空白の一時
小林繁と江川卓の出演するコマーシャルが話題になつてゐる。
最近の若人にはなぜこのふたりなのかわからないだらう、といふことはさておき。
このコマーシャルを見て最初の感想はそんなものではなかつた。
「ああ、レコードとかCDつてほんたうに売れなくなつてしまつたんだなあ」
それが第一印象であつた。
小林繁といへば球界でも屈指の歌ひ手だ。レコードも出してゐる。
同じころ……かどうかはチト定かではないが、角界には増井山といふ関取がゐて、やはり屈指の歌ひ手だつた。同じくレコードを出してゐる。
どちらも演歌だが、球界には田尾安志といふさだまさしの「主人公」を吹き込む選手もゐた。板東英二が「燃えよドラゴンズ」を歌つてゐたこともある。
さらに、現在讀賣ジャイアンツの監督である原辰徳は野球選手になつたばかりの時にレコードデヴューしてゐる。確かsomethingとかいふ歌だつたと思ふが、定かではない。
♯ビートルズの名曲と同じ、といふことは覚えてゐるのだが。
しかし、昨今絶へてさういふことをきかない。
「さういふこと」といふのは、プロスポーツの選手が歌を吹き込むこと、である。
昔とちがつて歌のうまい選手といふのがゐなくなつてしまつたのだらうか。
あるいは本業をさしおいて歌手の仲間入りをするなんてとんでもないとでもいふ風潮が以前より強いのか。
はたまた、デヴュー当時の原辰徳のやうな人気のある選手が出て来ないだけなのか。
もしかしたらさうなのかもしれない。
でも、一番の原因はやはり「CDつて売れないんだ」といふことにあるやうな気がしてならない。
また「歌」あるいは「歌謡界」といふところと「人気」といふものが必ずしも結びつかなくなつてゐるやうな気もする。
あひかはらず売れる歌手は売れるのらしい。出す曲出す曲すべて一位、それも百万単位で売れるといふ。
だが残念乍ら、さうした歌手(あるいはグループ)の歌を歌へと云はれても、まつたくひとつも歌へない。題名すらわからない。
小林繁の「亜紀子」はサビの部分だけとはいへなんとなく歌へるのに、だ。
八十万枚売れたといふ内藤國雄九段の「おゆき」だつたら一番だけなら完璧に歌へるし、とある超絶有名なまんがの登場人物の名前の由来であることまで知つてゐるのに、だ。
歌は世に連れないし、世も歌に連れない。
そんな気のする秋のゆふぐれ。
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