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Wednesday, 23 February 2005

世は IDIC

また「週刊将棋」を買つてしまつた。

瀬川晶司アマとアマチュアからプロへの参入に関する記事が掲載されてゐると聞き、例によって読んでもほとんどわからないのに手にとつてしまつたといふ寸法。

奨励会を経ずしてプロになる方法を新規に作ることについては、現役プロ棋士の方々は概ね反対なのだらうか。
編集サイドからは「パイの分け前が減るから」といふやうな記述が見られた。

ところで、瀬川アマくらゐプロ相手に勝つてゐれば、将棋界のことなどなにも知らない向きには「プロになれて当然でせう」と考へるものと思ふし、実際将棋をまつたく知らない人にこの話をするとさういふ反応がかへつてくる。勝率は七割を超えるといふし、トッププロをも下してゐるのだから、世間の人は「なんでなれないの?」と云ふに決まってゐる。
あるいは「なんでプロになる道がないの?」と。

もし「パイの分け前」だけが問題なのだとしたら、中途からプロになれる道を作つてもそんなに問題はないんぢやないかと思ふ。なぜなら、その道を通ることを許されるだけの力量を持つたアマチュアがそんなにたくさんゐるとは思へないからだ。

その一方で奨励会での現行の年齢制限には賛成だ。将棋指しとして生きていけないのだつたらなるべく早いうちに別の道に行けるやうにする必要がある。実際のところどうなのかは知らないが、奨励会員には将棋一筋で生きてきた人も多からう。さういふ人に四十の声を聞くやうになつてから新たな職業を探せといふのは酷といふものだ。そもそもそれまでほとんど口を糊する道もなく生活するといふことがすでに無理といふ話もある。

ひとつ懸念があるとすれば、将棋界は多様性への道を閉ざさうとしてゐるといふことだ。
多様性を許容しない種族は滅びるのみである。

この問題を考へてゐて、今週に入つてから SONY が CLIE の最新機種をもう出さないことが話題になつてゐることを思ひ起こした。いはゆる Palm Community に所属する日参サイトでこのことに触れないものはなく、非常に話題性が高いやうな気分になるが、目を外に転じるとこのことについて語るものはない。やつがれも家族や Palm 使ひではない友人とはこのことについて話すことはない。

将棋界が憂えるべきなのは、将棋界一の大問題が世間ではまつたく話題にのぼらないことだらう。
その上多様性をも排除するとなれば、ゆくすゑは見えてゐる。

ちなみに IDIC とは Infinite Diversity in Infinite Combination の略。
詳細は「スタートレック」関連サイトで是非。

Tuesday, 22 February 2005

最近のタティングレース事情(やつがれ篇)

最近タティングレースで作品を仕上げてゐないと書き続けて幾星霜。

以前書いた Friendship Celtic Bracelet を今も手がけてゐる。

四つのシャトルを使ひわけることもあつて、一日一模様がやつとである。
だが、だんだん模様をきれいに作れるやうになつてきて、とつても楽しい。

自分にはむつかし過ぎるかもしれないといふ課題をなんとかできるやうになるといふのはいくつになつてもいいものだなあ。これを「ちやりらりら〜な気分」と呼んでゐる。その心は「やつがれはシャトルの四つ使ひを覚えた。やつがれのレヴェルがあがつた」つてなところだらうか。
年を経るとなかなかこの「ちやりらりら〜な気分」になることが少なくなつてくる。

ま、レヴェルとしてはまだまだなんだけどね。元々不器用だからこれは致し方ない。

ところでこの Bracelet、色合ひは大変にうつくしいのだが、あまりにも派手すぎる。
いつたいたれがどこで使ふのだらうか……
謎は深まるばかりでございます。

Monday, 21 February 2005

エロイカ

ベートーヴェンの「金」を聴きにいつてきた。
#「金」→「Au」→「英雄」→「交響曲第三番」

演奏会なんて何年ぶりだらう。ブロムシュテット最後の来日といふ噂を耳にして重たい腰をあげたのだが。

いや〜、無理して行つてよかつた。最高。
アンコール(エグモント序曲)が終はつて拍手してゐる時、「このまま天井が落ちてきて圧死したりしても、それはそれで一局だなあ」としみじみ。

「英雄」を聴くのも久しぶりだ。我が家にも媒体がないわけではないのだが、ここのところとんとご無沙汰してゐる。主に音楽を iPod で聴くようになつたからだと思ふ。今のところクラシックはハードディスクに落としてゐないからだ。
……一部を除いて。

「英雄」のやうに聴きつくしたやうな曲だと、聴いて満足するといふことがなかなかない。
それは、自分の中に自分の「英雄」があるからだ。ここはもつとゆつくり、ここはもつと急いで、ここはたつぷりと演奏してここはあつさりやりすごす。そんな基準が自分の中にある。
また個人的には「エグモント序曲」ではトップを吹いたので、それなりに勉強した曲だと思つてゐる。
さうすると、実際の演奏に相対したときに、「……な〜んかちがふ」といふ感想を抱いてしまふやうになる。はなはだ僭越だとは思へども。

だが今回の演奏はそんな小さな点に頓着することのないやうないいものだつた。

「満足」といふことばをなるべく使はないやうにしてゐる。
それは「あきらめる」に似てゐるからである。

しかし今回ばかりは心から「満足」といふことばを使ひたい。

あ〜、これでまた演奏会通ひがはじまつちやつたらどーするよ。
と、チトうれしい悩み。
#でも懐は真冬。

Sunday, 20 February 2005

今週の大河ドラマ

ぼんやり大河ドラマを見る。
くどいやうだが、やつぱり平幹だよなあ。
今年の主役は平幹だと思ふ。
去年くらゐは、「え、来年の大河ドラマの主役つて、吉田義男ぢやないの?」なんぞとほざいてゐたやつがれだが、あれですよ、今年の真の主役は平幹。ぜ〜んぶ後白河法皇の陰謀だつたといふことでひとつ。

これまたくどいやうだが「主役まはりが学芸会」は、これ、致し方のないことかと先日語り合つた。
「武蔵」の時は新之助(当時)と米倉涼子とのあひだにあまりにも差がありすぎて見てゐてつらかつた、といふ話が出てな。
そこいくと今年はどちらも学芸会だからさういふ意味では安定してゐる。

