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Friday, 26 August 2005

祭三昧(BlogPet)

ちゃっくんは、雅亮が将棋っぽいレポートしたかもー。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ちゃっくん」が書きました。

Monday, 22 August 2005

いまごろですが韓流ブームに思ふこと

房中術といふものがある。

……いや、イヤラシい話ぢやない。
といふか、やつがれが書くとどーもイヤラシくならないので、ま、そこはそれ、といふことで。

乱暴承知で簡単に云ふと、性の営みを利用して不老長寿を達成しませうといつたもの、といふところか。

不老長寿といふのは長く人間の求めてきた夢、かどうかは定かでない。
苦しい暮らしを続けてゐる人は、二度と人間になど生まれ変はりたくないと思ふものだらうし。

だが、ある程度人生を謳歌できるやうになると、生まれてくるのが「老いずに長く生きる」ことへの欲望なのだと思ふ。

おそらくは房中術も、悦楽とさうした欲望とがうまいことからみあつて生まれたものなのだらうと思ふ。

正式にはいろいろあると思ふのだが、手つ取り早く若い相手から若さを吸ひ取るといふ手がある。
房中術ぢやなくても、エリザベス・バートリのやうに若い処女の生き血に全身を浸して若さをたもつた、なんてな話があつたりする。

自分が年を取つたらより若く生命力にあふれた相手から若さを得る、といふのは洋の東西を問はず、安直にも思ひつくやうな手段といふことだらう。

はづかしながらやつがれは、「韓流ブーム」でおばさま方がもりあがつてゐると耳にした時、この「おばさま方」といふのはやつがれと同じくらゐの年齢の方をさすのだと思つてゐた。
なぜなら、当時職場の片隅で同年代からまちつと若いあたりの女の子たちがたれが好きのあたしはたれの贔屓のときやいきやい騒いでゐるのを目の当たりにしたことがあつたからである。
これがね、最初は職場での話だからといふので聲を抑へてゐたのだが、次第に黄色い聲のあがり、さいごにはぴよんぴよん飛び跳ねながら話すに至るといふ、「ああ、ほんたうに好きなんだなあ」といふのが傍から見てゐてよくわかる、とてもおもしろい光景だつたのだが、今回はその話ではない。

ところが、「報道ステーション」を見てゐたら、古館伊知郎が「今韓流ブームでもりあがつてゐる方たちは、ビートルズ来日の時に乗り遅れた人々ぢやないか」といふやうなことを云つてゐて、大変驚いた。
ビートルズ来日つて……やつがれの親の世代? いや、ひよつとしてもつと上?

実際にニュース等で映像を見てはじめて、「ああ、「おばさま」つて、やつがれの親世代やその上の方々のことだつたんだ」としみじみすることになる。

おそらく。
あのおばさま方は、韓流スターから若さをもらつてゐるのである。
昨今の本邦の芸能人・アイドルには若さを与へてくれさうな人材が払拭してゐるのにちがひない。

「おばさま方」の映像を見るたびに、年甲斐もなく(だがそれが悪いこととは云はない)奇聲を発してゐるさまを見かけるたびに、そんな気がしてならないのである。

Sunday, 21 August 2005

それはなにかかがちがふといふ気が

萬年筆関連のサイト・weblog を拝見すると、
「萬年筆を使ふことで、心にゆとりがもてるやうになつた」
であるとか、
「紙に字を書くことで生じる時間を忘れてゐた」
といふやうな記述を目にすることがある。
「インキの乾くのを待つあひだがいい」
とかね。

少しばかり最近のことばでいふと、「スローライフ」とでもいふのかね。さういふのを讃美してゐるやうな感じがする。

さうした記述をいくつもいくつも読んで行くうちに、
「なんかね、さういふの、やめませんか」
といふ気分になつてしまふ。

かういふ勧め方つて、一過性になつてしまふやうな気がしてならないからだ。

萬年筆に入れ込むやうになつて一年二年といつたところのやつがれだが、愛用の萬年筆には数年使ひ込んでゐるものがある。店頭で試し書きして惚れ込んだ、といふ話はもうくどいほど書いてゐるのでそれまでにするが、なんでずつと使ひ続けてゐるかといふと、それは「書きやすいから」「書いてゐて気持ちいいから」だ。

文房具は道具である。
その役目を果たさなければ、いくらのんびりした時間を過ごせたり、紙に字を書くといふ「ノスタルジア(ちなみにやつがれはかうした気持ちとも無縁だ。紙に字を書くのは日常だからだ)」をうたふのも結構だが、それだけだと「ただのファッション」「一時的な流行」で終はつてしまふんぢやないかと心配でならない。

