Friday, 26 August 2016

歌舞伎の本を読んでゐたころ

芝居を見に行くやうになつたころは、東京からすこし離れたところに住んでゐた。
ゆゑにさう足繁く通ふわけにもいかなかつた。

最初のうちは友人を誘つてゐたこともあり、さうしよつ中誘ふのも気が引けた。
なんにでも興味を示しなんでもやつてやらうといふ人ではあつたが、こちらの趣味に引きずり回すのはどうだらう、といふ気持ちがあつた。
お互ひ frugal であつたからといふこともある。

それでどうしてゐたのかといふと、仕方がないので芝居に関する本を読んでゐた。
といつて、たいした本を読んでゐたわけではない。
地元や学校の図書館に行つてめぼしい本を借りて読んだり「演劇界」のバックナンバーを見たり江戸時代の役者評判記の類を読めぬなりに眺めてゐたりした。

「演劇界」バックナンバーや役者評判記を読むきつかけは、橋本治だつた。
芝居を見始めて「これは今後も見続けるな」と思つたころ、一番気に入つてゐたのが橋本治による歌舞伎の話だつた。
当時は「広告批評」に芝居の話や役者絵の話などを書いてゐたことがあつたやうに思ふ。
それと、当時発売されたものと記憶する三島由紀夫の「芝居日記」とがその後の芝居見物人生に影響を与へた二大柱だ、と自分では思つてゐる。

「演劇界」のバックナンバーを読むやうになつたのは、橋本治が「昔の劇評には、「誰某のなんといふ役はこれこれかういふしぐさをしてゐたが、それは役の性根とあつてゐない」みたやうなことが書かれてゐる」と書いてゐるのを読んだからだ。
しぐさで役の性根とあふかどうかだなんて、当時のやつがれにはわからなかつた。
いまでもわからない。
当時の「演劇界」その他の劇評には、そんな内容は書かれてゐなかつた。
それで昔の劇評を読み始めてみたのだけれども、これがてんでわからなくてねえ。

そもそも芝居自体を知らないし、見たことのない芝居について書かれてもさつぱりわからない。
結局、写真を見たり役者へのインタヴュー記事を読んだりするばかりだつた。
「演劇界」はたまに「梨園の奥様特集」をすることがあつて、片岡秀太郎と高田美和とが仲よく写つてゐる写真を見た記憶がある。おなじページか向かひのページに坂東彦三郎夫妻の写真が載つてゐた。
そんなことしか覚えてゐないのが我ながら情けない。

役者評判記の方はもつとわからなかつた。
古文を読む素養がなかつたといふのが大きい。
江戸時代のものではあるけれど、いまの文体とはやはり違ふ。
それに、「わかる人にはわかる」書き方をしてゐるのもわからない理由のひとつだ。
いま読んだらもつとわかるのかなあ。
とにかく「おもしろいことおもしろいこと」を求めて読めぬなりに眺めてゐた。
それくらゐ、芝居に飢ゑてゐたといふこともあらう。

結果、なんだか頭でつかちな芝居好きになつてしまつた。
でも考へてみたら、歌舞伎を見たいと思ふやうになつたのはそれよりももつと前だし、学校の音楽室の準備室にあつた歌舞伎のムック本を音楽の教師に頼みこんで貸し出してもらつたりしてゐたことを考へると、もともと頭でつかちではあつたのだ。
このときのムック本で中村歌右衛門と実川延若とを覚えたんだもんね。
ふたりともビジュアルが強烈だつた。
梅幸の「藤娘」を見たいと思つたのもこのころ読んだ本のせゐだし、「切られ与三」のお富は雀右衛門(先代)がいいらしいと知つたのもさうだ。
いづれも実際に見ることが叶つたのは、幸せなことだと思つてゐる。
さうさう、宗十郎と先代の時蔵、先代の錦之助の三人が赤姫のこしらへで一緒に座つてゐる写真なんかもこのとき見たんだよなあ。白黒写真だつたけど、いい写真だつた。なんの役だかさつぱりわからなかつたけどさ。やつがれの小川家推し人生はこのあたりからはじまつたのかもしれないなあ。

二段階で頭でつかち養成ギプスをはめられたやうなものなので、この性質はおそらく今後もなほらないだらう。
とはいへ、だからといつて理屈とか理論とかはさつぱり頭に入つてゐないので、そこらへんでバランスがとれてたりしないかな、と思つてもゐる。

