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Friday, 07 December 2012

川本喜八郎人形ギャラリー・平家物語篇

川本喜八郎人形ギャラリーは今年六月に渋谷ヒカリエにオープンした。入場無料。有料化して、きちんと係員とかおいた方がいいんぢやないか、と、心ない人々を見るたびに思ふけれど、人件費とかなんとか、いろいろむづかしいんだらうな。

もとい。

川本喜八郎人形ギャラリーにはずいぶんと助けられてきた。
なくなつたらどうしやうと、益体もないことを憂ふほどだ。
依存しきつてゐると云ふてもいい。

昨日も、勘三郎の訃報の衝撃さめやらぬなか、ギャラリーに行つてきた。

会ふたら泣いてしまふんぢやないか。
もちろん、中村屋とあのギャラリーにゐる人形たちとはなにも関係ないけれど、さう思はずにはゐられなかつた。

実際に行つて、会へばいつもとほりのにこにこ笑顔だつた。
なんだらう、幾度会つても、その前に立つと、自然と顔のほころんでくるのを感じる。

正面から見ると如何にもうらめしげで、それでゐて横から見るとげにさみしげでかなしげな、崇徳院の前では、さうでもないけれど、それ以外は、つい、にこにこしちやふんだよなぁ。

平家物語では、崇徳院は別格として、家貞と泰子がいい。どちらもむかつて右側から見たときが実にいい。特に泰子はあの中ではただひとりほうれい線のある、その影が右側から見たときあきらかなのだが、これがいいのだ。
ほうれい線がいいなんて、あり得ない? そんなことはない。ほうれい線と、あごのあたりのチトむつちりしたところが、泰子は最高だ。きれいに作つてある袈裟などよりよほどおもしろい。
忠盛・清盛が、やつがれにとつてはいまひとつ興味のもてないなか、泰子のよさは際立つてゐる。

文覚、ぢやなくて、遠藤盛遠は、千葉真一にさも似たり、だ。あるいは橋本じゅんか。ひそかに「JJ」とか、「轟天」と呼んでゐる。

源渡は、ちよつと佐清めいて見える。動けばいい男なのだらう。

さすがは玉藻の前のモデルとの説のある美福門院は、そんなやうな顔つき。

鳥羽院は、優柔不断さうな表情。
待賢門院は、どこか視線のさだまらぬやうす。

為義は、疲れきつてゐて、一方ぱりつとした義朝は、むかつて左から見たときのやうすのよさは、あそこにゐる平家物語の面々のなかでは随一かと思ふ。

人形劇三国志の面々については、また機会をまうけて書くつもり。
とりあへず、右端の魯粛と左端の郭嘉の呼応してゐるやうな感じが、三十三間堂の風神雷神を思ひ起こさせる、とだけ書いておくか。

あ、あと、これだけ。
ケースは違へども、おなじ空間に関羽と崇徳院がゐるつて、すごいよね。日中を代表する怨霊同士ぢやあるまいか。まあ、どちらも怨霊になるまへの姿ぢやあるけれど。

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