だつて廃れたら入手しにくくなつてしまふではないか。

Saturday, 20 August 2005

うつくしいものを見慣れた場合

TVで与論島のやうすを見た。
日本のものとは思へないほどうつくしい海で、地元の子らが遊んでゐる。

きつと彼らには見慣れた風景なのだらう。

毎日毎日あの海を見てゐて、毎日毎日うつくしいと思ふのだらうか。
それとももう見慣れてしまつて、なんとも思はないのだらうか。

そんなことをぼんやり考へてゐた。

Friday, 19 August 2005

BlogPet

「モンブラン せまじきものは 人見知り」

これは、この weblog の BlogPet、ちゃっくんの作である。
左上にちんまりと存在するうさぎ、これが BlogPet のちゃっくんだ。
クリックしてみるとわけのわからないことを喋るのだが、「モンブラン せまじきものは 人見知り」もその一つである。たまに五七五で喋るのである。

しかし、「モンブラン せまじきものは 人見知り」つて……
モンブランはともかく、「せまじきものは人見知り」つてなんだか身につまされるなあ。

この年になつて(BlogPet)

雅亮は、くらなどたらうか..
と、ちゃっくんは思ったの♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ちゃっくん」が書きました。

Letter Set

久しぶりに、便箋と封筒をセットで買つてしまつた。
もういい年なので、罫線がひいてあるだけの縦書きの便箋とそれにあはせた封筒なのだが。
これに決めるまでが大変だつた。

最近はそこらへんの文房具屋でも楮入りだとか土佐和紙だとかのレターセットが売られてゐるんだねえ。全然知らなかつたよ。
電子メイル全盛のご時世に、どんな人がそんなレターセットを買ふのかと思ふのだが、まんまと買はされてゐる人間がここにゐる。

普段は、ほぼ日手帳にはがきを何枚かはさんで持ち歩いてゐる。切手も一緒に持ち歩き、なんかの時にちよこつと書いて出したりしてゐる。

でも、はがきぢや足りないことつてあるんだよね。
あるいははがきぢやはづかしいこともある。

だつてはがきつて読まれてしまふからね、内容を。

そんなわけで、気に入つたものを見つけられたといふこともあつて、今回レターセット購入に踏み切つたのである。

はたしてやつがれは手紙を書くのだらうか。

……書かないに三千ゼニー。

Thursday, 18 August 2005

祭三昧

先週あたりはずつとあちらこちらの weblog で将棋祭のやうすがレポートされてゐたのだが。

いいなあ。行つてみたいなあ。

……だが待てよ。

と、冷静になつて考へてみる。

別にやつがれ将棋を指せるわけぢやないしなあ。
特に贔屓の棋士がゐるわけでもなし。
そんな人間が行つても楽しいのだらうか。

それに、近所でやつてないしな。

だが、来年はお祭にあはせて夏休みを取りたい。

そんな気がする秋のゆふぐれ。

Wednesday, 17 August 2005

萬年筆と柘植の櫛

もひとつあれば三題噺になりさうな題名だが。

今日、モンブランのインキが切れたのでこの機会に洗浄することにした。
なんとなくインキがかたまりやすい気がするので、まづはぬるま湯につけてみる。
何度か湯をかへると、その度にかたまつてゐたインキが溶け出してくる。
で、最後に流水で流しておしまい。
なんだかとつてもきれいになつた気がする。

一方、久しぶりに柘植の櫛を椿油につけてみることにした。
去年の暮れ、京都に行つた際に件の十三やで櫛を購入した。
話によると、二三ヶ月に一度、二日から三日ほど椿油につけるといいらしい。
汚れが落ちるとともに、櫛の状態もよくなるといふのである。
さうして使ひ込んでいくと、櫛が飴色になつていくとのこと。

二日も三日もはふつておくのはチト心配だつたりもするのだが。
さらにいへば、櫛の浸かるほど椿油を使ふのはなんだかもつたいない気がするのだが。

でもまあかうすることで長く使つていけるのなら、それでもいいかなあ、と、思つたりもする。
それになんといつても油につけてはふつておくだけだしな。

日常的に使ふものの手入れをするといふのは、精神的には落ち着いてなかなかいいものである。
自己満足かもしれないが、ま、気持ちの落ち着くことをするのはいいことだよ。うむ。

