隔世の感
思ひたつて図書館に行くことにしたのが今月の頭。
貸し出しカードも新たに作つた。なんでも何年かに一度新たに作りなほすことになつたのらしい。
……いつのまに。
最後に図書館を利用したのはいつだらう。もう思ひ出せないほど過去のことだ。
久しぶりに行くと、なんだか異様に便利になつてゐた。
ここらへんは自治体によつてもちがふのかもしれないが、でもおそらく、今や大抵の図書館ではWebブラウザから読みたい本の予約や自分の貸し出し状況を見たり更新したりできるやうになつてゐるのだらう。新着情報を見ることもできたりする。
特に貸し出し状況の確認と予約は實に便利だ。
これまで読んでみたいけれども版形が大きいし、買ふのはちよつとねー、と、躊躇してゐた本を思ひつくままに予約してゐる。
貸し出し状況も、オンラインで調べられるつて便利だよなあ。次に予約が入つてゐなければ貸し出し延長を申請することもできるし(これも自治体によつてちがふだらうとは思ふが)。
しかし、何より変はつたと思ふのは司書さんたちだらうか。
やつがれがこどものころの司書さんといふのは、おしなべて無表情で愛想がなかつた。実際、司書とはそんな愛想をふりまくやうな仕事ではなかつたと思ふ。
それがどうだらう。
どの司書さんもみな親切で、にこにこしてゐたりする。
そのせゐか、こちらもなんとなく腰が低くなつたりする。
就職したばかりのころ、職場付近の図書館を利用してゐたことがある。
その図書館の司書さんは、實にfriendlyであつた。中のひとりは近所のこどもたちの兄貴分(といふにはかなりお年ではあつたけれど)のやうな感じがした。かたはらで見てゐてなんだかいい感じだつた。
そのせゐだらうか、その図書館にある本はどれも非常に状態がよかつた。
母はかつて地元の図書館から本を借りてくるのをいやがつたことがある。
本の状態がひどく悪かつたからである。
見るからに汚らしいものが多かつた。
図書館の本とはさうしたものと思つてゐたが、職場のそばにあつた図書館はちがつた。
十年以上経た本でも、それなりにきれいな状態だつた。
司書さんのfriendlyさと関係があるのではないか。
当時はさう思つてゐた。
さて、地元の図書館の司書さんたちはfriendlyになつたものの、本の状態は以前とそれほど変はらないやうに見える。もつと昔からある本が多いから、といふのもあるかもしれない。
図書館の蔵書がきれいかどうかは、単に利用者のモラルに寄る、といふだけなのかもしれない。
いづれにしても、図書館はこれからも利用して行くつもり。
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