Friday, 19 January 2018

kakuno 用ペンケース

コクヨのネオクリッツフラットを買つた。

NEOCRITZ FLAT

以前から kakuno などの廉価な万年筆を持ち歩ける筆入れがほしいと思つてゐた。
これまではナガサワ文具センターの五本用や七本用のペンケースに一、二本ほど入れてゐた。
持ち歩く荷物削減にともなつて、ペンケースは七本用だけを持ち歩くことにした結果、kakuno などはすべて家で使ふやうになつた。
ちやうど Moleskine を使ひ終へたから、といふこともある。

kakuno にはプラチナ萬年筆のインキであるシトラスブラックとラベンダーブラックとを入れたペンがあつて、Moleskine に書き込むのに重宝してゐた。
裏抜けすることがないからだ。
それが、Moleskine を使ひ終へ、LEUCHTTRUM 1917 を使ふやうになり、裏抜けの心配をする必要がほぼなくなつた。
それで持ち歩く機会が減つた。

持ち歩く機会が減ると使ふ機会もおのづと減る。
起きてゐるあひだ大半の時間は職場で過ごしてゐるからだ。
これではいかんといふので、せめて kakuno だけでも持ち歩きたいといふので、軽量かつ小さなペンケースを探してゐた。
そこで、NEOCRITZ FLAT である。

もつとも薄い形で持ち歩かうとすと、ネオクリッツフラットに入れられるカクノの本数は五本までだ。
いろいろ考へて、カクノは四本にし、あと三菱鉛筆はuniのStyle Fitの三色ボールペンとエルバンの万年筆とを入れた。

NEOCRITZ FLAT

最初はStyle Fitかエルバンかどちらかにしやうと思つてゐた。
修正テープとしてPLUS の whiper petit を入れたところ、ペンが五本でもそれなりに厚みが出てしまふことが判明し、Style Fitもエルバンも両方入れることにした。
薄さはそれほど損なはれてゐないと思つてゐる。

開いて筆立て状態にしたときはなんとなくスカスカしてさみしいけれど、なに、入れすぎないことがいいのだ。

ネオクリッツはこれで三つめだ。
最初のはいただきもので、職場で使用してゐる。
二つめは自分で買つたもので、家で使用してゐる。
さう、両方とも現在は筆立て状態になつてしまつてゐるのだつた。
あれこれつめこんでゐるうちに、ファスナーがとじなくなつてしまつたといふのがひとつ。
また、それまで使用してゐなかつた筆立てがあると便利といふことに気がついたからといふのがひとつだ。
どちらか、できればどちらとも筆箱として使ひたいと思つてゐるのだが、ほかに筆立てを用意しないとムリな状況である。またはペンを捨てるか、だ。

そのせゐで、ネオクリッツを買ふことには躊躇する気持ちがあつた。
買つてもどうせまた筆立てになつてしまふに違ひない。
さう思つてゐたからだ。

今回買ふに至つた理由は、ネオクリッツはやはり使ひやすいといふことと、フラットなら荷物もそんなに増えないし、入れすぎないやうに使へばなんとかなるのではないかと思つたからだ。
なんとかしたいと思つてゐる。

ネオクリッツは、かぎ針入れにもいいなあと思つてゐる。
そのうちまた増えてゐるかもしれないな。

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Thursday, 18 January 2018

見果てぬ夢の武蔵坊

先日、中村吉右衛門の富樫の夢を見た。

現在、歌舞伎座では高麗屋三代同時襲名興行の真つ最中だ。
Twitter の TimeLine には毎日のやうに夜の部の「勧進帳」の富樫がすばらしいといふつぶやきが流れてくる。
富樫は吉右衛門が演じてゐる。
それで夢に見たのだらう。
吉右衛門の富樫がすばらしいことはよく知つてゐるけれど、今回は格別なのらしい。
まだ見てゐないので期待がふくらむのだつた。

夢の中でも播磨屋の富樫はそれはすばらしかつた。
明晰なせりふ、それによつて導かれる鉄壁のやうな関守の姿。
凛然たるさまは、旧暦三月の北陸の寒ささへ思ひ起こさせる。
旧暦三月のころの北陸には行つたことはないけれど。

そんなすばらしい富樫と一緒に舞台に立つてゐるはずの弁慶や義経をはたして誰が演じてゐたのか。
夢の中でも夢から覚めても判然としなかつた。
誰だつたんだらうなあ。
吉右衛門があれだけすばらしいのだから、弁慶も義経もさぞかし絶妙な配役だつたのだらう。

