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Sunday, 30 October 2005

カタカナの読み方の是非

今回は自慢話が多いので、さういふのが嫌いな方はお気をつけて。

英和辞典などで、単語にカタカナのルビをつけるのつてどーよ、といふ議論がある。
見たところ「つけない」派・「つけたらいけない」派が多いやうに見受けられる。

かう書くとわかるかと思ふのだが、やつがれは「つけた方がよい」派である。
はじめて手にした英和辞典は旺文社の中学生向けのものだつたが、この辞典には発音記号とともにカタカナで読み方が書いてあつた。
多分、今やつがれがあるのはこの辞典のおかげだと思ふ。
これがなかつたら英語をどう読めばいいのかさつぱりわからなかつただらうと思ふからだ。カタカナが読み方・聞き方の手がかりになつてくれたといふ寸法なのだ。

こんなことを書くと、「んぢやあ君の発音は大したことないね」と思ふ向きもあらう。
さう思ふので、ちよつと自慢げではあるが書いておくと、やつがれ、一応発音だけはそんなに捨てたもんぢやないと思ふ。

以前、めりけんから帰る時に自宅にコレクトコールをかけたのだが、相手先の名前を云ふまでオペレータの人はこちらを日本人とは思はなかつた模様だつたし。
同じくめりけんで買物した時にお店の人とちよこつと喋つて「日本から来たの」つて云つたら「日本人つぽい喋り方ぢやない」と(社交辞令だとは思ふけど)びつくりされたし。
七月までお世話になつてゐた客先で英会話クラスに混ぜてもらつてゐたのだが、教師に発音についてだけは「ネイティヴみたやう」と云はれたし。

といふわけで、カタカナの読み方を参照して育つたからといつて、発音が悪くなるとは限らないことを体現してゐるといつてもいいと思ふ。

んぢや聞き取る方がダメなんでせう、といふ向きもあるかもしれないが。
うーん、とりあへず「スタートレック ヴォイジャー」を見ながらシャドウイングできる程度、かな。
♯つてわかりにくいたとへだつたらうか。

といふわけで、カタカナの読み方を参照して育つたからといつて、聞き取りが苦手になるとは限らないことも体現してると思ふ。

多分、カタカナで英単語の読み方を書いてはいけないといふ人は、カタカナをそのまま鵜呑みにしてしまふのだと思ふ。
あるいは、カタカナを日本語の読み方でしか読まない、とかね。
たとへば「experience」といふ単語があるが、多くの人はこれを「イクスペリエンス」と発音するのではないかと思ふ。でも実際によく聞いてみると「イクスビァリエンス」といつた感じに聞こえる。

カタカナは発音記号と同じやうに読み方の「手がかり」に過ぎない。
さう理解してゐれば、カタカナでふりがなをつけることになんら問題はないと思ふし、かへつていいんぢやないかなあ。
こどものころのやつがれがそれを理解してゐたのかどうかチトアヤシいが、でもまあ、「カタカナで読み方が書いてあつてもそのとほりに読めばいいつてものでもない」といふことはわかつてゐたんだらうな。

世の中、活字になつてゐるものは鵜呑みにする向きが多いからね。
「さういふもんぢやないんだよ」といふことも含めて、やはり英語の勉強をはじめたばかりの人々には「カタカナでふりがな」もいいんぢやないか。

そんな気がする 秋のゆふぐれ。

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