ところで髻事件は小松殿が報復することになるのだらうか。ま、実際はさうだつたらしいけど、ここはやつぱり清盛にやつてほしいよな。さういふことしさうだもん、あの軽そげな清盛。んで小松殿に諌められるところが見たい。だいたいそこが小松殿の見せ場ぢやんよ。かういふのがあるから、後々小松殿が死んだときに「早死にするのは善人だけ」といふ悲しみも出やうといふものだ。なんでさういふところを削るかなあ、アホちやふか?
そもそも清盛が小田急線東海大学前駅の前名の音読みである以上、このまま総領息子を先に失ふことになつてもお涙頂戴な展開にならないことは火を見るより明らかである。だつて小田急線東海大学前駅以下略だから、視聴者どつちらけ確定だもの。だつたら少しは悲しくなるやうなエピソードをやつておかないとさあ。コケるで、あんたら。
……なんぞと書いておいてちやんと清盛が報復してくれればやつがれは云ふことありません。是非。頼むよ。

もとい、なんといふか威厳がないんだよなあ、清盛。自分でやつててあれでいいと思つてるのかなあ。思つてるんだらうなあ。まあ監督がよしとするんだから仕方ないか。
それにしても宗盛・惟盛・資盛あたりの配役は実に見事である。これだけぴつたりの配役ができるのにどうして清盛はああなのかのう。いや、清盛一人ではなけねども。

とはいふものの、主役の甲冑姿に人気があつまつてゐるといふ噂もきく。
なんでも鎧甲冑姿といふのは小柄な人の方が似合ふのださうな。えうするにチビの方がいいといふことである。

まあいろいろ文句はつきねど、それもすべては平幹一人で解消されてしまふのでお手軽。
つてーか平幹さへ出てゐなかつたら、この時間を自分の好きに使へるのになあ、とちよつと思はないでもない。
今後夏木マリが出てくるらしいが……願はくばキィキィ声で喋るやうな役ではないことを。もちつと声の抑制がきくといいのにな、夏木マリ。

Saturday, 19 February 2005

入力環境の整備

今更だが Tungsten|C に POBox と大富豪(?)辞書を入れてみた。

今まで入れてなかつたのは、Tre 90 の時に POBox の導入がうまくいかなかつたからである。
それで躊躇してゐたのだが、やつてみたら案に相違の簡単さ。
そらさうだよな。初代カラクリこと CLIE PEG-S500C には POBox 入れてゐて、この時はなんにも苦労しなかつたし。

初代カラクリはなにかと悪評高いが、やつがれにとつてはまつたく問題のない PDA だつた。最初の Palm機 PalmIII とどちらをよく使つたかといふと、壊れるまで使つたといふ点では初代カラクリの勝ちかもしれない。
この時はメモリの関係で大きな辞書は入れられなかつた。最小の辞書を入れて、日々鍛えた。
この辞書を鍛える作業が実に楽しかつた。
POBox を使へば使ふほど、辞書が鍛えられていく。入力すれば入力するほどこちらの思ひとほりの候補があがつてくるやうになる。
チト育成シミュレーションゲームを楽しんでゐるやうな気持ちに似てゐる。

しかし。
今回はメモリに十分余裕があるので贅沢に大富豪(?)辞書を利用。
さすが大富豪(?)辞書、最初から候補に不満がない。出てこないなと思つても少し探せばすぐに目標のことばが見つかる。
うーん、すばらしい。

そして、育成シミュレーションゲームの趣もちやんと残してゐる。
入力すれば入力するほどやつがれ好みの候補が出てくるやうになる。場合によつてはほとんど候補を選ぶだけで文章ができあがつたりする。
うーん、実に楽しい。

だがそんな POBox + 大富豪(?)辞書にもひとつだけ弱点がある。
それはやつがれのやうなかな遣ひに今ひとつ対応できてゐないといふ点だ。
え、あたりまへだつて? うむ、さうだよな。あたりまへである。
同じやうな伝で、かうした日記やメイルにはとても向いてゐるかもしれないが、文学作品などには不向きかもしれないといふのがある。
試しに「山月記」の冒頭部分を打ち込んでみたが、大変の大変ぢやないのつて……。大変でした。

ま、普通はそんな使ひ方はしないか。

そんなわけで、文字入力が段違ひに快適になつた。
ますます手放せない。
そんな感じである。

Friday, 18 February 2005

神の思し召しか

ちよつとたちなほれないくらゐ落ち込んでゐる。

行き着けの手芸屋が毛糸の棚の大粛清^H^H^H大縮小をおこなつたのである。

どうしても編みたいものがあり、手持ちの毛糸では編めないことが判明してゐたので、残業もそこそこに手芸屋に向かつたのだが。

毛糸の棚が移動してをり、種類が圧倒的に少なくなつてゐるではないか。
ああ、ヲレの愛するあの毛糸もあの糸もなくなつてゐる……(T^T)。

え、もう春だから毛糸の季節は終はりだらうつて?
でもこれまでは春夏の糸を秋冬と同じくらゐの広さの場所で商つてゐたのだ。

確かに。
「毛糸だま」の春号を見たときになんとなくイヤな予感はしてゐた。
掲載作品に使はれてゐる糸のうち、新作の割合が少ないやうな気がしたのである。
たいていあみもの雑誌なんぞに出てくる糸といふのは新作が多い。売りたいものな。
それが見慣れた名前の糸を使つてゐる作品が多くて「おや?」と思つた。

……今年は春夏の新作も少ないのかもしれない。

まあ会社としてはあるていど新作を出さないと経営が立ち行かないこともあらうと思ふ。売れる見込みもないのに新しい雑誌を出版するやうなものなんぢやないかな、と。
だからそんなに心配する必要もないのかもれしない。

でもそれにしたつてさあ……ぶつぶつ。

ほんたうはブリティッシュ・エロイカかクイーン・アニーのボルドー色みたやうなのがほしかつたのだが。
気がついたらダイヤエポカの灰色を手にしてゐるやつがれ。
ほかになかつたんだつてば(/_;)。

それにしてもかうして毛糸はなくなつていくのだらうか。
もう通信販売で入手するしかなくなつていくのだらうか。
でも実物を見て触つてから買ひたいのになあ。

るるるるる。
春も近いといふのに、心は秋のゆふぐれ。

Thursday, 17 February 2005

たれか翻訳してくれないか

「ハゲタカは舞い降りた」読了。
去年の暮れくらゐからずつとこの作者のシリーズを読んでゐた。たまたまこの第四作「ハゲタカは舞い降りた」が出版されたばかりかなにかで平積みになつてをり、「坂田靖子推薦」といふやうな惹句が帯におどつてゐたからである。表紙絵も坂田靖子が担当してゐて、三作目以降は巻末にあとがきのやうなものも描いてゐる。

さう、坂田靖子が好きである。ご自身の Web ページなどもあるのでご興味のあるむきには是非。
Web ページに行くとわかると思ふのだが、文章が大変に読みやすい。頭のいい人なんだらうなあ。

しかし。

このシリーズ、翻訳がどうにもかうにもである。
翻訳、といつていいのかどうかさへ定かではない。
はたしてこれは日本語なのだらうか。
とにかく文章がぎこちない。なんでこれで編集がよしとしてゐるのか、まつこと不思議である。担当の編集者も日本語がわからないのだらうか?

