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Thursday, 21 September 2006

不可逆といふこと

今TVでは「時を越えた戀愛」を扱つた映画のコマーシャルが流れてゐる。
「イルマーレ」つてな邦題だつたと思ふが、原題は「湖の岸」とかなんとか、そんなやうな題名だつたやうに思ふ。ちがつたかな。

もとい、戀愛映画はほとんど見ないが(そもそも映画自体をそんなに見ないが)、これは見てもいいかな、と時々思ふ。
「時間を越えた戀愛」つて切なくていいぢやあないか。決して会へないわけだもんな。宮部みゆきの「蒲生邸事件」はそんなに好きな本ぢやないけれど、なんとなく記憶に残るのはこのせゐだと思つてゐる。

時々、「死は平等に人間に訪れる」とか云ふことがある。
さうなのかも知れないけれど、ぢやあ生まれてすぐに死んでしまふ赤ちやんと百年間くわくしやくと生きて大往生を遂げた老人と、それが平等かと訊かれると、すぐに「うん」とはうなづけない。
多分、ここにあるのは「時間を元に戻せない」といふことで、そして、これはおそらくみな条件は同じなのだ。

過ぎ去つた時間は戻らない。

「記憶力がすぐれてゐるのはいいことだが、忘れ去ることの方が能力としては重要である」
といふやうなことをエマーソンが云つてゐる。
「ウォルデン」を書いたソローに比べてエマーソンは今ひとつ著名度が低い。少なくとも本邦ではさうなやうな気がする。超越主義といふことで考へるとエマーソンはソローの師、あるいは兄弟子、そんなやうな感じだと思ふ。
主義を実現しやうとしたソローの方が人気があるのは仕方がないとして、「主義は主義」としたエマーソン(結果としてさうなつただけだらうけどさ)の方が好きだな、と思つてしまふのはやつぱり天の邪鬼の所以だらうか。

ともかく、「忘却力」とでも云ふものが、生きて行く上でとても重要である、と、これはよくわかる。
いつまでも覚えてゐたら前に進めないといふことはないだらうか。やつがれは日々「ああ、あの時ああ云ひ返すのだつた」といふ後悔の思ひに苦しめられてゐる。忘れつちまへばいいのだよ。どうせ過ぎ去つた時間は元に戻らないのだし、適切なことばを云ひ返せないのはいつだつてかはらないのだから。

さう、過ぎ去つた時間は元に戻らなくて、だから復讐なんぞするのは無駄であり、だからこそ現行法では復讐を禁じてゐるのではないかと思ふ。ま、「際限がないから」といふ理由の方が大きいだらうがね。
先日、「目には目をといふ考へ方の方が現行法よりわかりやすい」とエントリに書いたが、だがこれもあまりにも時間がたつた場合、どうだらうといふ話もある。
たとへば、自分の子供を殺した相手が死刑に処されても、殺された子供は戻つては来ない。
おそらく、江戸の昔に「敵討ちをするまで帰つてくるな」なんぞといつたのは、さうしないと敵討ちを達成できないからである。最初のうちはいいが、そのうち段々つらくなる。「父の敵を討つたとて、父の返るわけでなし、だつたら家に帰ろぢやないか」そんな風に考へるやうになるからだ。敵討ちをさせるにはなにがしかの拘束力が必要なのにちがひない。

だからなんだ、といふのは特にない。
ここのところ過去に好きだつた人の訃報をよく耳にする。
過去に好きだつた人は、実は今でも好きだつたりする。
忘れてしまつてゐればな、と思ふのはこの時だ。
忘れてゐれば、「あの人、死んだんだつてね」つて云はれても、「え、それ、たれ?」くらゐで済むのだ。今更「どれほどその人が好きだつたか」とか「今でもこんなに好きなのに」とか考へなくていい。
どうして自分は忘れてゐないのだらう。忘却能力がこはれてゐるのか。
そんなはずはなけねども。

曽我部和恭氏、9/17食道癌で死去。享年58。

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