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Thursday, 25 August 2016

死人のことしか考へない

死んだ人のことばかり考へてゐる。

予定のない休みの日はお酒を飲みつつ本を読む。
すでに死んだ人が、自分より前に死んだ人のことを書いた本だ。
司馬遷の「史記」ともいふ。
読み進むうち次第に酔ひも手伝つて、著者の気持ちになつたり登場人物の気持ちになつたりもして、ふはふはとした心持ちになる。
即ち自分も死んでゐる。
すくなくとも現代を生きてはゐない。

TVは見ないが録画した番組は見る。
ここにも何度か書いたとほり、「鬼平犯科帳」「必殺仕事人V旋風編」「新・座頭市」を見てゐる。
いま見ると、死んだ人ばかりが出てゐる。
ま、さうでもないか。
さうでもないけれど、「鬼平犯科帳」にしても「この人はもうゐない」「この人ももうあの世だ」といふことが多い。
すでに佐嶋は出てゐないしね。
昨日は加藤武回だつたが、加藤武もゐなければ、その加藤武演じる役と古いなじみの彦十役の江戸屋猫八もゐない。
沢田もゐない。
粂八もゐない。
夏八木勲が出ることもないし、北村和夫の役は橋爪功になつたんだつけか。
ゐない人だらけだ。

「鬼平犯科帳」がほぼ二十年前の番組だ。
その十年以上前の「必殺仕事人V旋風編」、そのさらに十年近く前の「新・座頭市」になると点鬼簿に名前の載つてゐる人の方が多いこともある。
仕事人にしても座頭市にしても、そもそも主役がもうゐない。
「新・座頭市」はさういへばこのまへめづらしくゲスト俳優がみな存命なんてなことがあつた。十朱幸代に津川雅彦、江幡高志に石橋蓮司だつたかな。でもこんなことは滅多にない。
辰巳柳太郎、岸田森、石原裕次郎、丹波哲郎。
みんなゐない。
ゐない人だらけだ。

芝居を見に行くくらゐだから、生きてゐる人のことも考へないわけぢやあない。
でも、一昨日だつて双蝶会で「車引」を見ては「十三代目仁左衛門の時平は出てきたときに陽炎のたつやうなゆらめく妖気があつたんだよなあ」だとか「先代の山崎屋の時平は如何にもな雰囲気でさー」とか考へてゐるし、「寺子屋」だつて「宗十郎の千代はほんとに泣いてるみたやうで、でもちやんと丸本だつたよなあ」だとか、中村屋と大和屋との「寺子屋」とか、舞台を見ながら別の舞台を反芻することが多くて、な。

この先何年かしたら芝居を見に行くこともないかもしれない。
さう考へることもある。
でも五月と今月と「寺子屋」を見て、やつぱり芝居としてうまくできてるな、と思つた。
今後も見たい。すなはち、生きてゐる人々の関はる芝居を見ていきたい。
さう思ふ一方で、「寺子屋」がこんなにおもしろいのは、長年にわたりいろんな役者やその他の人があれこれ手を入れ工夫した結果なんだらう、といふことに思ひ至る。
やはり彼岸に行つてしまつた人々のことにたどりついてしまふ。

この世に思ひ出してくれる人のゐるかぎり、死んでなどゐない。
さういふ説もある。
といふことは、司馬遷はまだ生きてゐるといふことか。
「史記」に出てくる人々もみなさうか。
もしかすると、世間的には死んでゐるのかもしれないけれど、やつがれの中では死んではゐない。
佐嶋も沢田も彦十も、主水も市もその他の人も、みんなみんな生きてゐる。
さういふことなのかな。

ただ、さうした人々を生きてゐるやうに語ると周囲から奇異の目で見られることがある。
それだけのことなのかもしれない。

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Wednesday, 24 August 2016

Writer's Block考

世の中には、思つたこと感じたことを文章として書くのが大層苦手といふ人が一定数ゐるのださうだ。

ちよつと前にTwitterのTimeLineにRTされてきたつぶやきから知つた。

そのつぶやきは、なぜ読書感想文はむづかしいのかについて述べてゐた。
Twitterでつぶやいてゐる人々にはわからないかもしれないが、と前置きして、世の中には自分で思つたこと感じたことを文章として書き表すことを苦手とする人がゐる、といふやうな内容で、さらに読書も必要とする読書感想文といふのはさういふ人にとつては非常な難関なのだ、といふ。

Twitterで日々つぶやいてゐる人があれだけゐて、それでもさうなのか、とちよつと感慨深く思つた。

だが待てよ。
もしかしたらTwitterで日々つぶやいてゐる人のつぶやきの大半は、なにかしら interactive なものなのかもしれない。
フォロワーとのやりとりとか、連絡とか、そんな内容が多いのぢやあるまいか。
#この際botのことは考へないことにしたい。

