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Monday, 31 December 2012

レースのヴェストと年末雑感

今年最後に完成したのがこのマーガレット……と本にはあるが、やつがれとしてはヴェストのつもり。

Lacy Shrug

「毛糸だま2012冬特大号」に掲載されてゐる岡本真希子デザインの作品だ。
「毛糸だま」から編むのは久しぶりだなあ。久しく毛糸だまは「見て楽しむもの」になつてゐた。
今号の「毛糸だま」では、編み込み模様のミトンなんかも編んでみたいんだけど、編むかなあ。

この冬のあひだに編みたいと思つてゐるのは、メビウスショール。この前編んでやはりこの形がいいなあと思ふからだ。
かういふ模様で、ここで増減して、といふ構想はできてゐる。
使ふ毛糸も決めてゐて、針のサイズで悩んでゐる。
毛糸は、リッチモアのパーセントグラデーションを以前四玉ほど買つてゐて、はふつたままになつてゐるのでそれを使ふつもり。
レース模様なので、すこし太めの針を使ふか、それともラベルに書かれてゐる針にするかでチト迷つてゐる。

でもまあ、着手するのは年明けだらうな。

とりあへずこのあと二日まではタティングレース三昧のつもり。
といふか、まあ、手藝系はそんな感じかな。結んでばかりゐることもなからうし。

えー、今年は例年にくらべて毛糸もあみものの本も買はなかつた。と、思ふ。
しかもたいして編んでない。
たいして編んではゐないが、ヴェストとか着るものを編んでゐるといふのが例年とチトちがふかな。

Tweed Vest

去年はカーディガンを編んで、これが結構あたたかくて重宝してゐる。それで着るものを編んだ、といふのもあるが、ひとつには「自分でもこんな大きいものを編めるんだなあ。しかもとじはぎもあるものを」といふのがわかつた、といふのが大きいのかも。

夏にはあの暑いのにRavelryのオリンピックイヴェントに参加してMother Earthのシェットランドでかぎ針編みのちいさいショールを編んだつけか。あれはつらかつた。シェットランド、もけもけしてて暑さ倍増だつたんだよなあ。でもこんな機会でもないともう絶対編まないと思つたんだよなあ。
ああ、かぎ針編みもしたい。

あと、またくつ下編みに目覚めてしまつた、といふのもあつたか。
ハリーの災難」転じて宇宙戦艦ヤマトくつ下を編んだのがきつかけだつた。

The Trouble with Harry Socks

ちやんとハリーの災難つぽいくつ下を編みたいのだが……毛糸を探す旅からはじめんといかんな。
九月に神戸に行つたをり、ドヰ手芸でリッチモアのマイルドラナに、それつぽい色があるなあとは思つたんだが。ドヰ手芸の毛糸売り場は地下だからね。太陽光の下ではどういふ色になるのかちよつと想像つかなかつたのでその場ではあきらめたのだつた。

で、その後、もう不要といふのにくつ下をさらに二足編んでゐる。
くつ下毛糸はまだうなるほどあるので、今後も編むことだらう。
まあ、くつ下を編まなくてもいいんだけどさ。

この秋以降、「縄編みがしたい縄編みがしたい」と云ひつづけて、結局してゐない。
縄編み模様の入つたくつ下でも編むか、と思つたが、なぜかテクスチャ系とかレース模様になつてしまつてゐる。
ここのところ編み込み模様が編みたい病も発症してゐる。
どうしたものやら。
しかも、編まうと思つてゐるメビウスショールは縄編みでも編み込みでもないのだ。

世の中、なにかとままならぬのう。

まあ、来年もきつとそんな感じであらう。
とりあへず、目標は、手持の毛糸を使ふことと、手持の本を使ふこと。
そんな感じでひとつ。

Lacy Shrug

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Friday, 28 December 2012

年末年始のすごしかた

年末年始はなぜか風邪をひいて寝込んだりとか、体調くづして寝正月といふことになりがちである。

十二月になると、「あとすこしで休みになるから」とか単純に「年末でいそがしいから」とかいつた理由でムリをして、休みになつたとたんにがつくりきてしまふ、といふことなんだらう。

去年は、それをなんとか回避した。十二月だけど、できるだけ体力温存。ムリはしないやうにして、例年になくつつがなく新年を迎へた。

去年は休みにはいつてからは、摂生につとめた。早寝早起きと腹八分目をむねとして寝起きしてみた。

やればできるもので、ほぼ一週間、早寝早起きと腹八分目ですごすことができた。

それでなにかいいことがあつたか。

それが、ないんだよなー。
新年初日から元気に出勤できたといふこともなかつたし、体調がよくなつたといふこともなかつた。

敢て云ふとしたら、あつたのは、達成感、かな。

この年末年始もできるだけ早寝早起きにつとめ、暴飲暴食を避けてすごすつもりだ。

あー、でも、「暴眠」はしたいかなあ。

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Thursday, 27 December 2012

ブロカーズトートを使ひはじめて三日

芝居見物に一日、通勤に二日、計三日間ブロガーズトートを持ち歩いてみた。

そこで思つたことは、

  • よく取り出すものと大切なものは入れる場所を決める
  • あとはテキトーにはふりこむ
ブロガーズトートの使ひ方はこれでいい、といふことだ。

まあ、まだ使ひはじめて三日なので、これも今後変はつてくるかもしれない。
でも、いまのところはそんな感じ。

この三日のあひだにも、多少の試行錯誤はあつた。
たとへば、定期券入れを入れる場所。
やつがれの定期券入れはカラビナなどにつなげられるやうな出来になつてゐない。
そこで、最初の日は商品Webページではスマートフォン入れといふことになつてゐるポケットに入れてみた。
iPhoneは小さい方……といふても十分な大きさのある内ポケットに入れることにした。
このポケット、かなりの深さがある。持ち歩くまへはiPhoneをさがすやうになるのではあるまいかと思つてゐたが、そんなことはなかつた。
おなじポケットにほかのものを入れてゐないせゐもあるかとは思ふが、手で探るだけですつと取り出すことができた。
そんなわけで、二日目からは、スマートフォン入れにiPhoneを、内ポケットに定期券入れを入れるやうにしてみた。iPhoneの方が取り出す機会が多いからである。

ファスナーつきの内ポケットの中にまたファスナーつきの小さなポケットがふたつあるといふのもいい。
中のポケットの小さい方が社員証を入れるのにぴつたりなのだ。まるであつらへたやうである。

そんな風に、いい感じで使へてゐる。

贅沢を云ふと、内袋の色は紺ではなくて、もつと明るい色だつたら中を見やすいのになあ、と思はないでもない。
しかし、ブロガーズトートにはそれをおぎなつてあまりあるものがある。

