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Friday, 06 March 2026

映画ひまはりを見て泣けない

ウクライナが攻撃され始めたころ、映画館で『ひまはり』がかかつてゐた。
『ひまはり』といへばヘンリー・マンシーニのあのテーマ曲を聞くだけで涙が出てきさうになる。話の筋を思ひ出しても、だ。
誰も悪くないのになあ、とか。多分幸せなんだらうけど、でも幸せぢやない人々のことを考へたり、とか。

そんなわけで、もう泣く用意をして映画館に『ひまはり』を見にいつた。
泣く用意つて、泣く用の手ぬぐひを持つて行つたくらゐだけどさ。

でも泣けなかつた。
全然、一滴も涙が出なかつたのだ。
いま、テーマ曲を聞いても泣きさうなのに。

思ふに、戦争になつてしまつたのはいろいろ不可抗力なこともあるだらうとは思ひつつ、ムッソリーニを選んだのはこの人たちだらう、と思つたりとか。
とにかく雪原に延々と点々と連なる力尽きた兵士の姿が圧倒的すぎるとか。
まあいろいろ理由はあるんだとは思ふけど。

多分、見ながら全然話の筋とは関係ない方に興味が向いてしまつてゐるのかもしれない。
最初にジョヴァンナが訪れる役所のやうすに興味津々になつてしまふ、とか。
部屋のインテリアとか壁のやうすに集中してしまふ、とか。
花瓶にどんな花が何本刺さつてゐる、とか。
さういふことが気になつちやふんだよなあ。

おそらくほかの映画もさうなんだらう。
なんか不意をつかれたら泣けるんぢやないかと思ふんだけど。
その日を待つてゐる。

Thursday, 05 March 2026

NHKラジオ講座と国立の博物館

国立の博物館や美術館も収益を上げないと閉館させる。
そんなニュースが流れたが、いままた色々な話が出てきてゐて予断を許さない感じではある。
でも、なんとなく、さういふ流れなのかな、と思ふのは、国立劇場再建の目処が立つてゐないからだ。
多分、自分が生きているうちに国立劇場が再建されることはない。
そんな気がしてゐる。

一方、四月から(正確には三月三十日から)NHKラジオ講座はFMに移り、多くは放送時間帯が変はる。そして、ほぼ放送時間枠が減る。
いまはネットで聞くから問題ないといふ向きもあるやうだが、ラジオ講座のいいところは録音して何度も聞けることだ。
ストリーミングだと放送日から一週間くらゐしか聞けない。
それだけ聞ければ問題ないだらうといふ人もゐるかもしれないが、たとへば講座の内容が二週間単位だつたりすると、最後の日に最初の日の放送を聞くのは無理になる。
そこは講座内容を変へればいいのかもしれないが、だつたら今すでに対応してゐるはずである。つまり、現在二週間で一単位の語学番組が存在するといふわけだ。

などと文句を云ひつつ、自分もストリーミングで聞くやうになるんだらうなといふ気はしてゐるが、気になるのはそこではない。
なんといふか、廉価で勉強のできる環境が狭められてゐる気がするのだ。
TVの語学番組も、いはゆる「タレント」といはれるやうな人々が出るやうになつててんでつまんなくなつたしね。
はしりはイタリア語会話だつたやうな気もするが、イタリア語会話の最初のころはそれでもよかつたやうな気がする。
あとドイツ語会話のペナルティーも、当時ドイツでサッカーのW杯があるからといふので、それなりにふさはしい配役だつたのではないかとは思ふ。

「勉強する」「学ぶ」といふことがおろそかになつてゐる。
そんな気がするんだよね。
TVやラジオで学ばなくてもいくらでも学ぶ手段はあるだらう、といふのも最もだし、いまはストリーミングだけでなくネット上にさまざまなコンテンツやサーヴィスもある。
単に、保有効果が働いてゐるだけなのかなあ。

でもやつぱり国連の公用語であるアラビア語講座をなくしてしまふといふのは暴挙だと思ふんだけどなあ。
それだけこの国にとつて国連はどうでもいい存在になつてゐるつてことなのかもしれないけれど。

