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Sunday, 21 November 2004

大河ドラマが苦手なわけ

今年の大河ドラマは今のところ欠かさず見てゐる。
欠かしてはゐないが、途中あまり気の入つてゐなかつた時もあつて、記憶曖昧な部分もある。

ところで先月くらゐだらうか、やつと「なんで大河ドラマが好きではないか」を思ひ出した。
主人公が一様に「いい人」だからである。

大河ドラマの主人公はみんな「いい人」だ。
そして、なぜか必ず「農民に対してやさしい」といふどこかの国の政治家みたやうな特徴をもつ。
「生かさず殺さず」なんて人間扱ひしてなかつた徳川家康だつて大河ドラマの主役になると、農民に対してえらく善政をしいたやうな人になつてしまふし(しかも大阪の陣では「どうにかして秀頼と淀の方を助けたい」とか云ひ出すこまつたちやんになつてしまふ)、さうなれば「米将軍」だつて負けてはゐない。

なんだなんだ、この状態は。

幸ひなことに(?)今年の大河ドラマの主人公は農民出身なので、今までの主人公のやうに「農民が農民の生活が」とか云つたりしない。この点については、今年は大河ドラマの中ではましなものだつたといへる。

だが。

うーん、これはあくまでもやつがれの印象なのだが、今年の大河ドラマの主人公になつた人物は、御直参に取り立てられた時点で既に「ヲレはえらいんだぜ」風をふかしてゐたのではないかと思ふのである。
つまり、それまでの「同志」を「家来」のやうに扱ひはじめてゐたのではないか、と考へてゐる。
どうやら来週あたり、さういふ面が出てくるらしいのだが、それでは既に遅い。もつと前から、多分「御直参」に取り立てられる以前から、さういふえばつたやうなところがあつたんではないか。
そんな気がするのである。

時々思ふのだが、明智光秀や細川ガラシャ夫人が主役の話に出てくる織田信長か、逆に織田信長が主役の話に出てくる明智光秀が主役の大河ドラマがあればいいのになあ、と思ふ。
明智光秀やその娘が主人公の話に出てくる織田信長といふのはたいていものすごくどうしやうもない人物である。織田信長が主人公の話に出てくる明智光秀といふのはたいていなんだかイヤミでネクラなおつさんである。
実際の織田信長や明智光秀にはおそらくさういふ面もあつたのだらうと思ふ。全部が全部さうだつたのではないかもしれないが、しかし、負の面も確かにあつたらう。

だが、大河ドラマの主人公になると、さういふ負の面闇の面はまつたくといつていいほど描かれないままに終はる。
そして、「誰某はそんなことしないっっ」といふ誤つた(だが発言者にとつては正しい)認識をする人が増えるのである。

ちなみにやつがれ、明智光秀が主人公の話に出てくる織田信長の方が、信長主人公の話に出てくる方より好きである。

しかしそんな人物が主人公ではNHKが視聴者に想定してゐるやうな層からの支持はますます下がるだらうなあ。

なんで悪人が主人公だと認めてもらへないんだらう。
このあたりの嗜好は柴錬の「地べたから物申す」に影響されてるんだらうなあ。とほほ。

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