さう思ひつつも、弁慶を誰が演じてゐたのかはつきりしない理由はなんとなくわかつてゐる。
これまで自分の理想の「勧進帳」の弁慶といふものを見たことがないからだ。

誰の弁慶はいい、いや彼の弁慶も最高だ。
さういふ話はつとに聞く。
けれども、どうも自分の好みにはいまひとつ合はないのだつた。
最近の弁慶は、なんだかちよつと賢すぎる気がするからだ。

考へてみれば、賢くなければ数多の関をとほりすぎ、いままた富樫を説得することなどできるはずもない。
勧進帳を読めといはれてとつさに白紙の巻物を手にしてあたかも勧進帳に見せかけることを思ひつきさらには実行したりだとか、山伏問答をしたりだとか、賢くなければムリ。

でもなー、なんか違ふんだよなあ。
弁慶つてさー、もーちよつと、こー、脳みそより肚なんぢやないの?
知性のきらめきより胆力の重々しさなんぢやないかなあ。

思へば。
自分の見てきた時代劇の主人公といふのはあまり脳みそは使はない気がするのだつた。
水戸黄門は頭脳戦かどうかよりともかく「先の副将軍である」といふ身分でものごとを解決してゐる。
身分を隠して隠密行動をとる、といふのはそれなりに頭がいいやうな気もするが、どうも水戸黄門に関してはさういふ感じはしない。
ご隠居が好き勝手したいからさうしてゐる。
そんな感じがする。

遠山の金さんにしても銭形平次にしても、頭を使つて謎を解くといふよりは地道に足を使つていろいろなことを見聞きし調べてゐるといつた印象だ。

退屈の殿さまも、実際はいろんなことを考へてゐるのかもしれないが、その押しの強さでなにもかも解決してしまつてゐるといふ印象がある。

時代劇で頭がいいのは大抵悪役だ。
ドラマの中で脳みそを頼りにあれこれ行ふのは悪役なのである。

そして、時代劇の源流は歌舞伎にある。
そんな気がしてゐる。

歌舞伎の主人公……といつて誰を主人公ととらへるのかはむつかしい問題なのだが……で頭を使ふのつて、粂寺弾正くらゐしか思ひつかない。
やつがれが知らないだけでほかにもゐるのかもしれないけれど。

「勧進帳」も誰が主役なのか、考へ出すとやつかいだと思ふのだが、まあ、一般的には弁慶なのだらう。
その弁慶が賢い。
なんか違ふ気がするのである。

といつても、昨今見る弁慶見る弁慶、みな賢さうなので、もう弁慶といふのはさういふものになつてゐるのだらう。
「賢すぎる」とか文句を云つてゐるやつがれの方が時代遅れなのだ。

見たことはないけれど、以前は富樫もまたどちらかといへば頭のよささうなタイプではなく、山伏問答などは弁慶と富樫との肉弾戦の様相を呈してゐた、のらしい。
さうなると、富樫ひとりが賢くなつてしまふとバランスがとれなくなる、といふことなのかな。

いづれにしても、今後も理想の弁慶には会へさうにはない。
かうして見たこともないものを追ひ求めてしまふ所以は橋本治にあるのだらうな。

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Wednesday, 17 January 2018

Creative ぢやないからさ

職場にゐるとほとんど書けない。

書く仕事ではないのだから当然といへばさうなのだが、でも仕事の上でのメモとか、もつとなにか書くことがあつてもいいのではないかと思ふ。

なにか思ひついたら即書けるやうに情報カードとペンとはつねに手元においてある。
会議中は情報カードを出すのはちよつとはづかしい気もするので、システム手帳を開いてゐる。
情報カードがはづかしい気がするのはまだまだカード初心者だからかな。

いづれにしても、書く体勢はととのつてゐる。
しかるに書けない。

それもしごく当然、と世の人は云ふ。
やつがれは基本的には座席に座つた状態で仕事をしてゐる。
机の前に座つた状態ではアイディアは浮かびにくい。
さういふものなのらしい。
気分転換に歩いてみるといいといふ。とくに外を歩くのがいいのださうだ。