ただ、ことは語学講座だけではないといふ気がしてならないのだつた。

Wednesday, 04 March 2026

文化つて

国立劇場はあひかはらず再建の目処が立たず、今日は文化庁が国立の博物館などへ「利益をあげろ」的な「え、博物館法とか、どうなつてるの?」といふやうなことを云ひ出したといふ報を耳にした。
文楽や歌舞伎は見にいくものの、展覧会にはここのところ年に一、二度行くていどの自分ではあるものの、この様相には「さうなるよなあ」といふ気がしないでもない。
文楽はここのところ国立文楽劇場以外は劇場がまちまちだからよくわからないけれど、歌舞伎座でいふと定員が二千人弱。月に二十日前後の公演が昼の部と夜の部とある。そこにリピータがゐるとして、いつたい月に何人が見られるのだらう。それに、常に満員御礼とも限らない。
また、歌舞伎座は比較的交通の便のよいところにあるとは思ふけれど、行ける人は限られてゐる。もちろん遠方からやつてくる人もゐることは承知してゐるが、さういふ人々も限られてゐるのぢやあるまいか。
展覧会にしても、混雑してゐてなかなか見たいものが見られないなどといふ話を聞くが、行く人は行くけど、行かない人はまるで興味がないやうに見受けられる。
さう、大半の人は、文楽や歌舞伎、展覧会といつたものに興味がないのではあるまいか。
さうしたものに税金が使はれることに、「そんなことに使ふんなら、もつと別のことに使つてよ」と思ふ人とか。
芝居見物はしないし展覧会にも行かないけれど、文化の大切さ・重要さを理解してゐる人も大勢ゐるとは思ふ。
でも、「そんなの、どうでもいいよ」と思つてゐる人が多いんぢやないかなあ。
といふのが、国立劇場の現状や今日の報道の向かうに透けて見える気がする。
大勢はそんなこと気にしないのだから、それでいいぢやないかといふ為政者の姿が。
ぢやあどうすればいいのかといふとそれはわからない。即効性のある手立てはなにも思ひ浮かばない。
せめて学校などで、図画工作や美術、音楽、そして国語の授業で、文化の大切さを学ぶやうな機会が増やせれば、と願ふばかりである。

Tuesday, 03 March 2026

糸始末ができない

腱鞘炎だ腱鞘炎だといひながら、タティングはしてゐる。
といふか、せずにはゐられない。
なんなのだらうか、この衝動は。
先日とあるユザワヤでモネの睡蓮をあしらつた缶に入つたオリムパス金票40番の去年の新色6色(+既存色2色)を見つけて思はず買つてしまつたからかもしれない。発売当時はどこを見ても売り切れだつた気がするんだがなあ。あるところにはあるものだ。
最近、オリムパス金票40番をよく使つてゐる。
以前はDMCとか、そののちはLisbethだとかを使つてゐた。
DMCを使つてゐた理由は、色が褪せないといふ話だつたからだ。
国産のレース糸は色が褪せるが、DMCは褪せない、といふ話をどこかで耳にした。
だつたらDMCだらう、といふので、手に入る限りはDMCを使つてゐた。
当時はDMCのコルドネスペシャルにも色のついたレース糸があつたしね。
考へ方が変はつてきたのは、ストックホルムのとある喫茶店に行つたときのことだ。
その店の各テーブル、もつといふと各椅子の前にはかぎ針編みのドイリーが置かれてゐた。エミーグランデくらゐの太さの糸で編んだドイリーだつた。
中にはコーヒーだらう或は紅茶だらうか、染みのついたドイリーもあつた。
それが、なんとなくいい感じだつたんだなあ。
使はれてゐる、といふか。
ドイリーは編んでも使ふことがほとんどない。我が家にはレースのドイリーの似合はないし、自分もドイリーは編むのはよくても使ふのはちよつとなー、と思つてゐる。
でも、使はれてゐるドイリー、日常使ひのドイリーつて、なんだかいいなとそのとき思つた。
帰国した後、ひたすらエミーグランデでドイリーを編んだりしたものだつた。
そんなわけで、色が褪せるといふのもそれはそれでいいものなのではないか、と思ふやうになつた。
オリムパス金票40番は、タティングもしやすいしね。
少なくとも、去年の新色は、まだ全部使つたわけぢやないけれど、使つた色は全部いい感じだつた。
それでなにを作つてゐるのかといふと、Jon YusoffのChinese Coin Bookmarkをいくつも作つてゐる。
作つてゐるのはいいけど、糸始末ができてゐないので、できあがつたとはいへない。
糸始末をするには、やはり指が痛いんだよなあ。細かい作業ができない。
のりで留めて切つちやはうかなあ。

