日誌と予定表
結局「超」整理手帳も予定表としては使はなくなつたやつがれだが。
今年は日誌として、ほぼ日手帳、三年手帳、MOLESKINEと三つを併用して今に至る。
いづれどれかは使はなくなるだらうと思つてゐたのだが、案に相違していづれも続いてゐる。
MOLESKINE には毎日書くわけではない。思い立つた時に書く。
やはり「日誌」といふところがデカいんだらう。小学生だつて日記を書いて提出しろとは云はれるが、今後一ヶ月の予定をたてて提出しろとは云はれない。出すとしたら精精夏休みの予定くらゐである。予定をたてるのと日々の行動記録をつけるのと、どちらが馴染みが深いかといへば、これはもう断然後者なのである。
また。
ほぼ日手帳と三年手帳は記入内容はほとんど一緒である。あたりまへだが。
日誌の場合、この内容が多少ズレてもあまり問題はない。実は全然問題なかつたりする。
たとへば庄司薫はかつて建前の日記と本音の日記をつけてゐたことがあつたといふ。どんな内容だつたのかは定かではないが、同じことをまつたくちがふやうに書いたものだらうと推測する。日記にはさういふのもありなのだ。
だが予定だとどうだらう。あちらとこちらに書いた予定がちがつてゐたら? どちらを信じればいいのか。
まあそれは自分の中での取り決めといふ話もあるが、それでもまごつくこともあるだらう。
やはり予定は一元管理だなあ、と思ふ次第である。
建前の予定と本音の予定といふのはおもしろさうではあるけれど。
ところで、MOLESKINE には日付にかかはらないことを書き込んでゐる。
毎日ほぼ日手帳や三年手帳にあれこれ書き散らしてまだなにか書くことがあるのか、と我ながら思ふ。
あるんだよねえ、これが。
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