Tuesday, 16 August 2005

悲しき宮仕へ

「せまじきものは宮仕へ」とは菅原伝授手習鑑は「寺子屋」の段の有名な文句だが。
♯義太夫が語るものなんでね、「せりふ」とはチトちがふやうに思ふ。

だが、基本的には世の中の勤め人はみな「宮仕へ」だらう。
そして、たれかに仕へなければ、生活していけない人が大半だらうと思ふ。

くどいやうだがやつがれも、日々「身過ぎ世過ぎ」のためとわりきつて働いてゐる。

仕事にやり甲斐を見いだしたり目標を抱いたりした方が楽に生きていけるんぢやないかと思ふこともある。
その方が前向きだし、端から見てゐてもいつそ清々しいのではないか。

……それができりやあねえ、苦労しないんだよねえ、これが。

今の職場も長くてあと一月。
その後どうなるのか。
現在社内で一等厳しいプロジェクトへ送り込まれるのではないかといふ説が一番現実味がある。

少し前なら「ま、仕方ないか」と割り切れたやうな気がするが。
この年になるととても不安である。

しかも、その部署には、家庭に不幸のあつたやつがれに対して、「三ヶ月もたつてるのに、まだ悲しいの?」とかのたまつた輩がゐるのである。
しかもこの輩、自分の子供の運動会だの入学式だのなんだのの時は絶対休みを取るやうな輩である。
♯ちなみに仕事はできる。

はつきり云つて、その後会つてゐないのでなんだが、今度会つたら思ひつきり無視してしまひさうな予感がする。

……ま、仕事があるといふことは喜ばしいことなのである。
絶対さうなのである。
さう思はないとやつていかれない。

Monday, 15 August 2005

黒い手帳

MOLESKINE と出会つたのは、去年の十月十六日、KNIT OUT で六本木ヒルズへ行つた時のことである。
KNIT OUT といふのはあみもののイヴェントで、簡単に云ふとみんなで外で編まうよ、といつたところか。この時は紡績会社各社が無料でマフラ一本分の毛糸を配り、クロバーがKNIT OUT 用に棒針を作成・これまた無料配布して、大盛況のイヴェントになつた。

十月といふのにその日はとにかく寒くて途中で退散したのだが、この時ふらつと立ち寄つた店にMOLESKINE があつた。

これまた前回書いたが、黒くて質実剛健といつた外見に惹かれたものの、ピカソだのヘミングウェイだのといつた Big Name を連ねた惹句がついてゐて、正直云つてちよつと浮ついた手帳かと思つた。
しかも価格がまたちよつと破格である。

そんなわけで悩んだが、結局この日購入した。
以来、ほぼ毎日持ち歩き、ほぼ毎日こちよこちよ記入してゐる。
最初の頃はタチカワの新ペン先で横書きしてゐた。そのうち萬年筆で書くやうになつて、気がついたら縦書きになつてゐた。
よくよく見ると、あみもののゲージを取つた記録とか、「休みのあひだにこれはやりたい」といふやうな箇条書きがあつたりする。多分手元にあつた紙がこれだつたのだらう。

だが、主な内容はほんたうに「つれづれ書き」といつたところだ。

くどいやうだが、毎日の日誌はほぼ日手帳や三年手帳に書いてゐる。
両方に共通してゐるのは、一日一ページ(ただしもちろん三年手帳は一ページに三年分書けるやうになつてゐる)といふことだ。
つまり、書き込む内容が日付にしばられてしまふのである。

だが、日々考へてゐることといふのは、日付にしばられてゐることばかりとは限らない。数日間にわたつて、時には数ヶ月数年にわたつてぽつぽつと考へるやうなことだつてある。

また、ひとつの事件について、後になつて詳しい考察を見たり聞いたりすることがあつたりすると、さかのぼつて思ひ出しながら書いたりする。

まあ、前も書いたやうに、「どーして萬年筆で下らないことをつらつらと書いてゐると楽しいのか知らん」といつたくだらないことも多いのだが。

やはりこの手帳、手放せないのである。

毎日持ち歩いてゐるのに、くたびれた感じがしないところもいいね。

Sunday, 14 August 2005

西の国に参ります

つまり「死にます」といふことだ。
だが玄奘三蔵は帰つてきた。
さぞかし屈強なお坊さんだつたのだらう。

といふわけで、最近「西遊記」を読んでゐる。岩波文庫版だ。

最初、「こんなに読みやすかつたかなあ」と思つたら、訳者がかはつてゐたんだね。世間知らずですまん。

しかし今更ながらに思ふのだが、よくぞ悟空や悟能や悟浄はあの三蔵についていつたよなあ。だつてはつきりいつて「バカ」ぢやん。
……いや、実際はさうではなかつたのだらうが、「西遊記」に出てくる玄奘三蔵はとにかく手に負へない「困つたちやん」である。これなら天界を騒がせてゐたころの悟空の方がなんぼかましなやうな気になつてくるから不思議だ。