人とのやりとりと自分の思つたことを書くのとは違ふ。
他人とやりとりする場合、相手からのことばに対応する必要があるので、そこでうまくことばが出てくるといふことがあるのかもしれない。
外から「つぶやけ」といふ刺激があるわけだ。
相手も多弁な人であるならば、そこで大量にやりとりが発生することになつて、それであれだけの数のつぶやきになるのぢやあるまいか。

一方、自分で思つたことをつぶやくには、自分から「つぶやかう」と思ふ必要がある。
なにもそんな大層なことではないのだが、外的要因よりは、「これについてつぶやきたい」といふ内から生じる衝動のやうなものがいる。

この内的衝動が発生しやすい人と発生しにくい人がゐるんぢやあるまいか。

さらにいふと、さうした内的衝動が発生しても、つぶやけない(書けない)ときがある。
おそらくこれが世に云ふ「writer's block」といふアレなのではないかと思つてゐる。

なにか書きたいことがあつてノートに向かふ。
でも書き出せない。
書きたいことはわかつてゐる。
かう書きたいといふ意思もある(ないときもある。これはこれで苦しい)。
なのに書き出せない。

さういふときが往々にしてあるんだな。やつがれだけのことかと思つたら、どうやらさうではないらしい。

人生チャフまみれで、このblogやTwitterでもほんたうに書きたいことは書かずにその周辺のことばかり書いてしまふ。
ずつとさうして暮らしてきたからそれでほんたうに書きたいことが書き出せないのではあるまいか。
さう思つてゐた時期もあつた。
でも違ふ。

この「書きたいのに書けない」といふ状態は、「ほんたうのことを書くのは気が引けるから」とかさういふ恥づかしさとは違ふ。
や、まあ、さういふ恥づかしい思ひもないわけぢやあないけれど、それだけぢやないんだな。
心のどこかに、書きたいことを書き出さないやう制御してゐる部分がある。
それが強烈に働くときとたいして作用してゐないときとある。
どうやらさういふことなのではないか、と、ここのところ思つてゐる。

昨日の午後、久しぶりにちよつとだけまとまつた時間が取れたのでノートに向かつてみた。
ここのところ書けてゐなかつたので、だいぶ書く量と速度とが落ちてしまつてゐる。
昨日は、MD NOTEBOOK の無地の文庫サイズにだいたい原稿用紙1.5枚くらゐでまとまつた内容を4つ
ほど書いた。
ひとつ書くと別に書きたいことができてしまひ、延々と書き続けることになる。
時間の制限がなかつたら、まだ書いてゐたことだらう。

でも書きながら思つてゐた。
この内容をかう書きたいわけぢやない。
もつと違つたことが書きたい。
それでことばをつらねていくうちにどんどん長くなる。
別段誰が読むわけでもなし、のちに推敲するわけでもないからとにかく書く。
ものすごく書けてゐるやうでゐて、心の中では「違ふんだ。かういふことが書きたいわけぢやない。もつと違ふことを書きたいと思つてゐるのに」といふわけで、満ち足りず、さらにノートを汚していく。

なんなんだらうね、これは。
語彙に乏しいから書きたいやうに書けないのだらうか。
これはある。
こどものころあまり本を読まずに育つたので、おそらくやつがれの語彙は貧弱だ。貧弱でなければウソだ。

語彙が豊富ならこんな思ひをしなくてすむのだらうか。
それもなにか違ふ気がする。

とにかく、書きたいことを書きたいやうに書かせてくれない力が、自分の内部で働いてゐる。
そんな気がする。

そして、先日TimeLineで見た「世の中には思つたこと感じたことを文章に書き出すことの苦手な人がゐる」といふのは、かういふ状態に近いのではあるまいか、などと考へたりもするのだつた。

うーん、全然近くないか?
かへつて遠いのかな。
うむ。

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Tuesday, 23 August 2016

助六の紫 虎三の紫

タティングレースのネクタイは、進んではゐるものの、進んでゐるやうには見えない。

ネクタイの両端にひし形のモチーフがつく。そのモチーフとモチーフとをつなぐ部分の折り返し地点になかなか到達しないのだ。
エジングのやうな部分だ。
ひし形のモチーフの周囲を縁取りつつモチーフとモチーフとの連結部を作つていくのだが、これがなかなか長くならない。
ジャボ風にする予定なのでそんなに長くするつもりはないんだけどなー。