それは、右側にかばんを持つ人間への配慮が随所にある、といふことだ。
世の中、大抵のかばんは左側に持つことを前提に作られてゐる。
しめた状態だとファスナーの引手は、左側に持つたときに手前にくるやうについてゐるかばんがほとんどだ。
引手がダブルのファスナーのかばんでも、内ポケットのファスナーは右側に持つたときに後ろ側にくる。
ル・ボナーのパパスショルダーも、作り手の方はかばんを右側にかけるといふのだが、ほかのかばん同様左側に持つたときにファスナーが手前にくるやうにできてゐる。

昔から、これが使ひにくくてね。
話によると、使ひにくいと思つてゐる人は、ファスナーを開けたままにしてゐたりするらしいのだが、それもなんだか不安だ。特に通勤電車の中では。

でも、ブロガーズトートはちがふ。
右側に持つたときに、スマートフォン入れも鍵などをぶらさげるリングも内袋のファスナーも手前にくるやうにできてゐる。
これが、こんなに使ひやすいことだなんて、いままで知らなかつたよ。

プロガーズトート、このままヘヴィーユースになりさうな予感がする。

ブロガーズトートを選んだ理由についてはこちら

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Wednesday, 26 December 2012

ブロガーズトートを選んだわけ

ブロガーズトートを購入した。
ひらくPCバッグとどちらにしやうか、悩んだ。

決め手はいろいろある。
たとへば、普段やつがれはほとんどPCを持ち歩かない。
PC、と書いたが、有り体に云ふと、MacBook Air、だな。
MacBook Airなのに持ち歩かないのか。
うむ。持ち歩かない。
職場には私用のマシンを持ち込んではならないことになつてゐるからだ。

色も重要だ。
黒や紺のかばんはすでに持つてゐて、特に紺はWILDSWANSのBel AirのSサイズを愛用してゐる。
白に近い色のかばんといふのは、さういへば持つてゐない。
旅行かばんはモスグリーンだし、ネコリュックとコンフェティは「郭嘉ヴァイオレット」と呼びならはしてゐる光の加減によつては茶色にも見える深い紫だ。
気分で持ちかへてゐるショルダーバッグは、ラピスラズリのやうな青か青系のしましまか「郭嘉ヴァイオレット」と相性のいいちよつと小豆色のやうな紫のかばんである。
さういへば、Eater-sagariが白か。でもそれくらゐ。
カンダミサコに注文したかばんがスカイといふ色で、手元に来れば手持のかばんの中では一番うすい色になる予定だつた。

ブロガーズトートの色は、パールグレーのやうな感じで、以前からちよつと気になつてゐる色だつた。こぶりのかばんにはいい色だと思つてゐた。大きいかばんだと、膨張色だし、どうかなぁとは思つたが、それもありかな、といふ気がした。

そして、一番の決め手は、通勤電車での使ひ勝手だ。
ひらくPCバッグは、通勤電車にはチト大き過ぎる、といふ話を聞いた。
手に提げても、となりに立つ人のふくらはぎにあたつたりするといふ。
また、たまたま座席に座れたときのことも気になる。
ひらくPCバッグでは横幅が広過ぎるのではあるまいか。
電車の座席に腰かけたときに、膝からかばんがはみでてしまふのではないだらうか。

それなら、ブロガーズトートもおなじことだらう、といふ向きもあるかもしれない。
横幅といふことなら、ブロガーズトートの方が大きいくらいだし、まちもかなり大きい。
こみあつた電車の中で邪魔になるのは、ブロガーズトートもひらくPCバッグとかはらないだらう。

さうも思つた。
しかし、ブロガーズトートはひらくPCバッグとちがつて、やはらかいのだ。
中身にもよるが、万が一席に座ることができたとしたら、両脇からぎゆつと抱きしめれば、それなりに小さくなるのではあるまいか。

そのやはらかさにかけてみた。

あとは、さうだなあ、軽さもある。
ひらくPCバッグは840gとあるが、ブロガーズトートは590g。
たいしてかはらないぢやん、といふ気もするが、250gの差といふのは結構あると思ふ。

そんなわけで、ブロガーズトートを注文して、やつてきたのが日曜日。
開封しての第一印象は、「デカい! でも軽い!」だつた。
そして、いつもの荷物を入れてみると、「重たい」と思つたが、肩にかけてみるとそれほどでもない。
これでとりあへず芝居見物に行くことにした。

はたしてその結果や如何に。
それは次回の講釈で。

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Tuesday, 25 December 2012

モチーフできたはいいけれど

どうやらこのモチーフは埋もれてゐたらしい。

Masquerade

先日、なにを血迷つたのか、Lisbeth #40 の Pink Cocoa を複数個頼んでしまつて途方にくれつつ作つたモチーフである。
いくつかつないでこものにしやうと目論んでゐるのだが、いまのところこのひとつしかできてゐない。
このままになりさうな予感。

タティングレースのモチーフは、それ単体で十分かはいらしい。
だが、「それがどうした」といふ一面もある。

モチーフを作つた。
かはいい。
でもどうしやう。

といふわけで、かばんや服にはりつけたり、アクセサリに仕立てたり、とさまざまに工夫をする向きもある。

残念ながらやつがれにはさうしたまめさがない。
また、自分のもちものにレースのモチーフを飾る趣味もない。

さうなんだよなー、ドイリーとか作つたとして、飾る趣味がないんだよなー。

以前はほぼ日手帳のカバーオンカバーでタティングレースのモチーフをはさむやうにして使ふてゐたこともあつた。
これは、退屈な会議をしのぐのに、非常に役にたつた。
「今度はこんなモチーフを作らう」とか、「あ、ここ、なんだかきれいにできてない。気をつけねば」とか、ぼんやりカヴァをながめることができたからだ。

でも、ここのところは三年前に買つた革のカヴァが気に入つて、使ひまはしてゐるので、それもできない。

やはり、モチーフをいくつかつないでみるしかないか。

まあ、冬休みにでものんびり考へることにしたい。

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Monday, 24 December 2012

リミッタをはづしたい

この三連休は、初日の最終日に芝居見物といふことで、それほど編む時間をとれてゐない。
昨日はそれなりにかたづけとかもしたしね。大掃除には最後の機会だらう。普段から掃除をおこたつてゐるので、たいして「大掃除」といふことにはならない。ならないが、やつがれとしては「大」掃除であつたし、捨てるつもりだつたものもゴミ袋につめられたので、まあ、よしとしたい。

いまも、先日書いたレースのヴェストを編んでゐる。

vest in progress

毛糸だま2012冬特大号では「マーガレット」と書かれてゐる。
身頃を編み終はつて、襟部分に入つたところ、「ああ、なるほど、マーガレットかな」といふ形になつた。模様をひとつ分足してみたのだが、それでもまだちいさいかなあ。

後ろ身頃と前身頃とをつづけて編むやうになつてゐて、編み始める前はそこがちよつと気がかりだつた。裏側を編むときに裏メリヤス編みがつづくからである。
メリヤス編みは、それなりに速く編めるやうになつた。
4年前、Sock Knitters Pentathlon に参加した。オリンピックにあはわせたあみものイヴェントである。オリンピックの期間中に順次発表されるくつ下をできるだけ速く編んだ人が勝ち、みたやうなイヴェントだ。
それまで、「くつ下一足編むのに、二週間かかるかなあ」と思つてゐた。
かんたんなくつ下なら、土日で片方、その後の平日と土日でもう片方で完成。
模様が複雑だつたりすると、さらにプラス五日くらゐ。
そんな感じだらうと思つてゐた。実際そんなものだつた。