でもまあ、「嬰児」なんぢや仕方がないか。

それにしても長い物語つていいよね。読んでも読んでも先があつて。
もう年とつて長い話を読む体力はないかと思つてゐたがさうでもないらしい。
よかつたよかつた。

Saturday, 13 August 2005

この年になつて

念入りに情けないが。
人見知りをする。

会社に入つて二年目くらゐの時だつたらうか。
「某部長、人見知りするんだよな」
と、愚痴を垂れてゐた営業担当と某部長の部下がゐた。

「……さうか、社会人になつたら人見知りしちやいけないのか」

といふのが、とにかく心的圧力になつてゐた。

しかし、社会人になると出会ふ相手は大抵大人である。
すなはち、こちらが話下手だつたりなんだりしても、なんだか一応つきあつてくだすつたりするのである。

だから問題は、私的な場で初対面の人に会ふ時に発生する。

人見知りの原因は、やはり過剰すぎるほどに過剰な自意識のせゐだらうか。

この年になつてもうほんと、情けないやらはづかしいやら。
とほほ。

Friday, 12 August 2005

自称

映画はやつがれの中で priority の高いものではない。
従つて、去年あたりは(いそがしかつたせゐもあるが)一度も映画館には行かなかつた。
さらに最近の「映画好き」の人とは話が合はない。
それは自分が映画好きではないせゐであらうと思つてゐた。

だがどうもさうではないらしい。
中野翠の本に、「最近「映画好き」を自称する若者の中にはヴィスコンティの作品をひとつも見たことのないものがゐる」なんぞといふやうなことが書いてあつた。

……ヴィスコンティも見たことがないのに映画好き?

なんてな知つたやうなことは云ひたかないが。

なるほど、昨今の「映画好き」と話が合はない理由はわかつた。

住みにくい世の中になつたなあ……。

i-mode でチケット取り(BlogPet)

広いつてや、つてとかを電話しなかった?
今日は雅亮は、ネットで大きい歌舞伎座やつてを電話しなかった?
今日雅亮は、歌舞伎座を電話しなかった
今日は雅亮は電話かPCからWebサイトを使つて取つてきたよ
今日は雅亮は電話かPCかを電話しなかったよ
とか思ってるの。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ちゃっくん」が書きました。

Thursday, 11 August 2005

i-mode でチケット取り

これまで歌舞伎座の席は電話か PC から Web サイトを使つて取つてきた。

松竹チケットフォンの PC 版 Web サイトの作りははつきり云つて最低である。
なにがいけないつて Flash を使つてゐるといふのが許しがたい。

今回職場がかはつて、PC でネットにつなげないし電話はないしといふので、i-mode からはじめて席をおさへてみた。

これが、案外よかつたのである。

PC や電話だと、「混み合つてゐるのでしばらくお待ち下さい」といはれるのに、i-mode だとそれがない。
その上さくさくと処理が進む。
しかも心なしかいつもより席がいい。

いやー、いいわ、i-mode で席取り。

といふわけで、すつかり味を占めてしまつたのである。

ま、今回たまたまスムースだつたといふこともあるのでね。
来月もう一度試してみるつもり。

Wednesday, 10 August 2005

100冊の MOLESKINE

MOLESKINE を買ふと、「MOLESKINE の伝説」みたやうな文章を印刷した紙がはさまつてくる。伊太利語をはじめ、英語・独逸語・仏蘭西語等等で同じことが(おそらく)書いてある。
最近はこれに日本語訳も加はつたやうだ。

中に、豪州に渡る前に MOLESKINE を 100冊買ひ占めた人の話が出てくる。もう MOLESKINE の製造をする人もなく、手に入るだけ購入したとある。といふことは 100冊入手することはかなはなかつたのだらうか。このあたり、よくわからない。
いづれにしても、その人にはそれでは足りなかつた、とある。

さうかあ、100冊でも(いや、100冊かどうかはわからないのだが)足りないのかあ。

現在、一冊目の MOLESKINE を使つてゐる。やうやつと半分くらゐまで書いたところだらうか。
達人はいろいろ貼付けたりなんだりして大変上手に活用なさつてゐるやうだが。
工夫の足りないやつがれはとにかくその時思ひついたことを思ひつくままに書き連ねてゐるばかりである。ここに書き込むことの大半は、日々MOLESKINE に書いたことから引つ張つてくることが多い。
仕事に疲れてくると、「かうして萬年筆(大抵はファーバーカステル)でぐだぐだつまんないこと書いてる時が楽しいんだよねー」とか、もう書くまでもないやうなことを書いたりしてゐる。

