Wednesday, 29 March 2017

外国語が上達しないわけ

半年ほど前、突然「自分にはこれ以上外国語を習得することができない」ことに気づいた。

天啓といふべきか。
突如として天から降つてきたかのやうにさう思つたのである。

卒然と降つてわいたので、そのときには理由はわからなかつた。
でもひどく腑に落ちた。
もうこれ以上はムリ。
納得もした。

あとづけで理由を考へてみた。
一番の理由は「見知らぬ他人と話したいとは思はないから」だ。
見知つてゐる人はみな日本語を話す。
見知らぬ人だつて日本語で通用する可能性の方が、いまの状態ではかなり高い。ほぼ百パーセントといつていいだらう。
それつて、外国語、必要ないぢやん。

英語上達の極意などを見ると、ひとまづ英語はどうでもいい、といふやうな論調があつたりする。
ものすごく好きでそのためならなんでもする、といふやうなことがひとつでもあればいい。
あるいは、仕事でも趣味でもいいが「これは自分にしかできない」といふやうなことがあればいい。

とにかく好きで仕方のないもののためなら英語の文献やインターネット上の文章なども読むだらう。
必要なら英語圏の人との意見交換もするだらう。
「これは自分にしかできない」といふものがあればあちらからアプローチしてくるかもしれない。
さうして必要にせまられれば、英語は上達する。
自分の好きなことのためだから、効果は絶大である。

自分の好きなものが日本固有のものだから英語や外国語の習得は必要ない、と思ふ向きもあるかもしれない。
さうでもないんだな。
浮世絵などは、貴重な作品の多くは外国にあつたりするし、あちらの方がより大切にあつかつてきてゐたりする。
先日 Kindle のお試し版で神道に関するの学術書を読んだ。作者は米国の人である。別段日系といふわけではないらしい。
日本の電車? 海外でも走つてゐたりするぢやあないか。

自分にはどうしても捨てきれないほど好きなことで外国語が必要なものなどない。
上達しやうがない。

海外旅行に行けばいいのでは、といふ話もある。
出かけるのがまづ好きぢやあない。
歌舞伎を見に出かけるのでさへ億劫だ。
毎回「よくぞ支度をし家を出で電車に乗りて人混みの中を歩きつつ歌舞伎座(国立劇場でも新橋演舞場でもどこでもいいが)にぞつきにける」と感慨にふけつてしまふほどである。
海外旅行?
ないない。
だいたい空港に行くまでが面倒くさい。
羽田にしろ成田にしろ、なぜあんなに不便なところにあるのだらう。
町のど真ん中に空港を作るわけにはいかないから仕方がないのだらうけど。
京浜急行線で羽田空港発着の横浜方面の電車に乗ると、必ずといつていいほど途中で降りて乗り換える人がゐる。
品川方面へ向かひたい人だ。
わかりづらいんだよね。
不便だよねー。

やつがれは、多分世間一般の人の中では字を書く方だと思ふ。
しかるに筆無精だ。
どうも他人とことばをやりとりするのが苦手なのらしい。
手紙を書くことがあつても、「かう云つてはいけない」「ああ云つては角が立つ」とあれこれ考へながら書くのが苦手だ。
相手の話に相づちを打たねばならないし、それも適切なものでなければならない。
ムリ。
絶対ムリ。

そんなわけで、もうこの先どんなに勉強することがあつても英語をはじめとする外国語に堪能になることはない、とわかつてしまつた。
いろいろと理屈をつけてみたが、理屈や理由はともかく、わかつてしまつたのだ。
この先上達することがないからラジオ講座を聞くことをやめるか、といふとさうはならない。
上達とラジオ講座を聞くこととは自分の中では別のことだからだ。
といふ話はまた機会があつたら。

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Tuesday, 28 March 2017

新製品はうれしいけれど

タティングレースのモチーフつなぎは17枚つないだところだ。
これから18枚めに着手する。

Masquerade

モチーフは、Mary Konior の Tatting With Visual Patterns に掲載されてゐる Masquerade だ。
短い列を何列にするか悩んでゐたけれど、しばらくはこのまま4列でいくつもりだ。