ところが、Sock Knitters Pentathlon に参加して、最初の一足を編んでみたらどうだらう。
なんか、三日くらゐでできてるぢやあるまいか。
もちろん、イヴェントといふことで、いつもより編む時間も増やしてゐるし、しやかりきに編んだといふこともあるのだが、それにしたつて、速い。
これまで想定してゐた時間が相当短縮されてゐる。

その後、二足目、三足目と編むうちに、休みの日であれば、一日で片方編めるやうになつた。

競争することで、それまで無意識のうちに作つてゐたリミッタがはづれたのだらう。

ただ、このとき速くなつたのは、メリヤス編みだけだつた。
裏メリヤス編みはあひかはらず、のろのろとしか編めなかつたし、いまでも編めない。
以前も書いたがたた&たた夫の編物入門のフランス式裏編み徹底図解をときに見返しながら精進してゐるつもりなのだが、なあ。

先日編んだMonkeyにも、結構裏メリヤス編みが出てくるのだが、細い糸を使ふせゐか、なんだかうまく編めてゐない気がする。
さう、速く編めないだけではなく、きれいに編めないんだよなあ、裏メリヤス編みつて。

そんなわけで、不安をいだきつつもいまのヴェストといふかマーガレットといふかを編みはじめたのだが。
うーん、すこしはましになつた、かなあ。

きれいかどうかはともかく、すこし速く編めるやうになつた気がする。
リズムに乗つて編めてゐれば、編み目も多少ととのつてくるんぢやないかな。
そんな、淡い希望をいだいたりもしてゐる。甘いかな。

現在一段三百目越えで、このあと一段まるまる裏メリヤス編みといふ段がこれでもかといふくらゐ出てくるのだが。
すこしは裏メリヤス編みの苦手感を克服できるといいと思つてゐる。

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Friday, 21 December 2012

早起き再考

早起きは自分にはむかない。

ここ数カ月、五時台に起きる生活をつづけてきた。
朝起きるのは、まあなんとかなる。
問題は夜だ。
早寝をするためには、芝居の夜の部や演奏会のソワレをあきらめねばならない。
夜の部のはねて帰宅するころには、もう寝てゐないと、睡眠時間を確保できないのだ。

むー。

選択肢は、

  • 夜の部は見ない
  • 早寝をしない
といつたところだと思ふ。

夜の部は見ない。
考へてもみなかつたなー、今まで。

夜の部は最後まで見ない、といふ選択肢もあるのか。幕見席が復活したら、それもありかなぁ。

だが、現実的な解決策としては、今朝やつてゐることを夜にシフトする、だらうな。
で、芝居見物の日や演奏会の日は、それはやらない。

問題は、夜やるとダラダラしがち、といふことだ。
今は睡眠時間確保のため、「はやく寝なくちや」といふのでむりやりなんとかしてゐる。その抑へのなくなつたときに、制御できるかどうか……

あと、夜早く寝るといふことは自然と夕食の時間もはやまつて、これはいいと思つてゐるんだよなぁ。

いいなと思つたところはのこしつつ、ちよつと夜型生活への移行を考へてゐる。

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Thursday, 20 December 2012

ひとりの持ち時間

昨日、出勤途中の電車で、推定アメリカ人がたうたうと自説を展開してゐるところに出くはした。
隣には推定日本人。
「ガヴァナンス」とかいふてゐるから、最初のうちはcorporate governanceかIT governanceの話かなと思つてゐた。

しばらくすると、今度は日本人の方がおなじやうにたうたうと自説を展開していく。

やうすを見てゐると、片方が3分くらゐ延々と喋り、終るともう片方がおなじくらゐ喋る、といふ感じだつた。駅と駅との間隔からいつて、5分くらゐひとりで語りつづけてゐたこともあつたかもしれない。

相槌とかもほとんどなかつた。
あるいはあつたのかもしれないが、車内の騒音でかき消されてゐた可能性はある。
いづれにしても、やつがれだつたらもつと相槌を打つてるなあ。
間がもたない気がするもの。

こんな会話の仕方は絶えて見ない。
職場について、ミーティングをしてゐるやうすを見ても、ひとりがちよこつと喋ると、ほかの人が喋る。「ああ」とか「うーん」とか、相槌はもつと頻繁だ。

相槌は打つとして、あれくらゐ延々相手に喋つてもらふといふのはいいかもしれないなあ。

ところで、話は sustainable development だつた。
カンボジアには計画が六つだかあつて、フィリピンではどうで、といふやうなことを話してゐた。

sustainable development は、「持続可能な開発」といつたところなのだらうか。
あまり耳にしないなあ。
新聞とか読むと出てくるのかな、と思ひつつ、そんなことはあるまい、といふ気もしてゐる。

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Wednesday, 19 December 2012

未だに将棋は指せないが

将棋を見るやうになつたのは、何年かまへに「将棋の日」イヴェントのやうすをTVで見たのがきつかけだつた。

当時の名人(今も名人)と当時の竜王が、「次の一手」戦とやらで対局をしてゐた。
途中、何度か対局を中断して、会場の客に次の一手をあてさせる、といふ趣向なのだが、どこぞの地域のホールの舞台上で、ライトを浴びて衆人環視のなかで、大のおとながふたり、真剣な顔で将棋盤に相対してゐる。こんなに気の散らされる環境もまたないだらうといふやうな状況で、完全に集中してゐる。

大のおとながこんなに真剣になるのだから、これはさぞかしおもしろいものなのだらう。

さう思つて、NHKの将棋講座やNHK杯を見るやうになつた。
これは今でもつづいてゐる。

指せるやうにならう、と思つたこともあつた。
あつたが、将棋はひとりでは指せない。

近所には将棋道場のやうなものはない。
土日に通へるやうな教室もない。
職場のそばで探したが、当時は客先勤務で、時間が自由にならなかつた。

いまでも、将棋は指せない。

結局、たまに詰め将棋を解いたり(解けなかつたり)するくらゐだ。

当時、囲碁は、「ヒカルの碁」連載中といふこともあり、一大ブームを迎へてゐた。
また、ほんとかどうか知らないが、囲碁は企業や政治家にはたらきかけて資金源をひろげてゐる、といふ話もあつた。

将棋は、資金繰りは知らないが、指す人がへつてゐる、といふ話だつた。一時は一千万人と云つてゐた将棋人口も落ち込みつつあつた。

やつがれが将棋を見始めたころの会長は二上達也。
その後会長職を襲つた米長邦雄は、まづ学校を標的に定めたのらしい。「ゆとり教育」を利用して小学校などで将棋を教へる仕組みを作つたりしてゐたやうだ。
この点については、ほかに詳しい人がいくらもあると思ふので、ここでは書かない。
やつがれが知つてゐるのは、夏の将棋祭りなどでも、こども相手の指導対局が増えたな、といふことくらゐ。

