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Friday, 28 September 2012

ミーハー嫌い

軽佻浮薄なことほど気に障るものはない。

こどものころは、いはゆる「ミーハー」を許せなかつた。
つい昨日まであるアイドルに夢中だつたはずなのに、今日は別の新人アイドルを追ひかけてゐる。
その「尻軽」な感じがどうにも我慢ならなかつた。

やつがれも年を取つた。
さう思ふのは、以前ほど「ミーハー」に対してイヤな気分を抱かなくなつたからだ。

「ミーハー」、いいぢやん。らくちんで。
なんにも考へなくていいし、世の中、そんな複雑に考へることないよね。

見下してゐる?
いや、断じてそんなことはない。
やつがれだつて「ミーハー」な行動をとるやうになつたのだから。

それはさておき。
中学生になつて英語の授業がはじまると、猫も杓子も英語を使ひたがるやうになる。
小学生の高学年くらゐからさういふ兆候はある。とくに、ローマ字を習つたあたりからだ。
このころはまだ、単に日本語をローマ字で書くくらゐの感じが多い。
それが、中学生になると、知つてゐる英語、さらには知らないけどなんとか調べてアヤシげな英語を書いたりするやうになる。

これがイヤでねー。

なにのイヤなことがある、と思ふ向きもあるかもしれない。
日本語だつてろくろくできないくせに、なにが英語だ、といふ気分も多分にあつた。
でもやつぱり、なんだか「軽佻浮薄」に見えたんだな。
昨日の紫式部ぢやないけれど、「さばかりさかしだちアルファベット書き散らし」と思つてゐたわけだ。
しかも、相手は清少納言ぢやないから、「まだいと足らぬこと多かり」どころか、もう箸にも棒にもひつかからないやうなのを書き散らしあそばす。

ああ、イヤだ。
あんなみつともないこと、絶対したくない。

心底さう思つてゐた。

ぢやあやつがれはどうしてゐたのか。

英語に対抗するに、漢字をもつてした。

ま、それしかないよね。

中学生のときの寄せ書きなどを見ると、ひとりで史記や漢詩からの引用を書いてゐるのがやつがれである。
といふか、やつがれしかそんなことをしてゐる生徒はゐない。
なので、見ればすぐわかる。

「さばかりさかしだち真名書き散らし」てゐたのは、ほかでもない、やつがれだつたのだ。

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Thursday, 27 September 2012

いいことだけ書かうよ症候群

久しぶりに紫式部日記の和泉式部、赤染衛門、清少納言を云々するくだりを目にした。

ところで、blogやSNSなどには、「いいことだけ書く」といふお題目が存在する。
えうは、ものごとをけなしたやうな文章を公開するな、といふことだ。

さういふ言説を見るたびに、「ああ、この人(たち)は「徒然草」とか読んだことないんだらうなあ」と思つたりする。
これも最近ちよつと読みなほしてみたりしたんだけど、「徒然草」つて「なんで世の中かうなんだよ」「さうぢやないだらう?」つてなことばかり書いてないだらうか。
で、それを読んでイヤな気分になるか、といふと……うーん、特にならない。といふか、なるやうだつたらこれまで読み継がれてこないだらう。

そんなわけで、これまでは「いいぢやん、別に批判的なことをblogに書いたつてさ」「ほんとのことなんだもん、つぶやいたつていいぢやん」と思つてきた。

嗚呼、しかし、紫式部日記、である。
和泉式部と赤染衛門に関しては、一応もちあげたりはしてゐるものの、なぜそこで落とすか、と思ふ。
しかも、「さう書いてる君(紫式部)はどうなんだよ」とツッコミたくて仕方なくなる。
清少納言についてはなにをかいはんや、だ。

思ふんだが、和泉式部と赤染衛門は、「ついで」だよね。
「ついで」ではないのかもしれない。もしかすると思ひつくまま書いたらかうなりました、なのかもしれないけれども、一番書きたかつたのは、清少納言のことだよね。
もしかすると、紫式部だつて清少納言のやうに「「香炉峰の雪や如何に」つて云はれて、簾をかかげたのよ、アタシ、すごいでせう?」みたやうなおほつぴらなことをやりたかつたのかもしれない。やりたかつた、といふよりは、性格的にできない自分とひき比べてあの女はよう、みたやうな、そんな気持ちだつたんぢやないかなあ。

まあ、そんなわけで、「やつぱり「いいことだけ書く」は正しいのかも」と思はないでもないのだが。
そのうち忘れてるな。

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Wednesday, 26 September 2012

早起き励行中

六月からほそぼそと早起きをつづけてゐる。
ほそぼそと、といふのは、毎週水曜日は寝坊の日と決めてゐるからだ。

去年も今頃早起きをはじめてゐる。
このときは結局つづかなかつた。
理由は、と、いろいろ考へてみたが、おそらく睡眠不足が解消されなかつたからだと思ふ。

慢性的に寝不足だ。
一月平均を出してみると、一日に四時間寝てるかどうかだつた。
そんなわけで、いきなり早起きして、でも夜寝につく時間はあんまり変はらなくて、といふ生活に身体がついていかなかつたのだらう。

今回は、あひかはらず朝起きるのはつらいが、就寝時間が早くなつてきた。
以前は日付変更線を越えないと布団に入らなかつたものだつたが、最近は午後十一時台に横になることが増えてゐる。
休みの日の前もそんな感じで夜更かしすることがなくなつた。

また、休みの日もいつまでも寝てゐるやうなことがなくなつた。
これは、この後涼しくなつてくるとまた「休みの日はいつまでも寝てゐる」状態になつてしまふんぢやないかといふ危惧はある。
でもまあ、今のところ、以前よりは早く起きるやうになつてゐる。

休みの日に早く起きると、いろんなことができる。
午前中にあれこれ片付くしね。
午後は好きなことに使へる。
まあ、これもこれまでは暑くてなにかとままならなかつたわけだが、それでもいつまでも寝てゐるよりはましな状況だつたと思ふ。

不思議なんだよなあ。夜更かししてあれこれするよりも、早起きした方がいろいろできる気がする。

弊害はないのか、といふと、今はあまり残業がないからいいのだが、今後増えた場合に対応できないだらうといふこと。
また、お芝居の夜の部から帰つてくるのがつらくなつた。これにはちよつと困つてゐる。