昨今タティングレースに使ふ新製品が発売されてゐる。
クロバーからボビン形式のタティングシャトルが発売された。
ダルマはすこし前から出してゐたのかな、オリムパスではタティングレース用と銘打つて新たなレース糸を送り出してゐる。

気にはなるが、実物はどこで見られるのだらう。

以前は、自宅の周囲に手芸屋が二軒あつた。
どちらもいまはもうない。

三つ先のバス停のあたりにも手芸店が二軒あつた。
一軒は店長ご夫婦の高齢化のため閉店した。
もう一軒は店は残つてゐるものの、手芸用品はあつかはなくなつたと人づてに聞いた。

最寄り駅には本店のほか駅周辺に二軒の支店を持つ手芸屋があつた。
駅前再開発で支店の二軒がなくなり、本店も去年店じまひをしてしまつた。

最寄り駅から電車に乗つて一番最初にある大きな駅の手芸屋もなくなつた。
ユザワヤの支店はできたけど。
百貨店にはホビーラ・ホビーレが入つてゐるけれど、ここつてなんか違ふんだよなあ。

池袋にはキンカ堂があつたけれど、なくなつて久しい。
池袋といへば、西武百貨店の手芸店も以前はいろんな毛糸を売つてゐた。
はじめてロピーの毛糸を買つたはのこの店だつた。

一時は名古屋駅周辺の河合塾とどちらが多いかとふ勢ひだつた蒲田駅周辺のユザワヤもだいぶ数が減つた。
オカダヤはどうなんだらう。
神戸のドヰ手芸もテンポを縮小したのだつたか。

人はどこで手芸材料を買つてゐるのだらう。
こんなに店がなくなつてゐるのに。
それとも行くところへ行けばあるのだらうか。

いまモチーフつなぎに使つてゐる Lisbeth #40 はネット通販で買つたものだし、タティングシャトルもネットで注文した。モチーフの載つてゐる本だつてさうだ。

みんなネット通販で買つてゐるのだらうか。
その方が安売りしてゐることもあるしね。

でもできれば実物を見たい。
とくに糸の手触りや色などは実物を見てみないとわからないからだ。

クロバーのボビン形式のタティングシャトルは注文した。
ダルマやオリムパスのタティング用レース糸は見つけたら多分買ふだらう。
見つけることがあるとはチト思へないのが残念である。

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Monday, 27 March 2017

春先にくつ下を編む

袖なし羽織は、左身ごろ(右身ごろかもしれない)を編んだところでいつたんやめ、涼しくなつてきたらつづきを編むつもりでゐる。

トゥヴォーエンズスティックニングのくつ下は、ほどくことにした。

かぎ針編みがしたいなー、といふ話は先週も書いた。
かぎ針編みはしたいのだが、なにを編みたいかといはれると編みたいものがない。

久しぶりに編むものがなくなつてしまつた。
そこで、ヨガくつ下を編み始めた。
たまたま Regia のくつ下毛糸が一玉あつたからだ。

Yoga sock in Progress

この毛糸、二玉買つたと思ふんだけどなあ。
ケイフ・ファセットの関はつた毛糸だといふ。
一緒にアルネ&カルロスの関はつた毛糸も買つて、こちらはあやまつて一玉づつしか買はなかつた。二色買つて、どちらもヨガくつ下になつてゐる。

もう一玉出てきたら、そちらは指なし手袋にでもするか。

ヨガくつ下を編むからといつてヨガをするわけではない。
ヨガくつ下を編む理由は三つ。
一つはおなじ色の毛糸が50gていどしかないこと。
もう一つは冷えるときにほかのくつ下の上に履いてくるぶしをあたためる用途に使ふため。
最後の一つは、ちよつと暑くなつても履けること。
暑くても寒くても使へるところがなかなかいい。

つま先とかかととを編まないだけでこんなに毛糸の使用量が違ふのか。
なにも考へずにくつ下を編む場合、中細のくつ下毛糸だと、片方で35g前後使用する。
つま先とかかととを編まないと、10g以上は毛糸の使用量が減る、といふことだ。
50gの毛糸一玉を使つてかなり余裕でヨガくつ下を編むことができるのだから。

手編みのヨガくつ下はすでに三足ある。
指なし手袋にすることも考へたが、ちよつと編みたい模様があつたので、くつ下にしてみた。
指なし手袋にしてもいい模様なんだけどね。

Yoga sock in Progress

まだ模様には入つてゐない。
ちやんと覚えてゐて編めるかどうか、挑戦だ。

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Friday, 24 March 2017

Keep Learning 考

Keep learning.