そんなわけで、進んではゐるけれども目に見えた進捗はない。
長さを確かめながら結んでゐるのも敗因のひとつかと思ふ。
だいたいいくつ作つたら終はり、といふのを最初に割り出さなかつたのがいかんな。
いまから割りだしてもいいのだが、なんとなくさういふ気力はない。

作りつついまさらながらに思ふのは、やはり白か生成、もしくは黒にするのだつたなあといふことだ。
その方が使ひやすさうな気がしてきたのだつた。

もともとは、白や生成だとお上品に過ぎて使ひづらいのではないかと思つた。
それで江戸紫色にしたのだつた。
江戸紫色だと服の色を選ぶかもしれないが、白や生成のもつ上品さがちよつと薄れる。
その方が使ひやすからう。
さう思つた。
いまでもさう思つてはゐる。

しかし紫といふのはそれはそれで使ふのがむづかしい色である。
色はなんでもさうか。
でもなー、赤とかだつたら黒とあはせればいいやうな気がするし、青でも然りな気がする。
黄色を黒とあはせるのはちよつと派手な気がするが、だつたらチャコールグレーとか紺とあはせればいい。

しかるに紫。
黒とあはせるとアヤシくなる可能性がある。
赤や青とはちよつとむづかしいな。
白ならなんとかなるかもしれないが、生憎白い上着を持つてゐない。

それを考へると助六さんとか「鬼一法眼三略巻」は「菊畑」に出てくる虎三実ハ牛若丸とかの衣装つてすごいよなー。
あの紫の使ひ方。
助六さんは黒が大部分をしめてゐるからいいのかなあ。
でも虎三。
あの衣装を着こなせるつて並大抵のことぢやない気がするよ。
衣装負けしさうだもんね。

そんなわけで、いま作つてゐるタティングレースのネクタイも、できあがつたらそのまましまひ込まれる運命にあるのかもしれない。
作るのが楽しければそれでいいのである。

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Monday, 22 August 2016

云ひ訳ばかりくり返す

パピーのピマデニムで編んでゐた Lacy Baktus が編み上がつてしまつた。

まだ整形はしてゐないので写真は撮つてゐない。
今週、どこかで整形したいと思つてゐる。

前回も書いたとほり、綿、いいですな。
一年を通して使へさう。
ピマデニムの編み地は、一見ちよつとざらつとするかなといふ印象なのだが、触つてみると案外やはらかくていい感じだ。
針をちよつと太めにしたのもよかつたのかもしれない。
ネットで検索すると、ピマデニムで編んだものには帽子やポシェットなど直接皮膚に触れないものが多いやうに思ふが、マフラーとかスカーフとかもいいんぢやないかと思ふ。
まあ、ここのところえらく蒸し暑くてずつと巻いてゐたわけぢやないけれど、羊毛の糸(いはゆる「毛糸」ですな)で編んだもののやうなチクチクする感じはない。

綿、いいなあ。
デビー・ブリスがよく綿の糸で編んだものをデザインしてゐたよな。
「綿なら一年中着られるから」と云つてゐたやうに思ふ。
デビー・ブリス。
あこがれでしたなあ。
最近はどうしてゐるんだらう。
あとで検索してみるか。

ところで困つた事態が発生してゐる。
編むものがなくなつてしまつたのだ。
あみもの、そんなに好きぢやないかもしれないんだよね、とか云ひながら、編むものがないとひどく心細い。
これつてもう好きとか嫌ひとかぢやなくて、ないとゐられないといふ状態なのぢやあるまいか。

「編めない編めない」と云ふのは、きまつてなにか編むものがあるときのことだ。
Lacy Baktus は、比較的集中して編んでゐたけれど、それでも全然編めない日もあつた。
蒸し暑いとどうも、ね。
気温は高くないのかもしれないけれど、湿度が高いときなんかは覿面に編めない。
でもそれつて、なにかを編んでゐる最中だからなんだよね。

とりあへず、涼しくなつてきたら袖無し羽織を編むつもりで、日夜「鬼平犯科帳」で研究してゐる。お頭がよく羽織つてゐるんだよね、袖無しの羽織を。
あと、先代の中村又五郎も出てきたときに着てゐたし、古い必殺シリーズを見たりすると岸田森が着てゐたりする(「必殺仕事人」か?)。

