Friday, 23 June 2017

性格で判断

いままさにさうなつてゐるのかもしれないが、今後はますます入学試験などで性格などを問はれることが増える、といふ話を聞く。

思へば、幼稚園からいままで自分の為人や性格を云々されて入園・入学・入社したことはない。
そんなことで評価されてゐたのなら、どこも不合格だつたらうからだ。

もう三十年は前のことだ。
いとこがさる中高一貫教育の学校を受験するといふ。
その学校は明るい性格の子しか入学させないといふ話だつた。
その学校の入試に対応した塾に通つてもゐた。
残念ながら我がいとこはそんなに明るい性格ではなかつた。
どちらかといふとものしづかであまり感情を面にのぼらせることのない人だ。
塾でも「合格はむづかしいかもしれませんね」と云はれてゐたといふ。
結局、親の仕事の関係でのその学校から遠いところに引つ越すことになり、受験しなかつたのらしい。

明るい性格の子しかゐない学校、か。
その学校で育つたら、暗い性格の人とのつきあひ方がわからなくなるのぢやあるまいか。
それつて、社会不適応者を育ててゐることにはならないのか。
あるいは教師に暗い性格の持ち主がゐるのだらうか。

それに、明るい性格の子だけを集めたとしたつて、その中に差異はある。
世の中の平均からみたら明るい子だけれど、明るい子ばかりの中に入れられたら暗い子になつてしまふ。
そんなこともあるだらう。

人の性格を見極めるのつて、そんなにかんたんにできるものなのだらうか。
学校や企業の面接官ともなれば、お手の物なのかなあ。

見た目でなんとなく変な人といふのがわかることもある。
この前東京宝塚劇場に行つたとき、その身なりから「この人、なんだか変」と思つた人は平気でエスカレータを待つ列に割り込んで来た。
着てゐるものがみすぼらしかつたとか、髪の毛が乱れてゐたとかいふわけではない。
ただ、その人には似合はないと思はれるやうな服を着てゐた。

でもそれを云つたらやつがれも「変な人」枠だからなあ。
面接試験を重要視するやうな入学試験や入社試験にはことごとく落とされる。
さう思つてゐる。

先日、TwitterのTimeLineにこんなやうなつぶやきが流れてきた。
英国数理社の入学試験の場合、ある一定の成績に達してゐるといふだけの人間が集められる。
その多様性がいいのであつて、性格だの人格だので入学の可否を決めてゐたらかうはならない。

自分にとつてはすつかり他人事なのでのほほんと構へてゐるが。
老人ホームへの入居も性格や人格が問はれることになつたらと思ふとお先真つ暗な気分になる。
それとももうさうなつてゐるのだらうか。
この世は闇か。

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Thursday, 22 June 2017

方眼罫のノートを使ふ

無地の Moleskine ポケットサイズを使ひ終はり、方眼罫のおなじものを使ひはじめた。

方眼罫は次からはもう使はないかもしれないな、といふ気がしてゐる。

方眼罫は人気がある。
成績優秀な人は方眼罫のノートを使つてゐるといふやうな題名の書籍があつたやうに思ふし、Moleskine の中でも一番人気があるのは方眼罫なのではあるまいか。そんなことはないかな。

現在、システム手帳でも方眼罫のリフィルを使用してゐる。
Bullet Journal 用には方眼罫が都合がいいからだ。
一時普通の罫線のリフィルの先頭部分にだけ縦線を入れて Bullet Journal を試して見たことがある。
これでもいい気がしたけれど、なんとなくしつくりこなかつた。

方眼罫のなにが苦手なのか。
まづ、すべての方眼罫が苦手なわけではないかもしれない、といふことをことはつておく。
5mm方眼は、ちよつと使ひづらい。
一行に字をおさめるには狭すぎるし、二行使ふには広すぎる。
帯に短し襷に長しとはこのことだらう。
おそらく三行の中に二行書くのがいいやうな気がするが、さううまくできた試しがない。

