Sun | Mon | Tue | Wed | Thu | Fri | Sat |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 |
22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
29 | 30 |
« February 2012 | Main | April 2012 »
来月の、すなはち来年度のNHK語学講座のテキストを買つてきた。
どうやら今年度下半期は毎日欠かさず聞くことができさうである。
身に付いたかどうかはともかく、最後まで聞き続けられさう、といふところが重要だ。
結局は、趣味なのである。
こちらでも書いたが、別に、役にたたなくてもいいぢやん、と思つてゐる。世の中、なにごとも功利ばかり考へてゐたら楽しくないと思ふんだがなあ。
来年度はどうするか、といふと、結局今年度とあまりかはらない。
ラジオ講座は英会話とビジネス英語、あとドイツ語講座を聞くつもり。
TV講座はこれまではあまり見てこなかつたのだが、引き続き「トラッドジャパン」は見る予定だ。あとイタリア語講座とドイツ語講座を見やうかなあと思つてゐる。えうするに北村一輝と勝村政信を見たいだけだが。イタリア語講座は講師の先生の聲もかはいらしくていいんだよなあ。以前ラジオのイタリア語講座にも出てらして、聲にうつとりしたものだつた。それに、なにを云つても、どちらも旧枢軸国だ。悪いわけがない。
来年度の講座を乗せた冊子ももらつてきたので、少し考へてこれになにか加へるかもしれない。
まあでも、もうこれでいつぱいいつぱいかな。ほんとはひとつの講座をじつくり聞くのがいいのかもしれないが、ま、これも趣味なので、な。
「ライフログのすすめ」を読んだ。
「誰にむかつて書いてゐるのかなあ」といふのがすなほな感想だ。
その昔、「ビーイング・デジタル」を読んだときは、「なんだかわかんないけど、すごいことが書いてある」と、ドキドキワクワクしたものだつた。
「ライフログのすすめ」に書かれてゐるのも、ほとんどは近未来のことだと思ふ。すでに実現してゐる技術もあるし、本の書かれたころにはなかつたけれども今はある、そんな技術もあると思ふ。
だけど、なんだか、ドキドキ感がなかつたんだよなあ、読んでて。
ライフログに興味がないわけぢやない。
実際、それに近いやうなことはやつてゐる。
でもなあ、なんか、こー、違和感があつたんだらう。
多分、「ライフログのすすめ」は、「前向き」なのである。
後ろ向き上等のやつがれには向かない。
おそらくさういふことなのだらう。
だがなあ、「ビーイング・デジタル」だつて、これほど前向きな本がはたしてあるだらうかといふくらゐ前向きな本だつたんだけどなあ。
「ライフログのすすめ」には未来へのヴィジョンを感じない、といふことかなあ。
などと云ひながら、今日もムダに日々の記録をつけてゐる。
一月最後の土曜日に、SmythsonのAgatha Sling Bagがやつてきた。
うかれたね。
ちやうど、タティングレースの25 Motif Challengeに成功したこともあつて、異様に舞ひあがつてゐた。
こどものころからよく母に「調子に乗るな」と云はれてゐた。
どうやらうかれるといいことはないらしい。
月曜日にはこれを持つて出勤しやうと思つてゐたが、しばらくかなはなかつた。
このかばんを見るたびにそのときのことを思ひ出してすこし悲しくなるが、かばんが悪いわけではない。
手触りのやはらかくてふかふかしたかばんだ。とても気持ちがいい。
上から見るとこんな感じ。
前後にポケットがあつて、これが結構重宝する。
開けると中はこんな感じ。
口が大きく開くので中は見やすい。
中にファスナーつきのポケットがあるが、このファスナーがかたくてなあ。使ひこめばよくなるのだらうか。
中に入れてゐるものはこんな感じ。
左端の手ぬぐひはたためばもつと小さくなる。
これに加へてMoleskineのポケットサイズはチト無理だけど、Smythsonのパナマくらゐだつたら余裕で入る。