どこを見ても相手は「こども」だつた。

さうか、将棋には、自分のやうな年経た入門者は、必要ないんだな。
さう思つてゐた。

最近、小学生のこどものゐる友人に会つた。
こどもが、囲碁や将棋に興味があるといふので、棋院や連盟に電話してみたのだといふ。「こども教室のやうなものはありますか」といふて。
棋院は、即welcomeだつたさうだが、連盟は、現在予約待ち状態なのだ、といふ話だつた。

こども対象の戦略は、ある程度の成功を見たのだらう。
この話を聞いて、「連盟はもつたいないことをしてるな」と思ふたことも事実だが、さりとては、人出と場所がなければどうにもならない。

そんな恨みつらみはあるものの、その一方で、テレビ棋戦の解説ではいろいろ楽しませてもらつた。

当時はまたあつた早指し戦の最終回。将棋を見るやうになつた直後だつたせゐもあるが、あれは忘れられない。

NHK杯なんかも、楽しかつたなぁ。

さういへば将棋番組の余興で、加藤一二三とはさみ将棋を指してゐるのを見たことがある。
あれもおもしろかつたなぁ。
余興と書きはしたものの、まつたく「余興」といつた感じではなかつた。まじめに指してたよなあ。

まさか、この日がこんなに早くくるなんて。

宝井其角ぢやないけれど、「年の瀬や川の流れと人の身は」とつぶやかずにはゐられない。

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Tuesday, 18 December 2012

使はぬ栞を作る

先日のリハビリテーションで作つた栞はかうなつた。

Floral Tatted Bookmark

水通ししてピン打ちはせずに伸ばして乾かした状態である。
茎を二カ所、いつもとはちがふつなぎかたにしてみた。
いつもは、茎に入るときに、いはゆる Shoelace Trickを使ふのだが、今回、二カ所で花びらのピコにつないだあとで Shoelace Trickを使つてゐる。
そんなところで使つたら、なめらかな曲線にはなるまいな、と思つてはゐたものの、やはり一度は試してみたかつたんだな。リハビリだし、いい機会だと思つたわけだ。

ところで、以前何度か書いてゐるが、栞は使はないたちである。
以前は、出勤時に読み終はつた位置を覚えておいて帰りの電車の中でそこから再開、なんてなことを普通にやつてゐた。

最近では本に栞がついてゐれば使ふ。
寄る年波には勝てないといふか、ページ数が覚えられなくなりつつある。朝、覚えたはずなのに、帰るころには忘れてゐる。さういふことが増えた。
あるいはこれは寄る年波とは関係なく、単に読んでゐる本への愛情がむかしほど強くないからなのかもしれない。
それもまた、年をとつたせゐなのかな。

それでは、自分で作つたタティングレースの栞を使ふか、といふと……うーん、ほとんど使つたことがない。
使はうと思つたときに手元にないことが多いし、本のサイズに比して大き過ぎることが多いといふこともある。
80番手の糸とかで作ればいいのかもしれないけど、そんな繊細なものを通勤電車の中で使ふといふことになんとなく抵抗がある。
また、電車の中つて結構栞とか落としたりするんだよな。

といふわけで、ムダに栞ばかりあるのだが、ぢやあまつたく使はないかといふとさうでもない。

これも以前も書いたが、あみものの本にはさんだりすることがある。
あみものの本つて、できあがり作品の写真の掲載されてゐるページと編み方の載つてゐるページがはなれてゐることが多いんだよね。
さういふとき、写真のページと編み方のページとにそれぞれ栞をはさむことがある。

「ことがある」と書いてゐるのでおわかりのとほり、まつたくはさまないこともある。
といふか、その方が多い。
たまにはさんでみて、「お、便利ぢやないか」と思ふ。それでしばらくは使つてみるのだが、そのうちまたその便利さを忘れるんだな。
といふか、やはり編みはじめるほど編みたかつた作品のページつて、覚えてるものなのである。
ぱつとは開けないけど、そんなに不自由を感じないんだな。とくに編んでゐる最中は。

今回作つたこの栞は、使つてみるかなあ。
栞の栞以外の使用方法つてなにかないのか知らん。

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Monday, 17 December 2012

How I Wish That I Could be a Hell's Granny

この週末、くつ下を編み終はつた。

Monkey

パターンはMonkey
編むのは二度目である。
以前も書いたが、上記リンク先を見たときは、「これは編まないな」と思つたといふのに、Ravelryでほかの人々の編んだものを見たらどれもどれも一々ステキで、「編む!」と編んでみたはいいものの、「……なにかが違ふ」といふ結果になつてしまつた、そんなくつ下である。
それも、前回も今回も、だ。

もしかすると、ぴんと伸びてゐないので、それであまりステキではないやうな感じがするのかもしれない。

糸はOnlineのSupersocke 100はHighland Colorの839。
いつ買つたんだかねえ。
あまりにも昔のことで、もうわからない。

針は1号五本針。書いてあるとほりに片方ずつ編んだ。
そろそろ輪針で一足同時に編んでみたいなあと思はないでもないのだが、なんだかんだいつて四本針とか五本針が好きなんだよね。

さて、土曜日にくつ下を編み終へて、即編みはじめたのがこれ。

Lacy Vest

毛糸だま2012冬特大号に掲載されてゐる作品だ。

毛糸だまの冬号は、発売してしばらくしてから本屋の店頭で見たところ、なんだか編みたいものがたくさん載つてゐる気がして、「これは買ふ」と思つたものだつた。そのときは、チト荷物がいつぱいだつたんだよね。冬の毛糸だまは、なかなかあなどれないヴォリュームだ。

で、しばらくして地元の本屋で買ひ求めて、家に帰つて見てみたところ……
………………
うーん、やつがれはいつたいなにが編みたかつたんだらう。

いろいろ考へて、とりあへずこれを編んでみやうと思つたのが、岡本真希子デザインのこれになつた。
本には「マーガレット」と書いてあるが、ヴェストつぽい感じがいいかな、と思つた。
ヴェスト、好きなんだよねえ。

初心者向けシェットランドレースとある。
糸もプリンセスアニーで、編みやすい。針の指定は6号だしね。
編んでゐて、「シェットランドレースを編んでゐる」といふ感覚はないが、まあ、楽しいからよしとしたい。

この土日と、一日一玉使ひきつた。
やつがれにしてはめづらしいことだ。たいていはどんなに頑張つても一日に一玉はむづかしい。また、土曜日に一玉使ひきつてしまふと、次の日曜日にはほとんど編まないことが多い。
モンティ・パイソン「グレバッバ族 (Hell's Grannies)」スケッチ(リンク先動画。0:44くらゐからはじまる)には、一日に30玉編むグレバッバの話が出てくる。かぎ針編みださうだけれどもね。しかし、一日に30玉つてどんな勢ひだよ。