早起きしてなにをしてゐるのかといふと、NHKラジオ講座の録音を聞いて、blogの更新をして、時間があつたらあみもの、といつたところかな。
今は5:20に起きてゐて、6:45には出かける支度をはじめるやうにしてゐる。
5:20に起きても即動き始められるわけではないので、ほんとは5:00に起きたいところなんだけどねえ。

ところで、今月は今のところ平均睡眠時間が五時間台である。
六時間を目指してゐるんだがねえ。
早起きか、睡眠時間の充足か。
どちらかを選ぶ時期にきてゐるのかもしれない。

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Tuesday, 25 September 2012

その後のロディアWebNotebook

結局、RhodiaのWebNotebookは、右側にだけ書き込むことにした。左側が書きづらいからである。

左側はあけておいて、振り返り用にする。これは以前Moleskineでずつとやつてたこと。前の日に書いたことを確認しつつ、ツッコミ入れるときに左側に書き入れてゐた。

これはやつてみると案外いいのだが、Smythsonの手帳を使ひはじめたときにもつたいなくてやめた。
以来毎ページびつしり書き込むやうになつた。
それを、今回元に戻してみやうといふのである。

人生、振り返りも大切だよな。
昨日の自分はともかく、一週間前の自分や一ヶ月前の自分が何をどう書いてゐたのか、確認するのは楽しいことだ。

問題は人間がうしろむきにできてゐるので、うつかり振り返りに没頭しがちといふことか。

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Monday, 24 September 2012

やつと毛糸を出してきた

土曜日に、「編みやすくて心地いいニットのふだん着」を買つてしまつた。

こちらにも書いたとほり、もともと買ふつもりだつたんだけど、実際に店頭に行くとまたまたあみものの本が増えてゐて、かなり迷つた。
手編みの指なし手袋&リストウォーマー」なんか、ちよつと惹かれたな。手ぶくろ、いいよね。なにがいいつて、「編んだんだー」と見せびらかしやすいのがいい。くつ下だとちよつと、ね。

「編みやすくて心地いいニットのふだん着」からはいろいろ編みたいものがある。
前回も書いたけれど、最初に掲載されてゐるヴェストとか編んでみたい。
でも、手持ちにこれに適した毛糸がない。あつても数がちよつと……

といふわけで、まづは手持ちに毛糸のあるものからといふことで、かぎ針編みの三角ショールを編みはじめてみた。

Crochet Shawl

糸はニッケヴィクトリーヤーン中細。本ではハマナカの純毛中細を使つてゐる。
写真で見ると真つ黒に見えるかもしれないが、実際は深いチャコールグレーといつた感じ。まあ、黒、かな。
中細毛糸を6/0号の針で編むので、編み地はかなりふはふはとしてやはらかく、とても気持ちいい。

編物にはかういふ楽しみもあるんだよねえ。

昨今流行るデザイナの作品は、異様に手がきつい。
きつちり編めば、そりや目はそろひやすいしきれいに見えるだらう。
また、整形なんて知らないよ、といふ相手への贈り物にする場合は、きつちりと編んでおいて一々洗つたあとに整形しなくてもいい状態にすることもある。
単純に、きつちり編むのに向いたものもある。

でもなあ、Elizabeth Zimmerman も云ふてるぢやん。
きつく編んでなにが楽しいつて。

なにしろEZは「一号くらゐ針のサイズがちがつたつて、そんなにゲージは変はらない」とか云ふ人だからなあ。そんなにきつちりと目をつめて編んだりしないんだらう。

あみものは、ゆつたりかまへてのんびり編むくらゐの方が楽しいよな。
やつがれはさう思ふ。

世の中には、きつちりかつちり編むのが楽しい人もゐるだらう。
それはもう好きずきだと思ふ。

でも、たまたま最初に手のきついデザイナにあたつてしまつた、とか、久々にあみものを再開したら手のきついデザイナの作品を気に入つてしまつた、なんてな向きには、細い糸をちよいと太めの針で編んでやはらか〜い編み地を楽しむ、あみものにはそんな快感もあるんだよ、といふことを知つてもらひたいなあ、と、これはもう大変に大きなお世話ではあるが、思ふのである。

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Friday, 21 September 2012

勉強嫌いの手

生まれてこのかた、ペンだこのできたことがない。

学校に通つてゐたころは、それなりにたくさん字を書いてゐたと思ふ。当時は絵を描くこともあつた。
だが、ついぞペンだこをこの指に認めることはなかつた。

さうだなあ。考へてみたら、これまで生きてきて、それなりに字は書いてると思ふんだよなあ。
一応、日々ほぼ日手帳にみつしり字を埋めてるしなあ。
多分、平均よりはずつと書いてるんぢやないかと思ふ。
でもたこはできない。

筆圧が低いから、といふことには前々から気づいてゐたけれど、実際に測定してもらつて明らかになつた。
書いてゐるあひだ、測定できない部分があるくらゐ、筆圧が低い。
そらーカーボン用紙が苦手なはずだよな、とは、以前も書いた気がする。

最近、またその筆圧の低さをつくづく感じることがあつた。
職場での引越しで、ラベルにマジックで自分の名前や中身を書くことがあつたのだが、自分以外の人はみな、音をきゆつきゆつ立てながら書いてゐるではないか。
実はかねてよりこのマジックの「きゆつきゆつ」いふ音が苦手だ。黒板やくもりガラスに爪を立てる音の方がましなんではないかといふくらゐ苦手である。
ところが、やつがれ自身がマジックを使ふときにはこの「きゆつきゆつ」といふ音がしない。
筆圧が低いからだ。

筆圧が低いのが先か、マジックの音が苦手なのが先かはよくわからない。
きつと、筆圧の低いのが先なんだらうな。
で、自分がマジックやフェルトペンの類を使ふときは音がしないものだから、ほかの人がさせてるのを聞くと不快な気分になるのだらう

でも、きゆつきゆつと音の立つくらゐしつかりかかないと、ふにやふにやした字になつちやふよね。
かつちりきつちりした字は書けない。書けるかもしれないが、書きづらからう。

今更筆圧を高くするのもむづかしからうがなあ。

考へやうによつては、筆圧の低い方がいいこともある。
たとへば、字を書いてゐても疲れにくい、とかだ。
力を入れないので、長時間たくさん書いても筆圧の高い人ほどには疲れないんぢやないかと思ふ。
なるほど、やたらと書き散らすはずだよなあ。
これはこれでいいことのやうな気がする。

