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Friday, 01 September 2006

だから危険な裁判制度

昨日、「遠山の金さんだつたらこんなの市中引き廻しの上打ち首獄門なのに」といふやうなことを書いた。

多分、この意見に同意してくれる人は多いと思ふ。
そして、だから、一般の人間が裁判に参加するのは危険なのである。

たとへば、幼児虐待の話などを耳にすると、かういふことを云ふ人がゐる。
「虐待した輩も同じ目にあはせてやればいいんだ」
すなはち、幼児を熱湯につけたのなら犯人も熱湯に入るといふ罰を与へよ、幼児にひだるい思ひをさせたのなら犯人にも同じ罰を与へよ。

さういふことである。

古くは罰則といふのはさういふものだつたのだらう。
ハンムラビ法典をひくまでもなく、「目には目を歯には歯を」だ。「目には目と歯を」ではない点に要注意だつたりはするが、もとい、現行法はかうした罰則を基本的に禁じてゐる。
現行法は報復も禁じてゐる。

けれども、これはやつがれの推測でしかないが、人情として一番わかりやすいのはこの「目には目を」なのだらうと思ふのだ。

裁判官は、このあたりの教育をちやんと受けてゐるのだらうし、「目には目を」なんぞといふ考へにふりまはされないやう訓練されてゐるのだらう。

一般の人々はさうではない。
すくなくともやつがれとそしてやつがれの知る何人かのおとなはさうではない。

さうした人が裁判所に赴いて、判決の一助となるやうな行動をとつてもいいものか。

憂へてしまふ秋のゆふぐれ。

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