うーん、さういふ時間はあまりないなあ。
たまに思ひついて外を歩いてみたりするのだが、いまの時期は寒くてどうにもならない。
云ひ訳か。
云ひ訳だな。

いづれにしても、机の前に座つてゐてなんぼな仕事をしてゐる。
席を離れてゐる状態が長いとさぼつてゐると思はれることは必至だ。

かういふ状態では、人間はあまり creative な状態にはなれないのだといふ。

うーん、さうなのかな。
まんが家とか小説家とか、机の前で仕事をするのぢやあるまいか。
アニメータもさうか。

さういふ職業の人はまた違ふのかなあ。
机の前に座つてゐてもアイディアが出てくる、とか。
あるいはかういふ職業の人は、机の前に座る前にすでにアイディアをいろいろと出してゐて、これでよしとなつたときに席につくのか。
さうなのかもしれないな。

去年の三月このかた、「書けない」「書いてゐても楽しくない」といふやうなことを書いてゐた。
それが最近、それも先週の火曜日くらゐから突然書きたい病にうかされてゐる。
なにがきつかけなのか、自分でもよくわからない。
単にさういふ波がきたといふことなのだらう。

いづれにしても書きたい。
なんでもいいから書きたい。
でも職場ではさうもいかないので、職務を遂行する上で思ひついたことなどを書き留めてゆきたい。

それができないのである。
できないといふことが、気に入らない。
なんかもつと書かせろー!
と、心の中で叫びつつ、どうにもならないのだつた。

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Tuesday, 16 January 2018

ベレー帽を整形するには

ノールビンドニングのベレー帽は編み終へた。
あとは糸端の始末や整形をする必要がある。

はじめてのノールビンドニング」には糸端の始末の仕方もていねいに解説されてゐる。
すなはち、見ながら糸始末をする必要があるといふことでもある。
いづれにしても、初心者でしかも周囲に教へてくれる人のゐない人間にはありがたい。

ベレー帽はちよつと小さめにできてしまつた。
どうも増やし目が足りなかつたやうだ。
平らに円形に編むのはかぎ針編みでもよくするので分散増目のやり方はわかつてゐるつもりでゐた。
でもなにかが違つたのらしい。
まあ、ベレー帽らしい形にはなつたし、本にも整形するときに平らになるやうにすると指示があるので、いいかな。

ベレー帽の整形には、「この形にしたい」といふサイズの円形の皿や盆があるといい。
水通ししたベレー帽の中に皿または盆を入れて乾かすと、希望通りの大きさ・形になるといふ寸法だ。

皿か盆か、か。
あつたかなぁ。
まだ探してはゐない。
以前、棒針編みでベレー帽を編んだときは、皿を使つた。
かなり小さめだつたのであまり意味がなかつたんだよな。
どうしてもないなら段ボールを円形にくり抜いて使ふといふ手もあるか。

といふわけで、まだお披露目できるやうな状態にはない。

それにしてもノールビンドニングは楽しい。
はじめると、延々とやりつづけてしまふ。
最初は「こんな時間のかかる手芸、自分にできるのだらうか」と思つてゐたが、できるもんだねえ。
楽しいからだね。
いまはいただきものの毛糸でリストウォーマのやうなものを作つてゐる。
毛糸は織りの経糸に使つたものとのことで、一本一本は短い。
でもつなげやすい糸なので、つなぎつなぎ作つてゐる。
ミトンとかリストウォーマとか、似たやうなものしか作つてゐないな。
ノールビンドニングではスリッパを作るといふ野望もある。
いつになつたら着手できるかなあ。
その前にノールビンドニングをしやすい糸を探さねばならないか。

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Monday, 15 January 2018

ボッブル模様のミトン

ベルンド・ケストラーのミトン」のふたつめができあがつた。

ベルント・ケストラーのミトン

本に掲載されてゐるボッブル模様のミトンである。

糸はダイヤエポカ、針は四号。ほんたうは針は五号か六号で編みたかつたが、残念ながら五本針で適切な長さなものが手持ちになかつた。

以前、ベルント・ケストラーのミトンは途中は輪針で編んだ方が編みやすいのではないか、と書いた。
円周が大きくなるので、40cmの輪針と目数リングとを使つて編んだ方が編みやすい段階がある。
大きくなるまではもつと長い輪針を使つてマジック・ループで編むといふ手もある。
それはさうなのだが、やはり五本針も必要だ。
編みながらミトンの形を作つていくときに必要になる。

……だが待てよ。
ミトンの形を作つていくときには、針が二本あればいい。そのとき必要ではない部分の目を別にとつておく針も必要だが、それは輪針ですむ話だ。
さうか。次に編むときはマジック・ループを検討してみるかな。

