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Friday, 25 January 2013

川本喜八郎人形ギャラリー 人形劇三国志篇密かなる謀 -連環の計-

三国志演義には、連環の計が二回出てくる。
董卓の専横に耐へかねた司徒・王允がみづからの養女・貂蝉を使つて董卓とその養子・呂布との仲を裂かうとはかつた、美女連環の計がひとつ。
赤壁の戦ひで、船に慣れぬ曹操軍に対し、船同士を鉄の輪でつないだらどうかと龐統が献策したのも連環の計。

ここでいふ連環の計は、前者、すなはち美女連環の計である。

ここにゐる人形は、むかつて左から、李儒、王允、董卓、貂蝉、陳宮、呂布と赤兎である。

李儒は、一番人形劇のときとは異なつてゐる人形かもしれない。
人形劇のときは、小狡い策士といつた感じで、顔の具といふか目とか鼻とか口とかが顔の中央に寄つた印象のある顔だつた。
川本喜八郎人形ギャラリーにゐる李儒は、キツネ顔はキツネ顔だが、なんだかすつきりと薄味で大人つぽくなつてゐる。
顔はみごとな卵形。眉はきはめて薄く、目は切れ長で向かつて右を見てゐて、わづかに右側の口の端がもちあがつてゐるやうに見える。そのため、皮肉げな笑みを浮かべてゐるやうな表情になつてゐる。
しかも着てゐるものが、黒地に渋い色のラメの粉を散らした1970年代のアイドルが着てもをかしかないやうな模様の道服のやうな衣装で、懐手ではないけれど手を見せてゐない。
これで松橋登の聲で喋つたらさぞかし色男の風情のただよふにちがひない。
「間男」。
これが、渋谷の李儒にやつがれがつけた仇名である。

王允も、人形劇のときよりいい感じになつてゐる気がする。
人形劇のときの王允は、臆病な老官僚といつた感じだつた。
川本喜八郎人形ギャラリーの王允は、臆病なところが消へて、老獪な政治家といつた風貌。こちらの方が三国志演義の王允のイメージに近いかもしれない。
衣装は茶色系だが、しぶい色の金糸を使つてゐたりして、ずつしり豪華さう。
人形劇もこの王允で見たかつたな。

董卓も、人形劇のときより立派な出で立ちになつてゐる。
立派でもあり、また、威厳もある。
人形劇の董卓には、どこかだらしない印象があつたが、ここの董卓にはそんな風情は微塵もない。
黒地にさまざまな色合ひの金糸の縫ひ取りのある衣装で、これが重厚さをかもしだしてゐるんだと思ふ。
赤の曹操に対し、黒の董卓といつたところか。
武将の出で立ちだからだらうか、きりつとして見える。
このギャラリーにゐる人形で、一番生き生きしてゐるのは呂布だが、次はおそらくこの董卓だ。
董卓も目の玉の動くカシラなので、向かつて右側を睨むやうに見てゐるのだが、目自体も目の玉自体も小さいのに、いや、むしろ小さいからか、ゆつくり動きながら見ると、まるで目の玉が動いてゐるやうに見える。最初のころは、「すは、こやつ、生きてゐるのか!」とおどろいたものだつたが、どうやら動いてゐるのはやつがれだつたやうだ。
董卓にしてはやうすがよ過ぎる。そんな気もする。

貂蝉は、真正面から見るとそれほどうつくしくは見えない。
といふのも、夏侯淵と一緒で、視線がどこにいつてるのかよくわからないからだ。
だが、左右のあるポイントから斜めに見ると、視線が鼻の先に抜けていくやうに見えて、これが実にうつくしい。見るたびにうつとりしてゐる。
やつがれは勝手に関羽のゐる位置から見た貂蝉が一番きれいだといふことに決めてゐるが、実際はちよつとはづれてゐるやうに思ふ。
なんとなく歌舞伎役者の市川笑三郎を思はせるところがあるため、心の中でひそかに「笑三郎」と呼んでゐる。

陳宮も、李儒に負けず劣らず人形劇のときとは異なつてゐるのだが。
どこがどう異なつてゐるのかを説明するのはチトむづかしい。
川本喜八郎人形ギャラリーにゐる陳宮の方が、目とかがちよつとはなれた感じ、かなあ。人形劇の陳宮は目と目がかなり近寄つてゐたやうな印象がある。
陳宮は、眉の形に特徴があつて、目の玉の動くカシラなものだからやはり向かつて右側に目の玉が寄つてゐる。
衣装は黒地に渋い牡丹色のオリエンタルな模様を散らした柄に、黒地に細く銀色のラメで波の模様を描いた柄を重ねてゐる。なんだかお洒落だ。
貂蝉の衣装は、多分に貂蝉の趣味ではなくて着せられた衣装なのだらうといふ気がする。正直云ふと、きれいだけどそんなにいいとは思はない。
そこいくと、陳宮はお洒落さんな感じがするんだなあ。

以前も書いた、呂布と赤兎。
呂布は、人形劇のときとちがつて、若くてすつきりした男前になつてゐる。人形劇のときの呂布は男臭さのにほふやうな顔をしてゐた。
それが、川本喜八郎人形ギャラリーにゐる呂布は、長かつた顔がすこし短くなつて、顎の割れ目も控へめで、人形劇のときとくらべると、繊細な感じがする。
赤兎にまたがつて、ぢろりと睥睨するやうすは、まるで暴走族のヘッドのやうだ。ちよつと生意気さうな感じも含めて、さう思ふ。
衣装は赤と碧の目立つ色合ひの武将のもの。人形劇のときとそれほど変はつてゐないやうに思ふ。
とにかく、この呂布は生きてゐる。絶対生きている。
それくらゐ生き生きして見えるんだよなあ。

それには赤兎も一役買つてゐる。
赤兎の表情も生きてゐるかのやうだ。おそろしいほどかつと見開かれた目の力強いこと。
人形劇のときよりたてがみとかふさふさしてる、かなあ。
よくよく見るとそれほどたいしたことはないと思ふんだが、ぱつと見たときに今にも動き出しさうな感じがするんだよね。
できれば、関羽を乗せた赤兎も見てみたいものである。
我が家には人形劇のときの関羽と赤兎の巨大なポスターがあつて、これが実にやうすがいいのだが、家族には「魔除け」と云はれてゐるのだつた。それくらゐ迫力があるといふことだと思ひたい。

次回は主人公・玄徳のゐる「人の和」について書くつもり。

川本喜八郎人形ギャラリーの平家物語の人形についてはこちら
同所の人形劇三国志のうち「天の時」の郭嘉・曹操・夏侯淵についてはこちら

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