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Monday, 19 September 2005

愛を試される時

今日は正午から「贋作・罪と罰」の先行前売りがあつた。
以下、ただの愚痴である。

正午からはじまつて一時まで、「混み合つております」のアナウンスしか聞いてゐない。
一時十分時点で一度だけ話し中になつたが、そのごはまたアナウンスだけ。
業を煮やして携帯電話でもかけはじめる。
その後、一時半ごろと二時ごろ、さらに二時半ごろに一度ずつ話し中になつたが、それ以外はずーつとアナウンス。

結局つながつたのは三時十五分くらゐだつた。

当然最初にほしいと思つてゐた日時ではとれなかつた。
そして、この間、ほかのことはまつたくできてゐない。

芝居の席を取るには、かほどになにもかも犠牲にしないといけないのか。
時間を犠牲にし、その他したいことしなければならないことを投げ打つた挙げ句、自分がこの日この時間と定めてゐた上演回が取れなくても、それでよしとしなければならないのか。

おそらく、「三度の飯より芝居好き」といふ人は「それが当然」と云ふだらう。
所詮やつがれはパトロンになどなれない。そんな財力はない。
だつたら席を取れるだけでもありがたいと思へ、と、みなみな口を揃へて云ふにちがひない。

それでは時間はどうだらう。自分が望んだわけでもない席を取るのに三時間強。これは少し時間がかかりすぎなのではないか。
その間、なにもできないのである。精々苛々して乾いた喉を潤すかそこらへんに出てゐるものを齧つて空腹を癒すことくらゐしかできない。
なんといつても電話につきつきりでゐなければならないし、アナウンスが流れたり話し中だつたりしたら即同じ番号にかけなほさなければならない。
前売りの日はこれ以降の予定を入れられない。何時につながるか予想がつかないからである。
そこまで芝居は loyal な観客を求めてゐるのだ。芝居を見たいと思つたら、かほどの loyalty を持つてゐなければならないのである。

ほんの少し、前売り開始の時だけでも回線数を増やせばいい、と、さういふことは考へないのだらう。
そして電話の世界といふのはさういふことが可能なやうにはできてゐないにちがひない。

かうした姿勢は、今回「贋作・罪と罰」に関はるすべての役者とすべての関係者に共通のもの、と、理解した。
さうでないなら次回はなにかしら改善されていることだらう。

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