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Saturday, 10 July 2004

芝居見て愚痴云ひ帰る半可通

先日とある店で「やさしく歌つて」のカヴァヴァージョンとおぼしき歌を耳にした。
途中、あまりのいやらしさにあはててその店を出た。

何がいやらしいつてなんだかやたらと思ひ入れたつぷりなのである。
それもさはり(……と書くと正しい意味にとつてもらへないだらうか)の部分を、だ。
想像してみてほしい。かなりいやらしいことにならないだらうか。
人間、ヘンに色気を出すとかやうなことに相成る。

そこで思ひ出したことがある。

市川笑也といふ歌舞伎俳優がゐる。
笑也、この「やさしく歌つて」カヴァヴァージョンとまつたく同じことを舞台でやる。
たとへば一番「うわー(>_<)」と思つたのは「ぢいさんばあさん」の若夫婦は妻役で出てきた時のこと。
この若夫婦は「ぢいさんばあさん」のタイトルロール(……とはいはないか(^_^;))のぢいさん・伊織とばあさん・るんの甥夫婦で、わけあつて長いこと家をあけてゐるぢいさんばあさん宅の留守を守つてゐた。
それが本来の主であるぢいさんばあさんが帰つてくるといふので家を掃除してあとは二人の到着を待つばかり、といつたところで幕が開く。
当然この家で生活をしてゐたわけだから、家にまつはる思ひ出も多い。
そこで妻、「思ひ出深いおうちです」といふやうなせりふを口にする。
この時笑也、「思ひ出深ぁい」といふではないか。
耳にした途端、背筋がぞつとした。なんていやらしい「ぁ」だらう。
普通に「思ひ出深い」でいいではないか。なぜそこで余分な「ぁ」を入れる。
そしてなぜまはりの客はみなこんな最低のせりふまはしを聞いて平気でゐられるのだらう。
席を蹴立てて帰らうか、あるいは二等席ではあるけれども、禁断の掛け声「大根っっっ」を叫んでその場を去らうか……
そのくらゐな勢ひであつた。
それ以来どうしても笑也は好きになれない。
ちなみに後に同じ芝居の同じ役を中村芝雀で見た。さすが京屋、きちんと「思ひ出深い」と云つてなんの問題もなかつた。役者はかくあるべし。

えうは。
笑也はただ「思ひ出深い」と云ふだけではなにも表現できない程度の俳優だつた、と。
さういふことだと今では思つてゐる。

ただし、これはおそらく笑也だけの罪ではあるまい。
きちんと確かめたわけではないが、多分に笑也の師匠である猿之助のせりふまはしもかうなのだらうと思はれる。
ただ猿之助の場合は幼い頃からさうで、あるいは彼自身の生理としてさう云はざるを得ないやうな状態なので聞いてゐても不自然には思はれないのではないだらうか。
笑也はその師匠の真似をして、まだ身についてゐない段階なのでいやらしく聞こえてしまつた、と。
さういふことだつたのではあるまいか。

とはいふものの、やはり余分に「ぁ」などとせりふをのばすのは好きではない。
澤瀉屋には「さうしないと見物にはわからない」と思つてゐるやうな節もみえる。

あまり客をバカにおしでない。

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