけれど、でも読んでゐると、「さうくるか!」といふ発想が次から次へと出てくる。
やはり、好き嫌ひとものの優劣とは、関係ない。
さう思ふ。

最近、「おしゃれな世界のニットレシピ -英語パターンでたのしく編もう」といふ本が発売された。
まだ見てないのだが、これを見ながら「Knitter's Almanac」からなにか編むとかできるのかも?

とりあへず、Pi Shawlなんかは英語ができなくても編めるんぢやないかなあ。編み方の記述は英語といふよりは記号なので、暗号解読できれば編めるんぢやないかと思ふ。
といふか、やつがれはさうして編んでゐるので、なんとかなるんぢやないかといふ気がする。

先代の中村又五郎は、「役者には世界共通のことばがある」といふやうなことを云つてゐた。
ことばは通じなくても、役者同士理解し合ふことができるのだといふ。
あみものにもさういふところがあるんぢやないかな。
甘いか?

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