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Wednesday, 30 June 2004

わしゃ、患ふてなぁ

「廓文章」は扇屋夕霧のせりふである。
これが実にいい。

吉原でいへば(おそらく)松の位の太夫職であるところの夕霧である。
この夕霧が患つてゐる。
なぜつて?
それはもちろん間夫・伊左衛門のせゐである。

伊左衛門は藤屋の若旦那だが、夕霧に入れ揚げて火の車、親からは当然勘当されてゐる。
そんなわけで明日は元日といふその日も紙衣一枚のみすぼらしいなりで吉田屋にあらはれる。
一目夕霧に会ひたい。その一心で。

伊左衛門は廓にある吉田屋の主人夫婦にもてなされ、ひとり夕霧を待つ。
夕霧は阿波のお大尽の座敷に出てゐて、伊左衛門はそれをそつと覗きにゆく。
「あれ、夕霧の痩せたこといのう」
伊左衛門はさうつぶやく。

さて、ここで夕霧の登場と相成るわけだが、夕霧は奥の座敷から顔を懐紙で隠しながらやつてくる。
立派な伊達兵庫の鬘に銀の簪がゆらゆら揺れる。紫色の病鉢巻もゆらゆら。時折、細く一房ほつれた毛もゆらゆらしてゐてこれがまたたまらない。
大きな俎板帯を締め、目にも鮮やかな裲襠を羽織つた豪奢な姿なのに、どこか儚げである。

他所のお大尽の座敷に出てゐた夕霧にやきもちをやく伊左衛門は、ひとり炬燵で狸寝入りを決め込んでゐる。
そこへ近寄る夕霧、懐紙を払つて最初の一言が、この
「伊左衛門さん、わしゃ、患ふてなぁ」
である。

ここがよければもうあとは全部OK、と云ひたくなるほどである。

なにがいいつてちよつと甘えたやうな感じがいい。
「ねえ、あなたのせゐなのよ。あたしがこんなんなつちやつたのは」
とでも云ふところを、
「わしゃ、患ふてなぁ」
である。

うーん、痺れる。

このあと、男女の仲にお定まりの「じやらくら」があるのだが、これも「わしゃ……」がよければなんとかなつてしまふやうな気がする。気のせゐ?

「廓文章」には名せりふの数も多く、伊左衛門のせりふにもすてきなものがあるのだが……
それは次回の講釈で。

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Tuesday, 29 June 2004

Nokia 7600 で通話

携帯電話なので、やはり通話は大事か、と。

とはいふものの、やつがれ、ほとんど電話はかけない。
一番かけることが多いのは芝居の席を取る時である。
あとは「今から帰る」の電話くらゐか。
はつきり云つて自宅の固定電話も基本料金だけしか払つてゐないといつても過言ではないほどだ。

やはり「もつとも携帯電話を必要としない人間」の一なのである。

今日は赤外線通信を試みる予定だつたが、チト身辺にはかにあはただしく、断念。
明日もこんな調子だらうから、も少し先のことになると思はれる。

といふわけで、基本の通話である。

こちらの記事で写真を御覧になればなんとなくおわかりかと思ふが、携帯電話を使用する際、送話口から口がかなりはなれてゐる。
そしてやつがれは圧倒的に声が小さい。特に電話に出る時の声の小ささは他の追随を許さないくらゐである。

自慢話(?)はこのくらゐにして、だがしかし、そのやつがれの声をも、Nokia 7600 はちや~んと拾つてくれてゐるやうなのだ。

「やうなのだ」と書いたのは、自分ではよくわからないからである。
今まで NM502i を使つてゐた時は、話す時はわざわざ送話口を口に近づけて話してゐた。余人は知らずやつがれはさうしないとダメだつたやうだ。これまた自分ではどのくらゐ相手に声が届いてゐるのかわからないのでなんとも云へないが。

どうも折り畳み式携帯電話に違和感を覚えてゐたのだが、これでますます「いいや、折り畳み式は」と思ふやうになつてしまふだらう。
ああ、もつと折り畳み式以外の携帯電話が増へるといいんだがなあ。

最後に話題とちよこつとちがふが一言だけ。
佐藤康光棋聖 二連勝おめでたうございます。

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Monday, 28 June 2004

On the Middle of the Road

早速、通勤途中に Nokia 7600 で音楽を聴いてみる。
聞くのは Monty Python と Die Prinzen。
Die Prinzen に関しては音量最小でもまつたく問題ない。
Monty Python は録音年代が古いせゐもあつてか、最小だとチトつらい。
Always Look on the Bright Side of Life や Lumberjack Song の語りの部分、Oliver Cromwell の出だしのピアノソロ部分などはほとんど聞こえない。
しかし、音量を最小から二つあげると(すなはちデフォルト音量にすると)、これがまたチト大きすぎるのだ。
まあ、劇団☆新感線を見に行つていつも耳をやられて帰つてくる人間の云ふことなので、少し大袈裟であると考へてもらつてもいい。どうも人に比べて若干耳が弱いらしいのである。

といふわけで、とりあへず Monty Python とか Die Prinzen を聞いてゐるやうならもう全然文句ない音質だと思ふ。

ちなみに…… Monty Python は今更説明する必要はあるまいが、Die Prinzen には説明が必要だらうか。
Die Prinzen は独逸出身の五人の蛙の王子様……と、いつまでもやつがれは思つてゐるが、二年ほど前に Horn Section をくはえて人数が増へたらしい。
元々の五人は旧東独逸出身で、うち三人は小川さんことバッハで有名な聖トマス教会の聖歌隊出身である。
といふわけで、音楽的基礎のしつかりしたヴォーカルグループ、といへばよからうか。ア・カペラなんか最高だつたりするが、歌詞はものすごかつたりするので要注意である。
日韓同時開催の蹴球世界杯で一世を風靡したオリヴァ・カーンの歌「オリ・カーン」を歌つたグループ、といへば一番とほりがよいだらうか。
興味のある向きには是非検索をかけてみて給ひ。

そんなわけで、とりあへず音楽はもういいかなー、と(^_^;)。

今度は Treo 90 から赤外線通信を試してみるつもりだが……うーん、これがうまくいかない。
いろいろ試してみないとダメかも。

ところでバッテリの減り方だが、土曜日の昼ごろフル充電。その後ちよこつとした電話かけてこれまたちよこつとした電話を受けた。PC と接続して 音楽ファイル 18M 強を転送。その後音楽を二時間ちよい聴く。
そのあひだ、まだ使ひはじめなのでちよこちよこいぢつてゐるが、四つついてゐた線が二つになつてゐる。
うーん、充電するかな。

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前座は悲しからずや

世の中には、前座や二つ目がゐる。
それは落語の世界だけではない。

夕べ、しみじみさう思ひながら「ドラゴンボールZ」を見た。

ここでの前座はかつて「ピッコロ大魔王」と呼ばれ、つい先ごろ神様とやらと再度融合した人物(……人物?)である。

前座なのでいくら強くても所詮敵には勝てない。ひとまづ二つ目(多分ベジータ)につなぐ程度に場をもりあげてくれればいい。

そんな感じである。

ところで前座である。
前座になると名前がもらへる。
高座に上がれる。
前座のする噺は大抵登場人物が二人からせいぜい三人くらゐ。
下がつたあとも師匠連に茶を出したり、鳴り物を担当したりする。

ははー、なるほどね。師匠連の羽織を出したりなんだりのかはりが悟飯に頼まれて衣装を出す、あの場面につながるわけか。

などと、納得しながら納得できずにTVを見つづける。

もういい加減おとななので(わら)、アニメーションに限らずTV番組くらゐは心乱さずに見たいものなのだが、なかなかさうもいかないあたり、近頃面目次第もござりませぬ(と、例によつてここは粂寺弾正風に読み給へ)。

ついでに、この後かつての「ピッコロ大魔王」は前座から二つ目になることなく、色物になつていく。
それもまた人生。
(つて「人」生なのかどうかは不明)

つていふか、かういふ物語の場合は普通、真打から二つ目、前座とだんだん落ちていくもののやうだ。
脇役はね。

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Sunday, 27 June 2004

Nokia PC Suite 使つてみたよ

まづはダウンロードからである。

Nokia 7600 と PC を接続するには、

  1. 丁抹の王様 もとい、Bluetooth
  2. 赤外線
  3. USB

のいづれかを使ふことになる。
我が家の Windows マシンには王様はないし、赤外線は使ひづらい位置についてゐるので必然的に USB を使ふことにする。

USB 接続を使ふには、Nokia PC Suite をインストールする前に USB ドライヴァをインストールするやうに、と Nokia のサイトにある。

すなほにそのとほりにする。

その後、PC Suite のダウンロードだが、都合 33.5 M を「ナロウ・バンド」で落としてくるのは並大抵のことではない。
結局三時間くらゐかけて落としてきて、終はるころにはマシンが異様な熱を帯びてゐたので(これはまた別の問題。なんとかしたいところである)、一休み。
それからインストール。
そこから先は特になんの問題もなく進んだ。

音楽を聞けるやうにしたいといふことで、Nokia Audio Manager を立ち上げる。
ここで衝撃的な事実が判明。
iTunes で作つた AAC ファイルは Nokia Audio Manager で認識されないのである。
え、これつてあたりまへなの?
まあいいや、と、気をとりなほしてマシンに CD を入れる。
それにしても、あるていどは仕方のないこととはいへ、 Nokia Audio Manager の使ひ勝手は今一つといつたところか。
Nokia Audio Manager でできることは主に以下のとほりである。


  1. PC から Nokia 7600 への音楽ファイル転送
  2. CD から PC へ音楽を取り込む
  3. CD または PC にある音楽(ファイル)の再生

といふわけで、CD から直接 Nokia 7600 へファイルを転送することはできない。
必ず一度 PC に保存してから転送するやうになつてゐる。

それでは CD から PC へ保存してみやう。
CD を入れると、CD の内容が表示されるやうになつてゐるが……。
さう、曲名などは全て手入力である。
しかも、一々右クリックが必要である。
これが F2 キーを押したら名称変更可能とかだつたらもつと楽なのになあ。

仕方がないのでこつこつ名称を入力して PC へファイルを保存。音質は「携帯電話に最適化」。
ここでまた時間がかかる。
CD Drive の性能にもよるのかもしれないが、四倍速くらゐにしかならないのだ。しかも最初の一曲めは二倍速からはじまつて曲の長さにもよるが三倍速くらゐにしかならない。

まあ、そもそも 30M くらゐしか容量のない Nokia 7600 へ転送するのが目的と考へれば、そんなにたくさんの曲にたいしてこの操作を行ふ必要はないわけだ。
さう割り切るしかなからう。

Nokia 7600 への転送自体はそんなに遅いといふわけではない。

送つたファイルを早速聞いてみる。
聞く場合には専用ヘッドセットを使ふ。白くて汚れさうな感じ。なんとかしたいところである。
早速聞いてみると……うーん、音としてはそんなに悪くない、といふか、悪いのが気になるやうな音楽を入れたわけぢやないからな。
しかし、音がデカい(>_<)。音量を一番しぼつてもデカすぎる。
ひよつとしたら電車の中などではこのくらゐでもいいのかもしれないが、静かな家の中では大きすぎる。
とりあへず明日通勤時に使つてみて、それから考へやう。

せつかく書いてはみたものの、詳細は既にこちらに紹介されてゐる。
といふわけで、細かいながらも上記記事にないことややつがれの感想などを書いてみた。

でもやつぱりいいぜ、Nokia 7600。
我が家では「ナチハマ」といふ名前である。

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Saturday, 26 June 2004

Nokia 7600 The Conran Shop Limited Edition

機種を変更した。

四年間使つてきた NM502i から P900i に変更である。
地元のドコモショップに行つた。会社帰りに寄つた量販店より一万円近く安かつたので、ま、よかつたといふところか。