願はくは、グレバッバ族のやうになりたいねえ。

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Friday, 14 December 2012

イスカの嘴のくひちがひ

毎年、この日にはなんとなく赤穂浪士の討ち入りのことを書いてしまつたりする。
しかし、考へてみたら、実際の討ち入りは15日未明。
しかも、陰暦なのである。

Wikipediaによると、1月30日とかなのらしい。

だいたいかういふ歴史的事件の日付つて、アヤシいよね。
日本とか中国とかなら陰暦だし。
ヨーロッパだとユリウス暦だつたりなんだつたり。
イスラム暦はよくわからないし、革命直後のフランスとかもなんとかしてほしい。でも「テルミドール9日」はもうそのまま覚えるしかあるまい。

今年亡くなつた丸谷才一は、三大狂言の中では「仮名手本忠臣蔵」が一番好きだと云ふてゐた。
こどもが犠牲にならないから、なのださうである。
いはれてみれば、「菅原伝授手習鑑」では松王丸の子、「義経千本桜」では権太の子がそれぞれ高貴の方の身替はりになる。
忠臣蔵にはそれがない。

ところで、やつがれはといふと、三代狂言の中で一番好きなのは「菅原伝授手習鑑」。忠臣蔵は、その次、くらゐかなあ。
忠臣蔵で一番好きなのは九段目。ほかはそれほど好きではない。人気演目と云はれる五段目・六段目もそれほど好きではない。といふか、これまでは「苦手だなあ」と思つて見てゐた。

なぜ苦手なのか。
「色にふけつたばつかりに」とか云ふて、「そのとーりだよ」としか思へなかつたからだ。
お軽ちやんみたやうな子も好かんし。
「勘平さんは三十になるやならずで」あんな体たらくだし。
それよりなにより、「このあとおかやはどうなつちやふの。たつたひとりで山の中、暮らしていかなきやいけないんだぜ」といふ方が気にかかる。
はじめて見た六段目のおかやは、先代の美吉屋だつた。どうも、丸本の世話物のおばあさんといふと、先代の上村吉弥、といふ印象がある。ちいさくてかはいいおばあさんが、夫を失ひ、娘は廓へ、婿もみづから腹かつさばいて死んでしまひ、どうやつてひとりで暮らしていくんだ、と、そればかりが気がかりなのだ。

その五段目・六段目を先日南座で見た。
なるべく苦手といふ意識を捨てて、虚心で見るやうにしてみた。

んー、やはり、内容は好かんが、しかし、南座の五段目・六段目はいい芝居だつた。
竹三郎のおかやがよかつたねえ。
売られていく娘を気遣ひつつ、なぜうちの人は帰らぬのだらうと気にかけてゐる感じが、實によく出てゐて、まづそれだけでこの段はよし、といつたところ。
また、左團次が大きくてねえ。最近見るたびに思ふのだけれど、高島屋さんはいつからこんな大きい役者になつたのだらう。見るたびに思ふのだから、もうずいぶん前からなのだらうけれど、多分、昔見たおどけた役が忘れられないんだらう。これはこちらの落ち度である。

松之助の女衒に、秀太郎の一文字屋お才といふのがまた秀逸。
お才といふと、長いこと宗十郎とか田之助で見てきたけれど、こんな上方風なお才ははじめてかもしれない。すごむ女衒をいなす感じとか、したたかに生きてきたんだらうなあといふ感じが手に取るやうに見える。それでゐてなんともいへない色気があつてねえ。いいぞいいぞ。

それに、仁左衛門の勘平が、ねえ。
やつぱり勘平は好かん。
好かんが、「さうか、勘平つて、云ひたいことはいろいろあるのに飲み込んで、しかも話さうとして相手が聞いてくれず、あきらめちやつたのかー」と今回思ふところがあつて、なあ。

なるたけ虚心になるたけ虚心に、と、心のなかでつぶやきながら見た甲斐もあつたといふものである。

多分、今後は、勘平切腹も、以前ほどの苦手意識を抱かずに見ることができるだらう。
勘平は、家によつてもさまざまだし、人によつてもやり方がことなる。
さういふのが、楽しいよね。

とりあへず、時間ができたら宗十郎の残した紀伊国屋型の六段目の録画を見に行きたいと思つてゐる。

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Thursday, 13 December 2012

日本語は縦書きにかぎる

ここ一週間ばかり、なにも書く気がしない。
「blog、更新してるぢやん」といはれるかもしれないが、手で書く方がからきしなのだ。
まづ書きはじめるまでに時間がかかる。
書きはじめて、つるつると書けることもあるが、なんだかつまつてしまふことの方が多い。

中村屋の訃報の衝撃が大き過ぎるのか。
それもあるかとは思ふが、ほんたうの衝撃は、もつと未来にやつてくるのだと思つてゐる。それも、かなり長いことつづくであらう。そんな気がする。

まあきつと、今は調子の波の落ちてゐる時期なんだらう。
落ちてはゐても、たとへばc.o.u.で買ひもとめたWILDSWANSのOWLにつつんだMONOKAKIに、大橋堂のペンをあはせたときなんかは、なんとなく書けたりはする。

こちらで書いたとほり、フォルカンに入れるインキが決まらぬままなので、やはらかいペン先のペンといふと、畢竟、大橋堂のペンになる。
中屋万年筆の細軟もあるけれど、やはらかさといふ点では大橋堂のペンかな。さういふのを選んだし。

ペン先がやはらかいと、書いてゐてうまいこと制御がきかないときがある。
その「うまくいかなさ」をおもしろいと思へることもある。
また、横書きだとその「うまくいかなさ」がどうにもならないことが多いが、縦書きだとかへつていい感じになるやうな気もする。

やつぱり日本語は縦書きにしてナンボだよなあ。
圧倒的に書きやすいもの。
やつがれ世代だと、ノートはもう横書きばかりで、国語以外は全部横書きのノートを使つてきた人ばかりだと思ふ。
それでもなほ、手で書くときは縦書きの方がしつくりくるし、書きやすい。
最近では算用数字とかアルファベットが文中に出てくることも多い。さうなると横書きの方が便利ではある。でもそれは、「便利」といふだけで、書きやすさとは微塵も関係ない。

できれば、縦書きで暮らしたい。
でも世の中のノートや手帳は横書き用にできてゐる。
職場で縦書きで書いてゐたら、個人的なことを書いてゐると思はれるだらう。
住みにくい世の中になつたものだ。

と、思つたりするところが、波の落ちてゐる証拠なのかもしれないなあ。

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Wednesday, 12 December 2012

老子読みの論語知らず

ここのところ、「勉強」といふことで、「論語」を読んでゐる。
以前、岩波文庫版を読んだので、今回はいろいろ調べて中公文庫の「論語」を読んでゐる。

「勉強」と書いたことでご理解いただけるかもしれないが、読んでゐて、ときどきつらい。
考へてみたら、中高生のころは、「論語」は好きになれなかつた。
長幼の序、とか、そんなこと云ふてるから、家では近所のをぢさんをばさんと親しく話せないし、学校では教師や先輩に気を遣つてしまふんだらう?
さう思つてゐた。
今でも思つてゐる。