「人間、一生勉強だよね」といふ話で、ちよつと違ふのは、「人間、一生勉強だよね」といふときの「勉強」は「生きていくうちに人生といふか毎日のくらしからなにがしか学び取る」といふやうな意味でも使ふのに対し、「Keep learning」の方は語学なら語学、科学なら科学(大ざつぱですまぬ)となにかしら対象を決めて学ぶ、といふことだ。

Keep learning といふと、とても前向きで正しい意味での「意識高い系」の人のもののやうに思はれる。
自分に自信がある人のためのことばだよね。
いまの自分が学べばさらにすばらしくなる。
向上心にあふれた人の考へさうなことだ。

さう考へると、自分は keep learning なんかしてもムダだな、といふ気がしてくる。
学んだつてたいした知識はつかないし。
技能はもつとムリだらう。
学ぶ時間に不足してゐる睡眠を取つた方がよほど有意義だ。

祖母は一種の「Keep learning」を実行してゐた。
ボケ防止だと本人は云つてゐた。
絵を描いたり、ニュースなどで知らない地名がでてくると地図で確認したり、毎日日記をつけたり。
Keep learning にはさういふ側面もある。
すなはちボケ防止だ。

書店の店頭には来月からはじまる新年度のNHK講座のテキストがならんでゐる。
学んでもムダ、と思ひつつ、「NHKラジオ 高校生からはじめる「現代英語」」を聞いてみやうと思ひ、テキストを購入した。

ムダだけど。
でもボケたら困るし。

老いれば誰しもボケるのだらう。
それを阻止することはできまい。
でもまあ、できる範囲で最小限にくひ止めることができるのなら、それはムダとばかりもいへないのではあるまいか。

と、屁理屈をこねつつ、新年度を迎へる。

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Thursday, 23 March 2017

Moleskine に使ふファーバーカステルのヴァイオレットブルー

Moleskine で使用できる万年筆のインクを見つけた。
ファーバーカステルのヴァイオレットブルーである。

カートリッジタイプをウォーターマンのクルトゥールに入れて使つてゐる。
裏抜けはしないものの少しにぢんでゐるやうなので、もつと太いペン先だと裏抜けするのかもしれない。
また、ボトルタイプはどうなのかは不明だ。

プラチナ萬年筆から古典インクが発売されて、Moleskine で使へる万年筆のインクの幅がぐつと増えた。
これまではペリカンやプラチナその他何社かのブルーブラックか、ローラー&クライナーのスカビオサが裏抜けなく使へるインクとして知られてゐた。
自分で試した範囲だと、かつては日本橋丸善のエターナルブルーが細字なら使へてゐた。最近、裏抜けすることがあつて使つてゐない。Moleskine 側の紙質にもよるのだらう。
あとセーラーの青墨か。極黒は試したことがない。

ファーバーカステルのヴァイオレットブルーは、スモーキーな色合ひのインクだ。
紫煙とでも呼びたいやうな色である。
プライヴェート・リザーヴに Purple Haze といふインクがある。ヴァイオレットブルーの方が煙りつぽい印象がある。
試しにカートリッジを買つてみたところ、気に入つて、ボトルを買ふかどうか悩んでゐるところだ。
アウロラのシガロに入れてみたいんだよなあ。
シガロ、持つてゐないけれども。

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Wednesday, 22 March 2017

プラチナ萬年筆の古典インクはカーキブラック

プラチナ萬年筆の古典インクのカーキブラックをパイロットのキャバリエの細字に入れてみた。

こんな感じである。
手帳は Moleskineだ。

プラチナ古典インク

キャバリエは文具店の閉店セールのときに買つた。
コンヴァータ(CON-20)も入れて、一度は使つてインキが切れたときに洗つてそのままになつてゐた。
理由は、CON-20はチト使ひづらいといふことと、軸が細いので長く書くのには向かないことだ。