さらに中屋万年筆の萬年筆を入れてゐる。
見た目がちいさいわりにかなり入る。
中のファスナーつきポケットのファスナーがかたいことをのぞけば、非常に使ひ勝手のいいかばんといへる。本を持ち歩いたりしない人は、これひとつで十分だらう。
お気に入りのかばんはいくつもあるのだが、これもまたそのひとつである。
例年この時期になると、来年度のNHKラジオ語学講座をどうしたものかと悩むことになる。
悩むわりにはだいたい毎年同じやうになるのだが、この悩む時間がまた楽しい。
来年度は、TVの講座も見てみやうかと思つてゐる。
イタリア語には北村一輝、ドイツ語には勝村政信が出ると聞く。
それはちよつと見てみたいなあ。
このまえ伯母と会ふ機会があつたのだが、「最近見る番組がなくて……」とこぼしてゐた。
「NHKの語学番組も、得体の知れないアイドルとかが出てるのが、ねえ」といふのである。
その気持ち、わかるなあ。
それと北村一輝や勝村政信を見たい、といふ気持ちは相反するもののやうにも思ふが、ま、そこはそれ、だ。
それに、TVのイタリア語の講師は以前ラジオのイタリア語でも講師の経験のある人で、その聲の可愛らしいことといつたら、イタリア語を覚えたいといふ気もないのに思はず聞き惚れるほどだつたし。
いはゆる声優のやうな可愛さとはちがふんだよなあ。でも可愛い。ちよつと楽しみだ。
この週末にもテキストを買ひに行くつもり。
今日は朝からをかしい。
大抵はいつでも寝不足なのだが、今日の状態は異常。
そんなわけで、今もふらふらしながらこれを打つてゐる。
どこかでこの睡眠負債ほ返済してしまはないと、と思へども、なかなかうまくいかない。
今も、まつたく意味のない文章を打つてゐたので、あはてて消した。
消さなければ、おもしろいものが見られたらうに。
翌日の土曜日は休日出勤をするつもりだつた。
それが、どうなるかわからなくなつたので、仕方なく仕事をしてゐたと思ふ。
午後五時ごろ、座席のある八階から地上に降りて食糧などを調達しやうとしたが、もうほとんどなにもなかつた。当時はかなり具合もよくなかつたので、帰りは八階までたどりつけずに生き倒れるんぢやないかと思ふほどだつた。
多分、記憶のある限り、忘れないだらう。
といふのは、バスター・キートン……ではなくつて益田喜頓、でもなくつて、「MASTERキートン」から世の中にひろまつた、といふ話なのだが。
多分、やつがれは和田慎二のまんがで読んだと思ふんだよなあ。
和田慎二でなくても、少女まんがだと思ふ。
「巴旦杏」に「アーモンド」とルビが振つてあつたやうに記憶する。
そんなわけで、かなり幼い頃から知つてゐた。
「巴旦杏は青酸カリの匂ひである」と。
それはともかく、サンタマリアノヴェッラで石鹸を買つた。
Sapone alla Mandorla。
アーモンド石鹸、といつたところか。
ドクターブロナーのマジックソープにもアーモンドがあるが、こちらはそれほど香りは強くない。ドクターブロナーのマジックソープの中ではかなりマイルドな洗ひあがりで、冬は重宝してゐる。
サンタマリアノヴェッラのアーモンド石鹸も、かなりしつとりした洗ひあがりなのださうだ。
どんな感じなのか、今から楽しみである。
昨日から今日にかけて、24時間心電血圧記録器といふのを装着してゐた。
職場の健康診断の結果、地元の総合病院に再検査を受けに行つた。24時間計測して、とくに問題がないやうだつたら、診療所に通ふやうにしませう、と云はれた。
記録器は12x9x4cmくらゐのサイズで、多分ベルトに通すことを考へて作られたポーチに入つてくる。やつがれは斜めがけにしてみた。普通に心電図を取るときと同じやうに電極を胸の周囲につける。腕には血圧をはかるものを巻く。で、朝六時から夜十時までは正時と三十分に一度ずつ、計測する。夜十時以降は正時に一度だけ。心電もおそらくさうなんぢやないかなあ。まあ、わかんないけど。
この血圧をはかるのが異様につらくてなあ。
まづ、腕をものすごい勢ひでしめつけられる。
普段血圧なんて一度はかつたらそれきりだから気にならないが、三十分に一度となるとさうもいかない。