でもまあ、昔より、虚心で読めてゐるかな。
結局、「論語」にしても聖書にしても、「かうすれば世の中との軋轢を最小限にできますよ」といふことを教へてゐるのだと思ふ。
まあ、長いのでそればかりでもないけれどもね。
世のうつりかはりによつて適用できない部分もあるかとは思ふが、この教へにしたがへば、イヤな思ひをすることも減りますよ、といふてゐる。
さすれば、自分のしたいことに集中することができる。
さういふことなのだと思つてゐる。

そんなわけで、圭角の多い性格であることでもあるし、ちよつとは今後も生きていくうへで参考になることはないかと思ひながら読んでゐる。しかして「勉強」なのである。

次は「孫子」にしやうつと、と思ひ、積んであつたのだが、思ふところあつて、つい手にとつてしまつた。
これがとまらないんだね。
「論語」とはちがふ。
読んでゐて、おもしろい。

考へてみたら、中学生のころから好きだつたのだ、孫子の兵法が。
ノートの表紙に書けるだけ孫子を書き写してゐたこともあつたくらゐである。
どうにもイヤな中学生だが、それを「いいね!」と云つてくれる同級生がゐたんだよなあ。

韓非子」とかも好きだつたものなあ。
それに、なにを云ふても、自分は老荘の徒のはしくれなのだらう。
やはり儒家の思想はあはないのかもしれない。

でも、最後まで読むけどね、「論語」。

これからは、古典だけ読んで過ごす。
それでいいやうな気もしてゐる。

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Tuesday, 11 December 2012

タティング・リハビリ・プログラム

先週、我が身にふりかかつた悲劇についてはここに書いたとほり。
悲劇、といふか、まあ、不器用な人間にはまま起こりがちなことではある。

昨日も書いたとほり、先週末京都に行つて、そのあひだにこちらに書いたShawl-to-beがすこし進んだ。
とりあへず、モチーフをふたつつなぐことができたので、それぢやあリハビリテーションでもはじめるか、と、昨日作りはじめたのがこれ。

Floral Bookmark

Kersti Anear の Floral Tatted Bookmark である。
これももういくつも作つてゐるんだが、

  • リハビリ用に
  • 小さいもので
  • チェインの長いもの
を考へたときに最初にあがつたのがこの栞だつた。
タティングシャトルは先週も使つたPop-a-Bobbin-Tatting-Shuttle。これはかぎ針部分の改良されたタイプ。

リハビリといふことで、それなりに慎重なせゐか、とりあへず先週のやうな惨状にはいたつてゐないが、「リハビリ中よねー」といふ出来であることはかくせない。
といふか、やつがれはいつでもこんな感じだよ。
自分は、不器用ですから。

糸はLisbeth #40のWildflower Gardenといふ色合ひ。九月に神戸に行つたをり、ドヰ手芸で購入した。
なにも神戸まできてLisbethでもあるまい、と思つたが、なんだか買ひたい気分だつたんだらう。
買ふてきてすぐ、こんなものも作つたのらしい。「タティングレースのアクセサリーとこもの」に出てゐるモチーフである。

Tatted Motif

栞を作りはじめたのだつたら仕上げればよいものを、昨日、荷物がとどいたので、はじめてしまつたのがこれ。

Masquerade

Mary Konior の _Tatting with Visual Patterns_ に掲載されてゐる Masquerade といふモチーフだ。
糸はLisbeth #40 の Pink Cocoa。なにを思つたのか、この色合ひの糸を複数購入してしまひ、途方にくれてゐる。使つてみたら、いい色だな、とは思ふたけど。

Aerlit Tatting Shuttle は、世情のうはさよりは使ひやすいかな、といつたところか。すくなくともAeroのシャトルよりはずつといい。シャトルの薄さと長さがやつがれの手にあふのだらう。
ボビンがしつかりはさまれてゐるのも使ひやすい所以のひとつだと思ふ。
そのせゐで、ボビンを動かすときにかなり大きい音がするのがチト気になる。ボビンをしつかりとholdするためには仕方がないことと思ふ。これもいづれゆるんでくるんだらうな。たしかどこかにAeroのシャトルでおなじやうなことが発生したときの対処法があつたはずだ。探しておかう。

糸がストロベリーチョコレートなおもむきなので、シャトルはペパミントチョコレートなおもむきのものを合はせてみた。

そんなわけで、Pink Cocoaがたくさんあるので、これもすこし大きなものになる予定。
しかして、予定は未定であつて決定ではないのであつた。

ちなみに、Shawl-to-be の進捗具合はこんな感じ。

Shawl-to-be

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Monday, 10 December 2012

ひさしぶりにメビウスショール

先週末、京都に行つた。
六代目中村勘九郎襲名披露公演といふか顔見世に行くためだ。

京都は冷える。
これまで顔見世といふのでほぼ毎年のやうにこの時期の京都に行つてゐるし、孝夫の義賢最期を見るのだとか云ふて、二月の京都にも何度か行つた。
なにが冷えるといつて、おなかが冷える。
バス停でバスを待つてゐたりすると、足下からじわじわと冷えがはいのぼつてくるのを感じる。

それとはまつたく関係なく、ちいさなショールを編んでみた。
もともとは、帽子がほしかつた。
しかし、帽子とマフラーと、別々に持つてゐると、なんだかどちらか忘れさうな気がする。
また、出勤するときは寒いので帽子がほしいが、帰りはそれほどでもない、といふこともある。
えうは、帰りに荷物が増えるわけだ。

ながーいマフラーを編んで、真知子巻きすることも考へた。
このまへ編んだながーいマフラーを整形して使へばいいかもしれない。

しかし、目の前に毛糸があつたんだな。
ながいことはふりつぱなしだつた、捨てやうか捨てまいか悩んでゐた、そんな毛糸が。
Debbie Bliss の Cashmerino Astrakhan。以前、マフラーを編んで、あまつてしまつた毛糸だつた。ほぼ四玉ある。こものなら編めさうな数だ。ゆゑに捨てられなかつた。

毛糸をながめてゐて、ふと思ひついた。
長めのネックウォーマを編んでみたらどうだらう。
ネックウォーマなら、頭もおほひつつ首をあたためることもできる。
頭をあたためる必要がなくなつたら、首まはりにだぶつかせておけばいい。
いいぢやあないか。

そんなわけでできあがつたのが、これである。

Moebius Shawl

使用針は13号。
長さがほしかつたので、ほぼメリヤス編みで、ふちの五段くらゐだけガーター編みにした。
メビウス編みで、前半は減らし目、後半は増やし目し、うまく調整すればかぶり口がせまくなるやうにしてみた。