無地の場合、罫線がない分字の大きさも行間も好きなやうにとれる。
「好きなやうに」と書いたが、多少滅茶苦茶でもなんとかなる。
ガイドとなる罫線がないから行がななめになつていくこともある。
でも全体がななめになるなら、たいした問題ではない。

5mm方眼は絵やグラフなどを描くときにむいてゐるといふ。
小学生のころ、理科には方眼罫のノートを使つてゐた。
絵やグラフを描き入れるのに向いてゐるなあ、と思つた。

成績優秀な人に方眼罫のノートを使用してゐる人が多いといふのは、ノートの中の文字と絵とのバランスがとれてゐる人に成績優秀者が多い、といふことなのかもしれない。
本も読まずに(そして本の存在を確かめもせずに)書いて恐縮だが、そんな気がする。

やつがれのノートの使ひ方はといふと、とにかく一ページびつしり字で埋め尽くすやうな感じだ。
以前は絵なども入れてみやうと試みたこともあつた。
そのうち自然となくなつた。
いまこの瞬間この光景をかんたんにでも絵に残せたら、と思ふこともないわけではない。
でも気がつくと「ここがかうで、あそこがああで」と文字をつらねてゐる。

以前ほぼ日手帳で3,3mmだか3,4mmだか方眼といふのがあつたやうに思ふ。
使ひづらいといふ意見が多いやうに見受けられたが、二行に一行書き入れるのならちやうどいいサイズだつたんぢやあるまいか。

5mm方眼の一行に文字を一行書き入れるのなら、ペン先の細いペンを使へばいいのかもしれない。
このあとしばらく方眼系とのつきあひがつづくので、いろいろと試してみるつもりだ。

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Wednesday, 21 June 2017

現実の生活を充足させるには

最近あまり書けてゐない。

読んだ本や見に行つた芝居、聞きに行つた落語、ことごとく記録が残せてゐない。
からうじていつ読み終はつたとか、いつなにを見に行つたとか、いつなにを聞いたとかは残してゐる。

Bullet Journal をつけてゐると、月によつてどれだけ書いたかがわかりやすい。
月の初めにその月の最初のページを、月の終はりにその月の最終ページを目次に書き入れるからだ。
今年は、二月と三月とはよく書いてゐて、四月五月とすこし落ち込み、六月はほとんど書けてゐない。
予実管理をするだけなら十分なくらゐには書いてゐる。

書かない生活は健康的だらうか。
書く生活よりもいいのか。

書かないのは書けないからでもある。
時間がないのだ。
あいた時間を見つけて書くやうにはしてゐるものの、その時間がなかなか見いだせない。
これをもつて生活が充実してゐるから、といふことも可能だ。
いはゆる「リア充」だから書く時間がない。
さういふこともできる。

でもやつがれにとつてはリアルの充実よりも書ける生活の方が慕はしい。
仕事や日々の暮らしの充実よりもあれこれくだらないことを書く時間があつた方がうれしい。
書かない/書けないといふことは、すなはち忙殺されてゐるといふことでもある。

別段書いたからといつてどうといふことはない。
いま「Why I write」でWeb検索をかけたら、Mediumの記事が目にとまつた。
その記事を書いた人は、世の中やその人の書いたものを読む人のことを変へたいと思つて書いてゐる、といふ。
すくなくともそれが書くことの理由のひとつだといふ。

世の中を変へたい、か。
奥泉光もそんなやうなことを書いてゐた。いや、いとうせいこうとの対談だつたと思ふから、話してゐた、が正しいか。

世の中を変へたいか。
やつがれ風情の書いたことで世の中が変はるとは思へない。想像すらできない。

ではなぜ書くのか。
書けば満足するから、かな。
本や芝居について、書いたところでひとまづ満足する。
読んだ、見た、といふ記録が残るからだらう。
その満足感、充足感を得ることなく今月はここまできてしまつた。
書くことでリアルな充足を得ることができる、といふことだらう。
書けばリア充。
さういふことだ。