と云ひながら、すでに三つ目のミトンにとりかかつてゐる。
やはり本に掲載されてゐる縄編みのミトンを ROWAN のフェルテッド・ツイードで編んでゐる。針は四号の五本針だ。
もうすぐ最初の片方ができあがるところだ。
そして、これができたらこのミトンは打ち止めかなと思つてゐる。すくなくともしばらくは。

三つのミトンを編んで、いづれも本に掲載されてゐる毛糸とは違ふ糸を使つてゐる。
それで困つたことは一度もない。
編みながら大きさを確認すればいいし、ずつと20cmの五本針を使つてゐたので、だいたいこれくらゐの大きさになれば自分の手にあつてゐるのだなとわかるやうになつた。
指定の糸も使つてみたいけれど、手持ちの糸を活用できるのがうれしい。
ボッブル模様のやうな特殊な模様やi-codeどめを用ゐなければ、中細毛糸50g一玉で一対編めるのもいい。

これまではこものといつてひたすらくつ下ばかり編んできたけれど、ミトンもいいなあと思へるやうになつた。
ありがたいことだ。

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Friday, 12 January 2018

増える情報カード

情報カードもだいぶたまつてきた。

情報カード

コレクトの木製のカード入れに入れてゐるのだが、ほぼいつぱいである。
タグのついてゐないのは三年前に書いたカードで、ついてゐるのは去年の十一月以降に書いたものだ。
タグはPoICを参考につけてゐる。

情報カードを使ひはじめたのは、いはば「偶然の出会ひ」を求めて、だつた。
Aについて書いたカードがあつて、それとはまつたく関係のないBについて書いたカード、Cについて書いたカードがある。
それを並べてみたときになにかしら関係性を見てとることができないだらうか。
あるいは全然違ふ考へが浮かんだりしないだらうか。
リニアにならんでゐたら気がつかないこともバラバラにならべてみたらわかることもあるのではないか。
さう考へたのである。

「偶然の出会ひ」的なことはいまのところ全然できてゐない。
カードが少なすぎるといふこともある。
かうしてみるとたくさんあるけれども、内容としてはまだまだ少ない。
それと、カードを取り出してならべてみる時間がなかなかないといふこともある。
これは時間をとつてやつてみるしかないなあ。

もうひとつ、情報カードを使つてやりたかつたことに、メモ書きは情報カードにして、手帳には情報カードの内容をふくらませたものを書く、といふのがある。
これはできてゐると先日も書いた。
完璧とはいへないけれど、情報カードに書いておいた内容をあらためて文章に起こすことはある。
かういふ使ひ方が今後もできるやうなら、情報カードを使ひつづけてもいいかなと思つてゐる。

いづれにしてもかうしてタグがならんでゐるのを見るだけでも楽しいしね。
問題はなにか箱を探さねばならないといふことだ。
せつかくだからなにかおいしいお菓子でも買つてその箱にカードをためることにしやうかな。

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Thursday, 11 January 2018

今年の手帳 2018 その他

Bullet Journal 用のシステム手帳のほかに、今年も5×3の情報カードと Leuchttrum 1917 のポケットサイズとを持ち歩いてゐる。
どちらかはやめやうといまは思つてゐる。

自分に向いてゐるのは手帳かな。
一ページ一内容でだらだらと文を書き連ねる。
この方が、一カード一内容で箇条書きかそれに毛の生えたやうなものを書き付けるよりは自分に向いてゐる。
なにしろもう十年近くさうしてゐるんだから向いてゐるんだらう。

しかし、情報カードもたまつてくるとおもしろい。
PoICの要領でタグづけをしてゐると、カードを並べたときに模様があらはれる。
それを見ると「よく書いたな」といふ気がしてくるのだつた。

情報カードにしたのは、書いたことを見返すのにいいだらうと思つたからだ。
いまのところ、さういふ機会をあまり作れてゐない。
一週間分まとめて箱に入れるときに読み返すくらゐで、それ以前のものを読み返す機会を持てずにゐる。
カードはいまはコレクトの専用の木製の箱に入れてゐる。そろそろ入りきらなくなつてきたので、なにか箱を見つくろはねばならない。
なにかおいしいお菓子でも買つてくるかな。
それとも、情報カードはこれまでといふことにすべきだらうか。
でもお菓子を買ふ口実にはなるよな。