え、やつがれ風情に云はれたくない?
そいつあ近頃面目次第もござんせんな。
けれども「ヲレに訳させろっっっ」と何度思つたことか。

だつて話自体はつまらなくないのだから。

だのにあの訳はいつたいなんなのだ。

ハヤカワ文庫だと、ドートマンダーシリーズにも同様のことが云へる。
こちらも内容はおもしろい。絶対におもしろいのである。
だが、嗚呼、翻訳のなんとお粗末なことよ。

シリーズだから次の巻は別の人が訳してないかな、とか期待するとまづ裏切られることになる。
シリーズだから回を追ふごとにましになるかといふと、これまた裏切られることになる。

そもそも、文章の途中にかつこ書きでの説明が多いつてどーよ。そのくせ tar (UNIX コマンドだよ) のことは「タール」と書いて何も注釈なしに済ませるその神経がわからん。
あ、さうか、翻訳家の神経を持つてゐないのか。
かはいさうになあ。
だつたらなんでそんな輩を雇つておくのか、早川書房っっ。

まあ百歩譲つて、原作の文章が非常にわかりづらいものであるとしやう(エンターテインメントでそんなことがあるとはチト考へづらいが)。
それにしたつてひどすぎる。見開き二ページで「ん?」と思はないことがないんだぜ。

確かにやつがれはここのところ翻訳ミステリから遠ざかつてはゐたが、今の世の中つてこんなにひどいんだらうか?

おそらく、ここに働いてゐる原理は「早からう悪からう」なんだらう。
新潮文庫の「羊たちの沈黙」を読んだ時もその翻訳のお粗末さに目を覆はんばかりであつたが、あれはきつと封切に間に合はせたいといふ気持ちと少しでもコストを抑へたいといふ気持ちが新潮社側にあつたのだらう。「レールデュタン」も調べられないやうな輩に翻訳家がつとまると思ふ方がどうかしてゐる。
それと、縁故でないと雇ひたくないといふ気持ちがあるんだらうな。縁故と考へればかほどにひどい翻訳が世に出回るわけもわからうといふものだ。

「エラリー・クイーン読本」に、「クイーンの作品はあちこちの出版社から出てゐます。どれがお勧めですか」といふやうな質問が載つてゐた。回答には、「古めかしくても訳は(比較的)忠実な創元推理文庫、役は新しいが精度はいまいちのハヤカワ文庫」といふやうな文章が見られた。今創元推理文庫の「Xの悲劇」を読んでゐて、これはこれでどうかと思ふやうな部分もあるけれども、それは当時の翻訳本全体に云へることだからことさらこれをあげつらふつもりはない。少なくとも「ハゲタカは舞い降りた」の訳者とは雲泥の差だし。

いいものを読まうと思つたら原書にあたるしかない、といふことだらうか。
それともたまたまやつがれの読む本に限つて翻訳がひどいのだらうか。

逆に云ふと、出版翻訳を目指す人のうち、特に推理小説を訳したい人には絶好の機会とも云へる。
だつてね、読んでて頭にきますぜ、ほんと。
あとは売り込む道を模索するだけなんぢやないかな。
そして安心して読めるやうな本を出してくれい。頼むで、ほんま。

Wednesday, 16 February 2005

手荒れとタティングレース

ここのところ指先が荒れてこまつてゐる。
なぜか利き手の指ばかりが荒れてさうぢやない方は気になるほどではない。

なぜ指先が荒れると困るのか。
それは絹糸がひつかかるからである。

なぜ絹糸かといふと、タティングレースに絹糸を使ふからだ。

今、Jane Eborall がデザインした Celtic Bracelet に挑戦中である。シャトルを四つ使ふことと、Celtic Design といふことでレースの鎖(chain とか bridge とかいふもの)と鎖が交差したりしてなにかと気を遣ふパターンである。
ビーズをあしらふことになつてゐるので、絹穴糸を使つてゐる。別段綿の糸でも問題はないかもしれないが、ビーズを入れてゐるとアイロンがかけられないのでな。

ちなみに絹穴糸は去年の暮れ京都で購入した都羽根のものを使用してゐる。懲りずに「ピッコロカラーヴァリエーション」である。ビーズは以前の客先に通つてゐたころ職場近くの手芸屋で購入した丸小相当のもの。前にかぎ針編みでビーズを編みこんだチューブを作つたが、この時使つたビーズと同じやうな色合ひで、今使つてゐるものの方が少し淡い感じ。基本的には青系なのだと思ふが、見る角度によつて色がちがふのが特徴。紫系の糸に通したらますますきれいに見えてこの点だけはご満悦。

Jane Eborall の手によるタティングレースのパターンは、シャトルを四つ以上使ふものが結構ある。また、タティングレースは「Open Work」の一種といはれることもあつて空間が大きいものが多いのが常だが、その空間が小さかつたりほとんどなかつたりするものが多い。動物ものなど楽しいパターンが多いのも特徴か。
また、ビーズやスパンコール、ボタンをあしらつたものが多い。ボタン使ひはいつかやりたいと思つてボタンだけは用意してあるんだが……とほほ。

Tuesday, 15 February 2005

Tungsten|C とほぼ日手帳

最近は Tungsten|C よりもほぼ日手帳を見た方が行動を見渡せる時がある。
おそらく予定よりも過去の実績を見たい場合が多いからだらう。

ほぼ日手帳はほとんど日記と化してゐる。以前も書いたが、時間軸のある方に起床・外出・出勤・退勤・帰宅・就寝のそれぞれの時間を書き込み、さらに予定のある日はその予定の時間も書く。予定は開始の時間だけ書いて、終了時間は実際に終はつた時間を書くことが多い。
たとへば会議なんぞの時も開始時間と終了時間をつけておく。これをやつておくと、後々予定をたてる時に役立つやうになる。これこれかういふ会議はだいたいこれくらゐかかる、とかね。或はこの面子だと会議が長引くから要注意、とかね。

予定だけなら Tungsten|C を見た方がわかりやすい。Tungsten|C の方が予定を入力しやすいからだ。客先常駐で予定が入るとしたら決まつた相手との会議であり、また、相手の都合でなにかと変はる予定を移動させる必要があることを考へると、ここはやはり Digital Gadget の出番なのである。
以前は、変更されたり取り消されたりした予定をそれとわかるやうに残してゐたのだが、現在の作業形態だと残しておいてもあまり意味がないことに気がついてやめた。変更されたら元の予定はいさぎよく消す。いや、なにもいさぎよくなくてもいいのだが。