ひとまづはなにもかもふり捨てて、これまで書かずにきた本や芝居、落語について書くことにしたい。
が、ふり捨てられるか否かが問題だ。

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Tuesday, 20 June 2017

佐賀錦の持ち腐れ

手持ちの糸の中に佐賀錦がある。
黒が二巻、perwinkle と呼びたいやうな淡い紫が一巻の合計三巻だ。
黒の一巻にはビーズをとほしてタティングレースのブレスレットのやうなものを作つてゐる途中だ。
Jan Stawasz のデザインで、もとはチョーカーになつてゐる。
これをブレスレットにしやうと思つたんだな。
はじめたのが三年前で、そのまま止まつてゐる。

とまつてゐる所以は、自分でも定かではない。
もともとは旅行中の暇つぶしにと思つてはじめたものだつた。
旅行中もちよこちよこ結んではゐたのだが、なにぶんイヴェントももりだくさんであまり進まなかつた。
帰つてきてからつづければよかつたものの、そのままになつてゐた。

先日、糸の確認などをしてゐてその存在に気がついた。

ビーズはTOHOのスリーカットビーズで色は黒だ。
黒い糸にビーズを通すと糸の色がビーズにうつつてビーズの色がちよつと濁ることがある。
マットなビーズでもさうなることがあるので注意が必要だ。
でも黒なら大丈夫。
黒い糸には黒いビーズがよく似合ふ。

さう思ふのだが、なかなかつづける気にならないのはなぜなのか。
作りはじめたものは、一気に作らねばならないといふことか。
でも、あみものについては、夏物や冬物は季節がすぎてしまつたら次の季節まで持ち越して、ちやんと完成させてゐる。
この場合は季節がすぎてしまつたからといふ理由ではない、といふのが問題なのかもしれない。

紫色の糸はどうするかねえ。
一巻だとどれくらゐのものが作れるのだらうか。
あまり糸を消費しないやうなデザインならスカーフのひとつも作れるかな。

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Monday, 19 June 2017

編んだり紡いだり

この週末は久しぶりに土日とも出かける予定がなかつた。
ほぼ一日中家にゐて、編んだり紡いだりしてゐた。

編んだものの写真も撮つた。

Par 5 Socks

ダルマのくつ下毛糸で編んだ Par 5 Socks である。
このくつ下毛糸は三月ごろ入手した。

針は2.75mmを使用した。
たまたま目についたからだ。
くつ下毛糸のラベルには、くつ下を編むときには0号(すなはち2.1mm)か1号(すなはち2.4mm)を使ふとよいと書いてあつたやうに思ふ。
しかもやつがれは手がゆるい。
大きくなつたとしたらオーヴァソックスにすればいいか、といふので、そのままえいやと編み始めた。

くつ下は編み方どほりに編んだ。
編み方には、かかととつま先とは好きな編み方を用ゐるやうに、と書いてある。
かかとのフラップ部分は自分で割り出して編んだ。
最初は単に引き返し編みのかかとにするつもりだつたが、かかと部分を二目ゴム編みにするといふのはあまりやつたことがなかつたので試しに編んでみた。
割り出した編み方どほりに編めたけれど、ちよつとゆるいかなあ。
かかとはきつちりつめて編んだ方が好きだ。
履いたときにずれにくくなるからだ。
でもまあこれはこれでいいか。
つま先は四方の一目内側で減らし目をする方法にした。

履いてみたところ、編む前に懸念したやうなゆるい感じはしなかつた。
縄編み模様で縮むからだらう。
縄編みには縄編み用の針は用ゐない。
ダルマのくつ下毛糸には用ゐた方がよかつたな、と思ふ。
糸がつるつるしてゐるせゐか撚りがほどけがちなのだつた。
ゆゑに手で押さへてゐた目の糸も二重になることがある。
この糸は編み込み模様にもあまり向かないのぢやあるまいか。
どんな模様が向いてゐるのかなあ。

