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Saturday, 02 September 2006

こどもの名前

自分の名前に文句のないこどもといふのもさうさうゐないかとは思ふが。
かく云ふやつがれ自身も特にこどものころは親に改名をせまること一度ならずといつた状況だつた。
幼稚園などで名前についてからかはれたりいぢめられたり(とはいつても精々上級生から「名前が変だから鉄棒使はしてやんない」つて云はれたくらゐだけど。でも当時はものすごくショックだつた)したからだ。

だからごくごく幼いころをのぞいて名前で呼ばれることはなかつた。今となつてはやつがれを名前で呼ぶのは親兄弟・親戚などほんの一部に限られる。

しかし、昨今のこどもの名前を見るに、「……ヲレの名前はましな部類なのかもしれない」とつくづく思ふことがある。
いや、まあ世の中の風潮として「かういふ名前が一般的である」といふことなのかもしれないが、でもなあ……

さういへば高校の時に名前がカタカナの教師がゐて、「姉が「これからの国際化時代、名前はカタカナに限る」といふやうなことを主張したから」と云つてゐた。まあ一理あるけどちよつと時代を先取りし過ぎたといふか……ちなみに「北斗の拳」に同じ名前の女性が登場する、と書くと「ああ、あれか」とわかる向きもあらうか。

これまたさういへば、はじめてリバー・フェニックスといふ名前を耳にした時、「また随分かはつた名前をつける親もゐたものだ」と思つたものだつた。フェニックス家のご両親がさうだつたのかどうかは知らねども、いはゆる「LOVE & PEACE」世代には伝統的ではないかういふ名前をこどもにつけることが多かつたといふ。

長じるにつれ、名前で悩んでゐるのは自分だけぢやないし、自分よりもつとかはいさうな目にあつてゐる人もゐるんだなあ、と思ふやうになつた。

さういへば伊達政宗の娘の名前は五郎八だつたか……。

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