窓口担当は「研修生」の札も初々しい新人とおぼしき男性であつた。
NM502i を使ひづらさうに扱つてゐた。
さうだよなあ、ボタン、おしづらいもんなあ。
そんな NM502i をどうやつて使つてゐたか、といふと、大抵は声で電話番号を指示してゐた。
自分からかける先なんてのはそんなにないので、これで十分事足りたのである。

P500i のことは次回以降といふことで、まづは Nokia 7600 である。

といふわけで、これがザ・コンラン・ショップ限定版の箱である。

ザ・コンラン・ショップ限定版の箱

この箱も限定版用だといふのがなんともはや。
大きさとしてはタティング用品なんぞを入れておくといいかもしれないかなあ、と思つたりはしてゐる。

この箱をあけるとこんな感じである。

箱を開けたところ

まづは限定版用のスリーヴとストラップ、それとシールと注意書の紙が入つてゐる。
その下に Nokia 7600 の本体。色は俗に「ホワイト」と呼ばれる白とベージュ (「オリーヴ」と書いてゐるところもある)である。

ちなみに限定版用の箱から Nokia 7600 本体の入つてゐる箱を取り出すのがなかなかむづかしい。
不器用大王のやつがれが云ふのもなんだが、まあちよつとコツがゐるやうな気がする。

USIM カードを取り付けるのにスリーヴをはづす必要があるので、ついでに限定版の黒いスリーヴにつけかへる。

USIM カードの取り付けには戸惑つた。
まづ P900i からUSIM カード(以下「FOMA カード」)を取り出すのが難だつた。
FOMA カードは親指の先くらゐの実に小さいものである。しかも薄い。
これを傷つけないやうにと気をつけながら取り出すのが難しいのだつた。
取り出したら今度は取り付けである。
これもまた悩んだ。
このあたり、Nokia 7600 の取扱説明書はチト不親切である。
この機種はおそらく購入後、自分で FOMA カード等の USIM カードを取り付ける必要がある。
取扱説明書にある絵だけだと、どのやうに取り付けたらいいのか、よくわからないのだつた。
しかし、書いてある文章やその他の状況を見て、「ここに押し込むんだらう」と見当をつけた。
どうやら正しかつたらしい。

といふわけで、無事に Nokia 7600 で通話できるやうになつた。
通話にはほんたうに問題ない。受話音量や受話音質に関しては NM502i とは段違ひにいい。
まあその間四年あるわけだからそれくらゐでないとダメなのかもしれないが。

以下が、限定版のスリーヴとストラップをつけた Nokia 7600 と充電用のプラグ。

Nokia 7600 黒いスリーヴと充電器

プラグにはケーブルを巻き取るやうな仕組みがあつて、いい。これなら持ち歩いてもいいかな。
持ち歩く、といへばこの限定版ストラップだが、痛い(>_<)。かたくて手首をすりむきさうである。
うーん、ここはタティングレースか何かでストラップを自作するかなあ……。

FOMA カードでは通話と SMS のやりとりくらゐしかできないらしい。
肝心のメイル送受信やら Web の閲覧はできないといふことである。
まあ、それはもともと NM502i でもやつてなかつたからなあ。

それにそのために わざわざ P900i を手に入れた、といふ話もある。

さう、これはあちこち探したが特に書いてあるところを見つけ出せなかつたので書いておかう。
NTT ドコモでは、FOMA カードだけの販売・契約をおこなつてゐるさうである。
三千円ちよいくらゐだといふ話。
興味のある方は御確認あれ。

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Friday, 25 June 2004

Addictive Reading

「ラディカル・ホスピタル」を読んでゐる。

一ヶ月ほど前、早めに帰宅できたことがあつてたまたま地元の本屋に立ち寄つたところ、「ラディカル・ホスピタル」の六巻があつた。
あるのは六巻だけだつた。
悩んだ。
それまでさういふまんががあることは知らなかつた。いきなり六巻からつてどうよ。

しかし、作者はひらのあゆである。
おもしろくないはずはない。
それに四コマまんがだ。
途中からでも十分おもしろいにちがひない。

さう信じて購入した。

大正解だつた。
気がつくと読み返してゐる。かなり中毒性高し。
いかんいかん。

「ラディカル・ホスピタル」はとある総合病院の外科を舞台にしたまんがである。
強烈な個性をもつ医師・看護士(連載開始当初は「看護婦」)たちが繰り広げる愛と笑ひの四コマまんが……

……つてなんにもわかつてないな<自分。

読んでゐて、「ああ、総合病院つてこんな感じだよな」と思ふ。外科はよく知らないけれど、たまに通院する身にとつては「さうさう、医師と看護士のやりとりつてかういふの、あるよね」と思つたりする。
基本的には「笑ひ」だが、時折「ほのぼの」だつたり「severe」だつたりするところがまたいい。
病院でありさらに外科である。「severe」な話題は避けられまい。

このまんがに何か欠点があるとしたら、それは
「こんな病院なら入院したいかも」
と思はせてしまふところである。

今日やつと全巻そろつた。
巻末を確認すると、かなり刷られてゐるやうである。

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Thursday, 24 June 2004

紅旗征戎は我が事に非ず

といふわけで、世の中は何かと騒がしいが、さういふことはきつとあれこれ書く人も多からう。
他人事ならぬ事どもありき。されど語らず。

やつてもーた。
Nokia 7600 を買つてしまつた。
それも混乱店((c)Rikoさん)もといザ・コンランショップ限定品である。

第一印象は「小さい」だつた。
あちこちのWebページで見てはゐたが、実物はさらに小さく感じられた。
店頭で少し触つてみたが、ボタンが押しにくい(>_<)。
でも購入してしまつた。
価格も価格だが、しかし、本来携帯電話の値段はこれくらゐなものだらうと納得して購入した。
そもそも今巷を見回して「この携帯電話がほしいっっっ」といふものがあるだらうか。
ない。
ないのである。
断じてない。

実は世の中でやつがれほど携帯電話を必要としない人間も稀かと思ふ。
自分で携帯電話を持つてゐることが信じられないくらゐである。

さう、なんとやつがれ、携帯電話を所有してゐるのである。
NM502i のヴェルヴェットブルー。
今時モノクロで着信音も単音、ボタンの押しづらいこと他の追随を許さず、画面が小さいゆゑに画面表示も小さい。
そんな携帯電話をなぜ未だに使ひ続けてゐるのか。
答へはしごく簡単である。
気に入つて入手したからであり、その後気に入る携帯電話が発売されないから、だ。

上記の如く欠点だらけの NM502i のどこがそんなにいいのか、といふと、
スライドさせて開けるところ
赤外線通信が可能であるところ
上記点にも関係あるが、従つて手持ちの PDA と連携できること
があげられる。

NM502i が発売されたころ、赤外線通信はちよいとばかり下火だつた。最近の携帯電話にはほぼもれなくついてゐるやうだが、当時はさうでもなかつたわけだ。

また、折りたたみ式全盛の昨今だが、スライド式の携帯電話があつてもいいのではないかと思ふ。もしかしてスライド式携帯電話つて特許なのか? いづれにしても、スライド式はいい。もちろんスライドさせなくても話はできるがね。
そんなこんなで使ひはじめてかれこれ五年目に突入しやうとしてゐる。

NM502i に不満はなけねども、五年目にしてやつと「これがほしい」といふ携帯電話にめぐりあつた、といつたところか。
しかし、Nokia 7600 を単なる携帯電話として使ふだらうか。
それも何かちがふ気がする。

さて、まづはSIMカードを如何せん。

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Wednesday, 23 June 2004

Irresistible

うわー、もうこの本、ほしー(>_<)。
しかし……しかし、どこでどう買へつてーの……。
それにしても可愛すぎるでせう、このお人形
ちよいと昔なつかし大谷輝美のフェルト人形みたやうな可愛さである。

うーん、いいなあ、かういふ感じ。
しかし海外のサイトに頼まないとダメ?
うーむ、どうしやう……。悩むなあ。

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Tuesday, 22 June 2004

毛糸まきまき

はじめて「くりくり」と「まきまき」を使用した。
うーん、楽しい。
みづから紡いだ糸を「くりくり」にかけ、「まきまき」で巻き取つたら幸せだらうなあ。
紡ぐことはないと思ふけど。

「くりくり」とはかせくり器、「まきまき」とは糸巻きである。
「くりくり」は傘の骨に似てゐる。たたんだ感じなんかはまさに骨だけの傘といつた印象。
「まきまき」は……うーん、「まきまき」は「まきまき」だなあ(^_^;)。
画像等詳細はこちら

「くりくり」と「まきまき」を使つて何をしたかといふと、カセ状態の毛糸を玉にしたわけだ。
昨今、カセの状態で売られてゐる毛糸といふのをついぞ見かけなくなつたが、クレハの中細糸や野呂栄作の雁皮系の糸、舶来品などまだカセで売つてゐるものもある。

今回「くりくり」「まきまき」をひつぱりだしてきた所以はといふと、舶来品 Koigu の毛糸をカセから玉にするためであつた。Koigu の毛糸はカセで売られてゐるのである。

これまでは、カセ状態の毛糸を玉にする場合、両膝に糸をかけて手で巻いてゐた。
これは合理的で安価で大変よい方法なのだが、一つだけ問題があつて、途中で糸がもつれてゐる時などに切れやすかつたりするのだつた。
いや、そこは無理やりえいやと糸を引つ張らずにほどきながら巻けばいい話なのだが、しかし、両の脚も手も糸に占拠されてゐる状態ではなかなかさういふわけにもいかないといふのはチト考へてもらへばなんとなくわかると思ふ。

それでもカセ状態の毛糸をあまり購入しなかつたころはそれで十分なんとかなつてゐた。
しかし、現在手元に ROWAN Spun DK 5 カセをはじめとして、同 Spun 4ply 2 カセ、シェットランドレース用毛糸 5 カセなど、カセ状態で買つた毛糸が増えつつある。
なんで増えてゐるかといふと、「とりあへず玉にするのを待たう」といふのでおいてあるからである。
「玉にするのを待たう」つて玉にするのはやつがれ自身だからおいてあるままになつてしまつてゐるわけだ。

昨日、「かへる」したあじろ編みといひバスケット編みといふ編み方のくつ下を Koigu で編まうと決めてからの行動は自分にしては早かつた。

まづ、「くりくり」と「まきまき」を物置から出してくる。
そして、設置しやうとしたその時、問題は起こつた。
「くりくり」も「まきまき」も、テーブルの端などに固定するやうになつてゐるのである。
すなはち、どちらも自立しないといふことだ。
これには困つた。
我が家には都合二つほど、テーブルといはうか炬燵といはうかが出てゐるが、どちらも端が丸く削られてゐて、うまく「くりくり」と「まきまき」がはまらないのである。
困つた。これには心底困つた。
ミシン台でもあればいいのかもしれないが、残念ながらない。
アイロン台……はいいかもしれないが、強度に不安がある。

このまま、旧来の「膝と手」方式に頼るしかないかと思つたその瞬間、目についたのは食卓の椅子だつた。
この椅子、ベンチ型で長い。
まん中あたりに「くりくり」、端に「まきまき」を設置すれば丁度いいかもしれない。

といふわけで、台所(「ダイニング・キッチン」なのかもしれないが、台所は台所である)にぺたんと座りこんでひたすら「まきまき」の柄をまはすこと一時間半。
写真の如く、九つの毛糸だまができあがつた。