形だけは、想定とほりにできたと思ふ。
肩にかけると、首もとはかるくしまるやうになつてゐる。
そのまま頭までおほふにはチト長さが足りないが、二重に輪をつくれば、首も頭もおほふことが可能だ。

問題は、これだ。

Moebius Shawl

こんな糸だから、ちやんと伏せ止めできなかつた部分があつたんだらう。
着用してゐるうちに、一部ほどけてきてしまつた。
旅先のこととて、放置するしかなかつたが、やはりこんな糸なので、全部ほどけることなく途中でとまつてゐる。

なほさなきや、と思ひつつ、この週末ははふりつぱなしだ。
あーあ。

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Friday, 07 December 2012

川本喜八郎人形ギャラリー・平家物語篇

川本喜八郎人形ギャラリーは今年六月に渋谷ヒカリエにオープンした。入場無料。有料化して、きちんと係員とかおいた方がいいんぢやないか、と、心ない人々を見るたびに思ふけれど、人件費とかなんとか、いろいろむづかしいんだらうな。

もとい。

川本喜八郎人形ギャラリーにはずいぶんと助けられてきた。
なくなつたらどうしやうと、益体もないことを憂ふほどだ。
依存しきつてゐると云ふてもいい。

昨日も、勘三郎の訃報の衝撃さめやらぬなか、ギャラリーに行つてきた。

会ふたら泣いてしまふんぢやないか。
もちろん、中村屋とあのギャラリーにゐる人形たちとはなにも関係ないけれど、さう思はずにはゐられなかつた。

実際に行つて、会へばいつもとほりのにこにこ笑顔だつた。
なんだらう、幾度会つても、その前に立つと、自然と顔のほころんでくるのを感じる。

正面から見ると如何にもうらめしげで、それでゐて横から見るとげにさみしげでかなしげな、崇徳院の前では、さうでもないけれど、それ以外は、つい、にこにこしちやふんだよなぁ。

平家物語では、崇徳院は別格として、家貞と泰子がいい。どちらもむかつて右側から見たときが実にいい。特に泰子はあの中ではただひとりほうれい線のある、その影が右側から見たときあきらかなのだが、これがいいのだ。
ほうれい線がいいなんて、あり得ない? そんなことはない。ほうれい線と、あごのあたりのチトむつちりしたところが、泰子は最高だ。きれいに作つてある袈裟などよりよほどおもしろい。
忠盛・清盛が、やつがれにとつてはいまひとつ興味のもてないなか、泰子のよさは際立つてゐる。

文覚、ぢやなくて、遠藤盛遠は、千葉真一にさも似たり、だ。あるいは橋本じゅんか。ひそかに「JJ」とか、「轟天」と呼んでゐる。

源渡は、ちよつと佐清めいて見える。動けばいい男なのだらう。

さすがは玉藻の前のモデルとの説のある美福門院は、そんなやうな顔つき。

鳥羽院は、優柔不断さうな表情。
待賢門院は、どこか視線のさだまらぬやうす。

為義は、疲れきつてゐて、一方ぱりつとした義朝は、むかつて左から見たときのやうすのよさは、あそこにゐる平家物語の面々のなかでは随一かと思ふ。

人形劇三国志の面々については、また機会をまうけて書くつもり。
とりあへず、右端の魯粛と左端の郭嘉の呼応してゐるやうな感じが、三十三間堂の風神雷神を思ひ起こさせる、とだけ書いておくか。

あ、あと、これだけ。
ケースは違へども、おなじ空間に関羽と崇徳院がゐるつて、すごいよね。日中を代表する怨霊同士ぢやあるまいか。まあ、どちらも怨霊になるまへの姿ぢやあるけれど。

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Thursday, 06 December 2012

それでもMoleskineを使ふわけ

昨日、起きて、中村勘三郎の訃報を知つた。
中村屋は、けつしてやつがれ好みの役者といふわけではなかつた。
でも、それがなんだといふのだらう。
中村屋は、個人の好みなんてちいさいものは超えた存在だつた。

思ひつくままに、Moleskineにこれまで見た役、これから見たかつた役をつらつらと書いて、とどまることを知らない。
おそらくこののちも折りにふれ、「ああ、あれ、よかつたよねえ」「これ、次はもつとよくなつてると思つてゐたのにねえ」と、書いてしまふことだらう。
それは、世の中の人がすでにさんざん云ふたり書いたりしてゐることにちがひない。
「おなじことまたいまさらに言はじとにもあらず」とは思へども、「筆にまかせつつあぢきなきすさびにてかつ破り捨つべきものなれば人の見るべきにもあらず」といふことで、ここには記さずにおく。

いい役者だつたよねえ。
なんで過去形なんだらうねえ。

さて。

Moleskineについては、さんざん「ペンを選ぶ」だの「インキを選ぶ」だの書いてきたが。

ではなぜ使つてゐるのか、といふと、一番よく使ふペンとの相性がいいから。
これにつきる気がする。

一番よく使ふペンといふのは、中屋万年筆の細軟。やつがれのは十角軸碧溜ピッコロシガー。これに、プラチナのブルーブラックを入れて使つてゐる。
このペンとMoleskineとの相性が抜群なんだな。
ペン先が紙にあたつたときのふんはりとやはらかい感触。
これが實にたまらない。
これまで使つてきたQuill NoteやSmythsonの手帳にはちよつとない感触だ。

インキはにぢまないし裏抜けもしない。
このペンさへ使つてゐれば、Moleskineにはなにも文句はない。

最近、パイロットキャップレスデシモの極細にパイロットのブルーを入れて使ふやうになつたが、このペンもMoleskineとの相性は悪くない。
極細のせゐもあるかもしれないが、にぢみも裏抜けも気にしなくていいし、なによりキャップレスといふことで、さつと取り出してぱつと書きとめることが可能なんだな。Moleskineの硬い表紙とキャップレス。ちよつと最強かも。

ときどき、「Moleskineと萬年筆をあはせるのはもうやめにして、鉛筆とかにしやうかな」と思はないでもない。あるいはシャープペンシルとか。

でもまあ、しばらくは中屋万年筆のペンとデシモの極細で行くかな。

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Wednesday, 05 December 2012

明日ありと思ふ心の仇桜

夜半に嵐の吹かぬものかは

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Tuesday, 04 December 2012

タティングレース力の劣化

三週間くらゐ停滞してゐるタティングレースのShawl-to-be。
やはりこのまま仕上がらないかもしれないといふ思ひの強くなりつつある今日この頃である。

昨日、突然メビウス編みのスヌードを編みはじめた。

Moebius Scarf in Progress

前半で減らし目、後半で増やし目をしたかつたので、目数リングがふたつ必要だつた。

目数リングがぱつと出てこなかつたので、その場にあつたあまり糸の巻かれてゐるシャトルでリングをふたつ作つた。

…………劣化してゐないか?
いや、あきらかに劣化してゐる。
ダブルスティッチが、みだれてゐる。

むー。

ここのところ毛糸で結んでゐたから気づかなかつたのだらうか、綿の糸を使ふと、衰へは隠せない。

どうしやう。

  1. Shawl-to-beはあきらめて、綿糸での精進を開始する
  2. 気にせずShawl-to-be作成に邁進する

このあたりで、ちよつと達成感を得るためにちいさいものを作る、といふのはありな気がしてゐる。
今のままだと、達成感を得られるのはずつと先、下手すると何年も先のことになつてしまふ。
それに、我が家にはレース用の綿の糸もうなるほどある。ほんたうに、「使へよ」と不平不満をうなるのではないかといふくらゐ、たくさんある。
気分転換もかねて、別のものを作つてみるといふのは、ありだ。