CON-20 だとどれくらゐインキが入つてゐるのかわからない。
インキの出が悪くなつてもインキが切れたのかペンの不具合なのかがわかりづらい。

細いペンはちよこつとメモを取るにはいいけれど、ちよつと長い文章を書かうと思ふと疲れる。
細ければ軽からうに、と思はれるかもしれないが、太い軸のペンをゆつたりと持つて書いた方が疲れづらい。

でも捨ててゐないので、書きやすいペンではあつたのだらう。

Webで公開されてゐる写真などを見るに、カーキブラックはセピアといふ感じに変色するやうだ。
たしかにセピアのやうに見える。
カーキといふなら二週間前に書いたシトラスブラックの方がよほどカーキに近い。
カーキブラックは普段使ふのにいいかもしれないな。

プラチナ萬年筆の古典インクについては変色について言及する人が多いやうに思ふ。
古典インクで書いたものは一年後にはどうなつてゐるのだらう。
一年くらゐではたいして変はらないのかな。
保存状態にもよるか。
五年後、十年後、黒い色だけ残るのだらうか。
それまで書いたものが手元に残つてゐるとは限らないか。

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Tuesday, 21 March 2017

「作りたい」の目的語がない

日中、寒さを我慢せずに窓を開けてゐられるやうになると、レースの季節が来たな、と思ふ。

Mary Konior の Tatting with Visual Patterns に掲載されてゐる Masquerade といふモチーフを延々つないでゐる。
いまのところ16枚つなげてゐて、17枚めを作りはじめたところだ。

Masquerade は、ど紫とでもいひたいやうな色で作つてゐる。
紫は好きな色ではある。
でもこれはちよつとあまりにも紫すぎる気がする。
「レースの季節」にはそぐはない色だ。

レースの季節のレースは、やはり白だらう。
あるいは生成り。
もしくは白に近いくらゐ淡いパステルカラー。
黒もいいかもしれない。
オリムパスやダルマの40番手のレース糸をかぎ針編みで編む。
さういふイメージだ。

ここのところ、かぎ針編みはほとんどしてゐない。
レース糸、毛糸に関はらず、だ。
時折狂ほしくかぎ針で編みたくなるときがあるけれど、なにもしないうちに時間が過ぎていく。
「編みたい」といふ気持ちだけで、「なにを」といふ気持ちがないからだ。

かぎ針のレース編みをしたいと思ふ一方で、タティングレースも作りたいと思つてゐる。
ここにも何度か書いてゐるやうに、白とか生成りの糸でタティングをしたい、といふ気分になることがある。
とくにレースの季節にありがちだ。
問題は、白い糸を意外と持つてゐないことだ。
オリムパスの40番の100gを手つかずで持つてゐて、それくらゐしか思ひつかない。

「作りたい」と思ふときに「これを」といふのがくつついてきてくれるといいのだけれど。
なかなかうまくいかないのは、かぎ針にしろタティングにしろ、手の動きが好きだからなんだらうな。
オリムパスの100gは、今年もそのまま手つかずでゐるやうな気がしてならない。

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Monday, 20 March 2017

季節の変はり目とあみもの

あたたかくなつてしまつた。

トゥヴォーエンズスティックニングのくつ下はほとんど進んでゐない。
このままほどいてやりなほすかもしれないと思つてゐる。

袖なし羽織の方は、左身ごろといはうか右身ごろといはうかがほぼできあがらうとしてゐる。
あとは伏せ止めといつたところだ。
どういふ伏せ止めにしたらいいか悩んでゐる。
作り目のときにかぎ針を使用したので、伏せ止めもさうするかな。
袖なし羽織はかるくできてゐるし、ガーター編みなので裾は編みつぱなしにするつもりでゐる。
袖口もそれでいけるかなあ。
襟といふか前立ては編むつもりでゐて、i-codeを編みつけやうかと思つてゐる。