9つの毛糸だま

「くりくり」と「まきまき」にはコツが必要ときいてゐて、確かにそのとほりだと思ふ。「まきまき」はあまり速くまはしすぎてはいけない。途中で糸案内を移動させることで結構いい感じの毛糸だまができるが、移動させるタイミングと位置がむづかしい。

そんなわけで、今後はしばらく「くりくり」と「まきまき」を取り出すこともなからう。これだけ玉にすればね。

といふわけで、早速あじろ編みといひバスケット編みといふ編み方のくつ下 revenge 開始である。
が、それはまた別の話。

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くつ下あみあみ 3

といふわけで、あじろ編みといひバスケット編みといふ編み方のくつ下 revenge 開始である。
こちらはとりあへず四角を一つだけ編み終はつた状態のところ。

Sock In Progress with Koigu KPPM

使用糸は Koigu KPPM P829。
使用針は 1号。
これで、あじろ編みといひバスケット編みともいひまた白樺編みといふ編み方でくつ下を編む。
写真の編み目がちよつとでこぼこして見えるのは、さういふ編み方だからである。表はメリヤス編み、裏はメリヤス編みと裏メリヤス編みを交互に編んでゐるのでかうなる。普通は表はメリヤス編み、裏は裏メリヤス編みで編むのが一般的な気がする。
この編み方(うーん、なんといつたものだらう。英語だと entrelac なんだがね)でくつ下を編む時、いいところはためし履きがしやすいといふことである。編んでゐる部分が広口になるので履きやすいのだ。最後にはすぼまるやうにできてゐるので広がつてゐても心配はない、はずだが、前回はそれを期待しすぎてしまつて失敗した。デカくなりすぎてしまつたのである。

ところで、Koigu である。
今回はじめて使つてみた。
これが実にやはらかくていいのだつた。
うーん、最高。
ちよいと縁があつて入手できた糸なので、今後も手に入るかどうかわからない。
それを考へると、少しでも長く編んでゐたいやうな気もする。
……そんなこと云つてるとほかが何も進まないんだがなー。

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Monday, 21 June 2004

蛙とあみもの

むかしむかし、「セサミ・ストリート」にまだ吹替版などなかつたころ、Kermit the Frog の喋りは脅威であつた。
早かつたのである。
といふわけで、Kermit だけでなくて、えうするに Jim Henson があやつつてゐたマペットに云へること、といふ話もある。しかし、やはり一等は Kermit であらう。

以前、過去の日誌にも書いたが、かつて「セサミ・ストリート」関連の商品を扱つてゐる店舗に赴いても、Kermit のものだけは絶対なかつた。なぜかといふと、Jim Henson にとつて Kermit は特別だつたからである。
Jim Henson が最初に作つたマペットは、母親の形見を素材にした Kermit the Frog であつた。
「Kermit は自分自身である」といふやうな発言もあつた。
Jim Henson 没後しばらくして、Kermit を使つた商品が大量に出回るやうになり、どんな気持ちになつたかは察してもらへるものと思ふ。

それはともかく「かへる」である。

かへるとあみものとのあひだにどのやうなつながりがあるのか、といふと、えー、あみもの系の blog を巡回してゐるとわかつてくるのだが、えうは、編んだものをほどくときの「Rip it」とかつていふのがかえるの鳴き声である「ribbit」に似てゐる、といふことである。

普段はほとんど編んだものをほどくことはない。
手の速い方ではないので、なんとかほどかずにごまかすことの方が多い。
だが今回はさうはいかなかつた。

少し前からあじろ編みといひバスケット編みともいふ編み方でくつ下を編んでゐる、といふ話を書いてきた。今日、やつと後付けの踵を編むところまで来た。しかし、くつ下はあまりにもデカ過ぎた。これは如何様にもごまかしきれないし、化繊混だからうまくフェルト化できるかどうか自信がない。もともと洗濯機で洗ふことを考へてゐる糸だから、洗つてもちぢむことはなからう。

ここまできて、といふ思ひが強かつた。
バスケット編みははじめての上、くつ下はゲージをとりにくいので、まづは編んでみた。常であれば途中まで来たら「あ、これは大きすぎる」とか「小さすぎる」とかわかるのだが、バスケット編みに限つては、「……でも世の中のバスケット編みのくつ下つてなんだかものすごく大きく見えるよな」といふ頭があつた。編み方の都合でさう見えるのだと思ふ。

バスケット編みは、おそらくドミノ編み同様、普通に編むよりも時間のかかる編み方であると思はれる。
今日だつて、もう後少しでつま先部分に入れるといふところまで来てゐるといふのに、踵にかかるまで異様に時間がかかつた。

それをほどくのである。

……大袈裟な、と思はれる向きもあらうなあ。
なんたつて世の中、40番手のレース糸で編んだかぎ針編みの大作ドイリーでさへ、完成直前にまちがひを見つけて全部ほどいてしまふなんてな人間がごろごろしてゐるのである。
くつ下片方をほどくのにそんなに躊躇するやうなことか、と思はれるだらう。
ごもつとも。まことにごもつともである。

そんなわけで、全部ほどいた。
少し小さく作り直すことにする……つもりはなくて、もうこの糸で同じやうなくつ下は編まない予定である。
使用糸は何度も書いてゐるが、Regia Cotton Surfer。この編地が実に気持ちいいのである。ちよいと寝巻きにしたいやうなやわらかな編地になる。これは今編んでゐるやうないはゆる texture kntting な感じぢやなくて(今の編み方は、表はメリヤス編み、裏はメリヤス編みと裏メリヤス編みを交互に一目ずつである)、メリヤス編みの多い編み方の方が糸のよさが生きるのではないか、といふ気がするのである。
それも、できればくつ下ぢやなくて、マフラのやうな顔や首のそばにくるやうなものがいいやうな感じだ。

いづれにしても、この糸では何か別の作品を作るし(くつ下かもしれないしさうではないかもしれない)、バスケット編みのくつ下はほかの糸で再度挑戦するつもりである。

さう、バスケット編みのくつ下には明日にでも再度挑戦開始の予定だ。
しかしその前に「くりくり」と「まきまき」に出動要請しなければならない。
初めての出動要請である。

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もつとメモリを!!!

かぎ針編み系の blog を散策してゐた。
棒針編み系の blog、すなはち Knitting blogs は毎日巡回してゐるお気に入りが二つ三つあつて、それ以外に週に二三度見に行くところが両手の指の数くらゐある。
一方かぎ針編み系の blog はといふと一つ二つくらゐしか知らなくて、それもたまにしかまはつてゐなかつた。
たまたまそのうちの一つの blog list が充実してゐたので、そこからあちこちまはつてみることにした。

いや~、これがまたいろいろある。
かぎ針編みのくつ下の free pattern なんぞを見つけたのでそのうち編んでみたい。

さうしてまはつた blog の一つに、How grammatically sound are you? といふ Quizilla のクイズに答へたものがあつた。white whisker といふ blog である。
ものは試しといふので、やつがれもやつてみた。
結果は以下のとほりである。

Grammar God!
You are a GRAMMAR GOD!

うーん、どの問題の答へがあつてゐてどの問題の答へがまちがつてゐたのかも教へてほしかつたといふ気もするが、とりあへずよかよかである。
が、これつて学校でやつたことを覚えてゐれば簡単なことな気もする。

時々思ふのだが、なんで学校で学んだことをこんなに忘れてしまふのだらうか。
日ごろ使はないやうなことや、役に立たないやうなことを忘れてしまふのは仕方のないことなのかもしれない。
だが、覚えてゐれば絶対役に立つのに(>_<)、と思ふやうなことでもすつかり忘れてしまつてゐる。
たとへば家庭科なんかはどうだらうか。調理にしても被服にしても、覚えておけば役に立つことが多かつたやうに思ふ。思ふのだが、さて、何か覚えてゐるかと云はれると……うーん、ゼラチンと寒天の違ひなんて別に家庭科でやらなくても知つてさうなことだしなあ。ダーツの縫ひ方……うーん、ダーツなんか縫はないしなあ。

ほかには漢字なんかがさうかなあ。ちやんと書き順や読み方を習つてゐるはずなのに、あらかた忘れてしまつてゐる。うーん、もつたいない。

結局、手芸で今やつてゐるのは学校でやらなかつたやうなことばかりだ。あみものは少しだけやつたけれども、別に学校で教へてもらつたわけではない。授業でやる前からあらかたできた。
漢字は……知つてる、といふか自分で読めて書けるものしか使はないし、今更新たな漢字を覚えやうとも思つてゐない。

いかんなあ。

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Sunday, 20 June 2004

UFO がいつぱい

UFO、すなはち UnFinished Objects である。
この週末は、UFO に overwhelmed といつたところだ。

手元に、待つてゐる UFO が以下のとほり。

  1. ROWAN Calmer で編む Shell (袖なしですな)
  2. エミーグランデにビーズを通して編む PDA Cover (いはゆるポーチですな)
  3. ROWAN Denim で編む KABAN (えうするに「かばん」ですな)
  4. Regia Cotton Surfer で編むあじろ編みのくつ下
  5. 段染め刺繍糸でタティングレース

ほかにもビーズタティングとか、先日手芸店で見て「これいい」と思つたかぎ針でビーズ編みこんだポーチとか……やりたいことはたくさんある。あ、絹の糸でジャケット、といふのもあつたか。スウォッチまでは編んだんだがまだゲージ取つてないんだつた。

そんな感じで、何一つできあがらないまま、いろいろ手を出すのもなんなので、このあたりにしてゐるのだが、それでも今日あたりは「うーん、どれも仕上がらん」といつた気分になつてしまつてゐる。

まあ、一つを編んでゐて飽きたら別のを、それにも飽きたらまた別のを、といつた調子なのでなかなかできあがらないのかもしれないがなあ。

とか書いてゐたら、なんとか PDA Cover の本体部分はできあがつた。よかよか。ちよいとピンボケだが、写真はこちら。

PDA Cover 本体

縫ひものに自信がないので、脇はバックこま編みで合はせてみた。そんなに悪くない。
あとは紐を編むだけ……なんだか、この紐はおそらく今後 Bead Crochet Rope を編むのにいい練習になるんぢやないかと思つてゐる。

んでこれがビーズを編みこんだかぎ針編みのボタン。

かぎ針でビーズを編みこんだボタン

いや~、案外おもしろい出来。ちよつと菊の花のやうにも見える。

ところで、かぎ針編みのビーズ使ひはおもしろい。以前からさう思つてはゐたが、自分ではなかなかデザインできない上に世の中にもそんなにたくさんよいデザインといふのがあるわけでもないし(あ、書いちやつた)、さらには結構時間のかかるものなのであまりやらなかつたりする。
気に入つたデザインがあつても糸とビーズの組み合はせに悩む。
今回はエミーグランデの新色とたまたま安売りになつてゐた MIYUKI の丸大ビーズとがよい組み合はせになつたやうだ。
それにしてもこの PDA Cover、ほんたうに PDA くらゐしか入れることができないやうなサイズの上、その PDA だつておそらく WinCE 機(つて今は云はないのか)だつたら入らない。PalmOS 機のうち、やつがれの愛機 TREO 90 くらゐのサイズでないと入らないだらうやうな大きさだ。
# つて PDA をお使ひでない向きにはさつぱりわからない説明ですな。
# 具体的には 11 x 13 cm つてなところである。
だが、手にするとずしりと重い。1500 個近いビーズの重さであらう。

といふわけで、やはりコツ(?)はこつこつやること……つてまんまやん。

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Saturday, 19 June 2004

倫敦橋落ちる

橋本治がかつて映画「マイ・フェア・レディー」について、

「イライザ・ドゥーリトルにオードリー・ヘップバーンを起用したのは失敗。
花売り娘として出てきた時から気品がありすぎるから」

といふやうなことを書いてゐた。同様に「麗しのサブリナ」、なのださうである。

実はやつがれ、これまで映画「マイ・フェア・レディー」を見たことがなかつた。
今日たまたま囲碁・将棋ジャーナルの後で「マイ・フェア・レディー」を放映する、といふのでそのまま見てみた。