しかし、それを編むにはまだ暑すぎるんだよ。
軽くしたいので、家にあるフェルテッドツイードを総動員して編まうと思つてゐるのだが、それを集めてくるだけの気力もない。
暑すぎて。
いや、むしろ、蒸しすぎて。
フェルテッドツイードの色はさまざまなので、にぎやかな羽織になるはずだ。
だいたい袖無し羽織なんぞ外には着ては行かないので、それでいい。
羽織を編みたいといふのは、十年来(いや、もつとか)の野望でもあるし。
ほんとは袖のあるのも編みたいんだけど、それは次の段階にとつておくことにする。

羽織も綿の糸で編むといいのかもしれないが。
それだと糸を買はねばならないし……と書いたところで、十分な量があるかもしれないことに思ひ至る。

デビー・ブリスのコットン糸が着分、タンスの底に眠つてゐるはずだ。
……気づいてしまつたか。

で、でも、綿の糸だと重たくなるかもしれないし、それに袖無し羽織なんて年がら年中着るものぢやあないし……
と、延々と心の中で云ひ訳をくり返してゐる。

ROWAN DENIM も廃番になる前に買つたものがあるのだが、それはまた別の話。

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Friday, 19 August 2016

並行宇宙の「シン・ゴジラ」

「シン・ゴジラ」の世界には、映画「ゴジラ」は存在しない。
あの映画の世界の人々は、ゴジラを知らない。多分、メカゴジラもキングギドラもガメラやモスラもゐないんぢやあるまいか。
ゴジラを知つてゐたら、怪獣をゴジラと名付けるときにあんなに不思議さうに名前を口にしないし、もつと早くに「ゴジラ。似てゐるな」といふやうなせりふがあつたはずだ。

あの世界にはウルトラマンシリーズもないだらう。
あつたとしたら、怪獣が出現したときに「ウルトラマンに出てくる怪獣に似てゐる」といふ反応があるはずだからだ。
あの世界にも円谷プロダクションはあるだらう。
なにを撮つてゐたのかなあ。
「怪奇大作戦」とかその路線ばかりなのだらうか。打ち切りになることなく、延々とシリーズがつづいてゐたりして、岸田森が大活躍してゐたりするのか。
ウルトラマンシリーズがないとしたら、「パシフィック・リム」もないな。

さう考へると、「シン・ゴジラ」の世界は、現実世界からちよつと位相のそれた世界、並行宇宙でのできごとのやうな気がしてきて、クラクラしてしまふ。

「それを云つたら大抵のフィクションはさうでせう」といふ話になるとは思ふ。
でもちよつと違ふんだな。
なにもかも現実世界そのままで、でもある一点がちよこつと違ふ。
さうすると、もしかするとその世界は現実でもあり得たわけで、さらにはあの世界に存在する自分といふのがゐて、得体の知れない巨大生物の動向にハラハラドキドキしてゐるかもしれない。
そんな気がしてしまふのだ。

ウルトラマンシリーズがなかつたら、こどもの時なにを見て育つたらう。
仮面ライダーか。
なんとなく、東映の特撮ヒーローものはあの世界にもありさうな気がする。
でも戦隊ヒーローものの敵は巨大化はしないんだらうな。
してたら「アレに似てゐる」といふ話に絶対なるもの。

さういふバカバカしいことをつひ考へてしまふ。

BBCのTVドラマ「SHERLOCK」でもさうだつた。
「SHERLOCK」の世界では、コナン・ドイルはシャーロック・ホームズものを書かなかつたことになつてゐる。
コナン・ドイルといふ作家は過去に存在して、「ロスト・ワールド」ものとかは書いたのかもしれない。
でも、シャーロック・ホームズものは書かなかつた。
書いたとしても世には出ず、出たとしてもすぐ消へてしまつた。
あれはさういふ世界の話だ。
エドガー・アラン・ポーはゐて、オーギュスト・デュパンを世に遺しはしたらう。
ホームズではなくて、なにかしら似たやうな名探偵の出てくる探偵小説があつたりはしたのかもしれない。
ひよつとすると、モーリス・ルブランもアルセーヌ・ルパンシリーズは書かなかつたんぢやあるまいか。
なんかわりといきなりクリスティだのクイーンだのが出てきたりしたつてことも考へられるよな。
あのドラマを見てゐると、つひつひそんなことを考へてしまふ。

ほんのわづかの違ひから生まれる違和感がたまらなく楽しい。
ちよつと足下のゆらぐ感覚がする。
いま生きてゐるこの世界とは別の、ゴジラとかシャーロック・ホームズとかの存在しない世界があつて、いま自分はスクリーンやTV画面からそれを覗いてゐるのぢやあるまいか。