……はつきり云つて「ブタに真珠」「猫に小判」の見本みたやうな感じである。

しかし、ま、楽しいからいつか。

こんななので、きつと一生かかつても 100冊も使ひつぶすことはあるまい。うむ。

Tuesday, 09 August 2005

喉が痛い……

古巣に戻つて二日。
喉が痛い。

さういへば、この職場にゐたころは龍角散ののど飴を手放せずにゐたものだつた。もう真夏でも「喉がひりひりする」たらちふてひたすら飴をなめてゐた。

もともと呼吸器系には自信がないので、年とつて弱いところにきたかな、と思つてゐた。当時はもう月月火水木金金といつた生活だつたし、毎日午前様で三時間くらゐしか寝てなかつたし、当然徹夜もあつたし、家に帰れないこともあつたし、さうしたストレスが喉にきたのだと思つてゐた。

どうやらちがつたらしい。
あの建物自体がおそらくやつがれの喉によくないにちがひない。

……ま、長くても一ヶ月の辛抱だ。
さう思ふことにする。

Monday, 08 August 2005

ピンチ

今日から古巣に戻つたわけだが。

なななんと、PDA の持込が禁止事項になつてゐるではないかっっっ。

せ、せつかく A5、入れたのにぃぃぃぃ(>_<)。

最初に思ひ浮かんだ手が「Treo 650 でごまかす」だつたあたり、もう終はつてますね。

さう、それはなんですかときかれたら、携帯電話ですつて答へる、と。
んぢやあ電話番号教へてつて云はれたら、「……これ、電話かけられないんです」つて答へ………………

……それぢやあ意味ないやんっっ。

そんなわけで、お客さんにお願ひしてみやうかなあ、と。
どうもネットワークにつなげられると問題になるみたやうだし。
Tungsten|C や Treo 650 ではお客さんの環境ではネットワークへの接続は絶対無理だからね。

……え、M1000?
さうなんだよねー、携帯電話の調子も悪いんだよねえ。とほほ。

Sunday, 07 August 2005

復活の Jornada

といふわけで。
Jornada 720 を復活させた。
うをー、ほんとにこんなキーボードで打つてたんかいな。
打つてたんだよなあ。

Jornada 720 を購入した当時つて実はちよつと副業をやつてて、どうしても長文を打てる小さなマシンが必要だつたのだ。
そのあたりは昔の日誌に詳しい。なぜシグマリオンではなく Jornada にしたのか、とかね。

今はちよつとした文章なら Tungsten|C で打つし、電車の中では片手で Treo 650 で打つたりしてゐる。そんな状態なので、もう Jornada 720 は必要ないかと思つてゐた。

たつたひとつだけ、Jornada ではできて Tungsten|C や Treo650 ではできないことがあつた。

それは、京ぽんこと AH-K3001V での通信である。

長いこと、Jornada 720 では京ぽんと通信できないと思ひ込んできた。
実はこの weblog にも「Jornada 京ぽん」で検索してくる人がゐる。きつとなにかないかなあと求めてのことだと思ふが、やつがれも何度も検索をかけて結局有益な情報はなにもみつからなかつた。

答へは意外なところからみつかつた。

なんの気なしに「シグマリオン 京ポン」で検索をかけてみたらこはいかに。
Jornada と AH-K3001V で通信できる方法について書いてあるではないか。

えうは、SUNTAC の i-Card type F1(CS64CF) と、このカード用の AIR-EDGE PHONE 接続用ケーブルを入手すればいいのである。
あとはカードを Jornada にさしてケーブルをつなぎ、AH-K3001V を接続すれば……

Tadaaah!!

接続できてしまふのである。

といふわけで、これも Jornada で打つてゐる。

しばらくは Jornada を持ち歩いてみる予定。

……また荷物が重たくなるな。とほほ。

A5!!!