退屈だつた。

それはともかく、オードリー・ヘップバーンをイライザ・ドゥーリトルに起用したのは正解だつた、と映画を見て思つた。
なぜつて?
あのA.ヘップバーンのすぐに売れなくなる新人アイドルみたやうな「ぺちやぺちや」声は、花売り娘にぴつたりだからである。
映画をみればわかる。イライザの品のなさを強調する場面ではヘップバーンに自ら歌はせ、さうでない場面では吹替へ(「ウェストサイド物語」でナタリー・ウッドの吹替へをしたのと同じ歌手)を起用してゐる点からあきらかである。
あの品のない声は品のない花売り娘にどんぴしやなのだ。

橋本治は声には興味がないのかな。

それはともかく、なぜヘップバーンが年若い役ばかり、しかもいつもかなり年上の俳優と一緒の映画にばかり出てゐたかの一因もここにあると思はれる。
あの声で大人の女は演じられないからだ。

後年、スピルバーグ映画だかに出演して、「みんなの夢を壊すのか」などと酷評を浴びたヘップバーンだが、仕方がないではないか。あの声は、どうしやうもない小娘か老女にしか suite しない。なぜ老女にあの声が suite するのかつて? まあ Monty Python に出てくる「ペパー・ポット」みたやうなもの、とお考へいただければいいだらう。

ところで、オードリー・ヘップバーンの吹替へといへばこの人しかゐない。
池田昌子である。

池田昌子といつてピンとこない人には……うーん、古すぎて恐縮だが「銀河鉄道999」のメーテルとか「エースをねらえ!」及び「新・エースをねらえ!」のお蝶夫人といへばわかつてもらへるだらうか。
いはゆる「母」声、落ち着いた声、elegant voice である。
ヘップバーンの吹替へに池田昌子を起用した人物はたいした人物だつたにちがひない。

おそらく、映画館でヘップバーンをリアルタイムで見た人にはわからないだらう。
本物のヘップバーンの声を聞いた時のショックたるや、もう……
掟破りかもしれないが、ここで敢えて「筆舌に尽くし難い」と書いておかう。
あー、もう。

ところで、ROWAN Kniting and Crochet Magzine の最新号 No.35 にその名もずばり Audrey といふセーターが出てゐる。このセーターに関しては Knit Along もあつて、かなり人気のあるデザインと見受けられる。
ああ、これが Audrey でなくて Katharine だつたら一も二もなく編んだらうになあ。
つてあの色・あのデザインで Katherine はないだらうし、特集の題名が「Roman Holiday」だからなあ。
さうさう、「Roman Holiday」つていふのはあの映画にまさにどんぴしやの題名である。酷い意味だよね。あの映画を見た時、「あの国の民はかわいさうだなあ」とつくづく思つた。あんな国の王室には仕へたくないし、きつと国民も王室に対していい感情は抱かないだらう。ほんの二百年くらゐ前だつたら革命つてな事態になつてもなんの不思議もあるまい。

歌も今一だつたしなー、もう二度と「マイ・フェア・レディー」を見ることはあるまい。
といふわけで、最後まで見ずにジュビロ磐田対鹿島アントラーズを見てしまつたのである。
それはまた別の話。

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Friday, 18 June 2004

子曰く

君子豹変す。

幼いころ、この意味がよくわからなかつた。
「豹変」の意味がわからなかつたのか、といふとさにあらず。
いや、まあ正確には理解してゐなかつたのかもしれないが、君子人は変はり身が早い、といふ意味だらうくらゐのことはわかつてゐたと思ふ。

わからないのは、「なんで君子は変はり身が早い」のか、といふことだ。

「変はること」に対して否定的な考へ方を抱いてゐたのが原因だらう、と、今では思つてゐる。

たとへば、長いこと「みいちやんはあちやん」に対して冷ややかな印象を抱いてゐた。

「みいちやんはあちやん」といふのは実に変はり身が早いものである。
つい先日までは甲といふ芸能人を追ひかけてゐたかと思へば、今日はもう乙といふアイドルに夢中だ。
さうした移り気な人々を許せなかつたわけだ。
バカだねえ……。

まあ、子供といふのは自分では気がつかなくても存外潔癖なところがあつたりする。
よく外でタイル状の道の上を歩いてゐる時に、同じ色のタイルのあるところだけ踏んで歩かうとする子供をみかけるでせう。
別にタイルなんてどの色でもいいぢやないか、といふよりは、同じ色のタイルにこだはることなんかないぢやないか、と思ふ。
おそらく当の子供も半ばはさう思つてゐるのではないかといふ気もするが、しかし、ここは譲るわけにはいかないのである。親にせかされてしぶしぶやめるが、なにかの拍子にまたはじめたりする。
まあそんなものとお考へいただきたい。

ところで豹変する君子といふのは、自分の非を認めたら即態度を改める、といふものである。
考へてみたら、そんなことができる人といふのは早々ゐない。
たまにゐるが、人から「風見鶏」などと陰口をきかれることもある。
でも、自分が悪かつたら、やつぱり「悪かつた」と云ひ、すぐに改めるのがほんとだらう。

といふわけで、世の中不況で企業がうまくいかないのは、この「君子豹変す」を体得してゐないからだ、といふのは少し理論がふつとびすぎてゐる……かな?

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Thursday, 17 June 2004

ニシキヘビ

今日は一日家でぼんやり「空飛ぶモンティ・パイソン」なんぞを見てゐた。第一シリーズの後半である。
見ながらあみもの。
嗚呼、至福の一時。
好きなんだよなあ、モンティ・パイソン。ここのところ、人生で三度目くらゐの「パイソン病」にかかつてゐる。

はじめて見たのが吹替へ版で、しかも広川太一郎の印象が異様に強かつたので、モンティ・パイソンに関してはずつと吹替へ派だつた。DVD Box も吹替へが入つてゐないといふので購入を見送つてしまひ、結局買へなかったくらゐである。
ちなみにスタートレックとかセサミストリートとかマペットショーは吹替へはダメ派である。あー、でもまー矢島正明は大丈夫。ほかがね。だつてジョージ・タケイつてものすごく渋くていい声なのにあれぢやあ……まあ仕方ないか。吹替へでは「Mr. Sulu」ぢやなくて「Mr. カトー」だもんな。最初、イタリア人かと思つちやつたよ。「Mr. Scott」も「Mr. チャーリー」だしなあ……。
でもやつぱり一番許し難いのはだれも「Dr. McCoy」のことを「Bones」と呼ばないことだらう。うむ。

もとい。
しかし、ここのところの病再発で、そんなことは云つてゐられなくなつた。
吹替へなしでもいい。
モンティ・パイソンが見たい。

といふわけで、気がついたらバラ売りDVDをぽちつとなしてゐたのが五月の連休前後だつたらうか。
ぽつぽつとしか購入できないのだが、いや~、これがよくてねえ。
DVD は見てゐる暇がなかなかないので、歌のCDも購入してしまつた。気がつくと「芬蘭 芬蘭 芬蘭」とか鼻歌歌つてる始末である。ショパンを聞いては「オリヴァー・クロムウェル」の歌歌つたりな。危険危険危険。

それにしてもモンティ・パイソンのどこがそんなに気に入つたのだらうか。
不思議だなあ。
やつぱりあの色合ひかなあ。

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開幕

いやはや、144手ですか。
長手数ですなあ。

といふわけで、棋聖戦第一局は佐藤康光棋聖の勝利。後手番での一勝はデカい。
やつたね、みつくん。
# つてあひかはらず「みつくん」呼ばはりかい。

それにしても、途中見てゐた時は森内俊之竜王名人の方がよささうな感じだつたんだが。
ひよつとして逆転勝ち?
つてほどでもないのかな。

いづれにしても、この続きが楽しみである。

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Wednesday, 16 June 2004

地球温暖化とあみもの

清水の舞台から飛び降りるといふ。
いつたいなんのことか、と子供のころは思つてゐた。
修学旅行で清水寺に行つたが、その時は舞台についてはあまり覚えてゐない。
二度目に京都旅行の折に行つた時にやつとわかつた。

といふわけで、くつ下である。
青ゴジラ
一度書いたが、念のため。
糸はFilatura di Crosa の Dolce Amore。色番は 120。針は四号。
綿 100% の糸で編むのははじめてで、何かと大変だった。といふ話は過去の日誌やここにも先日書いた。

元々、暑い時期にはその時期にあつた糸で編む方ではある。
この時期、綿や時には絹の糸で編む。
おそらくレース編みをするので綿や絹の糸に抵抗がないのではないかと思ふ。
あみもの好きの中には「夏でも絶対毛糸」といふ人も少なくなくて、がんがんに冷房をかけて編むのだといふ兵もゐると聞く。
その気持ちもわかる。秋が来て毛糸を手にした時には、「ああ、やつぱり毛糸つていいなあ」としみじみするのが常だからである。

ところでこの世は温暖化に向かつてゐるといふ。
先日、ひよんなことから職場の人とそんな話になつて、その人がいふにはこのまま行くと大阪あたりは越南のなんとやらいふところと同じやうな気候になるんださうな。同じやうな気候、といふのは気温と湿度のことをさしてゐるらしい。そうすると、大阪はコレラとマラリアの温床になる、といふのだね。
しかも、その越南のなんとやらいふところは冬は冬でそれなりに寒くなるのださうなのだが、大阪は寒くなっても建物の中などはあたたかいままなのでもつとひどいことになるだらう、といふのである。
うーん、冬の大阪つて寒いつて印象があつたけど、あれぢやダメなのか?
東京はどうか、といふと、大阪より冬の気温が低いのだといふ。まあ位置的にさうなのかな、といふ気がしないでもないが、どうか?

まあ統計的なことはおいて、「平清盛の死因はマラリア」なんぞといふ話もあるくらゐなのでさういふ事態になつてもをかしかないのかもしれない。

心配事はもう一つあつて、そんなに暑くなつても、あみものをするのか、といふことである。
あみものはするかもしれない。それこそ綿や絹、麻といつた糸で。
だが毛糸で編むだらうか?