「シン・ゴジラ」の世界の人々は、ゴジラを知らない。ウルトラマンも「パシフィック・リム」も見たことがない。
その代はり、なにかおもしろいものを見てゐる。
そのはずだ。
それはどんなものなのかなあ。

確認しに、二度めを見に行くことにしやうかな。

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Thursday, 18 August 2016

無用の用考

「人皆有用の用を知る。而るに無用の用を知る莫きなり」とでも読み下すのだらうか。
「荘子」に出てくることばである。
最近読みなほしたときだらう、メモ帳にこのくだりを書き出したあとがあつた。

「無用に思へるものこそ実は有用なのだ」といふ解釈がある。
果たしてさうだらうか。
「無用の用」は、「有用の用」とは違ふ。
有用でないところに無用の用があるのぢやあるまいか。

「荘子」に、巨大な木の話が出てくる。
その木は枝や根はやたらとこぶがあつて曲がりくねつてゐて使ひものにならないし、柔らかくて弱いので建築や家具には使へないし、芽や実が食べられるわけでもない。
まつたく役に立たない木である。
だが、それゆゑに、ここまで巨大になるほど長生きできたのだ、といふ話だ。

この話でいふ「有用の用」とは、枝や根はこぶがなくて使ひやすく、あるていどの強さがあつて建築や家具の材料にしやすく、芽や実を楽しむことができるものだ。えうは他人のためになることをさしてゐる。
「無用の用」は、巨大になるほど長生きできること、だらう。使ひものにならない木が大きくなつたところで他人の役にたつわけではない。しかし木自身にとつてはこんなにいいことはない。

「無用の用」が自分自身にとつてのいいことをさす、といひたいわけではない。
「有用の用」とはまつたくべつものだ、といひたいわけだ。

そもそも「無用と思はれるものほど実は有用だ」と、無用であることよりも有用であることの方が尊いと考へるあたりが違ふんぢやないかなあ。
「無用の用」とは、役にたつとかたたないとか、そんな了見の狭い話ぢやあないと思ふ。
といふか、さう思ひたい。

「「無用の用」とはこれこれかういふもの」と理解してゐるわけぢやあない。
中国文学とか中国哲学を勉強したことはない。
ごくまれに文庫本の「老子」とか「荘子」とかをひつぱり出してきてぱらぱらとめくる程度で、読み返すたびに「……こんな話だつたつけか」といふことばかりである。
さうか、この読み返し自体がまさに「無用の用」なわけだな。

そんなわけで、やつがれの勝手な解釈は間違つてゐるのかもしれない。
「無用の用」といふのは世間一般でいふとほり、「無用に見えるものほど実は有用である」といふ解釈が正しいのかもしれない。
でも、なんかそれ、しつくりこないんだよなあ。

「昼行灯」の次が「無用の用」といふあたり、有用の用に縁のないことを露呈してゐる気がする。
お恥づかしい限りである。

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Wednesday, 17 August 2016

昼行灯考

昼行灯とは、昼間つけた行灯のやうにぼんやりとしてゐて役に立たない人のことを嘲つていふことばである。

昼行灯の代表といへばこれはもう大石内蔵助で、忠臣蔵を題材にした物語なんぞを読むと、普段「昼行灯」とバカにされてゐる内蔵助について、「昼行灯は、昼間は役に立たない。でも夜になれば話は別」といふやうなことをいふ人がでてきたりする。
なんとなくあとづけの解釈のやうに感じられる。
いま物語る人は、内蔵助が五十人弱の赤穂浪人たちをとりまとめ、みんごと仇敵・吉良上野介の首級を手にしたことを知つてゐる。
だから、内蔵助が「昼行灯」とバカにされてゐるのを見て「昼(平時)には無能かもしれないが、夜(有事)には有能である」といふやうなことを書いたり登場人物にいはせたりしたくなるのだらう。

昼行灯は夜には使へるやうになる。
似たやうな表現に「夏炉冬扇」とか「秋の竹夫人」といふことばがある。こちらはどこか艶めかしさを覚えることばだ。
「昼行灯」が役に立たない人間をさすことばだとすると、「秋の竹夫人」はともかく「夏炉冬扇」といふのは寵愛を失つた女の人をさすことが多い。
炉は冬になればまた使はれるし、扇は夏になれば涼を与へてくれるやうになる。
だが、行灯とちがつて、炉や扇には適切な季節がめぐつてきたらまた有用になるといふ印象がない。
うち捨てられてそのまま、といふ感じがする。
それは前述のやうにかつては主君の心を独り占めしてゐた寵姫のおちぶれたやうすをさすときに使はれるからかもしれない。
あるいは、行灯といふのは夜になればすぐにでも有用になるけれど、炉や扇は来年になるのを待たなければならず、そのあひだずつと無用のものだからといふこともあるだらう。