模様が向いてゐるといへば、パピーのオンフルールで編んだ cowl は糸と模様とがぴつたりあつたものになつたと自画自賛してゐる。

Knitted Cowl

オンフルールは、おそらくもう廃番になつた糸だらう。
羊毛、絹、カシミヤの混紡糸で、とても上品な糸だ。

糸はあるだけ使つた。針は6号。
このままくしゃくしゃにして使つてもいいし、折つて二重にして使つてもいい。
早く寒くならないかなあ。

糸紡ぎは、Helix Scarf を見てはじめた。
毛は鎌倉ペレンデールで求めたシェットランドだと思ふが定かではない。
マフラーはもういらないといふのに、なぜ、と思ふが、編みたいのだから仕方がない。
手持ちの糸で編めばいいのだが、Helix Scarf は紡ぎ雑誌に掲載されたものだつた。
紡ぎはじめたのは無謀だつたかなあ。

ほかに、ネクタイを編み始めた。
くつ下を編んで余つたくつ下毛糸があつたのでそれで編んでゐる。Opal のキリン柄だつたと思ふ。

この先また出かける週末ばかりなので、とくに糸紡ぎなどはどうなるのか甚だ不透明だが、まあ、ネクタイは編むだらう。

夏物は、今年はなしかな。

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Friday, 16 June 2017

はふつておけない登場人物

「必殺仕掛人」の再放送がはじまつた。

なかなかリアルタイムでは見られないので録画して見てゐる。
見たら即消す。
さうしないとハードディスクの容量がすぐに足りなくなるからだ。

だが、「必殺仕掛人」が消せない。

これまで見てゐた「鬼平犯科帳」にも見ても消せない話はあつた。
出てくる俳優や話の内容がよかつたり、ちよつといい絵が何枚かでてきたり。
さういふので消せてゐない回がいくつかある。

「必殺仕掛人」は、ここまで第二話から第四話までを見たが、いづれも消せてゐない。
残しておいてもあまり見返す機会もない。
それなのに消せない。

それが好きといふことよ。
といふ話もあるが、ぢやあ「必殺仕掛人」のなにがいいのかと問はれると答へに窮する。
それもまた好きといふことなのかもしれない。

先日、「パペットエンターテインメント シャーロック・ホームズ(以下「人形劇の「ホームズ」」)」の一挙放映を見る機会があつた。
本放送時にすべて見てゐる。
録画したものをディスクに焼きもした。
なのに見てしまつた。

人形劇の「ホームズ」には文句がないではない。
最終回でモリアーティ教頭を貶めた結果、敵対するホームズもまたなんだかたいしたことのないやうな存在に堕してしまつた。
さう受け取れたからだ。

さはさりながら、人形劇の「ホームズ」の一挙放映を見てなにが好きつてなんとなく登場人物たちに「おともだち感」を抱いてしまふところだな、と思つた。

野田昌弘が書いてゐた。
スペースオペラに必要なのは「おともだちになりたい」と思はせるやうな登場人物たちなのだ、といふやうなことを。
さうでもないけどいい例として柴田錬三郎の「われら九人の戦鬼」をあげてゐた。
「われら九人の戦鬼」を読んでゐて登場人物に抱くのは、「はふつておけない感」かな、とじぶんでは思つてゐる。

一番古い人形劇の記憶は「新八犬伝」で、おぼろげにしか覚えてゐないけれど、これも登場人物たちのことが身近な人のことのやうに思へてきて、つひ見てしまつてゐた気がする。
思へば、NHKの人形劇はさうだつた。
すくなくとも記憶してゐるかぎり、そしてやつがれにとつてはさうだつた。
登場人物に対して「おともだち感」とか「はふつておけない感」を抱いて見てゐた。
さう思ふからよけいに一生懸命に見る。