疑問である。
心配である。

だが、まあどうしやうもないことで心悩ませてゐてもなにもかはらないので、ひとまづは冷房に頼らず夏は綿の糸を手にするといふ寸法なのである。

とはいふものの。
このくつ下、必ずしも涼しいといふわけではない。
ちよつと地が厚いのである。
夏はやはり素足に限るだらうか。

といふわけで、今は毛・綿・化繊混の糸で次なるくつ下を編んでゐる。
それにつけてもくつ下編みは楽しいのう。

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Tuesday, 15 June 2004

My One And Only

浮かれてゐる。
めづらしく浮かれてゐる。
その理由はタティングシャトルである。
GR-8 Shuttles

誕生日を名目に、GR-8 Shuttle を注文した。
素材は黒檀。ボビンは一つ用である。
我が家にごろごろしてゐるプラスティックのボビンにあはせて作つてもらつた。
まさに My One And Only である。

少し前に、Snowgoose で GR-8 Shuttle を購入した。
この時はシャトルワインダといふ一般的に市販されてゐるタティングシャトル(といつても見たことのない向きも多からうなあ)に糸を巻く道具を買ふのが目的だつた。
とにかく去年の暮れから先月くらゐまで怒涛の日々を送つてゐた。
それでも通勤バスの中でのタティングは続けてゐた。
だが、困つたことがあつた。
シャトルに糸を巻いてゐる時間が惜しいのである。

帰りは毎日午前様。朝は常と変はらぬ時間に出勤。
さうなると糸を巻く時間は必然的に限られてくる。
そして、糸を巻く時間も惜しい。

そんなわけで。
それならシャトルワインダを手に入れた方が早いんぢやないか。買へば絶対使ふものである。
といふわけで、まづはシャトルワインダを「ぽちつとな」した後、ふと気になるものがあつた。
それが GR-8 Shuttle である。

ボビンを使用するシャトルを使つたこともある。
Aero のシャトルがいいといふので購入してみた。シャトルの先にかぎ針が作りつけてあつて、一々かぎ針をもちなほさなくてすむといふ、実に便利さうなシャトルである。
しかし、買つたままでは使へなかつた。自分で紙やすりをかけて少し端をなめらかにしないと糸がひつかかつて仕様がない。特に絹糸を扱ふ時には閉口した。
どうやらAero のシャトルがよかつたのは過去の話であるらしい。

でもボビン使ひのシャトルには惹かれてゐた。
なんといつてもボビンを交換すれば簡単に糸を換へることができるのである。
いくつもいくつもシャトルを持つ必要がなくなるではないか。

そんなわけで、結局 GR-8 Shuttle も「ぽちつとな」してしまつた。

ところがやつてきた GR-8 Shuttle は難物であつた。
リンク先をたどつていただければおわかりになるかと思ふが、このシャトルは万人向きのシャトルとはいへない、とある。
そのとほりだつた。
使ひ方の説明もあるのだが、なかなかうまく糸が出てきてくれないのである。
どうしたもんだらう。
やはりこのシャトルはやつがれ向きではなかつたのでは。

あきらめるしかないのか、と思つた時、ふと思ひ出したことがある。
はじめてタティングレースに挑戦した時のことだ。

たまたま手芸屋で見かけたタティングシャトルとタティングレースの本を元に、独学ではじめたやつがれを待ち構へてゐたのは、「どうやつたら左手の糸をタティングレースから出てゐる糸に絡ませることができるのか」といふことだつた。
タティングレースをご存知ない方はおわかりにならないかもしれないが、タティングレースはシャトルに糸を巻いて行ふ。左手に糸をかけて、右手に持つたシャトルを左手の糸のまはりにめぐらせ、シャトルからの糸を左手の糸に絡ませる。だが、実際には左手の糸をシャトルの糸に絡ませなければならない。
何が何やら、でせう?
話は簡単で、実は英語で云ふところの flip を行へばいいのである。すなはち、左手の糸とシャトル糸を反転させる。さうすればシャトルの糸が芯糸になつて左手の糸を絡ませることができるのである。

だが、本からそれを読み取ることはやつがれにはむづかしかつた。
どうしても左手の糸が芯糸になつてしまふ。
悩むこと二三日。
ある時ぱつとひらめいた。

さうか、結び目を反転させればいいのかっっっ。

それはあたかもヘレン・ケラーが「water」を理解する場面のやうだつた。多分。
かうしてやつとやつがれはスティッチを作ることができるやうになつたのだ。
なぜひらめいたのかは謎である。あれこれ試行錯誤してゐるうちになんとなくその瞬間がやつてきたのだつた。

さうだ、きつと GR-8 Shuttle もこの伝なのだ。

かくして格闘すること二三日。
たうたうやつがれは GR-8 Shuttle のすばらしさに気がついたのである。
うーん、なんてすばらしいシャトルっっっ。

ところで Snowgoose でこのシャトルを頼む時には素材は指定できなかつた。「素材はこちらに選ばせてね」と Snowgoose の Webページにある。
やつてきたのは cocobola だつた。
辞書には「紫檀の一種」とある。主に家具に用ゐられるともある。
これがなかなかにしつとりとした手触りのよいシャトルである。

そんなわけで、「紫檀の次は黒檀だらう」と単純に考へて、シャトルを注文した。
黒檀にはも一つ理由があつて、あみもの系blogなんぞをみてゐると黒檀の編み針を使ふ、といふやうな記述がたまに見受けられるのだね。やつがれは普段「匠」を愛用してゐるが、黒檀……なんとなくよささう。
それで、どんな感じなのかと興味があつたのである。

注文を受けてくれたのは Shuttle Brothers の Randy Houtz さんであつた。
いやー、ええ人やつた。こちらのたどたどしい英文にも丁寧に応対してくだすつた。
ありがたい。ほんたうにありがたい。

シャトルと一緒にタティングレースの本も注文した。
_Tatting the GR-8 Self-Closing Mock Ring_ がそれである。
Gary & Randy の Houtz 兄弟は、Self-Closing Mock Ring といふ技法を編み出したことでも有名である。
この本は、その Self-Closing Mock Ring、略して SCMR に特化したタティングの本なのである。
自費出版みたやうな感じで前面これモノクロコピーといつた趣きなのだが、これがまたいいんだ。
ちよつと見はむづかしさうだが、説明に従つて作つていけば、 Voila! つてな寸法である。
また、この本ではさまざまな色を使ふことを提唱してゐるやうに見受けられる。どうも Shuttle Brothers は白や生成りの糸はあまり使はないらしいのだ。
さういへば「tatting」で検索かけて見に行くと、実に colourful な作品が多いやうに思ふ。
そんなわけで、Anchor の段染め糸をひつぱり出してきて、_Tatting the GR-8 Self-Closing Mock Ring_ に出てゐる三角形のモチーフを作つてみた。

いい感じである。

そんなわけで、この二つのシャトルを使つて、サンプラ作りに励みたい。
……そのまへにパターンつくらな。とほほ。

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Monday, 14 June 2004

くつ下あみあみ 2

……書き込めない。
書き込めないのはサーヴァが落ちてるからで、まあこれは仕方がないか、と。

もとい。
えー、これまで編んでゐたくつ下がほぼできあがつた。Filatura di Crosa の Dolce Amore といふ綿100%の糸で編んでゐた。
綿100%の糸には非常に光沢のあるものとまつたくないものとあつて、これはない方。
編むのにかなり苦労したし、仕上がりもなんとな~くだれつとしてゐるが、手触りだけは最高である。
それに考へてみたらもともと「てろん」とした感じの服が好きなんだよね、やつがれ。
といふわけで、できあがつてみたらかなり自分好みにくつ下になつた、といへる。
ただ、綿100%といへども夏に履くのはつらいかもなあ。秋口とか、春先なんかにいいかもしれない。

ほぼ仕上がつたので、早速次のくつ下へGo!

といふわけで、Knitter's Magazine 夏号に出てゐるあじろ編みのくつ下に挑戦することにした。
使用糸は Regia Cotton Surf。Superwash の毛41%、綿34%、ポリアミド25%の糸である。これを一号針で編む。

あじろ編みといひ、バスケット編みともいふ、この編み方には初挑戦である。
最初は「ドミノ編みみたやうなものか知らん」と思つてゐたが、この編み方にもさまざまな種類があるらしい。
とりあへず、編み図に従つて編み進むとこはいかに。

いや~、これ、とつても addictive。

中毒性あるよ、絶対。

ドミノ編みにしてもさうだが、モチーフつなぎといふかモジュールつなぎといふか、かういふ編み方つてひとつモチーフを仕上げるとすぐ次にかかりたくなつてしまふところがある。
entrelac と呼ばれるこの編み方も、モチーフといふよりはモジュールごとに編みすすめていくので、一つ仕上げるとすぐ次、これも仕上げるとその次、とどんどん編みたくなつてしまふのである。

うーん、危険。

といふわけで、普通にくつ下を編むよりも時間のかかる編み方と見受けられるが、案外はまつてしまつてあつといふまに仕上がつてしまふのかも。

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Sunday, 13 June 2004

くつ下あみあみ

なんちゆータイトルぢや。

去年たてた新年の目標は「 Socknitter になる」だつた。
Socknitter、すなはち「くつ下を編む人」である。

米国ではくつ下編みが盛んで、丁度一時の日本の「あみぐるみ」みたやうな勢ひだといふ。
まあ実際に行つてこの目で確かめたわけぢやないからなんともいへないけど、socknitters のサイトもあるし、メイリングリストもあるし、くつ下の編み方しか載つてないあみものの本が何冊もあるし、なんとくつ下用と銘打つて販売されてゐる毛糸もあるほどだ。
なんとなくその人気のほども知れやう。

ところで、去年は新年の目標をほぼ果たしたやつがれは、今年になつてもちよこちよことくつ下を編んでゐる。
昨夏は例年になく寒かつたので毛糸のくつ下を編んでゐたが、今年はどうもさういふわけにはいかなさうな予感。

といふわけで、しばらく前から綿100%の糸でくつ下を編んでゐるのだが。
これがなかなか難物といふか、やつがれ程度の技術では綿糸をうまく編むことができないといふかなんといふかでしばらくはふつてあつた。

また、くつ下だと編んでもほかの人に見せる機会がなかなかないのもチト悲しい。
これまためりけんの話だが、編んだくつ下を見せるために透明の靴やサンダルなんてのが売られてゐるらしい。
すごいな、それも。
といふわけでミトンを編んだりしてみたのだが……

久しぶりにはふつてあつた編みかけのくつ下を取り上げて編み始めたのだが……
これが楽しいのなんの。
なんでこんなに楽しいのだらう。

いや、ミトン編みだつてとつても楽しいし、今日あたりは編みかけの shell(タンクトップみたやうなもんだ) の後ろ身ごろをほぼ仕上げたのだが、これもまた楽しかつた。

だが、くつ下編みのこの楽しさはまたちがふ。

どうやらその秘密は四本針(五本針の場合もある)にありさうな気がするのだが……でもそれならミトンだつて同じやうなものなんだけど……踵のあるなし、かなあ。親指を編むより踵を編む方が楽しい、とか……うーん、そんなこともないか。

いづれにしても、このくつ下を編み終へたらまたすぐ別のくつ下を編み始めることだらう。
「くつ下用に」つてんで買ひためてある毛糸がたくさんあるからなあ……。

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Saturday, 12 June 2004

手芸三昧

手作り三昧の一日。
20040612.jpg

といふわけでもなくて、どちらかといふと一週間に編みためたりタティングしためたりしたものを仕上げた、といふ方が正しい。

ポーチの方は Knitter's Summer 2004 issue に載つてゐる cinch である。
雑誌では intermediate になつてゐるが、どちらかといへば名前のとほり、

It's a cinch!

