捨てるといふこと
日曜日に鞄と毛糸を捨てた。
ここのところ、土日のどちらかはゴミ出しの日にあてるやうにしてゐる。
ほんとはそんなことはしたくない。
しかし、しなければ何も変はらない。
実際は本や雑誌を片付けねばならない。
今ひとつやる気にならないのは、捨てる準備ができたとしても、木曜日にならないと捨てられないからだと思つてゐる。片付けたところにいつまでも「ゴミ」が残つてるのつて、なんだかやつた気にならないんだよね。
鞄も毛糸も、実際に捨てることにしたのは今回がはじめてである。
鞄については二年ほど、毛糸についてはどれくらゐたつたかわからないほど放置してゐるものを捨てた。
捨てる基準としてはまちがつてゐないと思ふ。
まあ、毛糸の方は同じくらゐはふつてあっても、捨てられないものがいくらもあるのだが……。
ところで、捨ててしばらくたつわけだが、普段の行動に変化があらはれつつある。
なにかを買はうといふ気にならないのだ。
食べるものとか着るものといつた必需品や消耗品は別として、それこそ鞄であるとか毛糸であるとか、或は本であるとか、さういふものを買ふ気にならない。
むむむ。
ものが増えないのはいいことだ。
スナフキンも云ふてゐる。
「ものが増えるといふことはほんたうにおそろしいことですね」と。
しかし。
それでいいのか?
日本経済が停滞してしまふのではあるまいか。
それともやつがれひとりの経済活動などで屋台の揺らぐやうな日本経済ではないだらうか。
でももし、みんながこんな心境になつたとしたら?
さう思ふと、すこしは消費活動をした方がいいのだらうかと思はないでもないのだが。
でもなあ、捨てるのはつらい。
とくに鞄。
ああ、この鞄とはあそこに行つたなあ。
あの人を訪ねて行くときに持つて行つたなあ。
雨に降られちやつてさー。
そんなことをいろいろ思ひ出してしまふ。
毛糸もさうだ。
これ、あのとき買つたんだよなあ。あれを編まうと思つてさ。
あのとき、別のもん編んでて、すぐに着手できなかつたんだよなあ。
どうして記憶つてこんなに悲しいんだらう。
こんな思ひをしないやうにするためにも、ものを増やしてはならない。
そんな気がする。
問題は、増やさなくても捨てるものが富士山のやうにある、といふことか。
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