病院で一度試しに計測されて、そのあと家に着くまでに一度自動計測があつたのだが、はつと血圧を計測する方の手の甲を見てみたらこはいかに。
真つ赤ぢやあないか。
まるでかぶれてゐるかのやうな赤さである。よくよく見ると、赤い部分が点々とあちこちに広がつてゐる。
かぶれてゐルヤウに見えるが、まつたくかゆみはない。
おそらく、血圧計測時の圧迫のせゐで、毛細血管が切れてしまつたんぢやなからうか。
そんな感じがする。
巻いてゐたあたりはあざになつてゐるやうなところもある。
もう、年だからあとが残るんちやふかなあ。
と思つてゐたら。
赤くなつてる部分が熱をもつてゐるではないか。
炎症を起こしてるのかなあ。
うーん。
とんだ健康診断である。
ばいきんまん。
我が家にBlu-rayレコーダがやつてきて、最初に録画予約したのは「人形活劇 新三銃士」だつた。
そのうち、このレコーダは勝手に「それいけ! アンパンマン」を録画するやうになつた。
おそらく、三銃士に戸田恵子と山寺宏一が出演してゐたからだらう。
見てみたらおもしろかつたので、そのままレコーダが録画するにまかせて見てゐるうち、いい気になつたレコーダは「ドラゴンボール改」を録画するやうになつたり(おそらく中尾隆聖と鶴ひろみつながり)、得体の知れない二時間ドラマや「徹子の部屋」を録画してるからなにかと思つたら戸田恵子が出てたり、おはスタを録画したりするやうになるのだが、それはまた別の話だ。
ところで、なぜアンパンマンを見るのか。
それはおそらく、ばいきんまんのせゐだらう。
なんだらう、あのよさは。
ばいきんまんがゐなかつたら、アンパンマンを見つづけることはなかつたと云つてもいい。
などと云ひながら、実は幼稚園のころからアンパンマンは好きだつた。
当時、教室にフレーベル館のアンパンマンの絵本があつて、これがお気に入りだつたのだ。
アンパンマンの顔が1/4づつ欠けていくやうす、おなかのすいた旅人にちぎつた顔を渡すときの、黄昏時のやうな、なんとなく淋しげな絵柄。顔のまつたくなくなつてしまつたアンパンマンの、なんともさみしげなやうす。
さうしたものが、なぜかやつがれの心の琴線に触れたのだつた。
アニメになつたアンパンマンには、あの黄昏時の切なさはなかつた。
なにかが違ふ。
さう思つた。
こどもたちに人気があるといふのもわからなかつた。
電車の中で愚図つてゐたこどもが、アンパンマンミュージアムに行くといふと、途端に顔を輝かせる。「アンパンマンとメロンパンナちやんと握手するんだ!」とか急に盛り上がる。
アンパンマンはともかく、メロンパンナちやんつて、どうよ。ロールパンナちやんならわかるけど。
#さういふ話ぢやないか。
それでずつと「ないもの」と思つてゐたのだが。
いやー、見ておくべきだつたかもねえ。
ちなみにドキンちやんも好きだし、ホラーマンとかこむすびまんも好きである。「こ」がつくのは大抵苦手なのだが(コキンちやんとか鉄火のコマキちやんとか)、こむすびまんは別格。なんすかね、あのよさは。
それから、ジャムおじさんの「新しい顔を焼くよっ」が好きなんだなあ。「よっ」の云ひ方がなんともたまらないのだ。
声優陣が豪華といふのもいい。ゲストキャラが一々大御所だつたりね。
そんなわけで、毎週レコーダが勝手に録画してくれるのを楽しみにしてゐるのだつた。
つねづね一度試してみたいと思つてゐるのだが。
なかなか実現しないのは、単に面倒くさいからか。
一応、最寄りのカラオケは、ひとりでも構はないよん、といふやうなことを云ふてゐるやうなのだが、なんとなく気恥づかしい感じがして、なあ。
なぜひとりカラオケに行きたいのか。
それは、楽器を演奏したいからだ。
具体的に云ふと、縦笛とかオカリナだ。
自宅で吹くと、隣近所に差し支へがある。
ほんとは気にせず吹きやあいいのに、といふ話もあるが、それができたら苦労はしない。
その地元のカラオケでは、楽器の持ち込みも問題ないのらしい。ただ、周囲の客になんか云はれても知らないよ、といふやうなことが書かれてゐた。
さうか。
ひとりで行つて、楽器とか吹いても、構はないんだ。
これは行くしか?
