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Friday, 04 January 2013

若さの所以と呂奉先

先日、渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーの平家物語の人形については書いた
人形劇三国志についても、と思ひつつ、なかなか筆がすすまないのはなぜだらう。
書きはじめたが最後、書き過ぎてしまふからか。
それはある気がするが、思ひがつのりすぎてなかなか書き出せない、といふのがほんたうのところのやうな気がしてゐる。

といふわけで、ちよつと思ひついたことを書かうと思ふ。

「生き生きしてるな」と思はせる所以はなんだらうか。

たとへば、川本喜八郎人形ギャラリーで、一番生き生きしてゐるのは、呂布である。
これは、おそらく衆目の認めるところだと思ふ。
なぜつて、ほかのお客さんが「生きてるみたい」といふときに目の前にゐるのは呂布だからだ。

なぜ呂布が生き生きして見えるのか。
赤兎に乗つてゐるから、といふことはあるだらう。
その分動きも生まれるし、さらに戟を脇に抱へた感じもいい。

目の動きがいい、といふこともあると思ふ。
ギャラリーでは、目の玉の動く人形は基本的にはよこを睨むやうな感じになつてゐたり、或は張飛のやうにすこしうへを見てゐるやうな感じになつてゐたりする。
呂布もまた目の玉の動く人形で、しかも目自体がすこし大きく、目尻が切れあがつたやうになつてゐるので、目の玉が脇によつてゐるといふだけで、実に表情豊かに見えるのだ。

でも、呂布が生きてゐるやうに見えるのは、それだけが理由ではない。
呂布がほかの人々とちがふ点が、もうひとつだけある。

それは、唇がつやつやしてゐる、といふ点だ。

もうこれが、実にみごとなほどつやつやしてゐるのだ。
そして、この唇のつやを見るたび、「呂布つて、若いなあ」とつくづく思ふ。

唇の色も、自然な赤みをおびてゐるのがいい。
かういふ色の唇を持つのは、ギャラリーにゐる中では孫権くらゐだ。
そして、孫権の唇には呂布のやうなつやがない。
ふむぅ。

以前も何度か書いたが、ギャラリーにゐる三国志の人形は、人形劇に出てゐたものではない。
その晩年に川本喜八郎があらたに作つてゐたものだといふ。

呂布は、人形劇のときは男らしさのにほふやうな大人といつた出で立ちだつたが、ギャラリーにゐるのはもつと幼くすつきりとした感じの男前になつてゐる。

さうしたちがひもいろいろとあるのだが、いつでも目につくのは、その唇、若くはりきつた印象を受けるつやを持つた呂布の唇なのであつた。

そんなわけで、やつがれもまた、冬の乾燥に乾きがちなみづからの唇にリップクリームなど塗る日々なのであつた。

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