かういふ気候になると、レース編みをしたくなる。
あたたかくなつたとはいふものの、いまならまだ毛糸で編めるだらうか。
レース糸だから細くて編み地もうすくなるし。
それともいまから夏向けのものを作つておいた方がいいだらうか。
悩むところである。

冬用の指なし手袋は編んだけれど、夏用の指なし手袋もほしい。
日除けに外で着用するものもいいけれど、どちらかといふと室内で冷房対策として使ふものがほしい。
夏用だし、ウールコットン的なもので編みたい。
問題は、手持ちのウールコットン的な糸は、指なし手袋を編むにはチト太すぎる、といふことだ。

とりあへず、手持ちの毛糸と相談していま編みたいものを編むことにしたい。
いつもさうなんだけどね。
それで必要なものが編めてゐないといふ。
まことに残念なことである。

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Friday, 17 March 2017

早く寝ても眠い

早寝をしても寝足りた気分にならない。

積年の睡眠不足を解消しやうと日々いろいろやつてゐるのだが、どうにも解消されない。
一説によると、長いこと睡眠不足の状態をつづけてゐると、もう二度と不足分を取り戻すことはできないのださうな。

早寝してもなぜ寝足りた気分にならないのか。
ひとつには、早く布団に入つたからといつて、即眠れるとはかぎらないから、といふことがある。
「早く布団に入らなくては」と思つてゐるせいか、布団に入つてもしばらくは寝付けない。
直前までブルーライトを浴びてゐるから、といふのも原因なのかもしれない。

また、「早く就寝したのだから早く眠りにつかなければ」といふ妙な強迫観念のやうなものがあるのも事実だ。
そして却つて眠れなくなる。
最近では油断してゐて夜中に冷えて目が覚めてしまふ、なぞといふこともある。

あと、起きたときに妙に疲れてゐるから、といふ理由もある。
なぜかどんなに寝てもなかなか起きあがれない。
ベッドを導入しやうかと思ふ所以でもある。

しかも、就寝するときよりも目覚めたときの方が布団を心地よく感じる。
布団から出たくない。

さうすると、遅起きをした方が満足感は得られるのだ。
実際によく眠れたかどうかはともかくとして、朝いつまでも布団の中にゐる方が「よく眠つた」といふ満ち足りた気分になれる。
早寝ではかうはいかない。

早寝もずつとつづけてゐればもしかすると「よく眠れた」といふ満足感を得られるやうになるのかもしれない。
これがなかなかつづけられないんだよなあ。

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Thursday, 16 March 2017

使へない理由

二年前、美篶堂のハードカヴァーノートを注文して、受け取つたのちそのままになつてゐた、といふ話を昨日書いた

使へないでせう。
注文して作つたノートだよ。
しかも紙はバンクペーパー。
さらに今後は注文できないときてゐる。
もつたいなくて使へない。

だつたらなんのために作つたんだ、といふ話もあらう。
注文したときは考へてゐないのだ。

毛糸にしてもさうなのだが、廃番になつてしまつたものや高価なものを安値で買つたもの、旅先で見つけて買つたものなどはなかなか使へずにゐる。
もつたいないからだ。
もう決して手に入ることはない。
さう思ふと使へない。

しかし、考へてみるとさうした「もつたいなくて使へない」毛糸は買ふ時点で使ひ道を考へてゐなかつたものが多い。
…………と書いてみて、さうでもないなあといふことに気がつく。
使ひ道を考へてはゐた。
考へてはゐたけれど、「ショールを編まう」だとか「くつ下にしやう」だとか、ぼんやりとしか決めてゐなくて、具体的に「これを編む!」といふのはない、のかもしれない。
あるいは大作すぎてなかなか編みはじめられないといふのもある。

いづれにしても、無計画なのだ。
無計画にものを買つてはいけない。
いまさらだが身にしみてさう思ふ。

無計画に加へて、「自分が編んでも(書いても)」といふ躊躇もある。
だつたらなぜ買つた、とも思ふわけだが、買ふときにはそんなことは考へてもみないんだよな。

無計画かつ分不相応。
さういふ買ひものはいけない、といふことだ。

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