といつたところか。
ただ作り目とその次の段の目数が多いので、ちよつととつつきにくいといふ向きはあるかもしれない。

使用した糸はリッチモアのスフマート Col.No.3。綿とナイロン半々の夏向きの糸で、かなりドライな感じがする。よく云へばさらつとしてゐるといつたところか。
使用針は「匠」8号。最初はチト編みにくい感じがした。普通綿や絹の糸を使ふ時は左手の小指に一回巻くのだが、この糸はそれをするとダメ。きつくなりすぎてしまふ。ポーチなのでできればかつちり編みたかつたのだが、小指に巻くのはあきらめた。
まあかつちり編みたかつたらもう少し細い針を使へばよかつたのかもしれないけどね。

といふわけで、もう二度とは買はないだらう糸だし予定よりだいぶ小さめだが、夏らしい色合ひで仕上がりには結構満足してゐる。

ところでこのポーチには一つ初めて試してみたことがある。
それは、本では I-cord で、と書いてある紐の部分をワンダーリリアンで編んだことだ。

ワンダーリリアンはリリアンの親玉とでも云はうか、大きなリリアンである。発売とほぼ同時に購入したが、今まであまりまともなものは作つてゐない。テグスにビーズ通して編んだネックレスくらゐかなあ、まともなものといへば。
今回、 I-cord を編んでもよかつたのだが、ふと思ひついてワンダーリリアンを出してきた。

リリアン編み。
それは意味もなくはまるものである。

何に使ふといふ目的もなくただひたすらリリアンを編みつづけた経験をお持ちの諸兄も多いのではないかと思ふ。
ほんと、あれつて何に使ふんでせうね。

もとい、今回はちやんと「ポーチの紐に」といふ目的をもつてリリアンを編んでみた。
目的をもつて編むなんて、なんだかリリアン編みにしては邪道な気もする。
最初こそ久しぶりのためかなんだか編みにくくて「やつぱり I-cord にすべきだつたかなあ」と思つたが、リリアンの中毒性をすつかり忘れてゐた。
気がつけばちやんと必要な長さの紐ができてゐた。
うーん、リリアンつてやつぱり addictive。
I-cord だとかうはいかないものなあ。
I-cord つて米国のあみものの本などにはかなりの頻度で出てくるけれども、本邦ではあまり見ない。それはひよつとしてリリアンがあるからかも、などと思つたりもする。
I-cord がどういふものかは……うーん、英語だがこちらをご参照いただきたい。むづかしいことはなにもない。
ただやつがれにはちよいと面倒に感じるけれども。

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アンティーク風

といふわけで、ビーズタティングである。
これは雄鶏社から出てゐる「やさしいタティングレース」に掲載されてゐる作品をちよこつとだけ変へてみたもの。
これにもはじめて挑戦したものがある。

スプリットリングのあひだにビーズを入れる、といふのがそれだ。チェーンのやうに見える部分がそれである。
はじめてなので、ちよこちよこまづい部分もあるにはあるが……まあそれはそれだ。
これが前回書いた「なかなかアンティークな色合ひ」である。写真ではわかりにくいかもしれないけれど。
うーん、かういふのやると、はまつちやふんだよなー、ビーズタティング。

といふわけで、各パーツ作成後の写真はこちら。
中央部
中央部 + 1

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Friday, 11 June 2004

群雄割拠?

人伝に聞いただけだが書いてしまふ。

祝 森内俊之竜王名人誕生。

なにがすごいつてたつた一年で竜王名人がいれかはつてしまふといふのがすごい。
いづれがあやめかきつばた。

若人も挑戦者になつたりする昨今、これからますます群雄割拠といふ状態になると見てるだけのやつがれにとつてはこの上ない状況になるのだが……
そもそも「群雄割拠」に弱いんだよね。

一方で、羽生善治王座には真に残念、と伝へたい。
永世タイトルへの道は険しい。

少し前の日誌に「羽生善治九段と呼ばれる日」なぞといふことを書いたが、実際永世位を複数もつてゐるわけだからそのいづれかで呼ばれるやうになるのだらうし、この前は朝日オープン選手権者になつたばかりだから、そちらで呼ばれるやうになるのかもしれない。
しかし、まさか、こんなに早く「王座」と呼ぶ日がやつてくるとは思はなかつたなあ……。

と、しみじみ一杯やつたりしてゐる。

明日、囲碁将棋ジャーナルで島朗八段の解説を聞くつもりだ。

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Thursday, 10 June 2004

偉大なり 清水義範

この味がいいねと君が言つたけど 六月十日は時の記念日

うーん、やつぱり清水義範は最高だ。

といふことをあらためてしみじみ思つた一日。
インパクトの瞬間、ヘッドが回転してしまふほどだ。

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昔の流行語

「パラノ」「スキゾ」などといふ過去の流行語(?)を使つてしまつて、近頃面目次第もござりませぬ気分でいつぱいのやつがれである。

どれくらゐ過去か、といふと……うーん、もうかれこれ二十年くらゐ前になるのだらうか。
当時、今でいふカフェやクラブに本を携へて行くのが流行の最先端だつた、らしい。
「らしい」といふのは、やつがれは当時のことを知らないからである。
もちろん、携帯する本はなんでもいいといふわけではなく、いはゆる「ニューアカ」の本でなければならなかつた。「構造と力」なんかだつたりすると最高だつたわけである。
そのころ「ニューアカ」、すなはち「ニューアカデミズム」といふのが大変流行してゐた、と、物の本にはある。
浅田彰とかね、中沢新一とか、栗本慎一郎とかがかかはつてゐたらしい。

「パラノ」「スキゾ」といふのは、浅田彰の著作に見られる。
それぞれパラノイア、スキゾフレニアの略で、パラノといふのは基本的に物を貯めたがり定住したがるが、スキゾは流浪の民で物を貯めることに執着しない。
といふのが、やつがれの解釈だが、まあどこまであつてゐるのやら……。
ま、普通に辞書を引けば「paranoia」は「偏執狂」、「schizophrenia」は「精神分裂病(最近では「統合失調症」といふかも)」と出てくるだらう。

さう、つまり、遅ればせながらではあつたが、やつがれも一応浅田彰に挑戦したことがあつたのだ。
よくわかんなかつたけど。
浅田彰の話でよく覚えてゐるのは、なぜ学者になつたかと問はれての答へである。
「一日十時間眠れるから」
この答へはとても魅力的だつた。
学者になれば一日十時間眠れるのか。
いいなあ。

残念ながら、やつがれには学者になるだけの力量も学問の対象も持たなかつたので、一日三時間睡眠に甘んじるやうな生活を送つてゐるわけだが、それはまた別の話である。

ところで数年前、またこの「パラノ」「スキゾ」といふことばを見かけることがあつた。
「新世紀エヴァンゲリオン」で一斉を風靡した庵野秀明に対するインタヴュー集のタイトルにあつたのだ。
残念ながら、手垢がつきすぎてゐたためか、あるいは元々の意味がむづかしすぎるためか、それともエヴァンゲリオン自体の人気が下降線をたどりつつあつたためかはわからないが、「パラノ」も「スキゾ」もかつてほど流行らなかつた。
いや、元々流行らせやうなんぞといふ気はまつたくなかつたのだらう。

しかし、なんとなく「ふーん、エヴァンゲリオンつてさういふ話なのかな?」と思つてしまつたのは、浅田彰にtryした過去があればこそ、なのだらうなあ。

三度、「パラノ」「スキゾ」を目にする日はやつてくるだらうか。
ないやうな気がするなあ。

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Wednesday, 09 June 2004

majority を味方につけるには

あひかはらず、松尾スズキの「大人失格」を読んでゐる。

この中に、ダウンタウンと爆笑問題に関する記述がある。
この二つのお笑ひグループ(つていふのかね?)はほぼ同時期にデヴューしたが、かたや売れつ子、かたやいつまでも深夜枠(ことはるまでもないが、五年前の話である)、と松尾スズキは書いてゐる。

その差がどこから出てくるのか、といふと、確かに松本整……つてそれぢや「オヂさんの星」だよ……もとい、松本人志のギャグは太田光のそれよりも質・量ともに勝つてゐるからといふ話もあるが、と続く。
しかし、決定的なちがひは相方がブスにやさしいかさうではないかにある、といふのである。
松尾理論によると、浜田雅功はモテたことがあり(あるいはモテてをり)、モテる男といふのはブスに対してなにがしかの sympathy を抱くものなのださうなのである。
残念ながら、田中裕二はモテ度といふことからいくと浜田某には劣り、つまりはブスに対する配慮が足りず、それゆゑにブスから人気がなく、従つて majority を味方につけることができず、深夜枠に甘んじざるを得ない、と、かういふわけなのだ。

それを証明するやうな番組を、ダウンタウンはやつたことがある、といふ話も出てくる。

しかし、ここにはもう一つ、この二つのグループにある重要な相違点が出てこない。

それは、

同性愛臭

である。

あ、そこのアナタ、引かないで、引かないで。
デヴュー当時のダウンタウンがさういふふりを匂はせることで数多の(自称)乙女たちの心をわしづかみにしてゐたことは周知の事実である。
なぜか(自称)乙女たちは同性愛のにほひに弱い。
それも「さぶ」ぢやダメで、どこかfantasyのにほひがするものでなければならない。

大の男が三人、五人、六人、七人と集まつてやたらと人気をほこつてゐるグループがあるでせう。諸兄は「なんであんな輩に人気が集まるのか納得いかねえ」などとお考へではなからうか?

お答へしてしんぜやう。彼らは「同性愛臭」で人気を得てゐるのである。
聞いたことはないだらうか。某トリオの一人はノンケだつたがために売り出してもらへなかつたといふ説を。
ご存知ないだらうか。とある関係者によるさうした内容の暴露本が発売されたことを。

よく、男性アイドルは結婚すると人気が落ちるといふ。
それは「あはよくば玉の輿」を狙つてゐるファンからそつぽを向かれるから、と一般には考へられてゐる。
その説は正しからう。
だが、そこにはもう一つ理由がある。
結婚してしまふと、そのアイドルは(自称)乙女たちのfantasyのタネにならなくなるから。
これである。

どう贔屓目に見ても、爆笑問題に「同性愛臭」は感じられないし、また彼らがさういふ路線で売り出したといふ話もきかない(ま、これは寡聞にしてやつがれが知らないだけなのかもしれないが)。
それにもしさういふ路線で売り出しても……どうかねえ、失礼ながら。

それに、今となつては売れつ子になつてしまつたからそんなことはどうでもよからうと思はれる。

松尾スズキほどの人物がこのことに気がついてゐない筈がない。
紙面の関係から省かれただけだらう。
あるいは男性として、認めたくないことなのかもしれない。

「大人失格」読了。

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Tuesday, 08 June 2004

大人になる計画つて

松尾スズキが好きである。

「たれよ、その人?」
といふ人もなからうとは思ふが、念のため書いておくと、劇団「大人計画」の人で、舞台にも立つがどつちかつてーとホン書いたり演出したりする人である。

そんなわけで、あまり「大人計画」の芝居は見に行かない。
松尾スズキはほとんど出てこないからだ。
どうやらやつがれは役者としての松尾スズキが好きらしいのである。困つたね、どーも。

「四日間の奇跡」を読み終はつて手持ちに読む本がなくなつてしまつた。
いや、_Nature_とか読めばいいんだけどね。でもなんだか物語が読みたい。物語でなければコラムめいたものでも。

といふわけで、本屋にふらつと寄つてみたら松尾スズキの著作が目に入つた。
いはく「大人失格」。

幼い頃から子供らしくないことにかけては人後に落ちなかつたやつがれだが、ついぞ大人らしいともいはれなかつた。
「子供らしくない イコール 大人らしい」ではない。
子供らしくふるまふのもイヤなら大人になるのもイヤのだから仕方がない。自然とさうなつてしまふ。

しかし、年を経ると大人らしくならざるを得ないやうな気もする。
「やうな気もする」といふあたりがもう大人らしくないことの証明になつてしまつてゐるあたり、近頃面目次第もござりませぬ(粂寺弾正風に読むこと)。

ぢやあ大人の証明は何か、といふと……うーん、松尾スズキが自身の父親に関する文章の中で書いてゐるやうに
「逃げないこと」
なのかなあ、と。
「逃げないこと」「逃げ場がないこと」

基本的にはパラノのくせに逃げることばかり考へてゐるちよつとスキゾなやつがれは、やはり大人になつてはゐないやうだ。

とりあへず「大人失格」はまだ読んでる途中。

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Monday, 07 June 2004

人間の証明

「四日間の奇跡」読了。

一読して思つたこと。
この作者は、芝居やお浄瑠璃をまつたく見ないし浪曲も聞かない人間なのではないか、といふこと。
あるいは、反対にものすごく芝居やお浄瑠璃、浪曲の類が好きな人物かもしれない、といふこと。