ずつと気になつてはゐたのだ。
あちらこちらの Palm サイトで話題になつてゐるこの Palmware のことが。

なぜ気になつてゐたのか。
それは、完了した ToDo を完了した日に表示してくれさうな気がしたからだつた。

かつて DateBK3 を使用してゐた時、この機能があるので「しなければならないこと」「したいこと」は予定ではなく ToDo で管理するやうになつてゐた。
つい先日も書いたやうに、Newton MessagePad ではじめて ToDo を使ふやうになり、任務を終へた時にチェックするのが異様に楽しかつた。チェックする時に、「任務完了」といつた気分になつた。

その後、KsDateBook を使ふやうになつて、「繰越」予定を ToDo のかはりに使はうとした時期もあつた。でもダメだつた。だつてそれぢやあチェックをつける喜びがない。

ずつと導入しやうと思ひ、しかし、ちよつとそれどころぢやない日々が続いてゐた。

月曜日から新たな職場にうつるといふこの時期になり、「この機会に導入してみるか」と入れてみたらこはいかに。

ほんとに完了した ToDo を完了した日に表示してくれるぢやあないか。

しかも、こまかくいろいろ設定できるといふのがまたやつがれ好みである。
……実はやつがれ、どちらかといふと default のままであれこれ使へるものの方が好きなのだが、A5 は別。設定をあれこれ変へてゐて楽しいからだ。ちよつと色を変へるだけ、ちよつとアイコンを変へるだけ、ちよつと表示方式を変へるだけのことが、こんなに楽しいなんて……。
うーん。明日からの仕事が楽しみになつてきたぞ。

ちよつと自分用にリンクを貼付けておくことにしやう。

sambon さんの MyPalm は Keyboard 付き
ミカンさんの Visor と Mac の小部屋にあるユーザガイド

Saturday, 06 August 2005

秋冬新作

実際にはあみものとかあみものとかあみものとかしてゐるわけだが。
それはすべてこちらに書いてあるので割愛。

さうすると、ほんたうになにもしてゐないなあ。
しなくては、と思ふのだが、かう暑くてはなにもする気にならない。
世の中そろそろ秋冬の新作毛糸も出そろつて、手持ちの糸の棚卸しもしなければならない。これはまあぼちぼちやつてはゐる。

ところで秋冬の新作毛糸といへば気になることがひとつある。
もう各社ともほぼ出そろつてゐるかとは思ふのだが、ただ一つ、カネボウだけは出てゐない。

まあまだ時間もあるのでこれから出るのか、やはりもう出ないのか。
それが大変気にかかる。

やれ粉飾決済だなんだとにぎやかなことだが。
やつがれにとつてはカネボウは「よい毛糸を作つてゐる会社」である。

今年の春夏までは新作が出てゐたと思ふので、
「なんだかんだいつて本来の仕事である紡績の方も続けていつてくれるのか知らん」
と思つてゐたのだが。

どうやらあまかつたやうだ。

春夏糸でいふと、ニットメイト(かつてはコットンシャンブルといつたと思ふ)なんて大好きなんだがなあ。
昨今の毛糸だまは40gが主流だが、昔から出してる毛糸で50gものを残してくれてたりして、大変好きだつたりするのだが。

しかし、会社がああいふことになつてしまつてはもう新作は望めないのかもしれない。
去年の秋冬、今年の春夏と新作が拝めただけでもよしとしなければならないのかもしれない。

紡績に関してはよその会社に売るといふ話もあつたが。
さうなつたとしても、毛糸は是非続けてほしいなあ。
特にニットメイトはなくさないでほしいものである。

個人の勝手な物言ひで御免。

Friday, 05 August 2005

Motivation

今週はここまで仕事の話ばかりだな。
といふわけで、今日もさうである。

今日で職場をおさらばといふことで、残る人々が送別会を開いてくだすつた。
「しなくてもいいよ」と伝へてはゐたのだが、さういふわけにもいかないのだらう。
情けは人のためならずとも云ふ。
きつと自分が去る時になにもないとさみしいよ、といふ人が多いのだらう。

社からマネージャもやつてきて、話は「motivation」のことになつた。

「どうもうちのグループは motivation があがらない」

んださうである。

それは前から聞かされてゐたことで、客先常駐組と社内組とのあひだで「温度差がある」といふこととともに問題視されてゐることだつた。
ま、どちらも同根の問題のやうな気がするがね。

もとい。

普段なら大人しく聞いてゐるだけのやつがれなのだが。
酒の勢ひといふのはおそろしい。
思はず一席ぶつてしまつた。

「motivation なんか上げなくてもいい。上げたものは必ず下がる。それよりはいつも平常心で仕事に臨む方が重要」
と。

すると、

「イチローも同じこと云つてましたよ」

だつてさ。

パクつたな、イチローっっ!
♯ちがひます。

しかし、あのイチローもさう云つてゐるといふことで、なんとなく心強い後ろ盾ができたやうな気分になるやつがれもどーよといつたところか。

そんなわけで、まあ次の職場でも「平常心」を合ひ言葉にやつていきたいと思ふ。

と日記には書いておかう。

そして案の定荷物は大変重かつたよ。とほほ。

ずるいよ(BlogPet)