と思つて、すでに幾星霜。
はたしてやつがれはひとりカラオケに行くのか。
それは次回の講釈で。
Pen and messageのペンケースを愛用してゐる。三本入るけどうすくてかばんの中でおさまりがいい。
このペンケースに、ペリカンのスーヴェレーン 800 デモンストレータと、プラチナ萬年筆の本栖、それにデルタのドルチェ・ヴィータを入れてゐる。個人的に「旧枢軸国フォーメーション」と呼んでゐるラインナップだ。
スーヴェレーンは太字で、Pen and messageの山野草といふインキを入れてゐる。本栖は細字でプライヴェートリザーヴのアヴォカード、細字のドルチェ・ヴィータにはデルタの純正ブルー。
これに、中屋万年筆の細軟字にプラチナのブルーブラックを入れた萬年筆があれば、ほぼ完璧だつた。
太字はアイディア出しのときなんかにA4の裏紙にこれといつたこともなくいろいろ書くのに向いてゐる。アヴォカードは芝居や本の感想用。ドルチェ・ヴィータは、ま、なんだ、いはゆる勝負萬年筆とでも云へばいいのか。
Moleskineを使ひはじめるまでは。
残念ながら、スーヴェレーンと本栖はMoleskineと相性がよろしくない。いづれインキのせゐだらうとは思ふけど、滲んだり、裏抜けしたりする。
んー、まゐつたなあ。また選抜しないといけないか。
はじめて「ヴィヴィアンの楽しいドミノ編み」を本屋で見たとき、「これだ!」と思つた。
今となつてはなにが「これ」だつたのかよくわからない。
おそらく、あみものを再開してしばらくたつてゐて、あまり毛糸の始末にこまつてゐたのだらう。
そんな気がする。
ところが、実際に編んでみるとドミノ編みは全然「これ」ではなかつた。
といふ話は以前も書いた。
まづ、ドミノ編みは時間がかかる。
手の速いニッタでないと、「ひねもすのたりのたりかな」、なのである。
すなはち、大物を編みはじめたりなんぞしたら、途中で挫折すること請け合ひなのだつた。
また、色を沢山使つたりすると、糸端の始末が異様に面倒である。
これはモチーフ編みの宿命かとは思ふが、「Domino Knitting」を見たらちやんと編み進みながら糸始末をする方法が書いてあつた。
ちなみに、「ドミノ編みは時間がかかる」といふことも、洋書の方には書いてある。
そんなわけで、第一印象はまちがつてゐたんだな、と思つたわけだが。
でも、ときどき無性に編みたくなることがあるんだよねえ。
不思議である。
これまた洋書に書いてある、「ドミノ編みはaddictive」とはこのことなのかもしれない。
ドミノ編みつて単純なだけに、編みやうでいろいろ展開できさうだからつい手を出したくなつちやふつてのもあるんだよね。
「もっともっとドミノ編み」なんてな本もあるくらゐだしさ。
といふわけで、現在ドミノ編みのポンチョを編んでゐるところ。
完成できるかどうかは定かではない。
「経済は感情で動く」を読んだ。
経済学は学問である。自然科学を標榜して、予測不可能な人間を排除しただの学問に堕してしまつたもの、と、やつがれは思つてゐる。経済学の中で閉じてゐれば如何様にも再現可能な数式をひねくりまはすこともできやう。
だが、現実はさうはいかない。
ゆゑに、経済と経済学はまつたく異なるもの、といふ話もあるが、まあ、さういふことなのだらう。
「さうぢやないだらう?」といふのが、行動経済学なのだらうと思ふが、これもまたやつがれの思ひ込みかもしれない。
内容はとてもおもしろく、「もつと知りたいぞ」といふ気持ちになつた。
カーネマンの本も読んでみやうと思つてゐる。
だが。
問題はそこにはない。
ではどこにあるのか、といふと、「「スタートレック」の「スポック博士」」だ。
この本の中に、ミスター・スポックとおぼしき人物に言及した部分が少なくとも三カ所ある。一カ所だけ、「スタートレックのミスター・スポック」と書かれてゐて、その他の二カ所では「スポック博士」と書かれてゐる。
スポック博士つていつたら、育児書だらう?