昨今書店に平積みにされてゐることが多いが、うーん、そんなにいい話かなあ。
この手の話なら「仮名手本忠臣蔵」の九段目の戸無瀬と小浪や「国性爺合戦」の渚の方と錦祥女、逆パターンの「伽羅先代萩」は御殿の場や「恋女房染分手綱」は「重の井の子別れ」なんかの方がずつと泣けるしいい話な気がするんだが……。

え、さういふ人間は読んではいけない?
さうなのかもしれない。

自分の家族であれば犬畜生(と書くと森茉莉さんに怒られてしまふかな)でも大事にする、人間であれば血のつながりのない相手をこそ大切にするもの。
といふのが、戸無瀬や渚の方、錦祥女の行動の基本である。
それは、きれいごとなのかもしれない。
でもないよりまし。
そんな気がする。

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Sunday, 06 June 2004

アカドクロ

おもしろい。おもしろい芝居はおもしろい。

といふわけで「髑髏城の七人」を見てきた。
五月~六月にかけて「アカドクロ」、十月に「アオドクロ」を上演するといふのでちよつと(?)話題になつてゐる(と思はれる)、劇団☆新感線の芝居である。

どちらも配役を変へて、「アカドクロ」の主人公は古田新太が、「アオドクロ」の主人公は市川染五郎が演じることになつてゐる。

新感線の芝居をはじめて見た後、たまたま職場に新感線の大の贔屓といふ人がゐて、親切なことに劇場中継のヴィデオなどを貸してくだすつた。
その中に1997年の「髑髏城の七人」があつた。

何を隠さうやつがれは、芝居のTV中継が好きではない。昔の日誌にちよこつと書いたことがあつたが、TVのカメラマンは芝居を知らなかつたりするのである。それぢやあいい絵なんか取れつこないぢやん。
そんなやつがれが今まで見ておもしろかつたと思ふ劇場中継ものつて神谷町の道成寺だけ。しかもこれつて半ばTVで放映することを意識してたんぢやないかといふ気もするんだよなあ。

それはさておき。
しかし、しかし、「髑髏城」はおもしろかつた。
おもしろかつたし、実際に自分が劇場に足を運んで見られなかつたことが悔しくてしかたがなかつた。
とにかく話に引き込まれるし、衣装はすてきだし(極楽太夫たちの衣装は97年版の方がヒラヒラしてて好み)、立ち回りは最高だし……。
さう、あの捨之介と贋鉄斎の「切つては研ぎ研いでは切り」がもうたまらなかつた。
「うわー、澤瀉屋よりすごいや」
と思つた。

その「切つては研ぎ研いでは切り」がまた見られる。しかも生で。
ま、一部配役はちがひますが、でもそれはたいした問題ぢやない。

最初のうちこそ97年版とついつい比較してしまつたけれども、第二幕がはじまるころにはそんなことはまつたく気にならなくなつてゐた。

兵庫は97年版の方が衣装なんかはあかぬけてゐたやうに思ふ。思ふけれども、あの大首絵のやうなバランスが実にどうも様子がよくてなあ。二階席から見たらほんと、錦絵から抜け出してきたやうに見えるんではなからうか。いいよなあ。
沙霧は97年版より今回の配役の方が好み。佐藤仁美は「スサノオ」ん時も好きだつたな。

まー、細かいところはいろいろありますが、それはどんな芝居でもさうでせう。

細かくないところでいふと、やつぱり「上総介くん」が見たかつたかなー、とか。
うーん、女優さんには「物フェチ」はムリ? あるいは女優さんにはクール・ビューティかつお笑ひ系はムリなのか?
そんなことはないと思ふんだがなあ。
フォローするわけではないが、水野美紀は「アテルイ」の時の立ち回りより今回の方がずつとよくてかつこよかつた。「アテルイ」ん時は高麗屋と息があつてなかつたからな。

いや~、やつぱりよかつたなー。
それにしても「アオドクロ」はどうしやう。
高麗屋はあまりかつてゐないやつがれである。
でもなー、「上総介くん」が出るんだつたら行つちやふかもしれないなー。

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Saturday, 05 June 2004

Better Half

久しぶりに、ビーズタティングをしてみた。

つてこのまえ写真載せたのもビーズタティングだつたが、しかし日々タティングはしてゐるのでビーズを使ふのは自分としては「久しぶり」な気分になつてしまつたのである。

ここのところビーズづいてゐる。
あひかはらず PDA Cover も細々と編んでゐるし、これを編み終はつたらまた別の糸とビーズで PDA Cover を編む予定。

使用してゐる糸は東駒の絹穴糸83番。ビーズはTOHOのスリーカットビーズ No.CR162C。このビーズが大変気に入つてゐる。元々は丸小ビーズのNo.162がお気に入りだつた。ちよつと見に金色に見えるところがいいのである。スリーカットには162とこの162Cとあつて、少し色の濃い162Cもかなり好きである。

実は、ビーズを通す前は「この糸とビーズの組み合はせ、あまりよくないかも」と思つてゐた。
糸もビーズも一つ一つとつてみればなかなかいい感じなのだが、一緒に使つた時に今ひとつ地味なのではないか、とか、ぼんやりした色合ひになるのではないか、とか、そんな不安が心をよぎつた。
#……つて大袈裟な。

ところが、作りはじめてみると、これが案外いい感じなのである。
予期してゐなかつたやうなアンティーク風の色合ひになつたのだ。
うーん、いいなあ、かういふ感じ。

前回は絹穴糸と特小ビーズのバランスが好きだ、と書いたが、ビーズとしてはスリーカットビーズが好きである。カットによる輝きがいい。丁度ビーズ人気がピークに達したころ、ビーズ売り場でいはゆる「オバサン」が丸小ビーズとスリーカットビーズのちがひがまつたくわからないらしく、店員に文句を云つてゐたが、それはオバサン、違ひのわからん君がいかんよ。
と、もちろん小心者のやつがれが云ふわけはないが、おそらくその場で買ひ物をしてゐた人々はみなさう思つたのではなからうか。
今そのオバサンがビーズ手芸をやつてゐないことに三千カノッサといつたところである。

写真はそのうち。

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Friday, 04 June 2004

それは次回の講釈で

羽生善治名人が勝つてしまつた。

名人戦第五局のことである。

「勝つてしまつた」なんぞと書くと、まるで羽生名人が勝つて悪かつたやうな感じだが、さにあらず。
といふことは、過去の日誌をご参照いただければなんとなくご理解いただけることと思ふ。

たつた今、佐藤康光棋聖と高橋和女流二段による解説を見たばかりである。
佐藤棋聖は……こんなことやつてる場合ぢやないだらう、棋聖こそ、対局の場に臨んでゐるべき人なんぢやないかと思ふ気持ちもあるが、その一方で、実は我が家はあげて棋聖の解説のファンなので、うれしいやうなかなしいやうな……うーん。がんばれ、みつくん。
つて「みつくん」呼ばはりかよ。

もとい。

といふわけで、楽しみもまた次回に持ち越し。
過去の日誌にも何度か書いたが、将棋にはまつたきつかけは羽生善治・当時竜王と森内俊之・当時名人の公開対局のTV中継を見たことなので、この二人の対局がまだ見られるのはうれしい。

うれしいが、つらい。

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Heute Ha-Ha-Habe Ich Geburtstag

今更だが引きこもり願望が強い。
どれくらゐ強いかといふと、「なんでヲレは引きこもれないんだらう」と思ふくらゐ強い。

……たいしたことないか(^_^;)。

中学生の頃だつたと思ふが、授業で少しだけ「桃花源記」を学んだ。
この時に国語の教師が「帰去来辞」をこれまた少しだけ紹介してくれた。
「帰りなん いざ」
ああ、帰りたい。今すぐ帰つて部屋にこもつたまま過ごしたい。

陶潜字は淵明の真意などはまつたく汲まず(あるいは「汲めず」)、強くさう思つたものである。

今考へてみれば、街中育ち(都会、ではない。どちらかといへば田舎だ)のやつがれが、田園生活に戻りたいと思ふわけがない。田園生活とはやつがれにとつては未知の生活だ。「帰りなん、いざ」といつて戻る場所ではない。

引きこもり願望は強いまま年を重ねてしまつた。
だがいくら引きこもりたいといつても家にゐては食ひ扶持は稼げない。
そんなわけだから仕方なく外に出てはゐる。出てはゐるけれど、心はいつでも Homeward bound, I wish I were だつたり、I am a rock, I am an island. だつたりするわけだ。

よく引きこもりの問題は引きこもりたくないのに引きこもつてしまふことにあるといふ。
なんたる贅沢。
ここに引きこもりたくても引きこもれない人間がゐるといふのに。

そんなわけで、引きこもつてゐる人々でも携帯電話やPCで外の世界とつながることができ、やがてはほんたうに外に出られるやうになつたりする、といふ話を聞いても、
「それはもともと引きこもりたくなくて引きこもつてる人々の話でせう」
と思つてしまふ。

引きこもりたくて引きこもる人間の書いたものといふのは、ネットでの書き込みやメイルであつても、それと他者に知れるものなのだらう。

ネットに接続するやうになつたころ、足繁く通つて書き込みをしてゐたことがあるが、つひぞ同じやうに集ふ人から連絡をもらつたことはなかつた。こちらからも連絡するわけがないので、それはさういふものなのだと思つてゐたが、世の中、さうではなかつた。
ちやーんと、個別に連絡をとりあつてなかよくしてゐる人々もゐた。
まー「ネット婚」といふのもあるわけだから、ネットで出会つた縁でオフネットでもつきあひがはじまるといふのは男女の仲に限らずあることなのだらうとは思つてゐたけれども、しかし、よくあることなのだとは思つてゐなかつた。
そして、遅まきながら気がついたのである。
ネット上で人付き合ひのいい人はオフネットでも当然のやうにさうなのである、といふことに。

従つて、実生活で人付き合ひの悪いやつがれがネット上で突然人付き合ひがよくなるなんぞといふことはまづあり得ないことなのだ。

ネットにつなぐやうになつてかなり早い段階でそれに気がついたやつがれは、だから特にWeb Ring等には参加してゐないし、リンクを張る場合はいはゆる「こつそリンク」ばかりである。
よほどのことがないと巡回してゐるサイトのBBSに書き込んだりはしないし(友人のサイトなら話は別だが)、ましてやメイルなんぞは出したりしない。ほんたうにただ巡回するだけ。

そして今日もみづからの老後の楽しみとして、かうして読む人もあるのかないのかわからない文章を書いてゐる、と、かういふ寸法なのである。

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Thursday, 03 June 2004

チェルニーも子守唄を歌はない

多分な。

といふわけで、運指練習のほかにやつがれが嫌いだつたのが「チェルニー」である。
30番とか50番とか100番とかあるあれ。ベートーヴェン大先生の弟子・チェルニーのピアノ曲だ。

なにがいやつて……なにがいやだつたんだらうねえ(^_^;)。今となつてはよくわからないが、運指練習はやつていつてもチェルニーは練習していかない、なんてなこともあつたくらゐである。よほど嫌いだつたにちがひない。
おそらく弾いてゐて楽しくなかつたんだらうなあ。
あ、教則本だからか。なるほどね。

しかし、ぢやあチェルニーがつまらない人間だつたのか、といふと……それはよくわからない。
少なくともピアニストとしてはベートーヴェン先生より技術的には勝つてゐた、といふ話もある。

でもベートーヴェンとチェルニーつて云つたらやつぱりあれでせう?
森雅裕の「モーツァルトは子守唄を歌はない」。

音羽に見殺しにされた(?)作家の江戸川乱歩賞受賞作品である。
続編に「ベートーヴェンな憂鬱症」といふのもあつて、これは魔夜峰央が表紙絵を描いてゐた。表紙絵だけかと思つたら本には四コママンガまで載つてゐた。その縁だらうか、「モーツァルトは……」の講談社文庫版の表紙も魔夜峰央が手がけてゐたやうに記憶してゐる。