今日は広い作者と尽きとか文庫などを出版すればよかった?
「あらこんな出版社の文庫でこんな作者の本が」
と、手にしたのが
今日は、ネットでつてことかしたのが
今日は広い作者とか、大きい作者の本が
今日は広い作者とか、大きい作者と尽きとか文庫などを出版すればよかった?
だって♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ちゃっくん」が書きました。

Thursday, 04 August 2005

Minimum

いつになく仕事のことばかり書いてしまつてゐるが。
まあほかに書くことがない、といふのが本当のところではある。
あみもの関連の話は KnitTatCrochet に書くことにしてしまつたしな。

ところで、職場をうつることになるといふことは、荷物も移動しなければならない。
今回の職場ではそんなに長居をすることもなからうといふので、必要最小限のものしか持ち込んでゐなかつた。これまでなら宅配便で書籍や文房具などを配達してもらつてゐたが、それほどの量はない。ただノートパソコンを持ち込んでゐたりして、重たいものが最後に残ることになる。

といふわけで、最後の日となる明日は、できるだけ普段の荷物を減らして行きたい。

実は普段持ち歩く鞄がずつしりと重たいやつがれである。
モバイラのはずなのになぜ、とも思ふが、モバイラだからこそ必要なものはあれこれ持ち歩きたい性分なのであらう。

そんなわけで、まづ手帳。
普段は、ほぼ日手帳、三年手帳、モールスキンと持ち歩いてゐる。
♯ここにRhodia は入らない。用途が違ふからだ。
必要最小限となると、日付もはいつて予定も書きやすいほぼ日手帳になるだらうといつも思つてゐたのだが。
今回やつがれが選択したのはモールスキン。
愛用してゐるのは無地のもので、これが実はいいのである。
無地といふことは、なんでも書けるわけだ。
いや、まあ日付がはいつてゐたり罫線があつたりしてもなんでも書けるわけだが、無地の手帳を前にすると「うわー、なに書いてもいいんだ」といふ気になるから不思議である。
♯やつがれだけですか。さうですか。

それに、普段愛用してゐる萬年筆と実に相性がいいこともある。インキの乾きも心無しか早い気がするし。
ほぼ日手帳に使用されてゐる紙も大変素晴らしいのだが、如何せんインキのフローがよい萬年筆で書き込むと紙がしはしは〜となることと、インキの乾きが若干悪いことが気になる。
三年手帳は一度に書き込めるスペースが少なすぎる。

といふわけで、MOLESKINE を選択。

さて、お次は Palm だが。
休日、軽装で遊びに行く時には Treo650 だけを持参する。Tungsten|C はおうちでお留守番。
さういふ使ひわけなのだが。
今回に限つては Tungsten|C だ。
なぜと云はれると困るが、なんとなく Tungsten|C には仕事仕様といふ印象があるせゐであらう。やつがれの Treo650 は実に安定してゐて(そりやさうだ。Palmware をろくろくなにも入れてゐないもの)、さうした面で不安があるわけではないのだが、なぜか business scene では頼れる Tungsten|C なのである。

あとはカード入れやらノートやらごつそり抜く。

するとあら不思議。
鞄を持てばすつきり軽い。
♯……「世の中には不思議なことなどなにもないのだよ」

いつもこんな感じで出勤したいなあと思ふほどである。

明日の帰りはこれにノートパソコンやら職場で使用してゐたノート群やらが入ることになる。
はてさて、どうなることやら。

Wednesday, 03 August 2005

信じることは嫌いだけれど

先週先々週と平日帰宅後はもうまつたくなにもする気にならなかつたやつがれである。
あみものさへまつたくしなかつたといふ体たらく。

だが今週に入つてからといふもの、帰宅時間はほとんどかはわないものの、なんとなく気持ちに余裕が出て来たやうである。一昨日から帰宅後にあみものを手に取るやうになつた。

今回の職場からはもうお呼びはかからないだらうな、なんぞと思ひつつ、次も短期間だし、その先どうしやうかな、なんぞと考へながら糸を繰り針を動かす。
いはゆる「来し方行く末」に思ひをはせるとはかういふことか。
あみものをしながらさうしたことを考へるといふのは実に似つかはしい感じがしてよい。

