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Tuesday, 04 September 2012

再読: 10年前のweb日記

昨日は十年ほど前の日記を読み返してゐた。
当時はhtmlベタ打ち。
webで公開してゐるもんだから仕事の詳細などは書かれてゐない。
なので、今読むと「?」といふ部分も少なくはない。
結構買物の記録とか読書の記録は取つてゐる。
今から見れば「ああ、そんなに毛糸を買つちやダメ!」と思ふけれど、当時は買はずにはゐられなかつたんだらうなあ。夜勤明けにそのまま手芸屋に立ち寄つたりしてゐる。元気過ぎる。今では考へられん。今はきつと徹夜もムリ。

さうさう、夜勤待機で職場付近のビジネスホテルに泊まることがよくあつたんだけれども、そこで鬼平を見た話とか、当時新たに発売されたばかりのコミックバンチを借りて読んだ話なんかも書いてある。
たまたま見た鬼平が、例のうさぎが男色家の盗賊の頭に好かれつちまつたのかなんなのか、といふ回とかね。この頭が石橋蓮司でね。
あと、夜勤を終へてホテルに戻つてきてTVをつけたら吉右衛門が漢詩を読み上げてゐて、感じ入つた、とか書いてある。これは今でも覚えてゐる。

芝居見物については、「感想は後日」と書いただけで書いてゐないことも多い。でも、「どうしてもこれだけは」みたやうなことは書いてある。

たとへば、スーパー歌舞伎「新・三国志II」を見に行つたときに、南蛮の衣装が白黒で、笑三郎と春猿はビアズリーの絵から抜け出してきたやうに見えた、などと書いてある。
玉三郎・勘九郎(当時)・福助の道行戀苧環では、文楽座を呼んでゐてなんだか豪華、とかね。
新感線の芝居を見に行つた話も出てくる。轟天IIIとか、野獣郎見参とか見に行つてゐたやうだ。野獣郎のときに前田美波里がステキー、などと書いてある。うんうん、あれはやうすがよくてよかつたね。

いいことばかりでもなくて、三津五郎の襲名のときには大和屋の贔屓が日舞のお弟子筋とおぼしきお年を召したご婦人方のマナーに辟易した話なんかも書いてある。
変はらんなあ。

ちよつと残念なのは、「誰と」とか「誰に」 といふ部分がほとんど書かれてゐないこと。
ここには一緒に行動した人がゐるはずなのに、あるいはこの和菓子はある人のために買つたはずなのに、それについては一言も書いてゐない。
おそらく、誰の目にも見えるところにおくので、交遊範囲などあまり知られたくないと思つてのことだらう。考へてみたら、今でも「誰と」とか「誰に」の部分はあまり書かないし、書いても曖昧だ。
まあ、「誰」の部分は覚えてるからいいかもしれないけどさ。

それを考へると、人に見せない日記もやつぱり必要だよな、と思ふ。
そんなわけでしつこくちまちまと手帳にあれこれ書き連ねてしまふんだらうな。

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