これまた以前も書いたけれども、ほぼ日手帳では月間表示ページに予定を書き入れるやうにしてゐる。右端の開いてゐる欄にそれぞれの週のあひだにやらなければならないことや主な予定を入れ、個々のセルにその日の予定を書き入れる。やつがれは「週の始まりは日曜日」と思つてゐるので、このページは使ひづらくて仕方がない。「週の始まりは月曜日」といふのが世間の流れなのだとは思ふが。しかしここはあへて逆らつて行きたいなあ。

さう考へると、ほぼ日手帳だけでやつていけるやうな気もする。
今のところそれほど予定はたてこまないし、主に記録を残すために手帳を持ち歩いてゐるからだ。

では Tungsten|C なしでいけるか、といふと……うーん、多分ムリ。
ムリな理由の一は、際限なく生まれては消へていく(すなはち消化してゆく) ToDo の山、だらうか。
公私ともに日々さまざまな ToDo が発生する。その数はおそらくほぼ日手帳のメモ欄では足りない。
まあはつきり云ふともうくだらないことこのうへない ToDo なんかもあるんだが……しかし記録する時点ではそれとわからぬ時もある。

また、Tungsten|C は小遣帳としての役目も果たしてゐるのでどうにも手放せない。時々ほぼ日小遣帳なんてのがあればいいなあと思つたりする。ほぼ日手帳はなぜか毎日開きたい・毎日書きたい気分にさせる手帳だから、さすがの無精者でも同じやうな小遣帳があつたら毎日つけるんぢやないかと思ふからだ。
Tungsten|C を小遣帳として使ふとなにがいいかといふと、金銭の出入りがあつたらたいていはその場で即入力できる点にある。だいたい小遣帳といふのは一日の最後に記入する。その日領収書が出ないやうな買物をしたやうな場合にその分を入力し忘れたりすることが多い。たとへば自動販売機で缶コーヒー買ふた、とかね。
そこいくと Tungsten|C だつたら(いや、まあほかの PDA でもさうだとは思ふが)、飲み物を買つたらその場で入力なんてなことも可能なのである。すなはちつけ忘れが減る。
小遣帳なんてもなあまとめてつけやうとするからイヤになるんであつて、都度つけていればそんなにたいした問題ぢやあない。
ちなみにやつがれが使つてゐるのは MicroMoney。PalmOS 5 で使ふと時々計算間違ひしてくれるのがご愛嬌だがそこらへんは人力でなんとかしてゐる。フリーウェアでこれ以上の小遣帳 Palmware に出会つたことがないのでそこらへんは仕方がない。

そんなわけで最近は Tungsten|C、ほぼ日手帳、三年手帳、モールスキンを持ち歩いてゐる。
三年手帳とほぼ日手帳に書き込む内容はほぼ同じだが、三年手帳には来年再来年も見返しておもしろいやうなことを書く。モールスキンには三年手帳にもほぼ日手帳にも書ききれなかつたことを書く。
そんな感じ。

Monday, 14 February 2005

月がとつても蒼いから

今の職場のいいところは通勤途中に山が見えることである。
特に途中の駅のホームから見る山は絶景。

……さうとでも思はないと出勤できない Blue Monday.

Sunday, 13 February 2005

本郷猛改めペニー

ヂャンティ織と我が家のあみねこ第一号・ペニーとのショット。
桃色なのでペニーといふ名前にした。もちろんかのレィディ・ペネロープにちなんだ名前である。

ヂャンティ織を前にしたペニー

ヂャンティ織にくるまるペニー

ヂャンティ織にくるまつて気持ちよさげに寝るペニー

計画倒れの三連休

郷田・久保戦を見るために起きる。
どうせ見てもわからないのに、われながらバカだよなあと思ひつつ見る。
途中後手がいい場面もあつたやうに思ふのだが(ほら、わからないから)、先手が凌いだ。
やはり連覇はむづかしいらしい。

三連休中にやるべきことを書きとめてはあるのだが。
結局ほとんど消化できてゐない。
まあそのほかに新しいことをはじめたりしてゐるので差し引きゼロといつたところか。

今日は上記郷田・久保戦を見ながらヂャンティ織をしてゐた。糸は昨日買つてきた ROWAN の KidClassic。ふんはりとしたいい糸である。これをヂャンティ織に使ふと、地は思つたより厚くなつたが、やはりふんはりとして軽くていい。一玉でモチーフもたくさんできさうである。
少し大きめの肩掛けといふか膝掛けがほしい。
編んでもいいのだが、薄く作らうと思つたらヂャンティ織であらう。
さらに、早いうちに仕上げたいので、平織だけで織る予定。クリス織なんぞもほんたうは混ぜたいところなのだが……実は情けないことにうまくできたためしがないのである。クリスラー織なら何とかなつたりするだらうか。むむむ。

いづれにしてもそんなに手間をかけずに作りたいので、平織のみ採用。ただし糸の色はちよこつとかへてみたりする。

先週は出かけてゐたので、土曜日に大河ドラマの再放送を見たりする。
五條大橋は……いいのか、あんなに安つぽくて。あの二人なら安つぽくても仕方がない? さうかなさうかも。
まーいづれにしてもがつかりの出来。「武蔵坊弁慶」の時も五條大橋にはがつかりだつたが……あれは牛若丸が振り向いたら宗吉さん^H^H^H^H川野太郎だつたからだもんな。今回とはがつかりの種類がちがはあ。

まあ。
昨日に関してはとにかく平幹。もう出てくるだけで目が離せない平幹。平幹とかがちやんとやつてるのに主役周りは学芸会レヴェルで、このギャップが今年の大河ドラマ「義経」の魅力なのだらうかね。そんな気もしてきた。平清盛もてーんで存在感ないしな。白石加代子なんか全然手加減してないんぢやないかつてな感じがするよ、主役とか清盛とかうつぼとかが相手でも。いや、あれでもしてるのだらうか。いつたい現場で監督はどういふ時に「よし」としてゐるのか。たいへん疑問である。
さういへば、源三位頼政、出てきたね。さすがに鵺退治はないが(あたりまへか)。それにしても丹波哲郎、痩せたなあ。

今日の放映分には平幹は出てこなかつた(/_;)。しかし、荒川良々、ちよつとよさげ。北原有起哉もいいしな。来週以降、出なくなつてしまふのだらうか。また出番もあるやうな気もするが。
さういへば佐殿登場もあつた。北条家の人々とか。一条大蔵卿のつくり阿呆のかはりは佐殿がになふのだらうか。まあそれでもいいけどさ……ぶつぶつ
♯いけないらしい。