絵を描く友人には立派なペンだこがあつた。
「勉強好きなんでせう」と云はれることがある、といふ話だつた。

その伝で行くと、やつがれは勉強嫌いといふことになるな。
うむ、まあ、そのとほりだ。

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Thursday, 20 September 2012

ツッコミどころ満載の人形劇三国志

夕べも愚痴る張飛となだめる関羽を見てしまつた。

ここのところ、「人形劇三国志」のDVDを二巻買つた。

最初に最終巻である17巻、次に5巻を求めた。

いきなり最終巻から買つたのは、こちらに書いたが、先月渋谷ヒカリエで「人形劇三国志」の上映会があつたとき、最終日の「出師の表」は見に行かなかつたから、といふのがある。
「赤壁の戦い」と「関羽の死」を連日見に行つて、この上「出師の表」も見に行くのであれば「DVDを買へつてな話だらう」とこの時も書いてゐる。

そんなわけで、DVDを買ふことにして、何巻から、と考へたときに、なんとなく最終巻からにしてしまつたんだね。
それで、遡ることなく、「んー、ぢやあ次は官渡の戦ひあたりにするかなあ」と、これまたなんとなく考へた。
この選択にあまり意味はない。
最終巻だと、すでに玄徳、関羽、張飛の三兄弟は亡く、当然曹操も死んでゐるわけで、チトさみしかつた、といふのもある。

それにしても17巻は最初からツッコミどころ満載でなあ。
だいたいいきなりサブタイトルが「孔明の愛の鞭」ときてゐる。
なんだよ、それ。
と、これは、確か本放送時にも思つた。
見た後、「どこが愛の鞭だつたの?」と思つたのも多分当時と同じ。

一番のツッコミどころは孫夫人(人形劇では貞姫)の遺体を呉から蜀まで運ぶくだりだ。
腐るから!
塩漬けにでもしないとムリだから!
でも貞姫はきれいな姿のまま、成都にたどりつくのである。

ま、いつか。

次の「出師の表」は、若干突っ込みどころが減る。
サブタイトルに「出師の表」とうたひながら、内容は南蛮遠征で、孟獲が意外にいい男だつたりして(失礼)、「あのころ何を見てゐたのか」と思つたりもした。
この回から孔明の衣装が黒から白に変はる。
前回まで出てゐた馬良がいつのまにかゐなくなり、前回名前だけは出てきてゐた馬超もなにごともなかつたかのやうにfade outしてゐる。
さみしいのう。

そんなさみしさ満載の中、孔明が「出師の表」を読み上げつつこの回は終る。
覚えたつもりもない「出師の表」を案外覚えてゐることに驚きつつ、自分が覚えてゐるのはなぜか漢文読み下し調な感じで、読み上げとあはないのが不思議。人形劇に出て来ない人物の名前は当然読み上げられない。まあ、あたりまへか。

その次の「泣いて馬謖を斬る」はその前の二回とうつてかはつて出来がいい。
特に、馬謖から見た時に「なんであんなバカなことをしてしまつたのか」といふのが手に取るやうによくわかる。
残念ながら、本放送当時はそこまでわからなかつたなあ。
馬謖は、この回冒頭から、かなり不満げだ。
丞相には「自分について兵法を学べ」とか云はれてるけど、魏延とかにバカにされるのが我慢ならなくて、戦場に出て己が「できる男」であるところを披露したくて仕方がない。
しかも、肝心の丞相も寝返つてきた姜維とかいふ若いのに目をかけるやうになつてるし。
つまんねーや。

さう思つちやふよねー。
と、今回改めて思つた。

最後は、馬謖を斬れと命じた孔明が、ひとり肚裡で馬謖に謝る場面で終る。
自分の命もさう長いことはない。さうしたら、「あの世でまた会はうぞ」と云ふ、その聲がはかなげで、なあ……
髭のおつさんやのに。

最終回は涙涙になるはずが、またツッコミどころ満載に戻る。
まあ、さういふもんだよね。
大抵、最終回ひとつ前がいい出来といふことに世の中なつてるし。
さつきまで戦場にゐたはずの仲達が洛陽にゐたり、同じく姜維が成都にゐたりするのは、ツッコんぢやいけないところなんだよね、多分。

ああ、こんなことを書くつもりではなかつたのに。
思はず、各回の感想(ツッコミ?)になつてしまつたではないか。

五巻は、関羽「決死の千里行」にはじまり、なぜか武松を真似た(?)「張飛の虎退治」といふいれごとがあつて、「官渡の戦い」をへて「わざわいを呼ぶ馬」で玄徳が檀渓を跳ぶところまで。
ああ、一々いろいろあるが、愚痴つたり泣きわめいたりする張飛をなだめるアニキな関羽といふのが、おもしろくて仕方がない。
普段、謹厳実直を絵に描いたやうなおかたい関羽が、張飛相手にゆかいなアニキぶりを見せるのがいいんだなあ。張飛もかはいいしなあ。

ところで、官渡の戦ひには許攸が出てくる。
許攸を見ると自動的に李儒を見たくなるのが人情なので、次に買ふのは一巻かな、と思ふてゐたが。

考へてみたら、龐統がその死の前に奇妙なことを口走るのを確認したい、といふ気もする。
本放送当時、びつくり仰天したんだよねー、そのセリフに。

ああ、どうしたら。

でもまあ、とりあへず次に買ふのは早くても月末だらう。
それまでははかなげな髭のおつさんの孔明とか、かはいい張飛と頼れる関羽を見て過ごすことであらう。

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Wednesday, 19 September 2012

大橋堂の萬年筆 その後

職場が変はつた。
先週引越しをして、昨日から新たな職場で働いてゐる。
ちよつとだけ近くなり、駅からも近くなつた。
つまり、歩かなくなるといふことである。
むー。どうしたら。

とりあへず、慣れてきたら階段を使ふやうにするかなあ。10階分くらゐのぼりおりするけど。

そんなわけで、一時自宅に退避した文房具などもあつて、徐々に持つていく予定。

文房具といへば、先日購入した大橋堂の萬年筆には、結局セーラーのスカイハイを入れた。
いい色である。
前回も書いたが、普段使つてゐるのがプラチナのブルーブラックとパイロットの色彩雫の月夜なので、明るい色のインキが増えていい感じだ。

大橋堂では軸の太めのペンを選んだ。
最初に試し書きさせてもらつたペンの軸はかなり細かつた。
手が小さいので、それでもいいかなあと思つたのだが、軸が細いと筆記の際、ペンを握る力が強くなる傾向がある。
軸が太い方が、ゆつたり持つて、ゆつたり書ける。

実際はそんなにゆつたり書く時間があるわけでもないのだが、まあ、気分の問題かな。

太い軸にすると、ひとつだけ問題がある。
なにに入れて持ち歩くか、といふことだ。

三連休の中日に神戸に行つた。
大丸神戸店のイヴェントにカンダミサコが出展してゐるといふので、見に行つたのだつた。
前日に、大阪松竹座で六代目中村勘九郎襲名披露公演を見てゐなければ、行けなかつただらう。
ありがたう、中村屋!

