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Monday, 12 February 2007

生さぬ仲とか

漢字で書けばよくわかるが、「なさぬなか」と耳で聞くとわからない場合が増えてゐるやうだ。

たとへば「國性爺合戦」では、渚の方と錦祥女が生さぬ仲の義理をかけて意地を張り合ふ。「玉藻前㬢袂」では、萩の方が実の子と生さぬ仲の子とを抱いて「どちらも死んでくれるな」と嘆く。「仮名手本忠臣蔵」では戸無瀬が生さぬ仲の子・小浪のたつたひとつの願ひである大星主税との婚礼をなんとかしやうと奮闘する。

人間が犬畜生とちがふのは、かうした「義理」を大事にする心があるからだ。
お浄瑠璃やお芝居のかうした話の根底にはさういふ考へ方があるのらしい。
でも実際のところ人間だつて動物だから、実の子ぢやなければかはいくないし、大事にしやうとも思はないらしい。その証拠に昔から継子いぢめの話は数かぎりなくあるし、昨今は伴侶の連れ子をいぢめ殺す事件が後を絶たない。

「双蝶々曲輪日記」は「引窓」を見てゐて抵抗が少ないのは、義理を大事にしつつも最終的には母と実の子とをたてる内容になつてゐるからなんぢやなからうか。
去年九月の秀山祭の中継を見てゐてさう思つた。

芝居の内容はこんな感じだ。書くまでもない気もするけど。
南輿兵衛の母・お幸は、輿兵衛の父・南方十次兵衛の後妻。輿兵衛は先妻の子なので、お幸にとつて輿兵衛は「生さぬ仲の子」といふことになる。お幸には十次兵衛に嫁ぐ前に長五郎といふ息子があつた。長五郎は幼少の折、大阪に養子に出された。
長五郎はその後相撲取りになつて、濡髪長五郎と名乗つてゐる。恩ある大名との関係でひよんなことから人殺しの罪を負ひ、追つ手から逃れる身の上。追はれ追はれて実母のゐる南輿兵衛の家にたどりつく。
時しも留守だつた南輿兵衛は、亡夫の跡を継ぎ庄屋代官に取り立てられた、ついては今逃亡中の殺人犯を探し出して召し捕れと、お上に云はれて帰宅した。その懐には罪人の絵姿。
さう、輿兵衛はなにも知らず長五郎を召し捕らうとしてゐるのである。

かくして、お幸は長五郎を逃がさうとする、輿兵衛はなにかあると悟り(ここのセリフがいいんだ。「母者人、なぜものをお隠しなさいます」つて。)、平素から実子以上にかはいがつてくれた母の願ひをかなへやうとする。長五郎は輿兵衛の手にかかつてお縄につきたいと云ひ……結局、輿兵衛は長五郎を逃がすんだな。

ところでこの輿兵衛といふ役はおもしろい。
郷代官の息子でありながら、父亡き後は放埒三昧(つてほどでもないかな)、女房お早は大阪新町で都と名乗つてゐた遊女。
さういふ「ちよつと前まで遊び人」みたやうな雰囲気があるのがなんともいい。
オペラで云ふならテノールの役どころか。播磨屋・中村吉右衛門はかういふ聲もまたいい。

もうひとつ秀山祭からの中継録画は「菅原伝授手習鑑」から「寺子屋」。こちらはお主の嫡男の命を救ふため、己が子の命を犠牲にする話。
さういへば武部源蔵もいはゆる「職場戀愛」をしちやふやうな人なんだよな。こちらはバリトンか。当然播磨屋が悪いわけがない。
話がそれるが、御法度の「職場戀愛」でお役御免になつた源蔵に筆法伝授する菅丞相といふのがまたいい。それ(禁じられた職場戀愛)とこれ(藝の伝承)とはちがふつちふわけやね。

昔は舞台中継とか録画とか、「実際に見に行かなきやダメだよ」といふのであまり見なかつたが、最近はつい見てしまふ。自分が見に行つた芝居でも見てしまふ。
それだけほかに見るものがないといふことでもあるかな。

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