人形劇の「ホームズ」も例外ではない。

そして、「必殺仕掛人」もさうなんだらうな。
あんましおともだちにはなりたくない人しか出てこないけれど、でもはふつておけない。
今度はどんな事件がふりかかつてくるのか。
どうやつてそれを解決するのか。
気になつて仕方がないのだ。

録画を消せないのなら、いつそディスクを買ふか、とも思つてゐる。
入手できさうならいづれ買つてゐる気もするが、でもいまは買はない。
いまは日々放映されるのを楽しみに待つて見ることにしたい。
毎日、あるいは毎週放映されるのを待つのがまた楽しい。
TV番組に生き残る道があるとしたら、これぢやあないかと思つてゐる。

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Thursday, 15 June 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 新・三銃士 その2

週末に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つて来た。
六月二十五日まで展示されてゐる「連続人形活劇 新・三銃士(以下「新・三銃士」)」を見るのが目的だ。

昨日はホワイエに展示されてゐる帆船や鳥・馬・蜘蛛と噴水広場について書いた。
今日はスタジオの中について書く。

スタジオの中は、手前両側の壁際に小道具を展示したケースがひとつづつある。
入り口を入つて真正面には大きなセットを背景にして「新・三銃士」の人形たちが飾られてゐる。
迫力ある展示だ。

左のケースには、コンスタンスの裁縫道具や劇中に登場した手紙、本などが置かれてゐる。
奥には細長い建物も展示されてゐる。
コンスタンスの裁縫道具は、DMCのスペシャルダンテルが四巻ほど入つてゐた。
なるほど、スペシャルダンテルは人形サイズだな。
パステルカラーのものが三巻で、いづれも未使用。白い一巻は使用中でかぎ針編みのドイリーを編んでゐる最中といつたやうすだつた。
細かいことを云ふと、ドイリーと一緒についてゐるかぎ針はそのドイリーを編むには太すぎる。
誰かがもつと細い針で編んだのかなあ。

手紙は、細かい手書きの文字でフランス語つぽい。
ちよつと茶色がかつた紙にセピア色のやうなインキで書かれてゐる。
リシュリューの似顔絵もあつた。懐かしいなあ。

銃士たちの使つてゐるマグカップも飾られてゐる。
奥の左からアラミス用、アトス用、ポルトス用、手前が左がダルタニアン用。その横にプランシェの食べかけのりんごがある。
それぞれ趣が違つて各人にあつたデザイン、といひたいところだが、ポルトスのはちよつと小さいんぢやないかな。
あとダルタニアンのカップには中に金具が仕込まれてゐて、ここに布かなんかをひつかけて中身が入つてゐるやうに見せてゐたのではないかと思はれる。

ほかにも酒場シェークルで使はれてゐたコインなどの小道具やちよつとした装身具のやうなのも飾られてゐて、こもの好きにはたまらないんぢやないか。
本もミニチュアのやうな感じで、豆本好きとおぼしきお客さんが食ひ入るやうに見入つてゐた。

右のケースにはルイ十三世やアンヌ王妃、リシュリューやロシュフォール、ミレディーの持ち物が展示されてゐる。
ロシュフォールの短銃とそのホルスターがなかなかイカしてゐる。財布とおぼしきちいさく黒いポシェットもいい。
アンヌ王妃の持ち物の中にはダイヤの首飾りもある。人形の身につけるものだから当然なのだが、こんなに小さいのか、とちよつと驚く。

「人形劇三国志」や「人形歴史スペクタクル 平家物語」の展示には小道具だけを feature したものはあまりないやうに思ふ。
自分がみた中では、渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーの外のケースに「平家物語」で使はれた琵琶や扇子などが飾られてゐたことがあつたくらゐかなあ。
三国志や平家物語の展示の場合、登場人物が小道具を持つてゐることが多いやうに思ふ。
孔明が白羽扇を持つてゐたり、関羽が青竜刀、張飛が蛇矛、呂布が方天戟を持つてゐたり、とかね。
楽器も、経正が青山の琵琶を、敦盛が小枝の笛を持つてゐたり。
三国志や平家物語の人形は手でものを持てるやうになつてゐるからだらうか。
得物だけ並べた展示といふのも見てみたいやうな気もする一方で、人形が持つてゐるのも絵になるんだよなあとも思ふ。