それはさておき。

やはり実物を見るといふのはいいものなのだつた。
カンダミサコのサイトや買ひ求めた人のblogなどでモニタ越しに写真を見るばかりだつたあのかばんやこのかばんを見られる。
「はー、こんな大きさなんだ」
「こんな風になつてゐるんだ」
といふのがわかるのは、いいことだ。
いいことだが、物欲を刺激されまくるといふ難点もないわけぢやない。
自重自重。

いろいろ考へて、一本差しのペンシースを購入した。
革はシュランケンカーフ。色はミコノス。
あざやかな青いペンシースである。
写真だとちよつと暗くうつつてゐるかもしれない。

カンダミサコのペンシース

写真からもわかるが、大橋堂の萬年筆を入れると、かなりいつぱいいつぱいである。
革がのびるのでおさまつてゐるが、これは早急に別のペンと入れ替へないといかんな。

手ぬぐひ巻を復活させるかなあ。

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Tuesday, 18 September 2012

タティングレースの新刊をやつと入手

遅ればせながら、「タティングレースのアクセサリーとこもの」を購入した。
地元の本屋ではなかなか見つけられず、こんな時期になつてしまつた。

最近、なるべく本は本屋で買ふやうにしてゐる。
それも、地元の本屋。
なぜつて本屋がなくなると困るからだ。
それでなくても地元の本屋の品揃へは「これが本屋か」と天をあふぎたくなるやうな状態だ。
でもやつぱりあるだけでありがたい。

既に店頭で拝見された方も多いと思ふので、かんたんに書くと、題名のとほりで、中はモチーフとそのモチーフをアクセサリに展開した作品が多い。ドイリーも三つばかしあるかな。
技術的にはSelf Closing Mock Ring(SCMR)を使つたものや、クリュニータティングつぽい感じの技を使つたモチーフもある。タティングレースの作り方ページもある。

使用してゐる糸はダルマレース。
紫野は普通かと思ふが、葵はとても結びやすいよね。まちつと細ければいいのに、と思ふが、この太さがいいのかもしれない。これだつたらショールとかの大物も作りやすいやうな気もするし。
さう、タティングレースのショール、作りたいよねー。
と、つねづね思つてゐるのだが、果たせてゐない。
糸はあるんだがなー。

そんなわけで、この本から、「つなげたらおもしろいかも」と思つたモチーフを作つてみた。

Tatted Motif

糸はLisbeth #40 の Wildflower Garden。玉で見たときは緑が入つてゐるとは思つてもみなかつたなあ。シャトルは最近出たミルク色。どちらもドヰ手芸で買ひ求めた。
本ではシャトルを二つ使つて作るやうになつてゐたけれど、シャトルひとつと糸玉でSCMRを使つて作つてみた。糸を巻くのがめんどくさかつたんだな。

もともとアクセサリはあまり身につけないし、タティングレースで作るとアクセサリのパーツも大きくなりがちなのでそんなに興味ないんだけどなー。
と、本を買つて帰つてきてから冷静になつて思ふ。
本屋で冷静にならうぜ。

でも、タティングレースつて大きい作品を作るのには時間かかるからなあ。
大きい作品を作るなら時間がかかるのは当然だが、タティングレースの場合は糸端の始末とか糸の継ぎかたとか、いろいろ考へないといけない部分が多くて、な。
さう考へると、かういふ本の需要も多いのだらう。

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Monday, 17 September 2012

同じモチーフでつなぎ方変へて

ブロックしろよ。
と、自分でも思ふが、今そんな心の余裕がない。
水につけてのばして乾かしただけ。両方とも。

Same Motios Joining Differently

同じモチーフをつなぎ方を変へてみた。
最初に紫色(Lisbeth #40 642)を作つて、次に水色(Lisbeth #40 ラベルなし)を作つた。

紫色を作りはじめたころは暑くて、「ちよつとすかすかつとしたのを作りたいよねー」といふので、つなぐリングはひとつだけにして、すかすか感を出してみた。
水色を作るころにはさらに暑くなつてゐて、どうしたものかと思ひつつ、仕方なくつなぐリングをふたつにした。

かうして見ると、あんまし変はらないね。

実際に手にとつてみると、紫色の方が軽い感じがする。よりすかすかしてゐるから、視覚から来る錯覚だと思はれる。あるいはすかすかしてゐる分、空気がとほるので軽く感じる? そんなことがあるのだらうか。

水色の方は色が色だけに涼しげだから、ちよつとみつしり気味でもいいのかもしれないな。

このモチーフ、とつても好きなんだけど、糸始末にいつも困る。
結んで切るの、苦手なんだよね。
ほかのモチーフやエジングなんかの場合は、結びつつ糸端の始末をしたり、マジックスレッドを使つたりするんだけど、このモチーフは、なあ。最後、マジックスレッドでいけるかなあ。

この週末は、松竹座で歌舞伎見て、神戸でユニオンやドヰ手芸に行つた。
それはまた別のお話。

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Friday, 14 September 2012

大橋堂の萬年筆

今朝更新しなかつたのには訳がある。
日本橋の丸善に行つて、大橋堂の萬年筆を手に入れたらblogを書かう。
さう思つてゐたからだ。

店頭では、何本も試し書きさせてもらへた。し放題くらゐのいきほひである。
最初は、細い軸でペン先は中字くらゐだつたらうか。
その後、同じくらゐの軸で細字、太い軸で細字、太い軸と同じ太さで中字。