新色といへば今年のオリムパス金票40番の新色にも気になる色がある。
手芸店の少なくなつた今、どこで手に入れられるものやら。

Monday, 02 March 2026

もつたいない

この冬は、アフガン編みのヴェストを編んでゐた。
秋口からはじめて、いい感じで編めてゐたのだが、腱鞘炎である。
左身頃と右身頃と分けて編むタイプで、右側は編めて左側に入つたところだつた。

このままだと編めないままあたたかくなつて、そして、結局編み終へることはないのではないか。
そんな気がしてならない。

アフガン編みは時間がかかる。
「そんなことありませんよ」といふ人がゐたから、自分の編み方が悪いのかもしれない。
とにかく時間がかかる。
だから早めにはじめて、せつせと編んでゐたんだがなあ。
せつせと編んだから腱鞘炎になつてしまつたのか。

「これなら仕上がるぞ」と思ひながら編んでゐたときもあつた。
とりあへず、腱鞘炎がよくなるのを待つしかない。

Sunday, 01 March 2026

2月の読書メーター

2月の読書メーター
読んだ本の数:6
読んだページ数:1254
ナイス数:33

ゆきどけ産声翻訳機 Best selection 100 現代川柳アンソロジーゆきどけ産声翻訳機 Best selection 100 現代川柳アンソロジー感想
暮田真名の選ぶ川柳とその鑑賞がおもしろいことはもちろん、川柳というとサラリーマン川柳がすぐに脳裡に浮かぶだろうけど、というそうした川柳とこの本でいう現代川柳に関する葛藤が読み物としてついていて、これがまたおもしろかった。川柳は作れないけれど、読めたら、読み解けたらおもしろいだろうなと思って購入した。
読了日:02月09日 著者:暮田真名
永井陽子歌集♯(シャープ) (短歌研究文庫)永井陽子歌集♯(シャープ) (短歌研究文庫)感想
私性について意識的な歌人ということで読んでみた。短歌や俳句は大抵の場合歌人・俳人自身のことを詠っていると捉えられるけど、そうなんだろうか。そんな私性に関する話題が以前Twitterでも少し取り沙汰されていて、「いやー、自分のことなんて詠まないでしょ」と思ったんだけれど(そして同じような主張をする人もいたけれど)、そこからいくとこの本には思ったよりは歌人自身のことを詠んでいるのではないかという歌が多いように感じた。フラットも読んでみようかな。
読了日:02月09日 著者:永井陽子
楽天生活楽天生活感想
詩人白楽天と白猫ハク・ラクテンの歌が交錯し、白楽天の詩が下の句になりまた短歌になり、いろいろな読み方ができる歌集。白楽天の詩の訳は、武部利男のそれに準じているようにも思う。オマージュというべきか。
読了日:02月13日 著者:紀野 恵
近現代短歌 (河出文庫 ほ 6-7)近現代短歌 (河出文庫 ほ 6-7)感想
歌人別の選集で読んだことがある歌人の場合あまり記憶にない(とほほ)歌が選ばれていたりしておもしろい。知らない歌人の歌もそうなんだろうな。五首選ぶうちの一首はくすっと笑えるような歌を選んだりしていることがあったりするの、好きだなあ。解説で東直子も書いているように、続篇にも期待。
読了日:02月22日 著者:
フラワーズ・カンフーフラワーズ・カンフー感想
小津夜景の著作でポピュラーなのはどちらかというと漢詩の本なのかもしれないと思いつつ、最初の出会いが句集だったので読み返しがちなのかもしれない。不思議な句が多いところが好きなんだな。
読了日:02月24日 著者:小津夜景
The Tipping Point: How Little Things Can Make a Big Difference (English Edition)The Tipping Point: How Little Things Can Make a Big Difference (English Edition)感想
イノヴェータ理論に興味を抱きこの本を読んでみた。提示されている例に興味深いものが多い。何故独立前のアメリカ人はイギリス軍の攻撃に備えることができたのか、何故『セサミストリート』は成功し何故『ブルーズクルー』はその『セサミストリート』を超えることができたのか、ゴアテックスの戦略(というのか)、ヘヴィースモーカになるのは何故か等々。自分にできることはない気がするのは、人の持つ資質・才能によるところが大きい気がするからだが、流行を見てなぜそうなったのかを考えるのは面白いと思う。
読了日:02月25日 著者:Malcolm Gladwell