愛用のシャトルはボビンシャトルだ。
すなはち、ボビンさへ変へれば、すぐにちがふものにとりかかれる。

それもありだなあ。

と思ふ一方で、しかし、今やめてしまつたら、もうこの先Shawl-to-beに手を出すことはなくなるのではないか。
そんな気もする。
そんなことないやうな気もする。

とりあへず、Shawl-to-beにもう一モチーフ追加して、それから考へるかな。

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Monday, 03 December 2012

寒いのだから編めばいいのに

寒い。
確認すると室温が六度。
ストーブをつけるが、例年この時期こんなに寒かつたらうか。
さう思つて見てみたら、去年のいまごろ「室温七度」などと書いてゐたので、まあ、こんなものなのだらう。

こんなに寒いんだから、どんどん編めといふことだよな。
そんな風に思ふが、なかなかさういふ気分にならない。
11月最後の土曜日に、「毛糸だま 2012年 冬特大号」に掲載されてゐる作品を編まうとパピーのプリンセスアニーを買ふてきたのだが、手つかずのままである。ユザワヤのいふ「中型店」で購入したのだが、なんだか在庫が少なくてな。種類はあるが、ひとつの色で10玉とかそろつてるのがなかなかなくて、やつと、「まあこの色だつたら、いいか」といふのを8玉ほど買つた。
先日、新装早々の蒲田店に行つたときは、種類も色もかなりそろつてゐて、「毛糸の棚、見やすくなつたなー」と思つたんだがな。やはり蒲田まで足をのばすべきであつたか。

いや、あれは、「もう毛糸は買ふな」といふお告げだつたんだな。多分。
なぜあのときに気づかなかつたのだらう。

それはさておき。

それでもまあ日々ちよこちよこ編んではゐる。
編んでゐるのは、Monkey
この週末に、片方できあがつた。

Monkey in progress

うーん、やはり、ほかの人々の編んだもののやうなすばらしさがない。
たるんでるから? それはあるかもしれない。
履いたらいい感じになるかな。
しかし、このくつ下を履くのはいつのことになるだらう。
この前編んだくつ下も一度試し履きをしてそのままだといふのに。

くつ下完成の極意は、片方編み上がつたらすかさずもう片方を編み始めること、だ。
手袋も同様。
これで、やつがれは十中八九なんとかできてゐる。
以前も書いたが、途中で投げ出すくつ下といふのは、最初の片方で挫折することが多い。
一足同時編みをしてもいいんだが、なんとなく四本針とか五本針で編むのが好きなんだよね。
ぢやあ二重編みの応用で一足同時に編んだら、といふ話もあるが、それもあまり好きではない。
一足同時編みは久しくやつてないので、次あたりはやつてみるかなあといふ気もしないではないのだが。

……つて、まだ編むのかね、くつ下を。

もう片方の進み具合はこんな感じ。

Monkey in Progress

先はまだまだ長いのう。

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Saturday, 01 December 2012

2012年11月の読書メーター

2012年11月の読書メーター
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:2268ページ
ナイス数:5ナイス

史記  ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)史記 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)感想
白文に限りなく近い文が掲載されてゐるもの、といふのでこれを選んだ。書き下し文のあとに返り点や一二点等だけついた文がついてくる。 なんといふか、出てくる人出てくる人、読んでて他人ぢやない感じがする。TVなんかでふつーにニュースやドラマに出てきてもをかしかない、といふかね。項羽のダメさ加減とか、いつそいとほしくなるよ。
読了日:11月1日 著者:福島 正
日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)感想
ここに書かれてゐることがほんとなら、大河ドラマの農民尊重過多も考へなほさないと、だな。宋から来た舟がバラスト代はりに宋銭を積んでゐたとあるけど、帰りはどうしてゐたのかなあ。海上交易の話と「百姓!=農民」といふ話、あと冒頭の識字率の話が特におもしろかつた。「戦後の窮乏時も農家はそれほど食糧難ではなかつた」つていはれてみればさういふ話を体験者から聞くんだよね。飢饉とか、みなほすと新たな事実が出てくるのかも。
読了日:11月5日 著者:網野 善彦
プロの資料作成力プロの資料作成力感想
人生経験の浅い人間にはあまり役に立たないのではないかな。どういふ経験を積んで行けばいいのか、といふ指標はあるかもしれないけど。ディベートの手法が役に立つのかな。この本にはそんなことは書かれてゐないが。
読了日:11月19日 著者:清水 久三子
泣ける話、笑える話―名文見本帖 (文春新書)泣ける話、笑える話―名文見本帖 (文春新書)感想
徳岡孝夫は扇雀会だつたのかー。「歌舞伎にコクがなくなつた」つて、反論できないなー……。中野翠はMちやんの話がよかつたな。
読了日:11月22日 著者:徳岡 孝夫,中野 翠
人生はうしろ向きに (集英社新書)人生はうしろ向きに (集英社新書)
「ああ、やっぱり、ぼくの、わたしの、吾輩のうしろ向きな人生は正しかったと安心してもらいたい」とあるが、やはり世の中との折り合ひがつけ難いと思ふんだよなぁ。うしろ向きに生きつつ世間とうまくやつていく方法を知りたいなぁ。
読了日:11月26日 著者:南條 竹則
漢字と日本人 (文春新書)漢字と日本人 (文春新書)感想
常々やまとことばで暮らしたいと思つてゐる。耳で聞いたときに間違ひが少ないと思はれるからだ。でも実際はなかなかできない。目で読む時は、漢字の方がいいやうな気がする。短くて済むからだ。 さう考へてゐたのも不思議ぢやあないのだなあ、と、納得できた気がする。 平安のかな文学については、あのだらだらとどこまでも延々とつづく文章がいいんぢやな〜い、と思ふけどね。
読了日:11月29日 著者:高島 俊男
三国志演義〈1〉 (徳間文庫)三国志演義〈1〉 (徳間文庫)感想
人形劇wikiを作るのに必要なところだけつまみ読みするつもりで出してきたのが、うつかり全部読んでしまつた。巻置く能はざるつてかういふ感じかな。おかげで最近「大いに驚きて曰く」とか「大いに怒りて曰く」みたやうなのが口癖になつてしまつた。
読了日:11月30日 著者:羅 貫中

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