猊下
この世の中……もといあの世(「あの世」といふものがあるのであれば)の中で……やつがれが「猊下」とお呼びするのはただ一人。
アルマン・ジャン・ド・プレシのリシュリュー枢機卿である。
……といつたところで、本邦における猊下の知名度はどれくらゐなのか、気になつたので検索してみた。
Google では 3,680件と出たが、しかし、猊下のことばかりかといふと……。
なんたつて世の中には「カーディナル・ド・リシュリュー」といふ猊下の名前を冠した薔薇だつて存在するのである。
さういへば _Paris When it Sizzled_ こと「パリで一緒に」でオードリー・ヘップバーンが飼つてゐる赤い小鳥の名前も「リシュリュー」であつた。
猊下が有名な所以はやはり「三銃士」に出てくるから、であらう。
また、それと知らずして猊下を見てゐる人もゐるかもしれない。
猊下が「空飛ぶモンティ・パイソン」のオープニング・アニメに登場してゐるのをご存知だらうか。
フィリップ・ド・シャンパーニュ(……であつてるのかなあ。「フィリップ・ド・シャンパン」かもしれない)描く猊下の肖像画がこれに出てゐるのである。
さういへばマイケル・ペイリン(パリン?)演じる猊下といふのもあつた。裁判に証人として登場したり、物まねしたりする。
といふわけで、おそらく海の向かうでは猊下はもちつと有名人なのだらうと思ふ。
たとへば海のあちらめりけんでは、中高生を対象にした読み物に猊下が登場する。
「独裁政治とは」とか「絶対主義とは」みたやうな内容の本には必ず冒頭に猊下が出てくる。
どうやら猊下、近代的な独裁政治・絶対主義の始祖といつた扱ひなのだね。
ちなみに同じ本で猊下の次に出てくるのがオリヴァー・クロムウェルだつたりする。
ところで、本邦で猊下といへば政治家といつた面ばかりが強調されるが、実は病跡学的にもかなりおもしろさうな人物であることは意外と知られてゐない。
相手は猊下だから、当時猊下に反感を抱いてゐた人々があることないこと(ないことないこと?)吹聴してまはつた結果なのかもしれないが、しかし、ちよいと看過できないほどおもしろい。
猊下は幼少のころより病弱で、成人するまで生きてゐられないだらうと云はれたほどだつたといふが、どうも病んでゐたのは躯だけではなかつたらしいのだ。
たとへば、自分を馬だと信じ込んで四つん這ひになつて執務室中をかけまはつた、だとか。
その延長で背中に貴族の若君や姫君を乗せたまま走つた、だとか。
さらにはその若君や姫君に自分を鞭打たせた、とか。
ただの醜聞?
政敵からのいやがらせ?
さうねさうかも。
だが、フィリップ・ド・シャンパーニュだかシャンパンだかの描いた猊下の肖像画を見てゐると、
「……確かにこの人、さういふことしたかも」
といふ気になつてくるから不思議だ。
といふわけで、もしルーブル美術館かナショナル・ギャラリーを訪れることがあつたなら、是非、猊下の肖像画を御覧あれ。
そして、「この人……さうだつたのかも」と想像(妄想?)されたし。
……つてーか最近「猊下」つて尊称、聞かないよな。
ま、いつけど。
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