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Friday, 04 June 2004

Heute Ha-Ha-Habe Ich Geburtstag

今更だが引きこもり願望が強い。
どれくらゐ強いかといふと、「なんでヲレは引きこもれないんだらう」と思ふくらゐ強い。

……たいしたことないか(^_^;)。

中学生の頃だつたと思ふが、授業で少しだけ「桃花源記」を学んだ。
この時に国語の教師が「帰去来辞」をこれまた少しだけ紹介してくれた。
「帰りなん いざ」
ああ、帰りたい。今すぐ帰つて部屋にこもつたまま過ごしたい。

陶潜字は淵明の真意などはまつたく汲まず(あるいは「汲めず」)、強くさう思つたものである。

今考へてみれば、街中育ち(都会、ではない。どちらかといへば田舎だ)のやつがれが、田園生活に戻りたいと思ふわけがない。田園生活とはやつがれにとつては未知の生活だ。「帰りなん、いざ」といつて戻る場所ではない。

引きこもり願望は強いまま年を重ねてしまつた。
だがいくら引きこもりたいといつても家にゐては食ひ扶持は稼げない。
そんなわけだから仕方なく外に出てはゐる。出てはゐるけれど、心はいつでも Homeward bound, I wish I were だつたり、I am a rock, I am an island. だつたりするわけだ。

よく引きこもりの問題は引きこもりたくないのに引きこもつてしまふことにあるといふ。
なんたる贅沢。
ここに引きこもりたくても引きこもれない人間がゐるといふのに。

そんなわけで、引きこもつてゐる人々でも携帯電話やPCで外の世界とつながることができ、やがてはほんたうに外に出られるやうになつたりする、といふ話を聞いても、
「それはもともと引きこもりたくなくて引きこもつてる人々の話でせう」
と思つてしまふ。

引きこもりたくて引きこもる人間の書いたものといふのは、ネットでの書き込みやメイルであつても、それと他者に知れるものなのだらう。

ネットに接続するやうになつたころ、足繁く通つて書き込みをしてゐたことがあるが、つひぞ同じやうに集ふ人から連絡をもらつたことはなかつた。こちらからも連絡するわけがないので、それはさういふものなのだと思つてゐたが、世の中、さうではなかつた。
ちやーんと、個別に連絡をとりあつてなかよくしてゐる人々もゐた。
まー「ネット婚」といふのもあるわけだから、ネットで出会つた縁でオフネットでもつきあひがはじまるといふのは男女の仲に限らずあることなのだらうとは思つてゐたけれども、しかし、よくあることなのだとは思つてゐなかつた。
そして、遅まきながら気がついたのである。
ネット上で人付き合ひのいい人はオフネットでも当然のやうにさうなのである、といふことに。

従つて、実生活で人付き合ひの悪いやつがれがネット上で突然人付き合ひがよくなるなんぞといふことはまづあり得ないことなのだ。

ネットにつなぐやうになつてかなり早い段階でそれに気がついたやつがれは、だから特にWeb Ring等には参加してゐないし、リンクを張る場合はいはゆる「こつそリンク」ばかりである。
よほどのことがないと巡回してゐるサイトのBBSに書き込んだりはしないし(友人のサイトなら話は別だが)、ましてやメイルなんぞは出したりしない。ほんたうにただ巡回するだけ。

そして今日もみづからの老後の楽しみとして、かうして読む人もあるのかないのかわからない文章を書いてゐる、と、かういふ寸法なのである。

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