スタジオの主たる展示は、左からバッキンガム公爵、アンヌ王妃、ルイ十三世、ボナシュー、コンスタンス。後方にアラミス、アトス、ポルトス、前方にダルタニアン、プランシェ。ロシュフォールにケティ、ミレディと護衛隊三名の総勢十四名と二匹だ。あ、護衛隊士の奥に馬がゐるから二匹と一頭かな。
トレヴィルとリシュリューとはゐない。至極残念である。
スタジオ内は人形やセットを保護するためかかなり照明が抑へられてゐて暗い。

バッキンガム公爵はアンヌ王妃の手をとつて、ふたりで踊らうかといつた風情だ。
王妃のとなりにルイ十三世がゐて、ひとりで踊つてゐるやうな態なのだが、王妃に語りかけてゐるかのやうな雰囲気もあり、見てゐてちよつとつらい。

ボナシューとコンスタンスとは銃士たちを見てゐるのかなあ。
ボナシューはコンスタンスを見てゐるやうにも見える。
コンスタンスの視線の先にゐるのはアラミスかな、といふ気もする。
かうして見るとボナシューの顔はかなり特異だ。
デフォルメされてゐるのに妙にリアルな感じがする。
顔の皺や唇の感じ、かなあ。
コンスタンスはちいさくて可憐に見える。
作中の気の強いやうすは影を潜めてゐるやうだ。

アラミスはまつすぐ、アトスは膝を曲げて足を広げた臨戦態勢、ポルトスはちよつと半身の気取つたやうすで剣をかまへて立つてゐる。
それぞれその人物らしいやうすだ。
その三人の手前のダルタニアンもアトスと似たやうな体勢で剣をかまへてゐる。
かうして見ると、主人公顔だよなあ、ダルタニアン。
とても余裕のかまへに見える。
その横にゐるプランシェも仲間のつもりなのかな。とても可愛い。

ロシュフォールは銃士たちの方を向いて立つてゐる。右手に剣を持つて銃士たちの方に向けてゐる。
スタジオが暗い中、白い顔に黒装束で顔に照明があたつてゐるのでロシュフォールの写真はひどく撮りづらかつた。顔が白くとんでしまふのだ。
かうして見ると、デカいし、黒いし、腕が妙に長いし、ひどくおそろしい存在に見える。
ちよつとエヴァンゲリオン入つてるよなあ、ロシュフォール。
腕の長さなら玄徳に負けないぞ。

ロシュフォールの手前にケティがゐて、プランシェをねらつてゐるのかといつたやうす。

その背後にミレディーが控へてゐる。
「わたしはミレディー ミレディー ミレディー 世界で一番いい女」などと「プリンプリン物語」のヘドロの歌を思はず口ずさんでしまふくらゐいい女だ。
「好きな色は赤と黒」かどうかは知らないが、血の色と罪の色といふのはミレディーにもふさはしい。
三銃士の人形は樹脂でできてゐて、人形の性格にあつた木目を描いてゐるのださうだが、木目の見えない髪の毛なんかも木製のやうに見えるんだよなあ。ミレディーの髪の毛もまさにさう。

ほかに美術館の方にうかがつた話だと、人形には球体関節を使用してゐて、手首や肘の部分などはわざと隠さないやうにしてゐるのだといふ。
人形といふことを明確にすることで、視聴者が感情移入しやすくなるといふ効果をねらつてゐるのだとか。
また、唯一木で作つた人形があつて、それは三谷幸喜をモデルにしたオレイリーなのだとか。
木で作ると湿気や温度などで大きさが変はつたりするが、一度しか登場しないオレイリーならいいだらうといふので作つたのだといふ。