「スタートレック」のミスター・スポックとは別人だ。
しかし。
文中ではわざわざ「スタートレックの」とことはつてゐる。
むー。
ミスター・スポックはどこぞで博士号を取得してゐるのだらうか。
それは、かなりの確率であり得るやうな気もする。
さうすると、「「スタートレック」の「スポック博士」」も一概にあやまりとはいへない。
だいたい原文にさう書いてあれば、さう訳すだらう。
ところで、訳者あとがきにはいはゆる謝辞が出てくる。
本書に出てくるサッカーのことなどは、ちやんとしかるべき人物に確認を取つたことがここからわかる。
「スタートレック」のことも誰かに訊いておけばよかつたのにねえ。
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:2242ページ
ナイス数:8ナイス
ツチヤの貧格
初土屋賢二。自虐ネタはインテリでないとね。ときをりドキリとする文章もある。「新聞を切り抜くのは、通常、後で読み返したり、保存しておくためだが、人に読ませないために切り取ることもあるのだ」とか。それつて却つて目立つのでは、とは云はない約束か。
読了日:02月08日 著者:土屋 賢二
日本語に主語はいらない (講談社選書メチエ)
いきなり外国の人から「あなた」と呼びかけられて狼狽する。あるあるあるー。仮主語の「it」は昔から不思議だつたけれど、英語などはこれがないと成り立たない不自由な言語、といふこともできるのか。図書館で借りたけど、買つて再読したい。
読了日:02月12日 著者:金谷 武洋
日本人の9割に英語はいらない
哲学・教養のない人間は英語を身につけたところでムダ、といふ話だらう。英語を母国語にする人々だつて、確固たる哲学を持つてゐる人ばかりとは限らないけどね。あと、ゲーテが「Wer fremde Sprache nicht kennt weiß nichts von seiner eigenen.」と云つてゐることも忘れてはならないと思ふ。個人的には英語なんて全然必要ない9割側の一人だけど、趣味のある人は英語がわかると世界が広がるんぢやないかな。えうはムダでもいいんぢやないつてこと。
読了日:02月13日 著者:成毛眞
夜・夜明け・昼
三原順の「夢の中 悪夢の中」で主人公が読んでゐたので手に取つてみた。それと、つらい時期にはつらい本を読む、といふのが無意識のうちにあるのらしい。予想したとほり読んでゐてつらいが、ものすごいいきほひで読んでしまつた。或はつらいからかみしめるやうには読めなかつたのかもしれない。人はどんなに苛酷な状況にあつても生きたいと思ふものなのか。いづれにしても、この本を紹介してくれた三原順には感謝してもしきれない。
読了日:02月15日 著者:エリ・ヴィーゼル
だれがコロンブスを発見したか―バックウォルド傑作選1
中高生のころ地元の図書館で見つけて読んだ。大好きだつた。今読んでもおもしろいか、といふと、「うーん」と思ひながら読み進めていくと、後半になるにしたがつておもしろくなつていく。後半に行くにつれひとつのコラムが短くなること、政治の話が増えることが理由かも。つづきも読むつもり。原書もなかなか手に入らないのがつらい。
読了日:02月18日 著者:アート・バックウォルド
忠誠心、このやっかいな美徳
忠誠心と愛情を同列に考へたことはなかつたなあ。「戀と忠義はどちらが重い」といふくらゐで、案外相対するものなのではないかと思つてゐた。 儒教的な観点から「忠誠心」を語つた本も出るといいなあ。
読了日:02月24日 著者:エリック・フェルテン,Eric Felten
権力と支配 (講談社学術文庫)
正直云ふと電車の中でよけいなことを考へないやうにするために読んでゐた。「なるほど、それはかういふことなのか」と思ふこともある一方で、「もつとかんたんに書けるんぢやないの?」といふ気もする。これがウェーバーの著作の中でも入門篇といはれると腰が引けるなあ。もつとも、原文も難解なのだつたら仕方がないのかも。でも英語だともつとわかりやすいつて云ふよなあ。一度読んでみるか? 「封建制」とか、これまで自分がぼんやりと「かういふもの」と考へてゐたことと異なる定義が出てきたりして、読み返すこと一度ならず。とほほ。
読了日:02月28日 著者:マックス・ウェーバー
2012年2月の読書メーターまとめ詳細
読書メーター
Recent Comments