太い軸の方が握つたときの感じが好きなのと、太い軸につくペン先の方がよくしなるといふので、選択。
あ、あと、太い軸の方が同じ細字でもなんとなく書き味がやはらかい感じがした、といふのも大きい。

そんなわけで、これを購入した。

大橋堂の萬年筆

問題はインキの色だ。
セーラーといふことで、スカイハイにしやうかなあと思つたが。
この佇まひからは黒いインキの方が似合ふ気がする。
でも、黒いインキつて使はないんだよね。これまで黒いインキを入れた萬年筆は例外なくほとんど使はなくなつてゐる。そんなわけで、現在はスリップシール機構を持つプラチナ万年筆のデスクペンに入れてゐるていど。

よく使ふてゐるのは中屋万年筆のペンとパイロットの石目。
中屋のペンにはプラチナのブルーブラック、石目にはパイロットの色彩雫の月夜を入れてゐる。
なので、ここはちよつと明るいスカイハイがいいかな、と、さう思つたわけだが。

むー、悩む。

といふわけで、ペンを前にして、悩んでゐるのだつた。

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Thursday, 13 September 2012

機種変更するべきか否か

iPhone5が発表されたわけだが。

現在使用してゐるiPhone4は、二年前に買つたもの。
その前に使つてゐたiPhoneも二年たつし、そろそろ替へ時かな、と思つて替へたのだが。

その時も、「うーん、まだ使へるのになあ」と思つた。

さう、二年たつても、まだ使へる。
だいたい、最初に購入したときの価格が価格だ。
二年で買ひ替へるやうなものだらうか。

心は「否」と云つてゐる。

でも買ひ替へて、そして初期不良とかあつて、Genius Bar でさんざん待たされて、今のiPhone4を手にしたわけだが。

この時は、買ひ替へてよかつた、と思つた。
なにしろ、それまでiPhoneに対して抱いてゐたストレスがほとんど消へてしまつた。
スピード、使用感、写真。
ほとんどなにもかもよくなつた。
あひかはらず心配なのはバッテリのもちくらゐ。
悩んだけど、替へてよかつた。

iPhone5はどうだらう。
あの時のやうに、替へてよかつた、と思へるやうなものなのかなあ。

実は最近iPhone4用に充電器を買つたばかりなので、インタフェイス周りの変はつたiPhone5を買ふのに抵抗がある。
充電器はサンクコストと思ふ?
アダプタが出るらしいから、それを使へばいい?

まあ、もうしばらく考へてみるか。
iPhone4は問題なく使へてゐるんだから。

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Wednesday, 12 September 2012

アトリエMOLESKINEに行つてきたよ

この週末、有楽町LOFTにあるアトリエMOLESKINEに行つてきた。

うーん、やはりやつがれは、MOLESKINEにはそんなに愛があるわけではないのかもしれない。
MOLESKINEの佇まひは好きだ。
ポケットサイズを手にしたときの手触り、大きさ、さうしたものが好きである。
一番お気に入りの中屋万年筆の細軟で書き込むのにしつくりくる、といふのもいい。

問題は、ペンを選び過ぎる、といふことだ。
インキがやたらとにぢんだりするんだよね。裏抜けしたりさ。
それさへなければ、こんなにいい手帳もまたとはないのに、と残念でならない。

もとい。
LOFTの一番右奥にあるスペースへは、なかなかたどりつかない。
途中に誘惑も多いし、人も多い。
人の少なさうなところを選んで歩いていくことになる。
入り口の手前が萬年筆売り場つてのもトラップだよね。

実際にさまざまなMOLESKINEの並んでゐる様は壮観。サンプルも豊富だと思ふ。

ただ、しよつ中通ふやうなところではない気がする。
新作が出た、とか、ここでしか買へないものが販売された(Evernoteとのコラボレーション手帳とかね)、とかいふことがなかつたら行かないかなあ。

LOFT自体は楽しいから行くかも、と思つたが、実は有楽町LOFTにはこれが二度目だつた。
あのあたりに行くと、どうしても伊東屋に寄りがちなんだよね。東急ハンズもあるけれど、そちらにもあまり行かない。
客層のせゐ? それもあるかな。
単に慣れ親しんだところに行つてしまふ、といふだけなのかもしれない。

アトリエMOLESKINEに慣れ親しむことができるだらうか。
まづは、慣れ親しむくらゐ長いこと存続してくれることを祈る。

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Tuesday, 11 September 2012

Rhodia WebNoteBook を使ふ

昨日からロディアのウェブノートブックを使ひはじめた。

ウェブノートブックに関しては、すでに先行して購入した人々の紹介文がたくさんあるし、いまさら書くほどのことでも、と思ふが、まあ、個人的に「こんななのよ」といふのを書いてみんとて書くなり。

Rhodiaのブロックノートは日常的に使つてゐる。最近ではドット罫がお気に入りだ。淡い紫色のドット罫が、使つてゐてなんだか楽しい。

そんなわけで、ウェブノートブックもドット罫にしてみた。
ウェブノートブックではドットの色は灰色。視覚的な楽しみは紫色に比べて低いやうに感じるが、実際に字を書き入れてみると、あまり主張しすぎない感じがいい。
でも、字をメインに書き入れるなら、普通に横罫の方がよかつたかな、と思はないでもない。
こればつかりは使つてみないと、わからない。
ブロックノートでも字しか書かないけれど、ドット罫で不便を感じたことはないからねえ。

紙は厚い。ゆゑにかかなり太字の萬年筆で書いても裏抜けはしないやうだ。スーベレーン800の太字で書いてみたけれど、いい感じ。
逆に、やつがれ好みの細字のペンはあんまり向かないかなあ、といつたところ。インキフローのしぶいペンだと、書いてゐるときの摩擦音が気になつてくる。もともと、ペンと紙の摩擦音が苦手なたちなので、これはチト考へねばならぬ。

ちよつと試してみた感じでは、普段よく使ふペンの中ではドルチェ・ヴィータの細字と相性がいいやうなので、これをメインに使ふかなあ。細字といひながら、やつがれのドルチェ・ヴィータは大変にインキフローがよく、舶来物にありがちではあるが、細字といひながら国産のペンの中字くらゐの太さである。