Bullet Journal と情報カードと綴じ手帳と、おなじことを最低三度書くこともある。
それはあまり無駄とは思はない。
一時記憶に書くか不揮発なメモリに書き出すかといつたところか。
この場合、一時記憶もあとあとまで残ることになるのだが。
また、Bullet Journal や情報カードに箇条書きにしたものを文章の形におこして綴じ手帳に書くこともある。
情報カードはもとからさういふ風に用ゐやうと思つてゐた。
情報カードにはメモだけ書いておいて、あとでまとめるつもりでゐた。
なのでそんなに無駄でもないのかな、といふ気がしてゐる。

無駄ではないが、持ち歩くものや管理するものが増えるのは本意ではない。
とりあへず三月くらゐまではこの体制で過ごしてみて、なにを切り捨てるかあるいは切り捨てないのかを決めやうと思つてゐる。

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Wednesday, 10 January 2018

今年の手帳 2018

今年も手帳は Bullet Journal である。
バイブルサイズのシステム手帳で実施してゐる。
Bullet Journal は綴じ手帳で行ふものだが、一昨年の五月からシステム手帳に切り替へた。それで支障なく使へてゐる。

システム手帳のカヴァはHIRATAINDER、リフィルは週間予定用にスライド手帳、残りのほとんどは5mm方眼用紙だ。
今回Collectionページ用に筆文葉の横罫9mmを使ってみてゐる。あとちよつとした覚え書き用におなじく筆文葉の水玉を用ゐてゐる。
そんな感じで、リフィルはごくシンプルだ。

さう、今年はColelctionページを作つてみることにした。
いままでは独立したCollectionページを設けることはなく、Daily Log にすべて書いてゐた。
Collectionページを作りたい、とは、去年から書いてはゐる。
さうしなかつたのは、システム手帳を使ひながら綴じ手帳のやうに使つてゐたからだ。

Bullet Journal では、手帳に見出しとページ番号とをつけて、Indexでなにがどこにあるのかわかるやうにしてゐる。
ゆゑに、ひとつの内容であつても、別の内容をあひだにはさんで不連続なページに書くことがある。
やつがれの例でいくと、去年のいまごろ中村萬太郎の歌舞伎座ギャラリーでの歌舞伎夜話に行つた。このときの内容を Bullet Journal に書き出していつたのだが、一日では書ききれない。数日にわたつて書くことになつた結果、歌舞伎夜話に関するログのあひだに日々のタスクや予定の記述のページが入り込んでゐる。

綴じ手帳を使つてゐたらかうするしかない。
一冊の手帳を分割して Daily Log はここからここまで、その他の本や芝居の感想などで長くなりさうなものはここからここまで、と決めてもいい。
でもこの方法だとページが無駄にあまる可能性が高い。
「この内容はこれくらゐ書くだらう」といふ予想はむつかしいからだ。

でもシステム手帳なら、単にリフィルを分けるだけでいい。
適切にページ番号をふることができれば参照も容易だ。
システム手帳なのだもの、さうするのが一番なのではあるまいか。

と、去年の早い時期から気づいてはゐたが、Collectionページは設けずに一年過ごした。
この先綴じ手帳で Bullet Journal を実践してみたいやうな気もしてゐたからだ。

でもやつぱりシステム手帳からはなれられぬまま、Collectionページを作ることにした。
いまのところ、Collectionは三つある。読み終へた本、見た芝居、あみもの・タティングレースなどで作つたもの、だ。

Daily Log がすつきりして見やすくなつた。
その反面、その月どれくらゐ書いたかがわかりづらくなつてしまつた。
Bullet Journal では、その月に何ページ書いたかがわかりやすい。
その月、どれくらゐ書く余裕があつたかが見てとれる。
読んだ本や見た芝居が多ければそれだけ記述も増える。
つまり、その月にどれくらゐactiveであつたかわかるといふ寸法だ。

それが、本や芝居のことを書いたページを外出しにするとわからなくなつてしまふ。
そこはそれ、なのかな。

Bullet Journal といふと、ページをdecorativeに飾つた手帳が多く見られる。
Instagramなどを見てもさうだ。
やつがれの Bullet Journal は冒頭のリンク先にあるとほりの、単純に箇条書きだらけの手帳である。
それでうまくいつてゐる。
綴じ手帳からはじめて、来月で三年目に突入する。
また綴じ手帳に戻ることはあるかもしれないが、今後もしばらくは Bullet Journal でいくつもりだ。