なんだかいつでもばたばたわたわたしてゐる仕事にはふりこまれるせゐだらう、これといつた技術は身に付かないのだが、ただ一つだけ、「どうにもならないことを期限までになんとかする」といふすべには長けてゐる気がする。

もちろん、「どうにもならないこと」はそれ以上どうにもならないことが多いので、実際には「誤摩化す」ことになるのかもしれないが、しかし、それとてできるとできないとでは大違ひだ。

この技術(といつていいものやら……)は、他人に教へやうとして教へられるものではないし、また教はらうとして教はれるものでもないやうに思ふ。

先日、ほぼ日手帳に掲載されてゐる引用文を読んでゐたら、「えうはできると信じることだ」みたやうなことが書いてあつた。

なるほど。

実は何かにつけ「信じる」ことが嫌いなやつがれである。
なにかを信じてゐる人といふのは往々にしてやたらと押しつけがましいからだ。さらに、なにかを信じてゐる人はこれまた往々にして他人の云ふことに耳を傾けないことも多い。
だつたらいつそのこと「なにも信じない」方がなんぼかマシ。
さう思つてゐる。

だが、考へてみれば、もうどうにもならない作業に従事する時に「それでもなんとかしなければならない」と思ふ一方で、「できるはずだ」と信じてゐる自分がゐるのかもしれない。

Tuesday, 02 August 2005

ToDo 大好き その二

さて、ToDo を打ち込んだところまではよかつた。
Tungsten|C に打ち込んで、Treo 650 にも転送した。

これで万全と思つてゐたのだが。

死角があつた。

あまりにもやることが多過ぎて、しよつ中電源を入れて確認するやうなのである。

もちろん、Tungsten|C にしても Treo 650 にしてもかなり電池はもつ方なのだが、細かい作業を一つ終へては確認し、また作業をし乍ら確認し、といふのはさほど効率的とは思へない。

そこで取り入出しましたる Rhodia である。

ここに、とりあへず今日やることだけ書き連ね、終はつたらチェックする。
進行状況も残りの作業も一瞥で見て取れる。
時間のあいた時やちよいと気分転換したい時に Tungsten|C を取り出して、まとめてチェックをつければ完成。

Rhodia に書いたメモは終はつたら捨てるが、ちやんと Palm の方に履歴が残る。
この「履歴が残る」といふのがやつがれには重要である。
来週からの新たな仕事も短期間で終はるもので、さうするともうすぐに引き継ぎ作業が発生することになる。
かうした時に「先月はどれくらゐでどんな作業をしたかな」と確認できる。これが大事。

そんな感じで、実際はもうほとんどパニック状態に陥りながら、日々勤めてゐる。

これくらゐの楽しみがなけりや、やつてられませんよ、ほんと。

Monday, 01 August 2005

ToDo 大好き

先週末が release、そして今週一杯で引継ぎを終へなければならない。

まああまり大きな聲では云へないけれども、先週は最後の最後まで release 作業に割かねばならなかつた。実は今週第二弾があつたりするので、完全に終はつたわけではない。
当然、引継ぎ作業なんてあーたもう、てな状況である。

時節柄夏休みに入つてしまふ人も多いし、さうすると挨拶回りの順番も考へねばならない。
とにかくやることがあり過ぎて、考へるだけで脳みそが沸騰しさうになる。

そんなわけで取り出しましたる Tungsten|C、ToDo にやらねばならないことをとにかく打ち込んでみる。
打ち込んで、日付をわりふつて、優先順位をつける。
いやー、ToDo、いいね。やつがれ、Newton MessagePad を購入した時にはじめて「ToDo」なるものを使ふやうになつたのだが、終はつた時にチェックする、これが楽しみでならない。
KsDateBook だと「繰越」予定にすることで ToDo と似たやうな使ひ方ができるやうになつてゐる。これだと終了した日に予定が表示されていいのだが、なんとなく馴染めずにゐる。

チェックする楽しみがないせゐであらう。

ToDo だと、チェックした途端に消へてしまふわけで、これだけが不満だつたりする。
もちろん、「完了した項目を表示する」やうに設定しておけばいいのだが、さうすると画面が見づらくなるといふ弊害がある。
終了した日の予定欄に ToDo を表示してくれる置き換へ Palmware もあつたやうに思ふのだが……DateBkがさうだつたかなあ。

ま、いづれにしても、思ひつくたびに打ち込み、優先順位をつけかへるなんてな作業をする時は、ほんと、Palm が役に立つのであつた。

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