細字のペンはほぼ日手帳に使ふとして、太字のペンを活用することになるかな。

ペンを選ばないノートなんてあるはずがないのだが、普段一番使つてゐる中屋の細軟と合はないつぽいのはちよつと残念かなあ。

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Monday, 10 September 2012

好きなことについて書く

ここのところ、ふしぎとちよつと気分が上向きである。
実は、先日ながいことその更新を楽しみにしてきたWebサイトが今月いつぱいで閉鎖するといふ話を聞き、一度は上向いた気分も急降下してしまつたのだが。
でも、そんなことがあつたにも関はらず、なんとなく躁状態だ。
常であれば、がつくり落ち込んで暗く沈んだ気分のまま過ごしてゐるはずだ。
実際、サイトの閉鎖を知つたあとしばらくは、それまでの浮かれた気分が嘘のやうにどんよりとイヤなことばかり思ひ出してゐた。

なぜ浮かれた気分なのか。

きつかけは、先月渋谷ヒカリエに行つて「人形劇三国志」の上映会を見てきたことにある、と思つてゐる。
このときも、見に行つて「なんだか前向きな気持ちになつて帰つてきた」と書いてゐる。

おもしろかつたんだよね。
久しぶりに見る人形劇はとてもおもしろかつた。
全68話の中からとくにいい回を選んで上映してゐたのだから、おもしろくないはずもない。

あんまりよかつたもんだから、このblogをはじめ、あちこちにおんなじやうなことを何度か書いた。
ここのblogのエントリは朝書いてゐるのだが、上記リンク先のエントリを書いたあと、気分の昂揚したまま出勤したのを覚えてゐる。

先週は、水曜日あたりからちよつと仕事が落ち着いてゐる。
有り体に云ふと「社内失業者」に近い状態とも云へる。
社内で引越しをしなければならないので、その準備が必要だから、といふのもある。

そんなわけで、ちよつと休まうなんていふので、好き勝手なことを書き散らす時間なんてのもあつた。
唐突に、「九段の母」のことを書きたくなつて書いた。ここのblogでもかつて書いたやうな内容だ。
「九段の母」のことを書いたら、「岸壁の母」のことも書きたくなつた。
つづいて、なぜか「それは秘密です!!」について思ひ出したので、それも書いた。

なんだらう、この、妙に浮かれた気分は。
「九段の母」と「岸壁の母」については、まあ好きだが、「それは秘密です!!」は、そんなに好きなわけではない。むしろ、こどものころは好きではなかつた。最後の視聴者が出てきて家族の探索を依頼する、あのコーナーがどうにも意味不明だつたからだ。全然「秘密」でもなんでもないぢやん、と思つてゐた。

でも、「それは秘密です!!」についてはずつと気になつてゐたことがある。
それを書いた。

いやー、なんだか、すつきりしてねえ。
多分、今のこの浮かれた気分は、「九段の母」「岸壁の母」「それは秘密です!!」について思ふ存分書いた、その爽快感とつながつてゐる。

以前、中野翠が、「自分のことを書くより自分の好きなことを書いた方が性に合つてゐる」といふやうなことを書いてゐたことがある。
たしか、林真理子との比較でそんなことを書いてゐたやうに思ふ。
「自分のことではなくて自分の好きなことを書く」つてのはこんな感じなのかな。

James W. Pennebaker によると、イヤな経験は書いて文章にしてしまふといいのださうだ。
書くだけで、だいぶ気分がよくなる、といふ。
「そんなものかな」と実際に書いてみると、これがなんともイヤな気分になる。
思ひ出してしまふのだ。あのときのイヤな気分を。もうこれがありありと蘇つてくるし、なんで自分はあのときああしなかつたのだらうと後悔の念も生じる。

人によるんだらうな。
やつがれは、やつがれの気になること、好きなことを書き散らした方が浮かれた気分になるのらしい。

この年になつて今更わかるなんてなあ、とも思ふが、とりあへずいい手を知つた。
今後も活用してみやう。

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Friday, 07 September 2012

本体と名前

つい先日も名前を読み間違へられた。

やつがれの本名は、そんなにない名前といふわけではない。
多分、自分より若い世代にはかなり多いんではないかといふ気がする。
恩師のお嬢さんが同じ名前だつたし、お隣のお孫さんもさう。
いはゆる「キラキラネーム」にはちよつと抵抗あるけれど、これなら、といふ親御さんが結構ゐるんぢやあるまいか。
そんな気がする。

俗にいふ「キラキラネーム」を非難するときに、「読めない名前はこどもの心に負担を与へる」といふやうなことを云ふ人がゐる。
以前、Twitterでもつぶやいたが、どの世代にも読めないやうな名前をつけられるこどもといふのはそれなりの数存在する。
高校の同級生にも、普段は見かけないやうな漢字を使つた名前の人がゐて、多分はじめての授業のときに先生から「これは……萬葉集からつけられた名前?」とか訊かれてゐた。その子はさうだと答へてゐた。

もし、「読めない名前はこどもの心に負担を与へる」といふのならば、この萬葉集から名前をつけられた同級生も被害者といふことになる。
でも当時、そんなことを云ふ人はゐなかつた。
すなはち、「キラキラネーム」がいけないのは、「読めない名前」のせゐではない、といふことになる。

「キラキラネーム」に反発を覚えるのは、当て字にもほどがあるせゐなのではないか。
それと、「意味を知つてゐたらつけないやうな名前だから」、といふのもあると思ふ。たとへば「ユナ」とかね。

やつがれの名前は、unisexな名前である。
そのせゐで幼稚園のときにいはれのないいぢめを受けたこともある。
まあ、昨今世間を騒がせてゐるやうないぢめぢやないけれど。
それで、親に改名をせまつたなあ。

そんなわけで、長いこと姓はともかく名の方はあまり名乗らないできた。
「お名前は」と訊かれても、先を促されるまでは姓しか答へない。
ずつとそんな感じできた。

自分の名前も悪くないと思ふやうになつたのはいつからだらう。

おそらく、さうやつて名前をおろそかにしてきたので、名前と本人とがあまり一致しないのだらう。
人の名前を見ると、見るからにその名前つぽいといふことがある。
「山田太郎さん」は山田太郎さん、「鈴木花子さん」は鈴木花子さんといつた佇まひがある。

