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Friday, 02 February 2007

思ひ知らせてやる!

先日、NHKで保護者からの無体な仕打ちに悩む教師の特集を見た。
……「無体」といふのは教師から見た話で、当の保護者にとつては至極当然のことなのだらう。
なぜなら、保護者は教師と学校に対して「思ひ知らせてやりたい」と思つてゐるからである。

その番組を見てゐて、そんな気がした。

以下はあくまでも保護者の視点から「かうだらう」と推測したものである。
保護者は自分のこどもがひどい目にあつたと思つてゐる。たとへばちよつと遅刻をしただけなのに、クラス全員に配布される学級新聞に実名が載せられてしまつた、とか。それだけで「あのうちの子は遅刻をするやうな子なのだ」と、後ろ指さされることになつてしまつた。なんたることだ。
担任の教師に思ひ知らせてやらなければ。口先だけの謝罪なんてなまぬるい。関連する配布物をすべて回収しろ。こんな担任に可愛い我が子をまかせてなんておけない。担任を変へろ。いや、辞めさせろ。それのできない校長なんて無用だ。首を切れ。
相手にもそれ相応の処罰を与へなければ、納得いかん。

保護者の気持ちはこんなところなのではあるまいか。

かつて、近代法の確立する前の時代は、報復が正当化されてゐたこともある。いはゆる「敵討ち」なんかがそれだ。
だが、現行法は「報復」を禁じてゐる。

ところで個人的なことだが、時折これまで出会つた失礼な輩とその言動を思ひ出すと、悔しくて悔しくて眠れないことがある。どうにかして「悪いのはそつちだらうが」とわからせなければ気が済まない。そんな狂ほしい思ひにかられることがある。
これは、上記保護者の「思ひ知らせてやりたい」といふ気持ちと同じだし、「報復」の気持ちである。
自分の場合、さういふ気持ちの向かふ対象は一度しか会つたことのない相手だつたりもう二度と会ふことはない相手だつたりするので、結局いつももやもやとした気持ちのまま思ひ出すまで記憶の底にしまひこむことになる。
保護者の場合は、たまたま「報復」する相手がすぐそばにゐて、鬱憤もまた晴らし得る、と、さういふことなのだらう。

被害者とその関係者の権利を認めやうといふ動きがある。
さういふ人々の気持ちはわかる。自分も同じ立場だつたら同じことを云ふし同じことをするだらう。
かうした時、よく「加害者の権利ばかり守つて我々被害者のことは考へてくれない」といふやうな論調がある。
実際のところはどうだかよくわからないが、被害者とその関係者が「権利を剥奪されてゐる」やうな状態におかれるのは、この「報復禁止原則」によるものなのではないかといふ気がしてならない。加害者の権利を守るため、といふのもあるのかもしれないが、どちらかといふと司法が気にしてゐるのは「報復の可能性を減らすこと」のやうに思はれる。

やられたらやり返すといふ根性をなほせ、と、こどものころさんざん親に叱られた。残念乍ら、この根性を叩きなほすことかなはなかつた。だから今、さまざまなことを思ひだすにつけ、くやしくてくるしくて仕方がないときがある。

やられてもやり返さない。あるいはくやしい気持ちをバネにしてよりよい方向に向ける。
云ふのはかんたんだが、それができれば苦労しないわけで。
根つこのところは「わかつてほしい」なんだとは思ふんだがな。

といふのは、「復讐心」に燃えやすいやつがれの云ひ訳だらうか。
だらうな。

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