あとちよいと悪げな高島屋に惚れたり。

今年の大河ドラマをかういふ風に見てゐる人はほかにゐないか~。
と、ちよつと虚空にむかつて叫んでみる。

Saturday, 12 February 2005

久しぶりに文楽

久々に文楽へ。二年半ぶりくらゐだらうか。

いろいろ悩んだが、第三部だけ。阿古屋の琴責めと卅三間堂棟由来である。
ほんたうは第二部の沼津なんかも見たかつたのだが……まあよしとしたい。

何を隠さう文楽はよくわからない。ただただあの太棹の響きを聞きたくて行くやうな気がする。
以前、ひどい風邪をひいてゐて、でも文楽の席を取つてあつて、「こんな状態で行つても途中で咳込んだりしたらまはりの人に悪いよな」と行くのをあきらめかけたことがあつた。
だが、咳止めを飲み、無理やり出かけた。
この時、冒頭いきなり三味線のでーんといふ音が腹に響いてたまらない心地になつた。
「ああ、来てよかつた」と心底思つた。
演目はお染久松ものだつた。座席は前方下手寄りといふあまり見やすい位置ではなかつた。いや、「あまり」はぬいてもいいかもしれない。はつきり云つて大変見づらい位置だつた。
だがこの時はその悪条件が吉と出た。上手から久松に手を引かれて出てくるお染ちやん、久松の人形遣ひに隠れてしまつてお染を遣つてゐる人がまつたく見えない状態だつたのだが、この時のお染の愛らしさ、また少し憂いに沈んだやうすといつたら。
まさにお染は生きてゐた。

そんなわけで、通ひづらい場所にあるにもかかはらず、見に行くやうになつた。
さう、国立劇場つて行きづらい場所にあるよね。最寄り駅は地下鉄半蔵門だが、そこから国立劇場に至るまでの道のりがあまり整備されてゐるとはいへない。
といふのは昔の話で今はだいぶましになつてきてはゐるが、それでも夜の部の後なぞはあまりいい感じではない。
さらに半蔵門駅には駅から地上までのあひだにエレヴェータやエスカレータの類がない。足弱のご老人にはこたへやう。
国立劇場の目の前には都バスの停留所もある。しかしバスは道路が混んだら最後といふ話もある。あるいはタキシーか。芝居や文楽のご見物にはタキシーで劇場に乗り付けるくらゐの財力がないとダメ、といふことだらうか。さうなんだらうな。

文楽についてはよくわからないので、「堪能した」としか云ひやうがないのだが……。
文楽公演の客席には他の芝居・芸能に比べて男性の割合が高いといふ特徴がある。
そして、なぜかみな説明したがりであつたりする。
今回も背後の席で老人のつがひと若人のつがひがゐたのだが(わざわざふりかへつて見たりはしてゐないのではつきりとはいへないが)、幕間になるとどちらも自分の連れに一生懸命いろいろ講釈してゐた。
まあさういふのを聞いてゐるのはおもしろいがね。まちがつたことを云つてたりすると、「ああ、教へてさしあげたいっっ」といふ気になつていけねえやな。
たまに対等に芝居や文楽の感想なんぞを語り合つてゐるつがひもゐる。こちらの方が見てゐて微笑ましいといふか、なんだか自然な気がする。
ま、 watcher としてはどちらも興味の対象ではあるのだがね。

とりあへず鶴澤清治の三味線が聞けて満足して帰途に着く。

Friday, 11 February 2005

本郷猛

そんなわけで朝からあみあみ。

最初はプリンセスアニーを 2/0 針で編んでみたが、あまりにも編地がかたくなりすぎた。
そこでいろいろ考へて 6/0 針で編むことにした。いい感じである。
レース編みをはじめて以来とにかく手がきつくなつて困つてゐるので、6/0 くらゐで丁度よいのだらう。
ねこやまさんは合細を 6/0 で編むといふ。さすがにそこまではきつくないかもしれない。編んでみないことにはわからないが。

実はここのところずつと気分が低迷してゐて困つてゐたのだが、原因は判明した。
えうはさういふ時期なのである。やたらと気分が昂揚した後にやつてくるずしりと落ち込んだ時期なのだと思ふ。
かういふ時はどうにもしやうがないので、家でおとなしくしてゐることにする。
まあ大人しくしてゐるなどと云ひつつなんとかして気分を盛り上げやうと無駄な努力もしてはみるのだが、しかしうまくいつたためしがない。却つてうまくいかないことでさらに沈んだ心持になる場合もある。

まあそんな気分で年末に購入した「COWBOY BEBOP」の DVD を見たり、iPod に入れた落語なんぞを聞きながらひたすら編んでみた。

手と足は途中ペレットを入れながら編むのだが、これが思つたとほりむづかしい。むづかしいといふよりは手間、とでも云ふべきか。ちよつと気を抜くと中につめたペレットがこぼれ落ちてしまふからである。小さいから床に落ちたりするとなかなか見つからないしな。

プリンセスアニーは手触りのよい糸で、あみぐるみに向いてゐるのではないかと思ふ。ぬひぐるみだのあみぐるみだのは手触りが命だからだ。
しかし。
全部こま編みで編むのだが。
んー、なんとなく糸の手触りを殺してしまつてゐる気がしないでもない。
やはりここは棒針でメリヤス編みにしたいところだ。

これは以前から考へてゐて、棒針で編んだ方がくてんとした地になるんぢやないか。

といふわけで野望。
あみねこを棒針で編む。

さて、いつこの野望が達成されることやら。

ちなみにこれが我が家のあみねこ一号。

正座するあみねこ

COWBOY BEBOP の DVD BOX の上に座るあみねこ

COWBOY BEBOP の DVD BOX の上にえらさうに座るあみねこ

やはり縫ひ合はせ方にいろいろ課題あり。しかも顔がいびつになつてしまつた。
でもまあそれも愛嬌かな、と。

Thursday, 10 February 2005

あみねこのゐる生活めざして

たうたう。
あみねこ用の毛糸を購入する。

……つい先日「もう糸を増やしてはいけない」と書いたのはたれだつたらうか。

それはともかく。

糸は手持ちのものでもいいが、ペレットが必要である。ペレットといふのは小さくいびつな形をしたガラス玉とでも云はうか、ぬひぐるみのつめものとして使ふ。綿ぢやないの、といふ向きもあるかもしれないが、ペレットは重しとして使ふのだと思ふ。それと鼻用にフェルトも買つてみた。フェルトは使はないかもしれないがな、とは思つたが。