やつがれには「何野誰某」といふ雰囲気が稀薄なのにちがひない。
それもこれも、みづからの名前を厭ふてきたからだ。

仕方のない結果だとは思ふ。

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Thursday, 06 September 2012

この秋気になるあみもの新刊

書店の店頭にあみものの本が並びはじめた。
今年はちよつと遅かつたやうに思ふ。もしかしたらもうあみものつてoutなのか知らんと不安になつたほどだ。
まあ、outでもいいんだけどね。

どうやら、これは地元の本屋の問題のやうな気もする。
最寄り駅には駅のこちら側と向かう側とそれぞれ書店がある。
向かう側の方が大きい。
こちら側は、うーん、雑誌とか新刊書、あとちよつとした文房具を求めるにはいい店だ。トラベラーズノートとかMoleskineとかも置いてるし。
まあ、それは向かう側もあまり変はりはないか。

変はりはないが、手藝本といふことになると、やはり向かう側の方が圧倒的に数が多い。
もちろん、やつがれとしてはできればこちら側で買物をしたい。
だつて、本屋なんていつなくなるかわかんないぢやん。
実は駅のこちら側には以前は少なくとも三店舗は本屋があつた。ほかに古くから商つてゐる古本屋も。
駅前の再開発のはじまるずつと前に、いづれもなくなつてしまつた。
今ある本屋は大型書店の支店である。
ま、それはまた別の話だ。

そんなわけで、今はこちら側の本屋に入荷されるのを待つてゐる。
待つ間、ほかの書店ではあみもの本を物色してゐる。

これ以上あみもの本など増やしてはいけないんだがなあ。
でもこれは買つちやふかも、といふのが、「編みやすくて心地いいニットのふだん着」である。

一番最初に載つてゐるヴェストからして編みたい。
でもなあ、手持ちの毛糸でこれに合ひさうなものがない。
毛糸も買ふ? いやいや、それをやつちやあおしめえだらう。
と、思ひつつ、ほかにも見るからに編みたいものばかりだ。
多分、本は買つてしまふだらう。
ウェアものが多いやうに思ふ。

うつかり買つてしまひさうなのが、「美しいかぎ針編 秋冬5」だ。
表紙のケープ(?)がねえ。編みたい。使はなくても編みたい。
こちらも中身はほとんどウェアもので、しかも細身の人向けな気がする、といふのが躊躇する所以。
あと、表紙の作品は一玉30gの毛糸を使つてゐるといふのも、なあ。
一玉30g。ないだらう? それで7玉も使ふつていふんだぜ。
といふことは、ラベルのゴミも7玉分出るつて寸法だ。糸端だつてゴミになる。
ダメダメ、そんなの。
多分、うつかり買つてしまつたとしても、毛糸はなにか別のものを使ふだらうなあ。

おそらく買はないと思ふのが、「ニッティングレース」。
楽しみにしてゐたのだが。
でも多分、ここに掲載されてゐる作品は編まないやうな気がする。
思つたよりエジングが多い。
かぎ針編みでも、エジングは「長く編んでマフラーとかによささう」と思つても、思つただけで実際に編んだことがない。
見て楽しむのに買つてもいいが……いや、だから、あみもの本増やしちやいけないんだつてば。

向かう側の書店にもまだ出回つてないあみもの新刊がたくさんあるものと思ふ。
いかんなあ、増やしちやいかんのだよ。
さうかうするうちに三ツ葉屋さんからセールのお知らせが来るし。

買ふんなら持つてゐるものを捨てるんだぞ、やつがれ!

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Wednesday, 05 September 2012

文化失はれし地

渋谷ヒカリエに行きたい。
気持ちが落ち込んできたせゐかもしれない。

ヒカリエに行きたいといふよりは、川本喜八郎人形ギャラリーに行きたいわけだが、まあそこはそれ、だ。
代はりに人形劇三国志でも見ることにするかなあ。
実は先週DVDの最終巻を買つたのだつた。
で、毎日帰りにちまちまと見てゐた。
あ、さういへばまだ次にどの巻を買ふか決めてないや。
最終巻を買つたから、次はどの巻にするか迷つてゐるんだよね。
一巻に戻るか。あるいはひとつ前の巻を買ふか。
あるいは、ランダムに途中の巻を選ぶか。
かういふのを考へてるときが楽しいのう。

それはさておき。
ところで、ヒカリエに行くと、「東急文化会館にはあつたのに……」と思ふものがいくつかある。
たとへばプラネタリウム。
東急文化会館には五島プラネタリウムがあつた。
遠いからさう繁くは行けなかつたけど、何度か行つた。
プラネタリウム、いいよね。
iPadでPlanetsといふアプリケーションをよく使ふのだが、「あー、やつぱり季節の変はり目にはプラネタリウムに行きたいねえ」などとしみじみ思つたりする。
近所にあるプラネタリウムに行けばいいんだけどね。

あと、確か東急文化会館には三省堂が入つてゐたやうな気がする。
建物の作りのせゐで、なんだかたどりつくのが大変だつたやうな記憶がある。
渋谷には最近はいくつも大きい本屋があるから、不要だらう、といふ話もあるが、あれだけいろいろ店舗の入つてゐるところに本屋のひとつもないなんて、と、思つてしまふんだなあ。

あれ、映画館もない? でも代はりに(?)劇場が入つてるのかな。

いづれにしても、新しい器には文化が足りないらしい。
まあ、「文化」を名前からとつぱらつちまつたんだから、さういふことなんだらう。

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Tuesday, 04 September 2012

再読: 10年前のweb日記

昨日は十年ほど前の日記を読み返してゐた。
当時はhtmlベタ打ち。
webで公開してゐるもんだから仕事の詳細などは書かれてゐない。
なので、今読むと「?」といふ部分も少なくはない。
結構買物の記録とか読書の記録は取つてゐる。
今から見れば「ああ、そんなに毛糸を買つちやダメ!」と思ふけれど、当時は買はずにはゐられなかつたんだらうなあ。夜勤明けにそのまま手芸屋に立ち寄つたりしてゐる。元気過ぎる。今では考へられん。今はきつと徹夜もムリ。

さうさう、夜勤待機で職場付近のビジネスホテルに泊まることがよくあつたんだけれども、そこで鬼平を見た話とか、当時新たに発売されたばかりのコミックバンチを借りて読んだ話なんかも書いてある。
たまたま見た鬼平が、例のうさぎが男色家の盗賊の頭に好かれつちまつたのかなんなのか、といふ回とかね。この頭が石橋蓮司でね。
あと、夜勤を終へてホテルに戻つてきてTVをつけたら吉右衛門が漢詩を読み上げてゐて、感じ入つた、とか書いてある。これは今でも覚えてゐる。