ひとたび寵愛を失ふと、二度と得ることはできない、とはよくいはれることである。
かつての寵姫が自分の座を奪つた新しい相手に復讐をはかるといふのはよくある話だ。
その新たな寵姫を殺したとして、もとの寵姫にまた主君の愛が戻つてくるかといふと、さういふことはあまりないのださうな。
ほんたうにさうなのかどうか、確認のしやうがないのが残念だが、たとへば気に入つてゐるペンがあつたとして新たに別のペンを買つたらそちらの方に愛情がうつつてしまつたとしやう。新たなペンが壊れた場合、もともと愛用してゐたペンに愛情が戻るだらうか。
と考へると、戻る気もするし、壊れたのとおなじやうなペンを買つてきてしまふやうな気もする。
いづれにしても、復讐するなら自分の後釜ではなく自分から心をうつしてしまつた主君なのではないかといふ気がするが、これがさうならないのがまた不思議だ。
ホセはカルメンを殺すのにね。

昼行灯とは、また、勤め人をさすことが多いやうにも思ふ。
一条大蔵卿のことを「昼行灯」とはいはぬ気がするからだ。
大蔵卿にだつて、一応は職務があらうし、身分としては天子の部下なんだらうけど、有り体に云つて、働いてゐるといふ感じは皆無だ。
あの状態で働けるとは思へないけどさ。

こんなことを書くのも昨日Twitterで「昼行灯が実は有能な人物のことをさすのは中村主水や後藤隊長の影響だらう」といふやうなつぶやきをみたからだ。
うーん、内蔵助ぢやないのかな。
ま、いいか。
中村さんは昼行灯の名に恥ぢず、昼間はぼんやりしてゐるかもしれないが、夜になると見事に仕事(/仕置/商売/whatever)する。
後藤さんははどうかな。
内蔵助?
討ち入りは夜だつたよね。

もちろんさういふ話ではない。

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Tuesday, 16 August 2016

内と外との棲み分け

タティングレースのネクタイは、すこし停滞気味ながら進んでゐる。

停滞気味な所以は、先週は木曜金曜と休みをとつたからだ。
やつがれにしてはめづらしいことである。
毎年、世間がお盆休みの時期には出勤することにしてゐる。
電車がすいてゐるし、職場も閑散としてゐるからだ。
もつといふと、職場には「お盆休み」といふものがないからだ。
今年はおなじ部屋に忙しく働いてゐる人々がゐて、なんとなく気忙しい。
それに、いまゐる部屋はそんなに涼しくない。夕方も早い時間に冷房が切れるしな。
そんなわけで、有給休暇を取ることにした。

休んで家にゐるんだからそのあひだにタティングすればいいのに。
さう思ふ向きもあらう。
やつがれもさう思ふ。

この休みは Lacy Baktus ばかり編んでゐた。
最近、家ではあみもの、外ではタティングレースといふ棲み分けができてゐる。
単に持ち歩きやすいものは外で、といふ図式だ。

以前はあみもの道具もよく持ち歩いてゐた。
トートバッグに入れて、いつでも取り出せるやうになつてゐた。
定期券を買ふ列に並んでゐるあひだに編んだり、発車を待つその駅始発の電車の中で編んだり、人を待つあひだ駅のベンチで編んだりした。
当時もタティングはしてゐたから、タティング道具を持ち歩くこともあつたと思ふのだが、あまり記憶にない。
タティングレースよりもあみものの方が世間に知られてゐるので、奇異の目で見られることが少ないからあみものをしてゐた、といふ話もある。
逆に、知られてゐないからタティングレースだとはふつておいてもらへる、といふこともあつた。
そこのところは一長一短だ。

タティングレースは大きくなつてくると外で作るのはむづかしくなつてくるしね。
白や生成の糸となればなほさらだ。
汚れるからね。
そこでモチーフつなぎの達人なんかは、外ではモチーフ単体を作り、家では作つたモチーフをつなぐ、なんてなことをするのだらうが、生憎とやつがれはモチーフつなぎが苦手である。
好きなんだけどなあ。
どうも、モチーフつなぎはあみものにせよタティングにせよ、きちんと完成できることがあまりない。
タティングレースだと特に、「本ではもつとつなぐことになつてるけど、まあこのあたりでいいか」と勝手に小さくしてしまふことが多い。