以前も書いたが、「モーツァルトは子守唄を歌はない」は、初めてそれと意識して購入した江戸川乱歩賞受賞作である。しかも発売直後に購入したのはこれ一冊であらう。何かと思ひ出深い本だ。「今は何もかも懐かしい……(納谷悟朗の声で読むこと)」。

もし、ピアノの稽古に通つてゐるころにこの本に出会つてゐたら、もう少しチェルニーともなかよくできたのではないか。
そんな気がする秋のゆふぐれ。

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Wednesday, 02 June 2004

p for piano

住宅密集地に暮らしてゐると日常的に近所で練習してゐるピアノの音が聞こえてくる。
かつて「ピアノ殺人」なんてのがあつたが、子供のころご近所に迷惑をかけてゐた身としては、
「をを、やつとるやつとる」
といつた感じだ。
聞こえてくる曲によつては「あれ、あのお宅のお子さんはまだ小さかつたと思ふけど、もうこんな曲を弾くのか」と思つたり、「うーん、いつも同じところでつつかへてるけど、ちやんとメトロノーム鳴らしてもつとゆつくりした速度で練習した方がいいのに」と余計なお世話なことを考へたりしてゐる。

ところで意外と聞こえてこないのがハノンだつたりする。
ハノンといへば運指練習用の教本で、おそらくピアノのお稽古なんぞに通つたことのある人ならまづ避けてはとほれないものなんぢやないかと思ふがどうか。
ちなみにやつがれはハノンではなくて、「テクニック」とかいふ緑色でB4サイズくらゐの教本を使用してゐた。でもえうは同じものである。

運指、すなはち指の運び方の練習をするものだが、スポーツでいへば準備運動のやうなものであるし、基礎練習でもある。絶対不可欠なものだ。と思ふ。
いはゆるお稽古に通つてゐた時はこれがいやでいやで仕方がなかつた。

どうも習ひ事に向かない体質のやつがれは、遠い昔に稽古に通ふのをやめてしまつたが、ピアノは続けてゐた。稽古では大して進まなかつたのでこれまた大した曲は弾けなかつたが、そして日を追ふごとに弾ける曲が少なくなつていつたが、それでも弾いてゐた。
我が家からピアノが消へるまでは。

ところで、しばらく家を空けた後、ピアノの前に戻つてきたやつがれが最初に買つた譜面はハノンであつた。
もう「テクニック」はとつくの昔にどこかに消へてしまつてゐた。仕方なく買ひにいつたのである。
ピアノの練習をやめて数年、遅まきながら運指練習の大切さに気がついた、と、かういふわけである。
といふわけで、もうたまの土日にしか弾けなくなつてゐたが、それでもハノンから練習をはじめるのが常だつた。きちんとメトロノームを使つて、最初はゆつくり、それでできるやうになつたら次第に速く。
時には運指練習だけで疲れてしまつてその後は何も弾かなかつたこともある。ご近所には多大なる迷惑をかけてゐたことと思ふ。
同じころ、やつと和音が「ぐしやつ」となることがあるといふことに気がついた。えうは指がそろつてないのである。気をつけて弾くやうになつた。ほんと、稽古にかよつてゐたころは何をしてゐたのだらうと自分でも思ふ。まつたくお月謝をどぶに捨ててゐたやうなものだ。あーあ。
しかし今はいやいやながらも稽古に通つてゐてよかつたと思ふし、こんな自分に投資(?)してくれてゐた親には感謝してゐる。

我が家にはもうピアノはない。たまに弾きたいなあと思つてもないのだからしやうがない。
もうほとんど弾けないだらうな。

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Tuesday, 01 June 2004

裏切り者その弐

といふわけで、早速 PDA Cover を編みはじめてみた。
PDA Cover in progress

使用してゐるのはエミーグランデの新色である。China Red とでも呼びたいやうな色。ビーズはミユキの丸大ビーズ K91。写真では今ひとつだがもつと光沢があり、ヴァニラといはうか象牙色といはうか、そんなやうな色合ひである。針はレース針の0号。

エミーグランデはこの春、久しぶりに新色を発表したが、いづれもやつがれ好みの渋い色でいい。全色ほしいのだが今のところこの赤と緑、紫が手元にある。PDA Cover がうまくいくやうだつたら色違ひで編まうかなー、と考へてゐるところ。

ところで昨日は _Knit and Crochet with Beads_ について「身近な技法が多い」といふやうなことを書いたが、申し訳ない、知らなかつた技法がたくさん出てゐる。ちやんとビーズ刺繍も出てくる。
たとへば PDA Cover ではこま編みで平編みにした時、毎段ビーズを編み入れる技法を使つてゐるが、これは今までやつたことがなかつた。毎段ビーズを入れる時は輪に編んで裏にビーズが出る技法しか使つたことがなかつた。
裏表紙を引くが、技法は16、棒針編みの作品が13、かぎ針編みの作品が10載つてゐる。
巻末にはオリジナルデザイン用にビーズを編みこんだ形の方眼紙が二種類掲載されてゐて、自分でビーズ編み込み模様をデザインする場合の解説がある。

さて、あとがき部分には、「自分の家にある毛糸は、イメルダ・マルコスの靴のコレクションにも負けないくらゐである」といふやうな記述がみられる。なんでも 2,000 pounds を超えるといふのだ。
ははー、やつぱりさうなつちやふよねー。
とはいふものの、Lily Chin はあみものを生業にしてゐるわけで、それならイメルダの靴のコレクションとはりあふくらゐ毛糸を所有してゐたとしても、それはそれ、であらう。
少し前にあみもの系blogで、毛糸をやたらと買つてしまふことへの罪悪感に関する記述を見かけた。みんなそんなものなのであらう。
同じくあとがきに、「さうした毛糸の中にも「なーんでこんなの買つちやつたんだらう」といふやうな冴へないものもあるが、かういふ毛糸をビーズとくみあはせると、Voila! なんとも素晴らしいものに変身する」といふやうなくだりもあつて、ちよつとにこにこしてしまつた。

そんなわけで、といふわけでもないのだが、はい、やつてしまひました。
今日も糸を買つてしまつた。
Anchor の 段染めレース糸10番三種類(「毛糸だま」夏号の巻末に掲載されてゐるのと同じもの)、同じく段染め刺繍糸8番を三種類、それと安売りになつてゐたDMCのBabiloの黒20番。
どーすんだよ、こんなに買つて。
でもなー、Anchor のレース糸と刺繍糸、好きなんである。刺繍糸の5番・8番はタティングレースに最適だ。DMCの同等製品よりも撚りが強いところがいい。それに段染め糸のうつくしさはほかの会社の刺繍糸にはちよつとないと思ふ。
Babiloは 同社のコルドネ・スペシャルから色糸がなくなつて(今は白と生成だけである)後、代替としてレース編みの本などでは使用されてゐるが……タティングに使ふ立場から云ふと、コルドネ・スペシャルがなつかしい、といつたところか。Babiloの30番を使つて楓(写真の子である)やブライス用のバブーシュカもどきを作つてゐるのだが、コルドネ・スペシャルといふよりはAnchorの40番みたやうな感じである。少し「ねとっ」つとした感じがする。かぎ針編みに使ふとまたちがふのかもしれない。

……こんなんでいつもとかはんないやうな感じだが、実は今も頭がくらくらしてゐる。
え、PDA Cover みたやうなの編んでるからだつて?
さもありなんさもさうず。

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裏切り者

つてはみだしつ子の六巻のタイトルぢやないよ。
collaborator、ね。
それにしても一昨日のキング・カメハメハはすごかつたね。
しかし、横山典弘、無印だと相変はらず強いなあ。

もとい。

Lily M. Chin はその筋では有名人である。
その筋つていはゆる「その筋」ではなくて、あみものの世界では、くらゐの意味だ。

前の著作である _The Urban Knitter_ はピンとこなかつたものの、今度の本はもうまるで全身のツボを押されたやうな感じである。

_Knit and Crochet with Beads_ がそれである。

どのページを見ても「あみたい(>_<)」と思ふやうな作品ばかり……。いやはや。
似たやうな本で、_Knitting with Beads_ といふのも持つてゐるが、編みたさ度では絶対こちらの方が勝つてゐる。
_Knitting with Beads_ はあみものとビーズの組み合はせの技法三種類を紹介し、それぞれの技法毎に作品が載つてゐる。最後には全技法を組み合はせた作品も載つてゐる。
三種類の一はビーズ刺繍である。「刺繍」といふあたりでやつがれとしてはすでに挫折気味だ。
なぜなら縫ひ針が苦手だからである。とほほ。縫ひ物が全般的にダメなんだよ(/_;)。
残りの技法は Beaded Knitting と Bead Knitting。この二つはちがふんださうである。
どうちがふのか。
Beaded Knitting の方はガーター編みで裏面 (wrong side、な) を編む時にビーズを編みいれる。ビーズは表面 (right side、な) に編みこまれる。これは自分でもよくやる方法なのでわかつた。
Bead Knitting は表面を編む時に表側にビーズを編みこむらしい。このあたり、まだよく読んでないのでわからない。

さう、つまり、三つの技法のうち、二つは苦手かよくわからないかのどちらかなのである。
一月から五月頭にかけての疲れが抜けきらない頭に新しいものごとは入つてこないのだつた。
# と云ひわけしてみたり。

一方の _Knit and Crochet with Beads_ だが、こちらはに出てくる技法は身近なものが多い。かぎ針編みとビーズの組み合はせならしよつ中やつてるからな。

ひとまづは PDA Cover を編むことにしやうと思つてゐる。今エミーグランデの新色のうち赤い糸にビーズを通してそのままになつてゐるのがあるのだ。これがまさに PDA Cover にうつてつけなのだ。
あとくつ下もいいなあ。

つていつ編むんだよ。

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Scientists and Stitch'N Bitch

いや、別に科学者があみものしたりするわけぢやなくてー。
_Nature_によると英仏ではカフェで科学討論の会をもつたりするんださうな。
記事の冒頭には、数学者を招いての討論会のことがちよろつと出てくる。
かういふ催しは1997年くらゐにはじまつたらしい。

ひよつとして、世の中の流れとして、「みんなでカフェに集まつてなんかしやう」といふ風潮が広まつてゐるのだらうか。

題名にした「Stitch'N Bitch」にしても Meetup にしても、「同じ趣味趣向をもつもの同士、決まつた日に決まつた場所に集まつて趣味に興じたり話し合つたり飲み食ひしたりしやうよ」といふ趣のものである。
こんな手垢のついたやうなことは書きたかないが、しかし、

「21世紀のカフェ文化」

つて感じなんぢやなからうか。

そしてその中心にはスターバックスが……?
でも英仏だつたらそんなことはないのだらうか。

一応あみもの好きの端くれとしてやつがれも一度は「Stitch'N Bitch」や「Knitting Meetup」に顔を出してみたいものだと思ふのだが……。
如何せん、ものぐさでな。
しかも、大抵は東京、しかも都心で平日の夜に開催といふことなので、なかなか参加し難いものがある。

ここは一つ、休みの日にでも近所のカフェ(スターバックスだ。多分)にあみものやタティングの UFO (UniFinished Object、な)を持つて出かけて一人製作に励むあたりからはじめてみるか。
あるいは手芸好きの知り合ひに声をかけて、はじめるか。

……しかしひきこもり願望の強いやつがれにそんな行動力があるだらうか?
それは次回(?)の講釈で。

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