芝居見物については、「感想は後日」と書いただけで書いてゐないことも多い。でも、「どうしてもこれだけは」みたやうなことは書いてある。

たとへば、スーパー歌舞伎「新・三国志II」を見に行つたときに、南蛮の衣装が白黒で、笑三郎と春猿はビアズリーの絵から抜け出してきたやうに見えた、などと書いてある。
玉三郎・勘九郎(当時)・福助の道行戀苧環では、文楽座を呼んでゐてなんだか豪華、とかね。
新感線の芝居を見に行つた話も出てくる。轟天IIIとか、野獣郎見参とか見に行つてゐたやうだ。野獣郎のときに前田美波里がステキー、などと書いてある。うんうん、あれはやうすがよくてよかつたね。

いいことばかりでもなくて、三津五郎の襲名のときには大和屋の贔屓が日舞のお弟子筋とおぼしきお年を召したご婦人方のマナーに辟易した話なんかも書いてある。
変はらんなあ。

ちよつと残念なのは、「誰と」とか「誰に」 といふ部分がほとんど書かれてゐないこと。
ここには一緒に行動した人がゐるはずなのに、あるいはこの和菓子はある人のために買つたはずなのに、それについては一言も書いてゐない。
おそらく、誰の目にも見えるところにおくので、交遊範囲などあまり知られたくないと思つてのことだらう。考へてみたら、今でも「誰と」とか「誰に」の部分はあまり書かないし、書いても曖昧だ。
まあ、「誰」の部分は覚えてるからいいかもしれないけどさ。

それを考へると、人に見せない日記もやつぱり必要だよな、と思ふ。
そんなわけでしつこくちまちまと手帳にあれこれ書き連ねてしまふんだらうな。

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Monday, 03 September 2012

サンプラを作る

毛糸はもちろんだが、ビーズも一生のうちに使ひきれないほどある。

浅草橋で貴和に行つて買つたビーズだけだつて、「……いつたいなにを考へてこんなに買つてしまつたのか」と思ふくらゐある。
一時かぎ針編みにビーズを取り入れやうとしてゐて、でもさうするとなんだか知らないけどものすごい数のビーズが必要で、少なくとも普通に売られてゐる袋単位だと何袋も必要で、それでグロス売りのビーズなんかを買つたりしてたんだよね、どうも。
「取り入れやうとしてゐて」と書いてゐるくらゐだから、もちろん取り入れたりはしてゐない。

だから減らないんだな。

先日片付けをしたときに、チェコビーズの8mm玉10個入りが三袋見つかつた。同じ袋ににやはり8mm玉のトンボ玉と、あと多分チェコビーズと一緒に使ふつもりだつたタイヤーの絹穴糸が入つてゐた。
いつ買つたものかすでに定かではない。五年ぢやきかないんぢやないかな。
でもこれは何を作るつもりで買つたのかは覚えてゐる。
いはゆるlanyardといふものを作るつもりで購入した。

lanyardつて、おそらく天蓋付の寝台なんかの横についてゐる飾り紐のやうなものを云ふんぢやないかと思ふが、最近だと携帯電話のストラップもlanyardと云つたりするのらしい。

8mm玉をスプリットリングの中央に入れて、そのlanyardを作りたい。
だいぶ前からさう思つてゐた。

思つてゐたのならやればいいのだが、リングにピコを入れるか否か、ビーズを入れるか否かで悩んでゐた。
悩んでゐた、といふのは云ひわけで、やうはprocrastinatingしてゐたのだ。

そんなわけで、とりあへずサンプラを作つてみることにした。

Sampler

ピコを入れるかどうか、以前に、「ちやんとスプリットリングを作れるやうにならうや」といふところに落ち着いてしまつたのが、なんとも残念だ。
いや、これからの改善課題か。
この感じだと、リングごとにknot joinを入れた方がいいな。次のリングを作る時に糸を引き過ぎてしまひがちなのだつた。絹穴糸ぢやなくて、綿の糸を使つた方がやりやすいかなあ。

などと、ピコやビーズをどうかうよりも別のことが気になることとなつた。

でもまあ、とりあへずこれまで躊躇してゐたことに着手できたので、よしとしたい。

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Saturday, 01 September 2012

8月の読書メーター


読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1462ページ
ナイス数:6ナイス

千年紀の民 (海外文学セレクション)千年紀の民 (海外文学セレクション)
空しい……
読了日:08月07日 著者:J・G・バラード
茶の間の正義 (中公文庫)茶の間の正義 (中公文庫)
8月6日は、広島に、その日限りの運動家の集まる日。云ふべきことのある人は口を閉ざす。
読了日:08月10日 著者:山本 夏彦
かんたん短歌の作り方―マスノ短歌教を信じますの?かんたん短歌の作り方―マスノ短歌教を信じますの?
正岡子規が「歌よみに与ふる書」で人々から奪つた歌を詠むといふ習慣を返してくれる本かと思ひきや、ハードル高過ぎ。でも多分、「歌よみに与ふる書」以前に数多の人が詠んできたやうな歌を詠んでもいいんだよね。そんな気にもなつた。
読了日:08月11日 著者:枡野 浩一
孤独の科学---人はなぜ寂しくなるのか孤独の科学---人はなぜ寂しくなるのか
負の連鎖にはまつたときの脱出方法とか書いてあるけど、でも実際に負の連鎖のまつただなかにゐたら、これを実践するのはむづかしいと思ふなあ。 宗教の教義つてやつぱり「人間如何すれば社会生活を円滑に営めるか」つてことなんだよなあ。しみじみ。
読了日:08月22日 著者:ウィリアム・パトリック,ジョン・T・カシオポ
詩歌三国志 (新潮選書)詩歌三国志 (新潮選書)
土井晩翠の「星落秋風五丈原」を詳細に解説しつつ、晩翠が参考にしただらう漢詩や、史書、演義の記述を紹介する本。あらためて、曹操つて詩人だなあ、としみじみしてしまつた。
読了日:08月25日 著者:松浦 友久

2012年8月の読書メーターまとめ詳細
読書メーター

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