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Tuesday, 29 July 2008

黒と臙脂と伝統柄

萬年筆が増えてくると困るのがどうやつて持ち運ぶか、といふことになる。
すこし増えたときに、ペリカンの三本用ペンケースを買つたが、そんなことでは全然間に合わなくなつて久しい。
そんな時に、こんなエントリに出会つた。
さうか、手ぬぐひか。
だつたら手持ちに山とあるぢやん。

しかし、そこからちよつと時間がかかつた。

手ぬぐひは、使ひこむとやはらかくなつてくる。
何度か洗つてふんはりとした手触りの手ぬぐひは、実に最高である。
萬年筆を包むにはさうしたやはらかな手ぬぐひがいいやうな気がした。

それから模様。
手ぬぐひは、といふか、手持ちの手ぬぐひは、淡い色のものが多いやうな気がする。しかも青系。
萬年筆は濃い色、特に黒が多いので、淡い色とあふかもしれない。
でも、それでは手ぬぐひの模様が負けてしまふ可能性もある。

といふわけで、吟味に吟味を重ねて(?)選んだのが、これ。

Tenugui and Fountain Pens

かまわぬの梅鉢である。
今年明けてから何度か使つてきたので、手触りはふんはりしてゐる。切りつぱなしの端もいい具合に短いフリンジ状態だ。
そして、この臙脂色がなんとも黒い萬年筆に似合ふのである。
うーん、伝統柄がいいのかもしれないなあ。

そのときの気分で変へられるのも手ぬぐひ巻のいいところ。
でもやつぱりこの梅鉢が一番出番が多い。

現在はパイロットのCUSTOM 742とモンテグラッパのピッコラを包んで持ち歩いてゐる。

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Monday, 28 July 2008

貢献しなくていい

Olympic Yearといふことで、編物関連でもいろいろなイヴェントがある。
悪いことぢやない。

以前から「スポーツに政治を持ち込むな」などと云はれたりする。
その場合、大抵はスポーツの側が政治の犠牲になつてゐるといふ論調が多い。
だつたらスポーツの側から「世界平和に貢献する」なんて云はない方がいい。
あるいは云はされたのかもしれないが、そこは断固として拒否してほしかつた。

ま、いいけどね。
やつがれはやつがれで、編物とかタティングレースとかするだけだし。

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Sunday, 27 July 2008

遅ればせながらiPhone

iPhoneがはじめて発表されたとき、「こいつぁほしい」と思つた。
もちろん本邦で使へるはずもないのだが、だからよけいに物欲がつのる。実際、電話として使へないにもかかはらず、本邦でも入手する人が少なからずゐた。皆WiFi利用だけだが、とてもとても楽しんでゐるやうに見受けられた。
SO902i以降、これといつてほしい携帯電話がない。SO902iだつて、「ちいさいから」「折りたたみぢやないから」くらゐの理由しかなく、そんなに積極的にほしいわけぢやなかつた。

心の中では、PalmOSのTreoがいつでも一番。
これにデータ定額でreasonableな料金がつけばそれで十分。
問題は、たつたそれだけのことだといふのに本邦ではかなへる方法がないといふことだ。

そこへiPhoneである。

キーボードがつかないのはどうよ、といふ気持ちはあつたが、そこはそれ。それを差し引いても非常に魅力的な端末だ。
なにしろ本邦の携帯電話にはこんなの、ないんだよ。
それだけでかなほしい気がする。
しかもアップル。

電話として使へなくても買ふか……
さんざん悩んでゐたところ、今年、本邦でも発売されるといふではないか。キャリアはソフトバンク。

iPhoneゲットだぜ、といふ気分になるかと思ひきや、なぜか気持ちが萎えてゆくのを感じた。
そのときは、キャリアがソフトバンクだからだらうといふ気がしてゐた。DoCoMoなら機種変更ですむ。それにソフトバンクつて…………。
だが、よくよく考へてみたら、DoCoMoだとしても同じことのやうな気がしてきた。

たとへキャリアがDoCoMoだつたとしても、ほしいといふ強い気持ちは急速にしぼんでしまつてゐただらう。
夢が現実になるときには、往々にしてさういふことがある。
夢の中では、「あれもできる」「これもできる」と万能のマシンも、現実ののもとなればあれやこれやの制約の方が目につくやうになるからだ。

曰く、使ひ邦題を謳ひながら、あまり利用するやうなら使用制限をかけられるといふデータ定額だ、とか。
並ばないと入手できない、あるいは並んでも入手できないだらう、とか。
アップルの初期ロットにはいつでも問題がつきまとふ、とか。

夢の長ては「使へるのだつたらどんな障碍にも耐へてみせる」と思つてゐるのに、それがいざ現実のこととならうとしてゐる今、些細なことが足かせのやうに感じられる。

さうして「もう自分はiPhoneユーザになることはないだらう」とまで思ひこんでゐたものだつた。

だが、ヴィデオを見て気がかはつた。
「画期的」だとか「革命的」だとか、如何にも翻訳調の惹句はともかく、さうして紹介されるiPhoneに、Newton MessagePadに似たものを感じたからだ。

Newton. My beloved.

さう思つた瞬間、やはりiPhoneは自分のための携帯電話であり、自分向きの電話であり、「ヲレが買はずしてたれが買ふ」といつた電話である、と、とつさにさう感じたのである。

まあ、未だに手に入れてはゐないがね。

いつ入手できるか定かではなけねども、ひよつとすると32Gとかが公開されてからになるかもしれないけれども、おそらく手に入れることだらう。
My One and Only iPhoneを。

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