ほんとはいいなあと思つてゐるんだけどね。
外ではモチーフを作りため、家では作りためたモチーフをつなぎつづける。
理想的な作業仕分けだ。

ネクタイもだんだん長くなつてきて、外で作るのにはあまりむかなくなつてきたやうにも思ふ。
ただ、前回も書いたやうにジャボのやうな使ひ方を想定してゐるので、そんなに長くはしないつもりだ。
なんとか外出用として作りつづけることができるんぢやないかな。

そんなこと考へるんだつたら家で作れよ、とは、もちろん思はないわけではないが。

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Monday, 15 August 2016

Lacy Baktus in Progress 2016 夏

パピーのピマデニムで編んでゐる Lacy Baktus は、減らし目に入り、快調に進んでゐる。

Lacy Baktus は、細長い二等辺三角形になるスカーフといふかショーレットで、片方の鋭角から編み始める。八段一模様で、前半は四段に一度増やし目をし、後半は四段に一度減らし目をする。

Lacy Baktus は、Baktus といふスカーフといふかショーレットにレース模様を入れたものだ。Baktus はガーター編みで編む。
Lacy Baktus にしたわけは、さうすれば少ない糸の量でそれなりの長さのスカーフになるだらうと思つたからだ。これは前回も書いた。

思惑通り、少ない糸でそれなりの長さが出るやうだ。

ピマデニムは一巻き125m/40gだつたかな。結構長さがある。
おそらく二玉でちやうどいい大きさの Lacy Baktus になるだらうと見てゐる。二玉で足りなくてもポシェットを編んであまつた糸があるので、それでなんとかなる計算だ。

針は七号、と、これも前回書いたな。
糸のラベルには大きい方の針は5号と書いてあるけれど、すこし太い針にした。レースつぽくするにはその方がいいかな、と思つたからだ。

編んでゐて、今後の課題だなー、と思ふ点がふたつある。
ひとつは一目内側の増やし目をきれいに編む方法。
もうひとつは伸縮性にとぼしい糸での二目一度を楽に編む方法だ。

前半の増やし目は、一段目で一目内側にかけた目を二段目で編むといふ編み方だ。
減らし目は一目内側で二目一度を編む。
なぜか端の線は減らし目の方がきれいに出る。
増やし目はかけ目にして次の段で編むよりも目と目とのあひだにわたつた糸を引き上げて編んだ方がきれいになるのかなあ。
あるいはいはゆる knit in front and back 方式か。
ぱつと見てわかるくらゐ増やし目側と減らし目側とで端のラインが違ふんだよね。
最初増やし目だけしてゐたときは、整形するときにきれいにのばせばいいかー、と思つてゐたけれど、編み方を工夫する必要があるのかもしれない。

ピマデニムは編みやすい糸である。
編みやすい糸ではあるけれども、綿の糸なので毛糸よりは伸縮率が低い。
したがつて、レース模様部分の二目一度とかけ目とをくり返す部分はちよつと編みづらい。
とくに二目一度を編むときは「えいや」と力を入れて編んでゐることがある。
これ、なんかもつと楽に編むことはできないのかね。
もつとゆるめに編めばいいのだらうか。
でもさうするとだらんとしさうだしねえ。
いはゆる「左上二目一度」で編んでゐるのだけれど、「右上二目一度」の方が楽だつたりするのかな。
これも楽だからといつていまさら変へることはできないので、今後の課題かな。

……といふことは、今後また Lacy Baktus を編むことがある、といふことだらうか。
うーん、どうかなあ。
この秋冬は、マフラーを編んでみやうかな、と思つてはゐる。
ここ数年、首回りのものといつて、cowl といふか、ネックウォーマのやうな筒状のものばかり編んできた。
久しぶりに長いマフラーなんかいいんぢやないか。
さう思つてゐる。
そこでもう一度 Lacy Baktus に挑戦するか。
するかなあ。
するときは、増やし目と二目一度とには気をつけたい。まあ、二目一度は毛糸なのでそんなにつらいことはないとは思ふけど。

この秋冬は、袖無しの羽織を編んでみやうかと思つてもゐる。
これは「鬼平犯科帳」を見てゐるとお頭が着てゐたりするのを見かけるからだな。
ちよつと幅の広いマフラーを二枚編んでつなげるやうなかたちかな、などと考へてゐる。
糸はかるいのがいいだらうからフェルテッドツィードにするつもりだ。色違ひで何玉かまとまつた数があるのでね。

まだまだ暑い日がつづくといふのに、あみものに関してはこんなことばかり考へてゐる。

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