そして糸である。
つてやつぱり買ふわけやね。まあね。
あまり毛糸の種類が豊富といふわけでもない店に行つたので勢ひ選択肢もせばまつてくる。
結局、パピーのプリンセスアニー、グランメリノ、New 4Ply をそれぞれ少しずつ買つてみた。

色合ひはこれまたやつがれらしからぬものである。
プリンセスアニーはピンク、グランメリノはボルドー、New 4Ply は黄色を選んだ。
特にプリンセスアニーのピンクはいかにもピンクといつた色で、まつことやつがれらしからぬ色である。
でもなー、これがいいと思つたんだよなー、ねこ用に。

といふわけで、この三連休でねこをあむであらうことは火を見るより明らかか、と。

問題はうまく縫ひあはせることができるか否かである。

Wednesday, 09 February 2005

派手な帽子

バイアスライン帽子を仕上げる。
使用糸はダイヤミュゼの Col.38。針は八号を使つた。

ダイヤミュゼで編んだ帽子

この帽子は以前から手芸屋の店頭などで見てはゐた。
去年の秋口だつたかおろちさんのところで話題にもなつてゐる(詳細は左のリンクから「不埒な編物三昧」を参照のこと)。

もともと帽子は似合はないと思つてゐてほとんど編んだことがなかつたし、編んでも小さすぎたり大きすぎたりしてなかなかかぶることかなはなかつた。
一昨年の夏、ROWAN DENIM でホリディ・ハットを編み、これが案外よかつたのでそれ以降帽子をいくつか編んでゐる。
特に今の勤務先は自宅周辺より二三度気温が低いので、毛糸の帽子がほしいと思ふことが多い。

そんなわけでこの帽子を編んでみたわけだが……
うーん、ちよつと派手すぎるだらうか。
派手ではあるが色合ひはうつくしいので、編んでゐてとても楽しかつた。大抵やつがれはもつと地味な色合ひかさもなくば青系の色を選ぶのだが、たまには自分の趣味とちがふ色を使つてみるのもいいやうな気がした。

同じ帽子をパピーのミュルティコと野呂栄作のくれよんとで編んでみるつもりである。

Tuesday, 08 February 2005

Born to be Blue

これまで人生ほんたうに無駄に過ごしてきてしまつた。
今更ながらにさう思ふ。

なんかもつと真剣に取り組むべきことがあつたやうな気がする。
遊びほうけてゐた時に勉強しておくんだつたと思ふ。

だからといつてぢやあ昔に戻りたいかといふと、そんなことはない。
あのころはあのころで大変だつたし、戻れたとしても今の反省を生かせるとは思へないからである。どうせまた同じことを繰り返すに決まつてゐる。
中学生の時、ちよつと大変な学級に所属してゐたことがあつた。
大変といつても世の中の荒れた学校に比べれば「ちやんちやらをかしい」やうな大変さではあつたけれども、教師の中には手を焼いてゐた人もあつたらしい。

中でも新卒の国語の教師はえらくご立腹だつたもやうである。
相手が新卒なのでこちらもなめてかかつてゐる。
だが定期試験の前だけは、なんとか試験情報を仕入れやうとする。
これが教師の気に入らない。

何を思つたか件の教師、ある時泣き顔でこんなことを云つた。
「自分はあなたたちくらゐの年頃の時のことを思ひ出しても「もつと勉強しておくんだつた」なんてこれつぽつちも思はない」、と。
なんだか見当はづれな発言なのだが、この時やつがれは「ほんたうにさうだらうか」と訝しく思つた。

ひよつとすると、中学生ではもう遅いのかもしれない。小学生の早い時期に勉強してゐなければ間に合はないのかもしれない。

でもあの教師はさういふことが云ひたかつたんではないだらう。
それはわかるがやはりやつがれは「あのころもつと勉強しておけばよかつたな」と思ふのだ。
「勉強」とは別段授業でやるやうなことばかりではない。いろいろさまざまなこと、少しでも興味を覚えるやうなことをもつと突つ込んで学んでおくんだつたなあ、と、さう思ふのである。

さういへば、「教科書はなにも教へてくれない」といふやうなことを歌つていい気になつてゐる同級生もゐた。
あたりまへである。
こちらから学ばうといふ姿勢なくして、教科書がなにを教へてくれるといふのか。
バッカぢやなかろか。
あ、バカだからいい気になつてたのか。
さうかなさうかも。

などと愚痴をつらねつつ、これからは少しでも無駄のない暮らしを……と思はないでもないのだが。

でも「無駄」つて大切だよね。
昨今はこの大切さがまつたく踏みにじられてゐるやうでチトかなしい。

Monday, 07 February 2005

目指せプロ棋士

瀬川晶司アマがプロになりたいと発言したといふ。
一部ではその噂でもちきりだ。

なんのアマチュアの人がなんのプロになりたいのか。
全然わからんといふ人もゐるだらう。
否、さういふ人の方が多いのではなからうか。

我が家はあげて瀬川さんのファンなのだが、さういふ家庭の方が特殊なのかもしれない。

つい最近まで、囲碁や将棋にプロがゐて対局することで稼いでゐるといふ事実を知らない人が多かつた、とものの本にはある。
一般にはただの遊びなのに、それで暮らしていけるといふのがなかなか理解し難いのだらう。

しかし考へてみればプロスポーツにだつて同じことがいへるはずである。一般には余暇に行なふやうなことを生業にしてゐるといふ点では同じだらう。

そんなわけで、囲碁や将棋のプロになる方法といふのはこれまた知られてゐないのではないかと思ふ。
囲碁に関しては「ヒカルの碁」である程度知れるが、現在の仕組みはかはつてきてゐる。
将棋には……将棋にもいろいろあるとは思ふのだが、「これ」といふものがない。

んでこんなことを書きながらやつがれもよくわかつてゐるわけではない。

にもかかはらず、過去の日誌にこんなことを書いた。

ヴィデオゲームで、「目指せプロ棋士」といふやうなものを作る。
プレイヤは、まづ奨励会員を目指し、三段リーグ入りを目指し、最終的には四段昇段を目標にする。
師匠には、冠になつてくれるといふ奇特なプロ棋士がゐてくれればその棋士に入門するといふのはどうだらうか。
イヴェントとしてこども名人なんかがあつてもいいかもしれないし、タイトル戦の記録係になるなんてのもいい。なんだかわからないけれども、かういふイヴェントをこなすと経験値があがつたりしてね。

基本的には将棋を指すゲームになるとは思ふのだが、そこに少し育成シミュレーションゲームの趣向を取入れるのである。
……つて将棋を指せないと全然先に進まないことまちがひなしのゲームだな。

