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Tuesday, 14 December 2004

ただ見てゐただけなのに

討ち入りの今日、詰将棋の本を買つた。二冊目である。

一冊目は子供向きの本で、一手詰めからはじまり七手詰めまで載つてゐる。買つたのは将棋にはまつた直後だつたと思ふので、一昨年だらうか。
まはりに一緒に指してくれる人がゐるわけでもなし、自分ひとりでなんとかするには詰将棋をするくらゐしか思ひつかなかつたのである。

まつたく将棋を指したことのない人間にはときに一手詰めでさへどうにもならないことも多い。三手詰めになるともうお手上げだ。

そんなわけで、一冊目ははふりだしてしまつた。

今回また突然詰将棋を解くつもりになつて、その時の本をひつぱりだしてこやうかとも思つたのだが、つい新しい本を買つてしまつた。「内藤國雄 著」とあるのに惹かれたからである。

世の中の詰将棋の本には大きくわけて三通りあると思ふ。
ひとつはいはゆる詰将棋作家やその団体が出した本。
プロの将棋指しが問題をみつくろつた(ことになつてゐる)本。
そして、プロの将棋指しが問題を作つた本。

「著」とあるからは内藤國雄九段が作つた問題が出てゐるのであらう。

プロの将棋指しにも二通りあるやうだ。
ひとつは詰将棋を作る人。
もうひとつは詰将棋は作らない人。

おそらく詰将棋を解かない(あるいは解いたことのない)プロ棋士はゐないだらうと思ふので(昨今はさうでもないのだらうか)、かういふくくりになる。

内藤九段は前者の代表といつたところか。

詰将棋をまた解かうと思つたきつかけは、この内藤九段と米永邦雄永世棋聖の対談集「勝負師」を読んだからだつた。
中に、「将棋はダメ。詰将棋になるともつとダメ」といふやうな発言があつて、さみしくなつたのである。
先生方、頼みますよ、冗談でも「将棋はダメ」なんておつしやらないでくださいまし。
そんな気持ちもあつた。

だがそれだけで新たな本を買ひ求めやうとは思はなかつた。
最初の問題が解けたら買ふことにしてゐた。
こども向けの問題でさへ歯が立たなかつたやつがれである。将棋を指したことすらないやつがれである。
それが級位者向けとはいへ段に手がとどかうかといふ人向けの詰将棋が解けるものなのかどうか。
自信がなかつた。

店頭で一問目を見て、これが解けてしまつた。
なるほど、かうやつて客を呼ぶのか。
さう思つて、買ふことにした。
ちなみに一問目は数問は一手詰め、そのあと三手詰め、五手詰めと続き、最後は十余手詰めまで出てゐる。

解いてゐて、びつくりしたことがある。
なんと、三手詰めも半分くらゐは解けるのだつた。
そして、かつてはまつたく歯の立たなかつた五手詰めにも解けるものがあつたのである。
これにはわれながら驚いた。

くどいやうだが、やつがれ、将棋は指したことがない。チェスも同様。
なにかしてゐることがあるとすれば、精々テレビで対局のやうすを見るくらゐである。
Treo に 棋譜 for Palm が入つてゐて自分でおこした棋譜が数点入つてゐたりするが、これを見たからといつて指したことのない人間にはどうもぴんとこないといふのが正直なところだつたりする。とはいふものの、それはそれで楽しいんだけれどね。

すなはち、普段ぼんやり見てゐる対局とその解説が身になつてゐるとしか考へられないのである。

さらに、ある発見をした。
指したことがないからだらう、大駒を捨てるのに抵抗がない。もう飛車だらうが角だらうがばんばん捨て駒にしてしまへる。
実際に指すやうになつたらかうはいかないんだらうなあ。

今あの時はふりだした本を見たら、結構解ける問題があるのかもしれない。探してみやうかな。

そんなわけで、将棋は、さらにいへば詰将棋は、全然ダメぢやあないんですよ。
多分ね。

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