読書メーター

Saturday, 28 February 2026

時々思ふのは

先の大戦の前も、戦争はやめやう、戦争を止めやうと思つてゐた人はたくさんゐたのではないかといふこと。
たくさんゐて、でも止められなかつたのではないかといふこと。
なぜなら「そんなことどーでもいいよ」といふ人が多かつたからではないかといふこと。

栗本薫の「Run with the Wolf」だつたと思ふが、「人は自分には流れ弾は当たらないと信じてゐる」といふやうな一文があつた。
そのとほりなんだと思ふ。
かう書いてゐる当の自分も。

Friday, 27 February 2026

玉川カルテットとか東京ボーイズとか

夕べ、某所でおすすめされた玉川カルテットを聞き始めたら止まらなくなつて、すすめられるままにいくつも玉川カルテットの動画を見たり東京ボーイズの動画を見たりしてしまつた。
玉川カルテットつてずいぶん前だと思つてゐたけれど、日付を見ると1996年とかだつたりして、30年くらゐしか前ぢやない。30年つてずいぶん前ぢやない、といふ意見もあらうが、なんか、もつと前のイメージだつた。1970年代とか。

玉川カルテットとか東京ボーイズとかを見るときのいまの問題点つて、ど突き漫才といふか、玉川カルテットだとハリセン的なものが出てきたり、東京ボーイズだとわざとひとりに歌はせないといつたいぢめ的なものがあつりすることかと思ふ。
さうなんだけど、でもさうしたことを我慢しても聞いてしまふ魅力がある。
玉川カルテットなら、浪曲のよさを感じられたりすること。
東京ボーイズなら、なんともいへない軽さの心地よさ。
玉川カルテットの、あの三味線の人のうまさといふかね。
そういうのが、前世紀のお終ひのころには、まだあつたのだ。

時代遅れ。
そのとほりかもしれない。
でも今後も折に触れ、見て聞いてしまふんだらうなあ。

Thursday, 26 February 2026

巡り合はせ

投稿した短歌も俳句も全ボツで、もう限界かな、ダメだな、と思ふ。
すると別のところに投稿した歌か句か、佳作だけど取つてもらへたりする。
ぢやあもうちよつとやつてみやうかなといふ気になる。
そんな感じでここまで来てしまつた。
こんなんぢやいけないと思ひつつ、ここまでは巡り合はせといふことなのかもしれない。

Wednesday, 25 February 2026

ドクター・フーが見たいのに

『ドクター・フー』が見たいと思ふ。
ディズニープラスには入りたくない。
こまつたものである。

『ドクター・フー』はこののちディズニープラスでは配信されないといふ話も聞いた。
見たかつたらどうすればいいんだらう。Amazon Primeで見る? 英国に移住する? すればBBCの配信サーヴィスで見られるはずだ。

ほんたうはBlu-rayとかディスクを買ふのがいいんだらうなあ。
配信サーヴィスつて、結局あんまり視聴者のことは考へてゐない。
電子書籍などでもさうだけれど、電子的に配信できるやうになれば絶版とかなくなるといふ話が過去にはあつて、でもやつぱり手に入れられない書籍は手に入りない。出版社の力の方が読者よりもずつと強い。まあさうなるよね。

映画は、まあ映画館で見られればそれがいい。
『ドクター・フー』はTVドラマだ。PCのモニタで見ても問題ない。
うーん、Blu-rayが買へさうなら購入するかなあ。そんなことが可能か知らん。

それにしても、なぜ『ドクター・フー』が好きなんだらうな。
九代目以降しか見たことないし、NHKで放映してゐたのも知らなかつたといふのに。

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