「新・三銃士」にしても「パペットエンターテインメント シャーロック・ホームズ」にしても、話の最後がグタグダで、「それぢやあ三銃士ぢやないだらうよ」とか「モリアーティ教頭をおとしめると相対的にホームズもたいしたことのない存在になつちやふんだけどなー」とか、いろいろ納得のいかないところが多い。
でも、それは人形のせゐではない。
人形に罪はない。

シャーロック・ホームズの人形の行方は知らないが、三銃士の面々とはかうしてたまに飯田で会へる。
機会があつたらまた会ひに行きたいものだ。

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Wednesday, 14 June 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 新・三銃士 その1

週末に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つて来た。
今回の目当ては「連続人形活劇 新・三銃士(以下「新・三銃士」)」の展示である。
六月二十五日まで展示されてゐる。

2009年から2010年にかけて放映された「新・三銃士」の人形は飯田にある。
寄贈されたのだといふ。
人形だけでなく、セットなども一緒なのださうな。
過去にも何度か飯田市川本喜八郎人形美術館で展示されたことがあつた。
残念ながら都合が合はずに見ることがかなはなかつた。
前回の范増ぢやないけれど、「やつと会へたね」といつたところだ。

「新・三銃士」の展示部分は写真撮影可能だつた。
「パペット・エンターテインメント シャーロック・ホームズ」の展示を横浜人形の家に見に行つたときも撮影OKだつたな。NHK文化祭のときもか。
写真撮影ができるのはとてもうれしいのだが、つひ写真を撮るのに一生懸命になつてしまつて、自分の目で見ることがおろそかになりがちだ。
今回もさうだつた。
スタジオ内が暗い上に白い顔にライトのあたつてゐる黒装束のロシュフォールが撮りづらくてなあ。顔の部分が白くとんでしまひがちで。
かういふときは写真はあきらめるが吉とわかつてゐても未練がましく何枚も撮つてしまふ。

「新・三銃士」は展示室の奥のスタジオに展示されてゐる。
四月までは「項羽と劉邦」が展示されてゐたところだ。
また、ホワイエにもいろいろと展示されてゐる。
ホワイエにケースが四つあつて、手前のケースには帆船、次のケースにはトレヴィルのところにゐた鶏とリシュリューのところにゐた蜘蛛、その次のケースにはラロシェルにゐたカラスや町の外にゐたセキレイ、カモ、奥のケースには銃士隊の馬が飾られてゐる。
そしてホワイエのつきあたりには噴水広場のセットが組まれてゐる。

帆船は撮影用の小さいサイズのものだ。
とても趣がある。
鳥や蜘蛛、小道具があるのも「新・三銃士」の展示の特徴だ。
「新・三銃士」は人形の皮膚の表面に木目を描いてゐて、木で作つたやうに見える。
鳥や馬も木でできてゐるかのやうに加工されてゐる。
しかも鳥は可愛いものが多い。
噴水広場のセットには石造りの建物もあつて、そこの窓にハトがとまつてゐるのがまた念入りで可愛い。丸つこいハトでね。エサが豊富なんだらうな。
蜘蛛だけはちよつと不気味な感じだ。真つ赤でね。
馬は精悍さうだ。展示室内にゐる赤兎や白竜、張飛や義経、義仲の乗つてゐる馬と比べて見るのもおもしろい。

スタジオの中は、手前両側の壁際にケースがひとつづつある。どちらにも小道具が飾られてゐる。
スタジオを入ると、真正面に大きなセットを背景にして「新・三銃士」の人形たちが飾られてゐる。
左からバッキンガム公爵、アンヌ王妃、ルイ十三世、ボナシュー、コンスタンス。後方にアラミス、アトス、ポルトス、前方にダルタニアン、プランシェ。ロシュフォールにケティ、ミレディと護衛隊三名といつた顔ぶれだ。
トレヴィルとリシュリューがゐないのがとてもさみしいが、仕方がない。
スタジオ内は人形やセットを保護するためかかなり照明が抑へられてゐる。