しかしそこはそれ、チュートリアルを入れてもいいし、ちよこつと詰将棋みたやうなミニゲームを入れてみてもいい。

そんなやうなゲームができないものだらうか。発売されたら即買つちやふけどな。

既に将棋のヴィデオゲームは存在するので、そこに物語性を付加すればいいだけなんぢやないかと思ふのだが……。

しかし将棋のゲームを買はうなんて層にはかういふものは受けないんだらうなあ。

わかつちやゐるが、ちよつと書いてみた。

Sunday, 06 February 2005

毛糸貧乏その後

糸を増やしちやいけないんだぞ、と、みづからに云ひ聞かせて幾星霜。
今日も「やつてもーた」。

だつてだつてだつてー、手芸屋に行つてしまつたんだから、仕方がない。手ぶらで帰るわけにはいかないのである。

いや、手ぶらで帰ればいいことはわかつてゐる。わかつちやゐるけどやめられない。

三月に寒い地方に行くことになつたので、帽子でも編まうといふ気になつた。
そこでダイヤミュゼとパピーのミュルティコ、野呂栄作のくれよんをそれぞれ二玉ずつ購入した。
それぞれバイヤスラインの帽子を編むつもりである。

バイヤスラインの帽子といふのは、確か去年の十一月だか十二月だかの「おしゃれ工房」に出てゐたやうに記憶してゐるが、えうは編地を斜めになるやうに編んで帽子にするものである。
斜めにする方法にもいろいろあると思ふが、今回は表段の最初で増やし目最後で減らし目をする。メリヤス編み二段裏メリヤス編み二段で、表側でメリヤス編みをする時にだけこの増やし目・減らし目をする。

ミュルティコはしぶい色合ひだが、くれよんと特にミュゼは大変に派手な色合ひである。ミュゼはここでいふ「ピッコロカラーヴァリエーション」といつてもいいやうな段染め糸で、特に紫といふかピンクの部分が鮮やかだ。緑色の部分も華やかなところがある。

……こんな派手なの、ほんたうにかぶるんだらうか。
むむむむむ。

といふわけで、早速八号棒針で編み始める。いいぞお、ダイヤミュゼ。編地が軽くてしかもあたたかいといふすばらしい糸である。色合ひも……派手な点を除けば……すてきだしな。

さう、今回気がついたのだが、かういふ明るい色合ひつて編んでゐて楽しい。どちらかといふと暗く無彩色な色を選びがちなのだが、ちよつと考へをあらためやうかといふくらゐである。
問題は、あまりにも楽しいので編むのをやめられないといふことだらうか。

しかし帽子を三つも編んでどうするよ。

ちなみに、がま口用にといふので口金とビーズも買つてみた。レース糸はたくさんあるので見送つた。
……ビーズも見送つてもよささうなものなのだがな。

Saturday, 05 February 2005

カネゴンの母

ビーズを編みこんだかぎ針編みのがま口を作つた。
こま編みでぐるぐる輪に編む一般的なものである。

かぎ針編みのがま口

先月とある手芸屋の閉店セールで口金、ビーズとレース糸を購入してあつた。
レース糸と書いたが、使用したのはアンカーの刺繍糸である。段染めの八番。刺繍糸だからだらうか、編地がとてもやはらかい。以前ダルマのスーピマクロシェで編んだ時は編地がものすごくかたくなつた記憶がある。スーピマクロシェはレース糸の中ではやはらかい方だと思ふので、アンカーの刺繍糸はさらにやはらかいといふことだらう。

最初はこのやはらかさが不安だつたが、編み進めていくうちに、だんだん編地がしつかりしてきた。ビーズを編みこんでゐるからだらう。

ビーズは TOHO の丸大。緑がかつた透明のもので、オーロラコーティングのやうなものがほどこしてあるタイプである。糸自体が段染めでありまたその色が気に入つてゐるので、糸の色を生かせるやうなビーズを選んでみた。
糸が結構細いので、丸小ビーズでもいいかもしれない。その方が軽く仕上がるだらうし。

ところで、sotto voce にも書いたのだが、この丸大ビーズ、糸に通してあるもので、六つくらゐの房になつてゐる。元々は一本の糸にビーズがとほしてあるのだから六つも房のある必要はないが、TOHO ビーズの多くはさうなつてゐる。
これが実に煩はしい。
うまく結んである糸をはづせたためしがないのである。
一度だけうまくいつたことがあるが、それ以外の場合は今回のやうに全部ビーズを使ふ場合であつても仕方なく一房ずつ糸を切つて使用してゐる。さうすると、上にも書いたやうにもともと一本の糸にとほしてあるので下手をすると残りのビーズがざああつとこぼれてしまふこともしばしばだ。

……なんでこんな面倒くさいことをするかなあ。TOHO ビーズにも房にしてゐないものもあるのに。
とにかく土曜の朝から血圧の上がること甚だしい。なんとかしてもらひたいものである。

かぎ針編みのがま口

しかし。
まあできあがつてみればちよつといびつなところがまた愛嬌てな感じのがま口ができたのでよしとしたい。
サイズとしてはうちの楓のかばんにいいつてなところだらうか。持ち手、つけよつかな。

Friday, 04 February 2005

目が溶けるほど眠りたい

かつてのベストセラー「バカの壁」の中に、睡眠時間の大切さについて語つてゐる部分がある。
今の人間は睡眠の大切さを忘れてしまつてゐる、とかなんとかそんなやうなことが書かれてゐたと記憶する。

そのとほりだよなあ、とつくづく思ふ。
わが身を振り返つてみてもさうだ。
今年に入つてから、否、もう去年のいつからか忘れたが、その日のうちに寝たことがない。
思へば今年の目標の一つが「その日のうちに寝る」だつた。

……いつたいなんといふこと。

寝なくてなにか得をすることがあるのか、といふと、なにもない。
万年寝不足で常に頭も身体もぼーつとしてゐるし、根気が続かないし、なんにもやる気がしない。
悪いことづくめである。

それではその日のうちに寝られる時はさうすればいいぢやないかといふ話もあるが、それはそれでストレスがたまる。
やりたいことをやらぬうちに寝なければならないからだ。

やりたいことといふのはあみものだつたり Web の更新だつたりするのだが。

そんなことはふつておいて寝ろ、といふのが正しいのだらう。
だが去年のやうに毎日終電を逃すんぢやないかとはらはらし土日も碌に休めぬやうな仕事をしてゐると、毎日毎日すこしずつでもやりたいことをやつておかないと、どこかで欲求不満が爆発するにちがひない。