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Tuesday, 09 January 2018

やめどきかな

この連休は、芝居見物に行つて幕間などにちよこちよこタティングレースをしてゐた。

ちよこちよこなのでほとんど進まなかつたが、手持ち無沙汰のときにはちやうどよい。
がま口の財布にシャトルを二つ入れて持ち歩く。
荷物にもならないし、いい感じだ。

作つてゐるのは栞だ。
もともと栞はあまり使はない。
ゆゑに必要ではない。
いま編んでゐるミトンはこれといつて編み図を見なくても編めるものなので、あみものの本にはさむ栞も必要ない。
ゆゑにのんびり結んでしまふ。

のんびり結ぶのはいいことだ。
とくにここのところタティングとはご無沙汰してゐた。
勘を取りもどすにはゆつくり気をつけながら結ぶのが一番いい。
と、わかつてはゐるのだが、外で結ぶと気をつけてゐるつもりで注意力が散漫になつてゐたりするんだよなあ。
やはり家でのんびりした気分のときに結ぶしかないか。

ところでタティングレースで作りたいものといふのが思ひつかない。
これはやめ時といふことなのだらうか。
作りかけのポーチはなんとか仕上げたいと思つてゐる。
そのあと作りたいものがないんだよなあ。
円形の大きなドイリーを一度は作りたいと思つてゐるけれど、それには整形するための場所が必要である。
その場所がないんだよなあ。
広げられるだけの大きさのドイリーとなると、それほど大きくはならない。

ドイリーはそんなに好きではないけれど、レースといふとドイリーといふ気がする。
それで一度は作つてみたいのだつた。
大きいのをね。

大きいものを作る際の問題点として、「途中で飽きる」といふのがある。
また、あまりにも修復不可能な失敗をしてしまつて、「やる気が削げる」といふこともある。
それを乗り越えても作りたいドイリーを探さないとな。
まづはそこからか。

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Monday, 08 January 2018

ベルント・ケストラーのミトンの使用感

新年早々、ベルント・ケストラーのミトンを編み上げた。

ベルント・ケストラーのミトン

基本の風車型を Regia のくつ下毛糸を0号針で編んだ。
くつ下毛糸で編むとひねもすだなーと思つたが、まあできあがつた。
20cm五本針で編んで、それで最初から最後まで編めたけれど、親指は袋編みをした方が楽さうだし、あるていど増やし目をしたら輪針でマジック・ループの方が楽に編めさうだ。輪針で編む場合、目数マーカーのやうなものは必ず使ふやうだけれど。

くつ下毛糸を細い針で編んでゐるので、編み地はうすい。
しかし、そのわりにあたたかい。
普通に編んだ指なし手袋よりもあたたかい。
ほぼ指の先まで覆ふくらゐの長さがあるからかな、と思ふ。
これまで編んだ指なし手袋は指の第一関節を覆ふかどうかといつた長さだ。
それでベルント・ケストラーのミトンの方があたたかいのだらう。

もうひとつ、形に理由があるのかもしれない。
ベルント・ケストラーのミトンは手を包み込むやうな形をしてゐる。
普通に編んだ指なし手袋は筒状に細長く編む。
ベルント・ケストラーのミトンの場合は正方形を編むやうにして最後に向き合つた辺同士をはぎあはせる。これがちやうど手を包み込むやうな形になる。
それであたたかいのではないかと思ふのだがどうだらうか。

ミトンはほぼ指先を覆ふやうな長さなのでPCのキーボードを打つのには向かない。
しかし指は出てゐるのでスマートフォンの操作には支障がない。
一対編んだあと、ボッブル模様のミトンを編んでゐる。
片方できたところ、くつ下毛糸で編んだものよりだいぶ指先が出る。
模様編みのせゐなのか、それとも風車型ではなくトライアングル型だからなのか、そこのところはよくわからない。
くつ下毛糸で編んだときは手首がちよつと細くなりすぎるなーと思つてゐたが、ボッブル模様のミトンの方はさうでもない。ボッブル模様が伸縮性のある模様だからかもしれない。

ベルント・ケストラーのミトン

このミトンは、編みながら形を作つていくところがおもしろい。
どうなるかわかつてゐても、向かひ合つた辺同士をはぎ合はせていくところで「よくできてるよなあ」と感じ入つてしまふ。
指定糸やそれに近い糸は手元になく、持つてゐる糸のなかで使へさうなものを選んで編んでゐるが、それでなんとかなつてしまふところもいい。
編んでゐるときに思つたほど糸の使用量も多くないしな。
くつ下毛糸なら50g一玉あれば一対編める。手の大きい人だとカフが短くなるかもしれないけれども。

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