個々の小道具や人形についてはまた次回。

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Tuesday, 13 June 2017

糸の在庫

タティングレースのモチーフつなぎは24枚目をつなぎ終へて、これから25枚目に入るところだ。

近頃はレース糸も増やしてゐない。
オリムパスのタティングレース用の糸をためしに買つたくらゐだ。
買はなくなつた理由はなにか。
すでに手持にたくさんあるから、といふのがひとつ。
でもそれまでだつてたくさんレース糸を持つてゐても買つてゐたのだ。
買はなくなつた理由その二は、行動半径内にレース糸を買へる店がなくなつてしまつたから、だ。
行動半径がせまくなつた、といふこともある。
以前は蒲田のユザワヤなどにしげく訪れてゐたけれど、ここのところさつぱりご無沙汰してゐる。
行動半径の狭くなつた所以は、体力がなくなつたからだな。
以前だつたら蒲田または吉祥寺のユザワヤの閉店前に間に合ふやうにはりきつて職場を抜け出たものだつたが、最近はさういふやる気がない。
また、行き着けの手芸屋が次々と店じまひしてしまつたといふこともある。
なんだかんだいつて、最寄りの手芸屋が頼りになるんだよなあ。

すでにたくさんレース糸を持つてゐるのだから、買う必要はないぢやないか。
もつともな意見だ。
しかし、「かういふものが作りたい」と思つたときに、手持の糸では作れないことがある。
もちろん、糸を買つたときは「かういふものを作らう」と思つて買つてゐるわけだが、すでに放置して久しい。
いま作りたいものはそれとは違ふもの。
贅沢すぎる、わがままだ、と云はれやうとさう思つてしまふのだから仕方がない。
それに、糸はそのときに買つておかないとあとで出会へないこともあるからなあ。

Ravelry に、手元に毛糸をためることがない、といふ人がゐてちよつと驚いたことがある。
一つ編んだら次に編みたいものの毛糸を買つて編む。編み終はつたらまた次に編むものの毛糸を買ふ、といふやうにしてゐるといふのだ。
理想だよなあ。
自分もさうしたい。
でもそれには毛糸や糸を持ち過ぎてゐる。

タティングレースのモチーフつなぎが終はつたら、と、ここにも何度か書いてゐる。
栞のやうなものを作らうか、とか。
糸の在庫を見てゐたら佐賀錦があつたので、それでスカーフのやうなものでも作つてみやうか、とも思つてゐる。
いづれにしても、手持の糸でなんとかすることを考へないと、な。

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Monday, 12 June 2017

冬待つこころ

くつ下は水通しして乾かした。
だが写真は撮つてゐない。
明るいときに撮らうなどと思つてゐるあひだに週末が終はつてしまつた。

現在は cowl を編んでゐる。
参考にしてゐる編み図はない。
一段目でメリヤス編みを五目、左上二目一度、かけ目をくりかへし、二段目はメリヤス編みといふのをくりかへすだけのネックウォーマだ。

使用糸はパピーのオンフルール。羊毛と絹とカシミヤとの混紡糸で、灰色がかつた白のたいへん上品な糸だ。
もともと cowl にするつもりで買つた毛糸だつた。
メビウス編みにしやうと裏も表も使へるやうな編み地にして、ちよつと編みはじめてはゐた。
編みはじめてはみたものの、なんだかあまりいい感じにならなくて、放置してあつた。

先日糸の整理をしてゐるときに出てきて、どうしたものかなあと考へ、くつ下を編み終へたあと即編みはじめた。
ななめに模様ができて、いい感じだ。
糸にぴつたりとあつたデザインだと自画自賛してゐる。

できあがつたところで使ふ予定はない。
寒くなるのを待たねば使へない。
今年は東京マッハで北軽井沢に行くなんてなこともないしね。

早く寒くならないかなー。
その前に編みあげねばならないか。

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