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Tuesday, 08 February 2005

Born to be Blue

これまで人生ほんたうに無駄に過ごしてきてしまつた。
今更ながらにさう思ふ。

なんかもつと真剣に取り組むべきことがあつたやうな気がする。
遊びほうけてゐた時に勉強しておくんだつたと思ふ。

だからといつてぢやあ昔に戻りたいかといふと、そんなことはない。
あのころはあのころで大変だつたし、戻れたとしても今の反省を生かせるとは思へないからである。どうせまた同じことを繰り返すに決まつてゐる。
中学生の時、ちよつと大変な学級に所属してゐたことがあつた。
大変といつても世の中の荒れた学校に比べれば「ちやんちやらをかしい」やうな大変さではあつたけれども、教師の中には手を焼いてゐた人もあつたらしい。

中でも新卒の国語の教師はえらくご立腹だつたもやうである。
相手が新卒なのでこちらもなめてかかつてゐる。
だが定期試験の前だけは、なんとか試験情報を仕入れやうとする。
これが教師の気に入らない。

何を思つたか件の教師、ある時泣き顔でこんなことを云つた。
「自分はあなたたちくらゐの年頃の時のことを思ひ出しても「もつと勉強しておくんだつた」なんてこれつぽつちも思はない」、と。
なんだか見当はづれな発言なのだが、この時やつがれは「ほんたうにさうだらうか」と訝しく思つた。

ひよつとすると、中学生ではもう遅いのかもしれない。小学生の早い時期に勉強してゐなければ間に合はないのかもしれない。

でもあの教師はさういふことが云ひたかつたんではないだらう。
それはわかるがやはりやつがれは「あのころもつと勉強しておけばよかつたな」と思ふのだ。
「勉強」とは別段授業でやるやうなことばかりではない。いろいろさまざまなこと、少しでも興味を覚えるやうなことをもつと突つ込んで学んでおくんだつたなあ、と、さう思ふのである。

さういへば、「教科書はなにも教へてくれない」といふやうなことを歌つていい気になつてゐる同級生もゐた。
あたりまへである。
こちらから学ばうといふ姿勢なくして、教科書がなにを教へてくれるといふのか。
バッカぢやなかろか。
あ、バカだからいい気になつてたのか。
さうかなさうかも。

などと愚痴をつらねつつ、これからは少しでも無駄のない暮らしを……と思はないでもないのだが。

でも「無駄」つて大切だよね。
昨今はこの大切さがまつたく踏みにじられてゐるやうでチトかなしい。

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