このあたりの兼ね合ひをどうとるかが問題になつてくる。

「好きなことを仕事にすればいいぢやあないか」といふ向きもあらう。
さうすればとりあへず仕事をしてゐれば欲求不満はたまらないといふ寸法である。
だがはたしてさうだらうか。
好きなことが仕事になつた途端、ほかのことをしたいといふ欲求が生まれてくるのではなからうか。

なんとか睡眠時間を確保するやうにしたい。来週の連休にでも挑戦してみるつもりである。

Thursday, 03 February 2005

Shuffle Shuffle

夕べ iPod Shuffle がやつてきた。512MB にした。
ストラップ型のアクセサリなども一緒に頼んだのだが、こちらは今月末にならないと来ないらしい。

早速 iTunes など更新して、使つてみる。

とりあへずコートのポケットに入れて使用してみた。全然問題なし。
イヤフォンはついてきたものを使つてゐる。最初は音量の調整くらゐできた方がいいのになあと思つてゐたが、ポケットに手を入れてちよこちよこやればいい話なので、これはこれですつきりしていいかもしれない。

演奏中の曲に関する情報がどこにも出てこないので、まづは聞いただけですぐに演奏家や曲名のわかるものばかりを集めたプレイリストを作り、そこからオートフィルするやうにした。普段iPod 20GB の On the Go リストに入れるやうなものばかりを集めたといへばいいだらうか。

元々 iPod 20GB を所有してゐて、主にシャッフルして使つてゐた。On the Go に自分の好きな曲・今聞きたい曲を登録してシャッフルして聞いてゐたといふわけだ。だから iPod Shuffle にも全然抵抗はない。

印象としては iPod Shuffle と名乗つてゐながらシャッフル機能が少し弱いかな、といつた感じだ。ランダマイザに問題があるのかもしれない。もちつと曲がばらけてもいいのになあ、といふ気がする。オートフィルの元になるプレイリストが偏りすぎてゐるといふこともあるのかもしれないが、それにしても同じ CD に入つてゐる曲が順番に演奏される率が高いんぢやないかなあ。もちつと様子を見てみることにしたい。

Wednesday, 02 February 2005

「ロマンの戦ひ 二人の世界」

久しぶりに「週刊将棋」を購入した。将棋・囲碁関連の本は買はないやうにしてゐる。読んでもほとんどわからないからである。こちらが読んでわかりさうなものだけ、ちよこつとずつ入手する。そんな感じ。

それではなぜ買つてしまつたのかといふと、どうしても王将戦第三局のやうすが知りたかつたからである。
普段は土曜の昼に「囲碁将棋ジャーナル」を見てわかつたつもりになるのだが、先週は「走れメルス」に行つたので見られなかつたのだつた。ま、どーせやつがれが見たつてなにがなにやらだらうけどねー、と思ひつつ、何気なく「週刊将棋」の裏一面を見やつたところ、上記の惹句である。

まー、いつたいなにがあるんだよつてな感じの見出しだよね。

記事の概略はといふと、「今週金曜日から棋王戦がはじまるよ。谷川浩司棋王対羽生善治王位・王座だよ」と、それだけのことである。
それだけのことなんだがなあ。


てなわけで、内輪では今年の棋王戦のことをこの見出しで呼ぶやうになつてしまつた。
恨むぞ。

Tuesday, 01 February 2005

マフラ完成

Shadow knitting scarf をしあげた。
Shadow Knitting Scarf From Now-You-Can-See View
使用糸は ROWAN の Wool Cotton。色は August と Goblin。ここでいふところの「ピッコロカラー・ヴァリエーション」である。使用針は四号。Vivian Hoxbro の _Shadow Knitting_ では Wool Cotton と Noro Silk Garden で編んであるマフラである。

都合五玉ほど使つただらうか。
基本的にメリヤス編みとガーター編みなので技術的にむづかしいことはない。
問題は、Shadow Knitting の常としてかなりきつめに編むので、編む量が増えがちといふことか。

ROWAN の Wool Cotton は大変よい糸で、編んでゐて実に楽しい。やはり糸がいいと編む時の気分がちがふ。ガーター編みのうね(ridge)もきれいに出るので、Shadow Knitting 向きともいへる。
但し、Shadow Knitting に用ゐるにはちよつと糸が太いだらうか。250g 程度のマフラなのだが、なんとなく重たい感じに仕上がつた。最近 Wendy さんのところでちよつと話題になつた ROWAN Wool and Cotton だつたらもしかすると太さとしては Shadow Knitting 向きだつたかもしれない。まあ実物にお目にかかる機会はないと思ふので憶測でしか書けないが。
あと Wool Cotton で問題になるとしたらお手入れだらう。ドライクリーニングに出すか泡で洗へ、とある。水に浸けてはいけないらしい。
……どないせえつちふんぢや。

さう、手編みの常として、かうしたお手入れが問題になることが多い。
最近は家庭用ドライクリーニングだかなんだかの洗剤といふのが出てゐて、それを愛用してゐる。基本的には手洗ひで、毛糸のラベルに Machine washable とある時は洗濯機を使ふ。
これで今のところ失敗したことはないのだが、それは一応毛糸のラベルに洗面器といはうか、桶のやうなマークがついてゐる場合に限る。えうは「手洗ひ可能」といふものだ。
水に浸けちやいけないんぢやなあ。どうしたもんだらう。

Shadow Knitting Scarf overview

毛と綿が 50% ずつの糸なので、もしかするとあまりあたたかくないかもしれないと思つたが、結構長く編んだのでぐるぐる巻けばそんなに気にならないやうだ。逆に電車の中や建物の中など暑すぎる場所に対応できるといふ利点がある。
また、編地がチクチクしないのがとてもいい。人によつては刺激を感じることもあるかもしれないけれども、やつがれは大丈夫だつた。

Shadow Knitting に関しては、「やはり段数リングなり目数リングは使つた方がいい」と思つた。
今回はまつたく使はないで編んだのだが、二模様に最低でも一度は編みなほしてゐるやうな状態だつたからである。手がなれてくると間違ひも増える。つてそれはやつがれだけだらうか。

また、Shadow Knitting は楽しい。マフラなど、長くなつてくると先の方に模様が見え隠れしてて編んでゐても張り合ひがある。

あとは比較的細い糸を使用すると思ふので、編む量が増えるのが特徴だらうか。やつがれのやうに手の遅い編み手には向かない技法だと思ひつつ、実は Small Shawl も編んでゐる。ショールの方を先にはじめたのだが、まだ半分も編めてゐない。ショールは Jaeger MatchMaker Merino 4Ply で編んでゐて、マフラとちがつて編地はかなりかるい感じである。
春が来る前に編み終はるとは到底思へないのだが……ま、いつか。

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